二十三話 破壊神のご加護
白昼夢、とでもいうのかな。
僕は、とある光景を目にしてた。
楽園のように美しい場所。色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥が歌い、小動物が戯れる。
それが一変し、地獄となった。
草一本生えない不毛の地となった場所に、男性が一人、静かに佇む。
不思議と理解できた。
彼こそが、慈悲深き低神……いや、慈悲深さゆえに楽園を破壊した、破壊神だ。
神の中での序列は、第一位。他のどの神よりも強く、気高く、そして優しい。
慈悲深き破壊神、イリ・ナレタ・ボダズナトズ。
でも、楽園を破壊した咎で、他の神たちに力を奪われた。
序列二位。誇り高き絶対神、ツァイ・カテネンジャ・グランドナ。
序列三位。朽ち果てし賢神、ザン・ラピスフォリア・カールベルン。
序列四位。穢れ知らぬ武神、シア・ティアリズルート・オストダイン。
序列五位。忘れ去られし農神、コウ・クルナミア・シャヴィ。
さしもの破壊神も、四柱の神を相手にしては、勝ち目は薄い。
そもそも、最初から抵抗するつもりもなかった。破壊の罪を誰よりも悔いていたのは、他ならぬ破壊神自身だったから。
力の大半を奪われ、序列も最下位に落とされ。
序列五位、コウ・ナレタ・ボダズナトズとなって。
それでもなお、慈悲の心を失わない、優し過ぎる神様の悲劇だ。
ゴミがバカみたいに素早い連続攻撃を繰り出す。
いずれも、僕の急所を狙った必殺の一撃だ。
だてに偉そうな口を叩いてない。動きの速さも遠慮のなさも、大人顔負け。
試合じゃなくて、殺し合いになってる。
でもその攻撃は、僕には通じない。全てを受け止める。
「バカなっ! なぜ、貴様ごときが!」
ゴミが焦るのも当然だろう。さっきまでの僕なら、対応できるはずがないんだ。
破壊神のご加護を授かる前だったらね。
低神じゃない。破壊神のご加護だ。
破壊神のご加護を授かっているのは、おそらく世界で僕一人。
力を奪われてるんだから、何人もの人間にホイホイご加護を授けたりできない。
残された力の中で、僕にだけ破壊神のご加護を授けてくださった。
とても光栄な話だ。こんな僕を選んでくれるなんて。
光栄だけど、あえて言わせてもらう。
「……すみませんが、いりません」
「貴様、何を言っている?」
ゴミに話しかけたわけじゃないよ。
僕が話しかけたのは、破壊神だ。
不敬にもほどがある。せっかくのご加護を、よりにもよって「いりません」だなんて。
ご加護どころか、神罰を下されるかもしれない。
それでも、こんな力はいらないんだ。
「これは僕の戦いだ。僕の力で戦わなきゃいけないんだ。加護は、いらない」
借り物の力でゴミに勝ったって、全然嬉しくない。
「神様だからって――僕の邪魔をするなっ!」
破壊神は、邪魔をしようとしたんじゃない。僕を助けようとしてくれたんだ。
気持ちはちゃんと伝わってるよ。凄く嬉しいし、光栄なのも本当だ。
間違ってるのは、僕かもしれない。
神様の善意を無下にする、とても傲慢でわがままなセリフ。
だけど、どうかお願いします。この試合は、僕の力で戦わせてください。
僕が心から嘆願すると。
「あ……」
体から、急激に力が抜けた。ご加護が消えたんだ。
さっきまで感じてた万能感も、無限に湧き上がってくる力も、全て失われた。
元に戻っただけだけど、あまりの落差に体がついていかない。
ゴミの攻撃も受け止められなくなって、押される。
ゴミが汚い笑みを浮かべた。火事場の馬鹿力を発揮してたけど、限界を超えたとでも思ったかな。
このままだと負ける。
真っ向勝負だったら、ね。
「……誇り高き絶対神、イリ・カテネンジャ・グランドナ」
「っ!」
僕が神様の名前を口にすれば、ゴミが動揺した。
攻撃の手が、わずかに緩む。
今がチャンスだ。もっとゴミを動揺させろ。攻撃が通じないなら口撃するんだ。
「おめでとう。絶対神のご加護を授かったんだね。さすがレッド君だよ。神様に選ばれし英雄だ。さぞ、気分がよかっただろうね」
「貴様……どこまで……?」
どこまで? 全部知ってるよ。
教えてくれたんだ。破壊神ボダズナトズ様が。
ご加護だけじゃなくて、こんなことまで教えてくれた。
「ちょっと前から、やけに強くなったよね。強くなるわけだよ。決まりを破って、神様のご加護を手に入れたんだから」
そう、これがゴミの強さの秘密だ。
スタニド王国では、神様のご加護を授かるための儀式は条件を満たさないと行えない。
『初等学校で三年間学び、卒業して、十歳になった人間』
十一歳のゴミは、年齢は満たしてても、初等学校卒業の条件は満たしてない。
なのに、貴族の権力を使って、無理矢理儀式を行ったんだ。
絶対神のご加護を授かったのはさすがだけど、ルール違反はいけないね。
「加護があっても、リリ先生にはまだ勝てないし、勝負を挑まなかったのかな? 代わりに、加護のない生徒を試合で叩きのめして、気持ちよかった? 『ワタシは絶対だ!』ってね」
僕の問いに、ゴミは答えない。答えないけど、動揺が顔に表れてる。
所詮、十一歳だ。ポーカーフェイスは苦手みたい。
お父さんのキルブレオ様と違って、ゴミは精神的に未熟だってことだ。
「勝つためには手段を選ばない。まあ、間違ってはないよ。ただ……卑怯者だね」
「黙れっ!」
僕の挑発に、ゴミは怒り狂った。
覚悟が足りないんだ。どんな手を使ってでも勝ちたいなら、どんな風に言われても受け入れる覚悟がなきゃ。
自分は英雄であり、絶対的な正義だと信じ込んでるからだろうね。英雄として、恥となる行動はできない。
汚い手段を使ったり、泥臭くボロボロになりながら勝ったり。
そういう人間臭さを、ゴミは見せたくない。
求めるは、文句をつけようのない完全勝利のみ。
いかに英雄らしく、勝利をつかみ取るかを考える。
色々と中途半端だ。
卑怯って思われたくないなら、ルール違反をしなければいい。
何があっても勝ちたいなら、悪評を受け入れればいい。
卑怯な手を使って、でも卑怯とは思われたくないなんて、虫がよすぎる。
そんな中途半端な覚悟だから、この程度で動揺する。
動揺するから、攻撃も稚拙になる。
「クソ! なぜ倒れん!」
せっかくの加護も、使いこなせないんじゃ意味ない。
強力な加護と未熟な精神が釣り合ってないから、僕でもギリギリ対処できる。
体に傷は増えてるけど、致命傷だけは避けて。
わずかな隙を狙って反撃だ!
「はっ!」
この試合初めてとなる、僕の反撃。
狙ったのは、木剣を握ってる指だ。数本まとめて潰してやった。
「いぎゃああああっ! ゆ、指がぁっ!」
そりゃあ、痛いだろうけどさ。
これもやっぱり、覚悟が足りてないね。試合中なのに、隙だらけだ。
「だから、うるさいって」
唾を飛ばしながら泣きわめくのが鬱陶しいんで、喉をぶっ叩いた。
あ、念のために言っとくけど、ゴミと違って殺す気はないから、木剣の柄で叩いたよ。突いたり斬ったりすれば死んじゃうし。
喉を強打されれば、しばらくは大声を出せない。
つまり、「降参」とも言えない。
先生に止めさせないルールにしたのは、失敗だったね。
自分がやられる側に回るなんて思わなかったんだろうけど、ルールのおかげで思う存分やり返せる。
ここからは、僕の番だ。
「はああああっ!」
ゴミを滅多打ちにする。頭を全力で殴ったりすれば、さすがに死にかねないから、主に手足を狙う。
殺しはしない。だけど、一生治らない怪我を負って再起不能になるくらいなら、構わない。
いい加減、頭にきてたんだ。容赦せずに、ギッタギタにしてやる!
呼吸すら忘れて、僕は殴り続けた。
何十発殴っただろう。疲れ果てて手を止めた時は、ゴミは気を失っていた。
ボロ雑巾になってる上に、鼻をつくツンとした臭いも。
ゴミの奴、失禁してるや。
僕の勝ちだね。
――いずれ、また。
再び、優しい男性の声が聞こえた。
幻聴じゃない。確かに、僕に話しかけてくれたんだ。ご加護を拒否した僕に。
ありがとうございます。破壊神ボダズナトズ様。
「先生」
呆けていた審判役の先生に声をかければ、我に返って試合終了を告げた。
優勝者が決まれば、普通なら歓声が起こるのに、観客は静まり返ってる。
ちょっと、やり過ぎたかもしれない。後悔はしてないけど。
胸がすっとしたよ。これまでの恨みを込めに込めて、全部ぶつけてやった。
先のことなんて知らない。父さんと母様に謝って、家族で夜逃げしようかな。
リリと、なんならマルネちゃんも一緒にさ。
ゴミのような貴族がのさばる国にいても、未来なんてない。
外国に行く方がいいかもね。




