二十二話 我、慈悲深き
本日二話目です。
リリたちからの音沙汰がないまま、決勝戦の時間になった。
決勝戦が二年生対決になるのは史上初の快挙らしく、キルブレオ様からお褒めの言葉を頂戴した。
そこで、レッド君が提案する。
史上初の決勝戦にふさわしい勝負にすべく、どちらかが降参するか気絶するまで続けたい、って。
審判の先生に止められたくないって意味だ。
急所への攻撃禁止っていうルールもなくしたし、分かりやすい。
心ゆくまで僕をボコボコにしたいんだ。
ルールをコロコロ変更されちゃ困るんだけど、キルブレオ様が認めれば、誰も文句は言えなかった。
まあ、元より先生には期待してない。準決勝を見る限り、先生が止めてくれるとは思えないから。
マルネちゃんを誘拐して、ルールも自分に都合のいいように変えて、僕をボコる準備は万端ってとこかな。辟易する下劣さだ。
レッド君、なんて呼ぶのはやめよう。ゴミで十分だ。
僕とゴミの試合が始まる。結果の定められた八百長試合が。
最初は強く当たって、だったかな。相撲じゃあるまいし。
言われた通り、僕は開始と同時にゴミに突っ込んだ。
木剣を大上段に構えて、振り下ろす。
普段の僕なら絶対にやらない、隙だらけの稚拙な攻撃。
ゴミは、僕の一撃を真っ向から受け止めて、そのまま鍔迫り合いになる。
八歳と十一歳だから、体の大きさや腕力はゴミが圧倒的に上だ。
力負けした僕が押されて、態勢を崩したところへ、ゴミの攻撃がくる。
避けられなくはないけど、「殴られ続けろ」って言われてるから避けない。
いったあ……ゴミの奴、防具がない部分をわざと狙ったな。
あとはもう、お察しの通りだ。
フルボッコ。ゴミの木剣が、次々と僕の体を捉える。
昏倒させようと思えばできるはずだ。なにせ、僕は無抵抗なんだから。
ゴミは、すぐには勝負を着けずに、時間をかけて僕をいたぶる。実に楽しそうに。顔には嗜虐的な笑みが浮かんでる。
ゴミが狙うのは、お腹が多い。腹パンがご趣味?
悪趣味だね。二重の意味で吐きそう。
お腹を殴られ続けてグロッキーになったら、今度は腕を狙ってきた。
「ぃぎっ!」
僕の左腕が、ボキィって嫌な音を立てた。折れたみたいだ。
あまりの激痛に思わず声が漏れるけど、ゴミがやめてくれるはずもなくて。
折れた腕を、何度も木剣で殴られる。痛過ぎて、痛覚も麻痺してきた。
もしかしたら、左腕は二度と元には戻らないかもしれない。
腕一本を潰しただけじゃ飽き足らず、次なる狙いは目だった。
木剣を地面と水平に構え、突きの姿勢を取る。そのまま、僕の目に向かって突き出した。
いくらなんでも、これは食らえない。確実に失明する。
顔を傾ければ、頬が斬り裂かれた。
ゴミの木剣は、先端が尖ってる。安全面を考慮して丸めてあるはずなのに、ゴミだけは特別ってわけだ。
木剣でも、尖った先端を使われれば、人間の肌なんて脆いものだ。
ゴミは攻撃方法を斬撃から刺突に切り替えた。
レイピアと違って、木剣は突きには不向きなんだけど、八百長試合なら気にせず使える。
僕の体が斬り裂かれていく。手足ならまだしも、喉を狙うとかバカだ。死ぬよ。
ああ、バカなんだった。バカでゴミで、どうしようもない人間。
僕が死んでも、試合中の事故で処理できるだろうし、殺すつもりかもね。
サザザ君を殺した時と似たようなものだ。
なんでもいいから理由をつけとけば、ゴミほどの身分があれば殺人も許される。
殺されるわけにはいかないから、なんとか避けたけど。
ボロボロになって血を流す僕から、ゴミは一旦距離を取った。
そして、お得意のご高説を垂れ流す。
「もう十分だろう? ワタシと君の力の差は理解したはずだ。大人しく降参したまえ。これ以上、弱い者いじめをするのは、ワタシも心が痛む」
よく言うよ。降参するなって脅してきたくせに。
弱い者いじめは心が痛む? 大好物じゃないの?
試合中なのに、ペラペラと偉そうに話すゴミを、僕はきつく睨みつけた。
そこで、僕の耳に心強い声援が。
「ロイサリスー! 負けるなー!」
「がんばれー!」
「まだいけるぞ!」
僕のルームメイトたちだ。そして。
「何やってんだ! お前は俺に勝ったんだろうが!」
三回戦で戦ったスウダ君もいる。
声援を送られてる量はゴミが上でも、僕を応援してくれる人もいるんだ。
確かに、ルームメイトの三人は、僕を応援するって言ってくれた。
でもまさか、こうして声援をくれるなんて思いもしなかった。
ゴミにバレちゃうし、心の中でこっそり応援するとばかり。
「ふう、やれやれ。弱者ゆえに、同情票を集めるか。ワタシには理解できないな」
うん、そうだろうね。
ゴミは自分を……自分だけを信じる強さがあるから。自分が正しいって。
ゴミと違って、僕は心が強い人間じゃない。むしろ弱い人間だ。
前世でも、転生してからも、いじめに屈して泣くしかできない弱者。
曲がりなりにも普通に生活できてるのは、僕を守ってくれる人がいるからだ。
父さん、母様、リリ、マルネちゃん。
ミカゲさんや、小料理屋のおじさんとかも。
僕を応援してくれてるルームメイトたちに、スウダ君。
ユキもそうだ。マルネちゃんを助けるために協力してくれてる。
僕は、守られなけりゃ、まともに生きられない。
だったら……ここでくじけるのは格好悪いよね。守ってくれる人たちに、顔向けできなくなる。
「……うるさいよ」
「何?」
「うるさいって言ったんだ。試合中に、ペチャクチャとさえずるな、ゴミが」
「グ、グレンガー……貴様ぁ」
ゴミを怒らせるのは悪手だ。
最善は、何も言い返さず、殴られておくこと。いずれは気絶するし、そうすれば試合が終わって、僕もマルネちゃんも助かる。
悪手なのは百も承知で、言わずにはいられなかった。
自分自身を叱咤する目的もある。
どれだけ殴られても、今だけはくじけないって。ゴミには負けないって。
僕の悪態に、ゴミは激怒していた。激怒してるのはこっちだよ。
「ワタシの優しさを理解してもらえず、残念だ。ならば、お望み通り続けようか」
言って、ゴミは木剣を水平に。次はどこを狙うのかな。目か、喉か。
やれるものならやってみろ。
僕は右手一本で木剣を構える。殴られ続けろとは言われてるけど、構えるなとまでは言われてないからね。ただのハッタリだ。
ハッタリでも、ゴミはかすかに躊躇していた。
普段は言い返さなかった僕が言い返したから、キレたって思ったのかもしれない。
キレた人間なら、人質も意味がなくて、攻撃されるかも。
そう考えた時、ゴミはひるんでしまう。いつもいつも、安全圏から高みの見物をするような人間だし、いざとなるとこんなものだ。
「さえずるなって言っておきながら、ブーメランなのは承知で言うけどさ。君はいつもそうだよね。言い訳や免罪符がなければ何もできない人間だ。自分は正義だ、悪いのはあいつだ、みんなのために仕方なくやってるんだ。誰かのせいにしないと、自分の行動すら自分で決められない。悪党の方がマシだね。奪いたいから奪う、殺したいから殺すって、欲望に正直な分、言い訳ばかりの君よりずっとマシ」
鬱憤が溜まってたから、ここぞとばかりに言わせてもらう。
「少しは素直になれば? 人を見下すのが大好き、傷つけるのが大好き、弱い者いじめが大好き、権力を乱用するのが大好き。やりたいから、やる。貴公子の皮をかぶってないでさ、素直になりなよ。人間は所詮、そういった醜い感情を持つ生き物だ。僕も君を見下してる。ゴミだってね。言い訳ばかりして取り繕うよりも、素直な方がいいよ」
「グレンガァッ!」
ゴミは、吼えて突っ込んできた。殺意に満ちた、全力の突きを繰り出す。
速いはずのゴミの動きが、僕にはやけに遅く見えた。
ああ、僕、殺されるな。
妙に冷静になって、そんな風に考えてた時だ。
「ロイ君!」
大勢の声の中で、一際よく響く声が聞こえた。
昨日まで、毎日のように聞いてたのに、酷く懐かしい声。
マルネちゃん、無事だったんだ。よかった。
リリやユキが助けてくれたのかな。マルネちゃんを救い出してくれて、二人には感謝してもし切れない。
人質の心配がなくなったのなら。
我慢、しなくていいよね。
「はっ!」
ゴミの木剣を、ガッチリと受け止めた。
信じられない。ただでさえ腕力じゃ劣ってるのに、加えてあっちは両手、こっちは片手のハンデがあるんだ。
なのに、僕は力負けしてない。
無限の力が、全身からみなぎってくるような万能感がある。
僕、どうしちゃったんだろ?
驚いてるのは、ゴミも同様だ。
「きさ……」
ゴミが何を言おうとしたのか知らないけど。
耳障りな声の代わりに、透き通るような優しい男性の声が聞こえた。
――我、慈悲深き、破壊神。