二十一話 レイドレッドの謀略
三位決定戦は、三年生の男子が戦える状態じゃないんで、ユキノさんの不戦勝になった。
午後の決勝戦を前に、一足早く昼休憩の時間になる。
昼食を食べ過ぎると試合に差し支えるし、軽く済ませるつもりだったけど……
僕は、食事どころじゃなかった。
「ねえねえ、名前は?」
「ロ、ロイサリス・グレンガー……」
「みんなから、なんて呼ばれてる? 愛称を教えて」
「ロイ……かな」
「ロイは何歳?」
「八歳……」
準決勝が終わったら、ユキノさんに懐かれた。
矢継ぎ早に質問されて僕が答えて、ってのが続いてる。
「二年生だよね? なんであんな強いの? あたし、年下の子に負けたの初めて」
「と、父さんに剣を習って……あとは、リリ先生にも……」
「お父さん、高名な剣士だったりする?」
「普通……だと思うよ」
質問されるのも、答えるのもいいんだけど、ユキノさんがやけにくっついてくるのが困る。柔らかい体の感触にドギマギする。
追い打ちをかけるみたいに、リリがさ。その目はやめて。
冷たい目じゃないんだ。ただただ、悲しそうに僕を見る。
心がえぐられそう。「デレデレ鼻の下を伸ばして、坊ちゃまはサイテーです」とか軽蔑してくれるなら、まだいいのに。
じーっと、じじじーっと、悲しそうな目をする。
針のむしろだ。誰か助けて……
僕が悪いのかな?
悪いよね。くっつかれて困る、なんて言いながら、やめさせない僕が悪いんだ。
「ユ、ユキノさん、離れてくれないかな?」
「ユキって呼んで。クラスの子はそう呼ぶの」
「ユキさん、離れて……」
「ユキ」
「ユキ、お願いだから離れてよ。女の子が、軽々しく男にくっついたらダメだよ」
「なんで?」
「なんでって……」
この子、あれだ。恋愛感情とか全然分かってない。
自分が可愛いってことも、可愛い女の子が男にくっつくとどうなるかってことも、自覚がないんだ。
九歳なら、少しは恥じらいとか持っててもおかしくないのに。
「あたしの攻撃、なんで分かったの? 魔法みたいだったよね」
「離れてくれたら教えるよ」
「ええー、なんでなんで?」
「えっと……汗かいてるし、臭いでしょ?」
「ロイの汗の臭い、好きだよ?」
ドンガラガッシャーン!
って、コントみたいにリリが弁当箱をひっくり返した。
小声で「私だって、坊ちゃまの汗なら……」とか言ってる。
それは、どっちかっていうと変態の発言だから、自重して。
三人でラブコメみたいなやり取りをしてた時だ。ミカゲさんがやってきた。
「ロイ君はぁ、マルネをぉ、見なかったぁ?」
「マルネちゃん? 見てませんけど」
思えば、今日はマルネちゃんに会ってない。僕の試合、見てくれなかったのかな。
「マルネさんでしたら、私と一緒に準決勝を観戦していましたよ」
「リリ先生と一緒だったんですか? 今はどこに?」
「……そういえば、昼食を買いに行ったきり、戻ってきませんね」
迷子にでもなってるのか、混雑してて買うのが遅れてるのか。
変な人に絡まれてないかな。心配になってきた。
「僕も探します。リリ先生は、ここにいてくれませんか。マルネちゃんが戻ってくるかもしれないので」
「ロイ、どっか行くの?」
「マルネちゃんを探しに行くんだ」
「マルネ? 誰?」
「昨日、準々決勝で、ユキと戦ったじゃない」
「……思い出した。あの子も強かった。試合が楽しかったよ」
ユキは、人を覚える基準が強さなんだね。彼女らしいといえば彼女らしい。
「行方が分からなくなってるし、事件にでも巻き込まれてたら大変だから、僕が探してくるよ」
「あたしも探す。あの子なら、顔を覚えてるから」
「本当? 助かるよ」
ユキが協力を申し出てくれたから、お願いすることにした。
僕とユキ、ミカゲさんで、手分けしてマルネちゃんを探す。
僕がまず向かったのは、屋台が並ぶ場所だ。
武術大会は、ちょっとしたお祭りみたいなものだから、色んな屋台が出てる。食べ物の屋台もあるし、マルネちゃんが昼食を買いにきたとすればここだ。
ざっと見渡すけど、マルネちゃんは見つからない。知り合いに聞いてみよう。
「おじさん、こんにちは」
「おう、ロイの坊主じゃねえか。決勝戦まで進んだんだって? すげえな。さすがゴウザの息子だ。ゴウザも見にくればいいのに、薄情な奴だぜ」
「ありがとう。父さんは仕方ないよ。小さな子供が二人もいるから、母様だけを家に残せないし、連れてくるのも大変だからね」
「ロイの坊主もちっせえのに、しっかりしてんな。うちのバカ息子に見習わせてえよ。よっし、今日は俺の奢りにしてやる。なんでも好きなもん食っていいぞ」
「気持ちだけでいいよ。それより聞きたいんだけど、マルネちゃん見なかった?」
このおじさんは、父さんの知り合いだから、僕にもよくしてくれる人だ。
小さな料理屋を営んでて、マルネちゃんと一緒に食べに行ったこともあるし、マルネちゃんのことを知ってる。
「ロイの坊主の恋人だっけか? 可愛い子だったよな」
「か、からかわないでよ」
マルネちゃんと恋人に見られるのは、正直嬉しい。
ユキに抱きつかれてデレデレしてたのに、こんなこと言っても説得力ないかもだけど……
僕は、マルネちゃんが……ね。その……ね。あれだよ、あれ。
八歳の肉体に引きずられてるのか、僕の女性の好みは同年代の女の子なんだ。
だから、こうして一生懸命に探してる。
「それで、マルネちゃんを見た? 見なかった?」
「わりいが、見てねえな」
「そうなんだ。分かった、ありがとう」
おじさんが知らないとなると、ここにはきてないのかな。
お礼を言ってから、屋台を離れて別の場所を探す。
でも、マルネちゃんは見つからない。本当に、どこ行ったんだろ。
「おい」
キョロキョロしながらマルネちゃんを探してると、変な男に声をかけられた。
帽子を目深にかぶってて、怪しさ満点。顔を隠そうとしてるのが、いかにも後ろ暗いところがあるって言ってるようだ。
「僕、ですか?」
「決勝戦は、何があっても降参するな。また、反撃も禁じる。怪しまれないよう、最初は強く当たって、あとは殴られ続けろ」
「何を……」
「破れば、マルネの命はないと思え」
「マルネちゃん!? マルネちゃんをどうしたんだ!」
「確かに伝えたぞ」
男は一方的に言うだけ言ってから、走り去った。
追いかけたけど、人ごみに紛れられて見失ってしまう。
くそっ! なんだよ、一体!
いや、犯人なんて分かり切ってる。
レッド君の仕業だ。マルネちゃんを人質に取って、八百長しようって魂胆だ。
リリに相談しよう。手がかりもないのに、僕一人じゃ助けられない。
急いでリリが待つ場所に戻った僕は、男から言われた内容を伝える。
ミカゲさんとユキもいたんで、二人にも聞いてもらった。
「ミカゲさん、ごめんなさい。僕のせいで……」
「ううん、ロイ君は悪くないわよぉ」
「そうですよ。マルネさんを誘拐した人、おそらくレッド君の差し金でしょうが、犯人が悪いのです」
「リリ先生、僕はどうすれば……」
「ロイサリス君は、試合に臨んでください。『棄権しろ』ではなく、『殴られ続けろ』と言ってきたのは、公式な試合でロイサリス君をいたぶりたいからでしょう。棄権してしまうと、マルネさんの命がどうなるか」
レッド君の差し金なら、そうなるよね。
レッド君は関係なくて、レッド君に媚を売りたい人が先走った可能性も考えたけど、それなら「棄権しろ」とか「負けろ」って言うと思う。
「殴られ続けろ」って指示なのが、いかにもレッド君らしい。
準決勝で戦った三年生の男子も、こうやって弱みを握られてたのかもしれない。
なんて卑怯な。こんな卑怯者の言うことなんて聞きたくないけど、マルネちゃんのためには従うしかないのが悔しい。
「私は、マルネさんを探します。他の先生方にも伝えたいところですが、レッド君には逆らえないでしょうし……」
「あたしが一緒に行く」
「ユキノさんが、ですか?」
「あたし、実は、準決勝に負けろって言われてた。今朝、変な男が伝えてきたの」
「ユ、ユキ、それ本当!?」
「本当。勝ったら、あたしを……ご、ごうかん? するって言ってた。ごうかんの意味は分からなくても、酷いことなんだってのは分かった。無視するつもりだったけど、結果的に負けたから無事なだけで、もし勝ってたらあたしも……」
決勝で僕をボコボコにするのが目的なら、準決勝でユキが勝ってしまうと困る。
だから、ユキも脅した。九歳の女の子を強姦って、人間のすることじゃない。
まさか、今頃マルネちゃんも?
僕と同じことを、リリも考えたみたいだ。
「こうしてはいられません。すぐに探し出しましょう。ユキノさん、手伝ってください」
「うん」
リリとユキが、マルネちゃんを探しに行った。
ミカゲさんも、知り合いの人に声をかけてみるって言ってた。
仕事が仕事なだけあって、屈強な男性の知り合いが多いんだってさ。貴族の横暴に泣き寝入りする性格の人たちじゃないから、手伝ってもらえるかもって。
僕は試合があるから手伝えない。歯がゆいけど、みんなに任せよう。
お願い。マルネちゃんを助け出して。