十九話 武術大会一日目
一日目は準々決勝までが行われる。試合数が多いから、進行も早い。
僕は、一回戦、二回戦と、順調に勝ち上がった。
特筆すべき試合内容じゃなかったんで、詳細は省く。
やっぱり子供だからさ、猪突猛進な子が多いんだよね。
開始と同時に突っ込んでくるのをいなして、カウンター気味に頭への一撃、剣道で言うところの面をお見舞いして、終わりだ。
防具で守ってるから、軽く叩いた程度じゃ怪我はしない。余裕を持って勝てた。
三回戦は、クラスメイトのスウダ君との対戦になった。
スウダ君は、三年生を倒して勝ち進んできたんだ。
僕との対戦となる今も、自信に満ちあふれたいい顔をしてる。
いじめっ子の一人だったスウダ君だけど、最近はいじめに加担してない。
リリと出会って、剣術の面白さに目覚めたんだ。
好きこそものの上手なれ。メキメキ実力を伸ばしたスウダ君は、今やクラス四位の実力だ。
過去のわだかまりは水に流して、いい勝負を……って言いたいんだけどさ。
「ロイサリス……お前には負けんぞ」
やけに僕を敵視してる。僕と同じ八歳なのに、気圧されそうだ。
なんで、スウダ君は僕を敵視するのか。
彼は、マルネちゃんが好きなんだって。試合前にも、「お前に勝ってマルネさんに告白する」って宣言してきた。
この戦いは、スウダ君にとってはマルネちゃんを賭けた真剣勝負。
僕に勝たなくたって、告白くらい好きにすればいいのに。
って意見は、野暮だね。女の子を賭けた男同士の勝負って、不謹慎かもしれないけどワクワクする。
いいね。いじめとか、いじめへの仕返しとかよりも、こっちの方がずっといい。
僕とスウダ君が向き合って、試合が始まる。
「ぜああああっ!」
裂帛の気合いと共に突っ込んでくるスウダ君。
気合いは認めるけど、一、二回戦の相手と同じだ。これを軽くいなして……
「しっ!」
フェイント!?
突っ込んできたかと思ったら、剣の間合いの外で急ブレーキ、そして僕のタイミングを狂わせてからの斬撃だ。
バックステップで避ける僕に、スウダ君の追撃が迫る。
剣で受けて、数度の打ち合いが繰り広げられる。
少し焦ったけど、なんとか僕のペースになった。
「やあっ!」
「なんの!」
スウダ君の全力の攻撃を打ち払って、僕の攻撃が決まる。勝負ありだ。
あ……危なかった……かなり自惚れてたね。慢心から負けるところだった。
悔しげに顔を歪めるスウダ君と握手してから、次の試合の子に場所を譲る。
スウダ君は、「次は負けない」って言い残した。負けん気が強いのはいいことだよ。
で、僕には鬼教官のお説教が。
「ロイサリスくぅん」
「は、はい!」
「今、完全に相手を舐めていましたね? 慢心し切っていましたね? 私は、そのように教えた覚えはありませんよ?」
「すみません、リリ先生! 次からは舐めません! 慢心しません!」
「罰として、優勝できなかった場合は二百周です」
八十キロ走れと!? 死んじゃうよ!
自業自得なんだけど、大変なことになった。何がなんでも優勝しなくちゃ。
リリに与えられる罰が怖い僕は、四回戦、五回戦を必死で戦い、勝った。
ベスト4進出だ。準決勝と決勝は明日行われるから、今日の試合はおしまい。
ベスト4に勝ち残ったのは、今のところ、僕、レッド君、三年生の男子の三人だ。最後の一人を決める試合は、今から始まる。
マルネちゃんと、三年生の女子の対戦だ。
マルネちゃんは、リリに言われた通り、準々決勝に残ってる。リリも先生として鼻が高いだろう。
準決勝進出をかけた勝負を、僕は知り合いと一緒に応援する。
リリと、久しぶりに会うミカゲさん。ミカゲさんは、娘の成長に感無量で、リリに何度もお礼を言ってた。
「ロイ君もぉ、ありがとうねぇ。マルネがぁ、立派になってぇ……ふええぇぇ」
「泣かないでくださいよ。僕の方こそ、マルネちゃんには助けられてます」
「な、なんていい子なのぉ。お義母さんって呼んでくれてもぉ、いいのよぉ」
「遠慮しておきます」
誰がお義母さんだよ。まあ……将来的にはお義母さんになってもらいたいかな。
ていうのはいいとして、僕がやったのは、たいしたことじゃないと思ってる。
僕の方が助けられたのも本当だ。マルネちゃんのおかげで、辛い学校生活に耐えられた。
だからこそ、成長したマルネちゃんと戦ってみたいんだけど。
「リリ先生、対戦相手の女子って……何者ですか?」
「あ、ロイサリス君も気付きました?」
「そりゃあ、これまでの試合を見てますからね」
マルネちゃんの相手となる女子は、ユキノ・セツカ。
雪に雪ね。名は体を表すっていうか、真っ白な髪の毛が特徴的な美少女だ。肌も雪みたいに白い。雪のお姫様って言われれば信じそう。
年齢は、マルネちゃんと同じ九歳で、僕の一つ上だ。正直、年齢詐称してるんじゃないかって思うほど大人びてる。
九歳にしては背も高いし、胸も膨らんでる。多分だけど、胸はリリより大きい。
九歳でこれって……異世界すげえ。
異世界は関係なくて、ユキノさんが凄いのかも。マルネちゃんは、ごくごく普通の子供体型だし。
僕は何も、美少女だから注目してるわけじゃない。
ユキノさんは、楚々とした外見に反して、野獣のような戦い方でここまで勝ち抜いてるんだ。
おそらく、正式な剣術は習ってなくて、我流だろう。我流なのにと言うべきか、我流だからこそと言うべきか、とにかく強い。
「マルネちゃんじゃ、厳しい相手ですよね。先生は勝てると思いますか?」
「客観的に見れば、まず無理でしょう。私が準々決勝進出を課題にしたのも、ここでユキノさんに当たると分かっていたからです。彼女は、いわゆる天才という人種ですから」
「て、天才? 先生がそこまで言うほどの人ですか?」
リリだって、父さんから天賦の才があるって認められる実力者だ。
そのリリをして、天才って言わしめるユキノさん。学年が違ったから知らなかったけど、凄い人がいるもんだな。
驚く僕に、リリが補足する。
「他の先生方が、さじを投げるほどですね。ユキノさんの戦い方は、先生の教えとは違いますので、何度も矯正しようと試みたそうです。でも、断念しました」
「聞き入れなかったんですか?」
「というよりも、教えられなかったんです。無理矢理矯正すると、動きが悪くなってしまい、とても見られたものではありません。結局、ユキノさんには常識が通用せず、教えられないと判断しました。天才と評価する先生もいれば、問題児と評価する先生もいます」
前世で聞いた言葉を思い出した。
型を知り、それを破るから型破り、みたいなやつ。
型を知らずに好き勝手やっても、デタラメにしかならない。型を破りたければ、基礎となる型を完璧に身に着けた後じゃなきゃダメだって言われてる。
本物の天才なら、型を身に着ける段階すらすっ飛ばすんだな。
って、感心してる場合じゃない。マルネちゃんが負けたら、準決勝でユキノさんと対戦するのは……僕だ!
「マルネさんが勝てばよし。負ければ、ロイサリス君が仇を取るんですよ」
「あの……たった今、天才だってべた褒めした相手ですよね?」
「大丈夫です。ロイサリス君も天才の部類ですから」
無責任に天才だってもてはやすのは、やめて欲しい。
僕が同年代の子供に比べて強いのは、昔から父さんに習ってたおかげだ。
剣術は好きだったし、訓練も続けてきた。
逆に言えば、同じ期間訓練すれば僕レベルにはなれる。天才じゃない。
「うわぁ、ロイ君はぁ、天才なんだねぇ。お姉さんもぉ、ゴウちゃんからぁ、ロイ君にぃ、乗り換えようかしらぁ。親子丼ってぇ、知ってるぅ?」
八歳に何を聞いてるんですか、ミカゲさん!
「……ロイサリス君、優勝できなかったら三百周です」
増えてる! 百周も増えてるよ! ご無体な!
マ、マルネちゃんに期待しよう。マルネちゃんが勝ってくれれば……
「負けちゃったよ……」
はい、勝てませんでした。
善戦したんだけどね。いい勝負だったし、ユキノさんを追い詰めはしたけど、一歩及ばなかった。
意気消沈して戻ってきたマルネちゃんを、ミカゲさんとリリが慰めてる。
「マルネはぁ、凄かったわよぉ。こぉ、ババババァ、ギュギュギュゥ、ピッキョゲラァ、ってぇ」
……ミカゲさんの素っ頓狂な擬音はいいとして、だ。
「よく頑張りました。上々の結果ですよ……マルネさん」
「あ!」
リリに褒められたマルネちゃんは、負けて落ち込む顔から一変、パッとほころばせた。
今のやり取りの意味は、僕とマルネちゃん、リリにしか分からないだろう。
師弟関係の時は、「マルネさん」じゃなくて、「クナさん」って呼んでた。
それが、「マルネさん」になった。母親のミカゲさんがいるからじゃなくて、マルネちゃんを認めた証だ。
「せ、せんせぇ……」
「泣いてどうするのですか。ほら、いい子いい子」
母親よりも母親っぽく、リリはマルネちゃんを撫でていた。
母親の立場を取られまいとミカゲさんも参戦し、美女と美少女が、美少女を撫でる図が繰り広げられる。
目の保養だけど……これで僕は、ユキノさんと戦うのか。
「マルネの仇はぁ、ロイ君がぁ、取ってくれるわよぉ」
「そうですね。ロイサリス君に期待しましょう」
「はい。ロイ君なら、絶対に勝てるよね。わたし、信じてる」
重い……三人の期待が重い……
特にマルネちゃん。僕を信じ切った無垢な瞳で言うんだから、破壊力抜群だ。
勝てる……かな?