一話 全部思い出した
本日二話目です。
申し訳ないのですが、序盤の文章は淡々としています。(後半は……どうだろ?)
前作を読まれた方は、テンションの違いに戸惑われるかもしれません。
それはさておき、次は夜10時過ぎに投稿します。
幸せな日々……だったと思う。少なくとも、昨日までは。
優しくて温かい家族がいて、衣食住にも不自由しない。
毎日毎日、笑って過ごしていた。
でも、今日は……
「ああ、ロイ! 目が覚めたのね! よかったわ!」
自室のベッドで横になりながら、僕はうっすらと目を開けた。
心ここにあらずといった感じで天井を眺める僕を見て、母様は涙を流しながら喜んでいる。
ロイってのは、僕の名前だ。
フルネームは、ロイサリス・グレンガー。愛称がロイ。
格好いい名前だね。自分でも気に入ってる。
ただし、僕にはもう一つの名前がある……いや、あった、かな。
昨晩、食事中にいきなり意識が遠のいて、気を失って。
そして、全てを思い出したんだ。
松井秀一。前世の、二十一世紀の日本で生きていた僕の名前だ。
前世で命を落とし、全く別の世界で、ロイサリス・グレンガーという赤子に生まれ変わった。いわゆる、異世界転生ってやつだ。
昨日までは、前世の記憶なんて綺麗さっぱり忘れていた。
今の僕は六歳なんだけど、この年齢になるまで一度たりとも思い出したことなんてない。
昨日、急に思い出したんだ。
松井秀一だった頃の記憶がよみがえり、ロイサリス・グレンガーの記憶も持っているせいで、まだ混乱気味だ。
僕は一体、誰なんだろう。
哲学的なようなそうでもないような、小難しいことも考えてみる。
僕が呆けているせいで、喜んでいた母様は顔を歪めた。
「ロイ、どうしたの? どこか痛い?」
「……大丈夫だよ、母様。ちょっと、ぼんやりしてただけ」
「そう……でも、油断してはダメよ。急に意識を失うのだもの。私もみんなも心配したわ。お医者様からお薬をもらっているから、飲みましょうね」
母様はそう言って、準備を始めた。
水差しの水をコップに入れ、薬包に包まれた粉薬と一緒に、僕に渡してくる。
これ、苦くて嫌いなんだよなあ。でも、飲まないと母様を心配させる。
僕は仕方なく、上体を起こして、粉薬を水で流し込んだ。
うえぇ……苦っ。
病気になるたびに薬をもらってるけどさ、六歳児に飲ませる薬じゃないよね。
日本だったら、甘くて飲みやすい薬を処方してもらえるのに、この世界だとこれが普通だ。
まあ、前世と合わせれば、精神的には二十歳過ぎって言ってもいい。
立派な大人なんだし、我慢しよう。
僕が薬を飲めば、母様は頭を撫でてくれた。偉いわね、って褒めてくれながら。
かなり恥ずかしい。さっきも言ったけど、精神的には二十歳過ぎなのに。
母様って、若くて美人なんだよね。
確か、十八歳で僕を産んでるはずだ。僕が六歳だから、母様は二十四歳。
実の母親に欲情なんてしないとはいえ、子供みたいに甘えられるかってなると話は別だ。
僕は、照れ臭さを誤魔化すように、再び寝転がって布団を鼻までかぶった。
「もう少し、寝ていなさい。母様は、ずっとここにいるからね。安心して」
母様は、都合よく誤解してくれたんで、お言葉に甘えて寝させてもらう。
僕は目を閉じる。薄闇の中で考えるのは、僕自身についてだ。
松井秀一、そして、ロイサリス・グレンガー。
前世の自分と、今の自分。まどろみの中で、記憶を整理していく。