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十七話 ロイサリスの決意、マルネの覚悟

 まずは、誤解を解いておこうか。

 マルネちゃんのトンデモ発言、「わたしをいじめてください!」ってのは、額面通りじゃない。

 マルネちゃんは、リリに自分を鍛えてもらいたいって意味で言ったんだ。


 己に厳しい鍛錬を課すことを、「体をいじめる」って表現するよね。

 要するにそれ。なんてまぎらわしい。


 リリへの弟子入りを希望する子はいたけど、マルネちゃんもとは思わなかった。

 リリは、悩んだ末に弟子入りを認めた。

 とはいえ、授業中にマルネちゃんだけを特別扱いはできないから、師弟関係は内緒。他の子供たちに隠れて、こっそりと訓練する形だ。


「鍛えるからには、厳しくいきますよ。生半可な覚悟では耐えられません」

「は、はい! よろしくお願いします、先生!」


「よい返事です。では、訓練時はクナさんと呼びますね。私も、一人前と認められるまで、師匠からリローと呼ばれていました。上下関係を明白にし、甘えを許さないためです。私が師、マルネさんが弟子。これを頭に叩き込んでおいてください」

「はい!」


「師の言葉は絶対です。私が死ねと言えば死ぬ気概を持たなければいけません」

「は、はい……」


「返事が小さいです! あなたの覚悟はその程度ですか!」

「す、すみません、師匠! 覚悟します! 死ねと言われたら死ぬ覚悟です!」


「よろしい。もっとも、さすがに『死ね』なんて命じませんけどね」


 てな感じで、女性二人で盛り上がってた。僕は、微妙に疎外感を覚えたね。

 マルネちゃんが、いきなり鍛えて欲しいなんて言い出した理由は知らないけど、覚悟は見て取れた。


 僕も負けてられない。いじめっ子を見返すために、行動しようと決意した。

 やり方は至極単純。勉強や武術で、僕の力を見せつける。


 二年生になってから、少しずつやってきたことでもある。

 初日の筆記試験で満点を取ったみたいに、僕はいじめっ子にいじめられるだけの人間じゃないって証明するんだ。

 マルネちゃんのおかげで、僕はこれまで以上に頑張ろうって気持ちになれた。





 リリの授業は、座学、実技共に厳しい。例えば。


「……よって、我がスタニド王国は、戦争で勝利を収めました。では、敵国の立場になった時、どうすれば勝てていたでしょうか? 複数の観点から考察し、レポートにまとめて提出してください。提出期限は三日後とします」


 こんな課題がしょっちゅう出される。ちょーっとレベルが高過ぎやしないかな?

 歴史の授業ってのは、イコール暗記って考えられてた。戦争をテーマにするなら、戦争の名前や活躍した英雄の名前を覚えるだけの授業だ。


 あとは、愛国心を育むための授業でもある。

「我が国は強い。我が国は凄い。国王様は神様だ。よって戦争にも勝てた。敵はクソザコナメクジ。プーッ、クスクス」って。


 後半は少し誇張したけど、おおよそ間違ってないのが酷いよね。

 スタニド王国の偉大さを、これでもかと大げさに教えて、それでおしまいだ。

 筆記試験だって、「何々戦争で我が国が勝てた理由は?」とかいう問題があれば、「強かったから」、「凄かったから」で正解になる。


 愛国心を育む方針は否定しないけど、内容があまりにもお粗末だ。勉強になってない。

 リリは、暗記だけじゃ済まさずに、子供たちに考えさせようとする。

 当然、難しいし大変だから、ついていけない子供も出る。そういう子供には、自主的に質問するなら丁寧に教えるし、諦めるなら放置だ。


 成績が悪くても留年はしないんだから、諦める人も少なくない。

 今はそれでもいいとして、五年後、十年後には後悔するかもね。真面目に勉強した子とサボった子じゃ、明確な差が生じる。


 一生、畑を耕して生きるなら不要な知識だけど、成り上がりたいって考えるならリリの授業は凄くためになる。

 ためになる授業を、将来国を背負うはずのレッド君は全否定だ。


「国賊め! 敵国の立場になるなど、恥ずべき売国行為だ!」

「なぜですか? この時は勝ちましたが、次も勝てる保証などありませんよ。なぜ勝てたのか、そして相手はなぜ負けたのか。これらの考察は、国を守ることにもつながります」

「負けるものか! 絶対に勝つ! 我が国には、ワタシのような英雄がいる!」


 無茶苦茶な意見だけど、こればかりはレッド君が悪いとは言えない。

 誰に聞いてもこう答える。負けるはずがないって。

 なぜなら、戦争で負けた歴史は、学校じゃ教わらないんだ。


 スタニド王国は、それなりに大国だけど、長い歴史の中で常勝無敗なわけじゃない。負けたことだって何度もある。

 でも教えない。戦争で負けたなんて教えると、「我が国は強い。我が国は凄い。国王様は神様だ」の内容と矛盾するから。


 なんか、昔の日本を彷彿とさせる。それよりもわけが悪いかもしれない。

 リリ曰く、上級学校に通えば詳しく教わるらしい。


 僕らが通ってるのが、初等学校。ここで三年間学んで、優秀な成績を修めれば、上級学校への進学が認められる。もしくは、貴族の子供が通うようなエリート初等学校なら、エスカレーター方式で上級学校に上がれる。


 僕の同級生だと、進学しそうなのはレッド君くらいだろう。

 進学してから、理想と現実のギャップに悩まないといいけど。

 まあ、大丈夫かな。リリへの反発心から、全否定してる側面もあるし。

 座学はこんな感じで、実技も気は抜けない。


「目をつぶらない! 怖いのは分かりますけど、目を閉じてしまっては何もできません! 相手を見なさい! 次に目を閉じたら、訓練場を百周走らせますよ!」


 怖っ! スパルタにもほどがあるよ。

 本当に百周も走らせたことはないけど、五十周ならある。


 というか、五十周走らされたのは僕なんだよね。リリの話を聞かずに、マルネちゃんが大丈夫かなって気にしてたら、めちゃくちゃ怒られた。


 あの時は大変だった。冗談かと思ったら、本気で五十周走らせるんだもの。

 一周は、四百メートルくらいかな。五十周だと約二十キロ。死ぬって。


 みんなは、怒られる僕をバカにしてた。なんとか五十周走り切ったら、さすがにバカにできなかったみたいで口数が減った。


 最後まで文句を言ってたのは、レッド君だ。

 五十周も走れるわけがない。数を誤魔化したんだって。

 リリが庇ってくれて、五十周走るのを確認したって言っても信じなかった。


「でしたら、次回の授業で、オザ君とロイサリス君が一緒に五十周走ってください。オザ君がつきっきりで見ていれば、嘘ではないと分かるでしょう」


 ここまで言われて、やっと引き下がった。五十周走るのはごめんなんだろう。

 引き下がらなかったら、リリのことだし、僕も巻き添えを食らって走らされてたね。二度とやりたくないのに。


 なんかさ、武術の授業になると、リリは僕に厳しくなる。

 僕の限界ラインを見極めて、少し超える程度の課題を出すんだ。毎度毎度、死に物狂いでこなしてる。

 そのおかげか、力は着実についてるし、周囲の僕を見る目も変わってる……ような気がしないでもない。


 リリの狙いはこれかな。僕の実力を知らしめるために、わざとやってるとか。

 だとしても、もう少し手加減はして欲しい。

 マルネちゃんに負けないように頑張ろうって決意した手前、泣き言を漏らすのは格好悪いし、精進あるのみだけど……


 これだけは言わせて。僕、まだ八歳なんだよ。加護だってもらう前だ。

 この世界の八歳児って、こんなに厳しい訓練してるの?

 してないよね、絶対。だって、他の子供には、リリもちゃんと手加減してるし。

 普通の授業よりも、ちょっと厳しいかなって程度で、誤差の範囲内だ。


 リリの厳しさは、子供が悪いことをした時にいかんなく発揮される。他の先生なら口頭での注意で済ませるところを、罰として訓練場五周とか素振り百回とか。


 僕なら十倍になるけど。僕だけね!

 区別しないんじゃなかったの? 平等に扱うんじゃなかったの?

 リリって、ひょっとして僕が嫌い?


 とか考えてたら、こっそりと耳打ちしてきた。


「坊ちゃまのために、心を鬼にしています。私は、坊ちゃまを愛していますよ。それだけは忘れないでくださいね」


 リリの考える平等は、個々人に合った課題を与えることらしい。

 僕には五十周がふさわしいと思うから走らせる。無理ならやらせないんだって。

 そんなこと言われたら、頑張らないわけにいかないじゃないか。ずるい。


 ……ところで、愛していますって家族愛の意味? 男女のアレだったりする?


 思い返せば、リリに抱き締められて意識が朦朧としてた時、告白じみたセリフを聞いたような聞かなかったような。

 夢か幻聴か、はたまた現実か。


 今さら問いただすのもなんだし、横に置いとこうかな。

 ヘタレでごめん。でも、今の僕の目標は、いじめっ子たちを見返すことなんだ。恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃない。


 ていうのを、言い訳にさせてください。

 本当は、リリとの関係が壊れるのが怖いんだよ。

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