十六話 いじめっ子を見返せ
本日二話目です。
ひ、酷い目にあった……リリの胸で窒息死とか、幸福なのか不幸なのか。
胸の感触が気持ちよかったのは、否定しないけど。
大きくはない。十九歳の女性としては小さい方だ。
でも、小さくてもちゃんとあった。柔らかくて、ほんのりいい匂いもして。
ああもう、思考がおかしくなってる。お世話になってるリリをエッチな目で見るなんて、最低だ。
真面目な話をしてたのに、僕ってやつは……
「すみません。つい、感極まってしまいまして……」
「僕の方こそごめん。だけど、ほどほどにお願いね」
しゅんとうなだれるリリに、僕は軽く注意した。
口調も、リリ先生に対するものじゃなくて、リリに対するものに変えてる。
あまり責めるのも悪いし、ここまでにしよう。僕も悪いしね。
「とにかくですね、僕は、いじめっ子に暴力で仕返しするんじゃありません。いじめっ子を見返すんです。似てるようで大きく違うのは、伝わりますか?」
「分かります。坊ちゃま……ロイサリス君がそこまで考えているのであれば、私は見守りましょう。頑張ってくださいね」
予期せぬトラブルはあったけど、リリとの話は終わりだ。
僕は、寮に帰ろうと教室を出ると、廊下で立ってる女の子を見かけた。
「マルネちゃん? どうしたの?」
「あ、ロ、ロイ君……」
マルネちゃんは、どこか緊張した面持ちだった。
僕とマルネちゃんが話すのは久しぶりだからかな。
いじめられないために、僕に近寄らないように言った時以来だ。
「せ、先生とのお話……終わったの?」
「終わったよ。マルネちゃんもリリ先生に用事?」
「う、うん……用事もあるし……ロ、ロイ君が怒られて……違うって言うの……」
言ってる意味が分かりにくいけど、多分。
「僕が呼び出されたのは、先生に怒られるからだと思った? それで、僕は悪くないって先生に言おうとした?」
「うん……」
レッド君たちは、僕をいじめる時、必ず僕が悪いってことにしてる。
ヒョンオ君のインク壺を僕がひっくり返した、ラナーテルマちゃんの靴を僕が汚した、って風に。
グレンガーが悪い。よって、自分たちが正義の鉄槌を下す。
建前だけど、先生たちは認めてたし、着任して間もないリリも誤解したってマルネちゃんは考えたんだ。
マルネちゃんに嫌われたかと思ってたのに、やっぱり優しい子だな。
リリとの関係、マルネちゃんにだけでも伝えちゃダメかな。相談してみるか。
「僕は、先生に怒られたんじゃないよ。えっと、ちょっと待ってね」
出てきたばかりの教室のドアをノックして、中に入る。
「坊ちゃ……ロイサリス君と、マルネさんですか。どうしました?」
「せ、先生!」
僕が事情を話す前に、マルネちゃんがリリに突撃した。大人しくて引っ込み思案な彼女にしては、珍しい行動だ。
「ロ、ロイ君は、悪くないんです! わ、悪いのは、他の子と……わ、わたしもで……わたし、ロイ君がいじめられてるのに……」
勢いがよかったのは最初だけで、マルネちゃんの言葉は尻すぼみになった。最後の方は半泣きだ。
これには、リリも困惑してるし、助け舟を出すか。
「マルネちゃん、とりあえず椅子に座って落ち着こうよ。リリ先生なら、ちゃんと話を聞いてくれるから」
マルネちゃんを支えるようにして椅子に座らせて、僕も隣に座る。
リリと向かい合う形になってから、マルネちゃんが落ち着くまで待つ。
しばらくして、マルネちゃんが話し出した。僕がいじめられてて、レッド君たちが僕を悪く言ってるのはデタラメだって。
一通り話を聞いてから、僕はリリに視線で訴えかける。
「ロイサリス君がいいのであれば、私は構いませんよ」
僕が産まれてから、ずっと面倒を見てくれてるだけあって、何も言わなくても通じてくれた。本当、頼りになる。
「マルネちゃん、さっきも言ったけど、僕は怒られてたんじゃないんだ。というか、僕とリリ先生は知り合いだし」
「し、知り合い……?」
「リリ先生……リリは、僕の家で、メイドさんの仕事をしてくれてるんだよ」
「はい、そうですよ。坊ちゃまのメイド、リリ・リローです」
僕がリリを呼び捨てて、リリも「坊ちゃま」って呼んだから、マルネちゃんは驚いてた。
だけどさ、リリ。「坊ちゃまのメイド」は、勘違いさせない?
僕専用のメイドじゃないよね。雇い主は父さんだし、僕の世話だけが仕事でもない。
「ロ、ロイ君って……お坊ちゃんなの? 専用のメイドさんがいるなんて……」
ほらあ、勘違いされた。
「ちょっと違うね。リリは、うちで働いてくれてるだけで、僕のメイドじゃない。お金持ちだったり貴族だったりするわけでもなくて、一般的な庶民だよ」
「あ、坊ちゃま、酷いですね。私は、坊ちゃまに身も心も捧げていますのに」
捧げてもらった覚えはないよ! 捧げられても困るよ!
「み、身も心も……!?」
「リリ、お願いだから、状況をややこしくしないで」
「承知しました。そうですよね。坊ちゃまには、私のような年増よりも、マルネさんのような同年代の可愛い子の方がふさわしくて……」
「そんなことを言いたいんじゃなくて!」
リリがあてにできないから、僕がマルネちゃんに説明した。
リリが僕を守るために先生になったこととかを、全部。
言い訳がましく聞こえたのは、僕だけかな。なんで、浮気がバレて言い訳する男みたいになってるの?
二股かけようなんて気はないんだけど……
この国において、一夫多妻が認められるのは王族や貴族、あとは超がつくお金持ちだけだ。僕みたいな平民じゃ、女性二人を同時に娶るなんて認められない。
って、こんな言い方すると、二股かけたがってるように聞こえるね。
男としては、ハーレムに憧れないわけでもなくて……いや、この話はおしまい。藪蛇になりかねないし、おしまいったらおしまいだ。
僕とリリの関係をマルネちゃんに伝えられたから、それでよしとする。
マルネちゃんは、僕が怒られてたんじゃなくて、むしろリリが僕の味方だって知って安堵していた。
理解してもらえたところで、マルネちゃん自身の用事ってのが告げられる。
その内容がまた突拍子もなくて。
「せ、先生! わたしを……いじめてください!」
僕とリリが度肝を抜かれたのは、言うまでもない。