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十五話 リリ先生とのイケナイ関係?

 リリのおかげで、僕の学校生活は大幅に改善した。

 相変わらずいじめはあるけど、一年生の頃に比べれば屁でもない。

 僕をいじめる子供たちの言動は、以前と同じように見えて、かなり変化してる。暴力をふるうのは同じなんだけど、そこに込められた感情が違ってるんだ。


 以前は、自分より弱い人間をいたぶって悦に浸る、嗜虐心からのいじめだった。

 安全で優位な立場から一方的に攻撃したいって内面が透けて見えてた。


 今は、僕をいじめることで、心の平穏を保とうとしてるように思える。

 弱い犬ほどよく吼える、なんて言葉もあったみたいに、リリにビビッてないって示すために僕をいじめるんだ。「俺が上。お前が下」の構図を、躍起になって証明しようとしてる。


 リリは、これまでの先生と違って、いじめを見て見ぬふりなんてしない。貴族のレッド君にも容赦しない性格だ。

 リリには反抗できないけど、素直にいじめをやめるのは肥大して歪んだプライドが許さない。だから、隠れて僕をいじめるって具合に。


 いじめっ子には、恨みや憎しみしか持たなかったけど、今は憐みを抱いてる。

 どこまでも弱くて惨めな、かわいそうな子供たち。


 子供時代の教育って重要だよね。たったの一年で、すっかり歪んじゃってる。

 まあ、こうやっていじめっ子たちを見下す僕も同類だ。

 人のふり見てわがふり直せ、を頭にとどめておこう。


「って思ってるんですけど、リリ先生はどうです?」


 リリに呼び出されて、二人きりで話してるところだから、僕の考えを伝えた。

 リリは、問題を起こした子供を時々呼び出してる。

 放課後に、学校内の空き教室で、子供と向き合って話すために。


 僕の場合は、言葉は悪いけどリリと共犯だ。

 よって、お説教じゃなくて学校生活の報告になる。

 最近、いじめられてないかって聞かれたから、僕は「いじめられてはいるけど、憐れんでる」って答えた。


「……だから坊ちゃまは、いじめっ子にやり返さないんですか?」

「先生、坊ちゃまじゃなくて、ロイサリス君ですよ」


 家じゃないんだし、普段の呼び方をするのはまずい。

 僕も、ちゃんと「リリ先生」って呼んでる。


「二人きりですし、いいじゃないですか。いまだに、『ロイサリス君』の呼び方には慣れないんですよ。『坊ちゃま』って呼ばないよう、いつも気を付けてます」


「だったら、なおさらです。ここで『坊ちゃま』にすると、普段も癖が出ますよ。僕が卒業するまでは、『ロイサリス君』で通しましょう」


「な、なんだか、あれですね。卒業まで隠すとか、まるで教師と生徒のイケナイ関係……ダ、ダメですよ、坊ちゃま。そ、そういうのは、もっと成長してからです。安心してください。私、坊ちゃまが成長するまで、根性で老化を止めてみせますとも! キャアッ!」


 リリは、両手を自分の頬に当てて、イヤンイヤンって首を横に振ってた。


「帰ります」

「待ってください、坊ちゃま! じゃなくて、ロイサリス君! 話は終わってません!」


 リリが変なことを言い出したんで、僕は帰ろうと腰を浮かしかけたけど、すがりつかれたせいで帰れなくなった。

 みんなから恐れられるリリ先生の面影は、微塵もない。


 子供たちのリリへの反応は、真っ二つにわかれる。怖がるか、憧れるかだ。

 僕のクラスは、怖がってる子が多い。元々、レッド君の取り巻きが集められてたから、レッド君っていう大将がやられちゃうと脆いものだ。


 他のクラスは、憧れてる子が多い。可憐な外見と、外見にそぐわない実力のギャップに憧れてる。

 女子が「リリお姉様」って呼んでたのには笑った。どこの女学校だよ。

 男子は、弟子入りを希望する子までいる。あるいは、リリをお嫁さんにしたがってる子とか。


 ……リリが誰と付き合おうと、僕には関係ないはずなのに、ムカムカする。僕って、こんなに独占欲強かったっけ?


 まあ、リリは全部断ってるらしいから、しばらくは様子見でいい。

 で、ええっと、本題はなんだっけ? 僕の学校生活は、大体話したけど。


「リリ先生は、何が聞きたいんですか?」


「ロイサリス君へのいじめについてです。授業は普通に受けられるようになりましたけど、暴力は続いてるんですよね。ここは、私が……」


「何もしなくていいです。リリ先生は、今でも十分なほど、僕を守ってくれてますよ。一から十までおんぶに抱っこだと、父さんに怒られるし、僕も男として情けないので嫌なんです。僕がケリを着けますから、見守ってくれませんか?」


 今の僕は、とてもずるい真似をしてる状態だ。

 担任の先生と共犯で、便宜を図ってもらってる。

 席とか教科書とか、普通の先生なら是正して当然の問題ではあるんだけど、それでも共犯ってのは胸を張れない。


 僕とレッド君は、同じなんだよ。

 レッド君には貴族の権力があるから、先生に一言頼むだけでなんでも叶う。

 僕も、リリに一言頼めば、なんでもやってもらえる。いじめっ子たちを懲らしめてもらって、もっと快適な学校生活を送れるようにしてもらえる。


 それって、いいの? よくないに決まってるよね。

 これは、僕の問題だ。僕が自分で解決しなきゃいけない。


「ぼ、坊ちゃま……」


 またしても「坊ちゃま」呼びに変わったリリは、頬を赤らめていた。

 なんで、恋する乙女みたいな顔になるかな。僕まで勘違いしそうだよ。


「先生?」

「……はっ、こ、こほん。えー、ケリを着けると言いますけど、具体的な計画はありますか? いじめっ子を前にすると、体がすくむと言っていましたよね?」

「それは大丈夫です。完全に治ってはないですけど、心に余裕ができてますから」


 一年生の頃は、いじめられると何も抵抗できなかった。

 リリが言ったように、体がすくむし、めまいや吐き気とかもあった。

 殴られたから殴り返すなんて、できなかったんだ。暴力に暴力で返すのが、いいとか悪いとかじゃなくて、僕の体が動いてくれなかった。


 でも、リリが先生になって状況が変わった。

 僕は、いじめっ子を憐れんでるのであって、怖いとはあまり思わない。

 リリが傍にいてくれるもの心強く、いざとなればリリに泣きつけるって安心感がある。結局リリ頼みなのは格好悪いけどね。


 いじめのトラウマを完全に克服したわけじゃなくても、割と余裕はある。

 こちとら、筋金入りのいじめられっ子だよ。いじめっ子の魂胆なんかお見通し。

 相手の考えそうなことを先読みして回避するとか、成功したら気持ちいいんだ。

 ざまあみろ! ってね。


 ……うん、全然格好よくないね。

 まあ、こういうわけなんで。


「今なら、多分いじめっ子を全員ぶっ飛ばせると思うんですよ。実力的にも、精神的にも。そして、いじめをやめさせるためには、ぶっ飛ばすのが一番手っ取り早くて簡単な手段だとも思います。何よりも、ずっといじめられてきた恨みがありますからね。正直な気持ちを打ち明けると、恨みつらみを込めてぶっ飛ばしたいです」


「お、おお、坊ちゃま、なかなかに過激な……」


「いや、やりませんよ」


「なぜですか? 私は、一応先生ですので、生徒の暴力は肯定できません。が、これまでの経緯を考えると、坊ちゃまには仕返しできる権利があると思いますよ」


「理由は三つあります。一つは、僕がやり過ぎることが心配です。腐るほど恨みがありますからね。もう一つは、一発ぶん殴って終わりだと、スッキリしないから嫌です。よく言うでしょ。体の傷はいずれ癒えるけど、心の傷は残るって。暴力以外の手段で、完全敗北を味わわせますよ」


 僕は、いじめの暴力が原因で死んだ人間だ。

 殺意のない、ただの暴力でも、人を死に追いやるって身に染みて知ってる。

 暴力に訴えて解決、じゃ嫌なんだ。それは、最後の手段。


「なるほど……あと一つの理由はなんですか?」


 し、しまった。二つって言っておけばよかった。

 最後の一つは、リリには言いにくい理由なのに。


「な、内緒です」

「言えないような理由ですか? 坊ちゃまのことは信じていますけど、私にも言えない真似をするのであれば、さすがに見過ごすのは……」


 リリが疑うように僕を見てる。隠すとややこしくなりそうだし、言うしかないか。


「……リリ先生に、嫌われたくないからです」

「ほへ?」

「こ、この前の授業で言ってたじゃないですか。『強いからといって、何をしてもいいわけではありません』って」


 人を傷つけたり、暴力をふるったりするなって言われた。暴力に酔うなって。

 僕が過剰な暴力をふるうと、リリに嫌われるかもしれない。あんな連中のせいでリリを失うなんて、真っ平ごめんだ。


 三つの理由の中で、これが一番大きいかもしれない。

 理由が理由なんで、リリの顔を直視できない。視線を逸らしてたから、リリの行動にも反応できなかった。


「ぼ、坊ちゃまっ!」

「むぎゅ」


 感極まったように叫んだリリが、僕を強く抱き締めた。

 リリの胸に包み込まれてるんだけど……恥ずかしいよ!


 母様に抱き締められると安心感があるのに、リリだと恥ずかしさが上だ。

 決して大きくはない、でも確かに柔らかい胸に包まれて、僕はもがく。

 もがいても、リリは解放してくれない。それどころか、僕を逃すまいと腕の力を強める。


「ああもう、坊ちゃまはなんて可愛いんでしょ! 大丈夫ですよ! 私は、ずっとずっと坊ちゃまの味方です! 嫌いになんてなりません! 坊ちゃまのためならなんでもしますとも! お嫁さんにだってなっちゃいますよ!」


 あ……強く抱き締められ過ぎて、呼吸が……


「坊ちゃまは覚えてないかもしれませんけど、昔言ってくれたんです! 『ぼくが大きくなったら、リリをおよめさんにする』って! 私がどれほど嬉しかったか! 昔も今も、私は坊ちゃまだけの物ですからね!」


 リリの言葉も碌に聞こえない……


「あ、あれ? 坊ちゃま? 坊ちゃま!?」


 い、意識が途切れ……

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