十四話 リリ先生無双は続くよどこまでも
本日二話目です。
午前中が教室で座学なら、午後は学校にある訓練場で武術の授業になる。
日本の学校にあった運動場みたいに、外に作られた訓練場では、他のクラスも授業をしてる。
武術の授業は、男子は強制参加、女子は希望者のみが参加だ。
まあ、女子もほとんどの子は参加するけど。
先生だって、そこら辺はわきまえてて、女子相手には加減するようにしてる。
男は強くあらねば、って風潮があっても、女はそうじゃない。力よりも、家事とかができる方が望まれる。
日本でこんな発言したら、男女差別だって叩かれるけど、スタニド王国はこれが常識だ。
武術を教えるのも、やっぱりリリの役目。むしろ、こっちが本職だ。
今さらだけど、授業のスタイルは日本の小学校に近い。
小学校って、大抵の授業を担任の先生が教えるよね。美術とか音楽なんかは、専門の先生が教えて、あとは全部担任の先生が教える形だ。
中学以降は、数学なら数学、英語なら英語って、教科ごとに先生が変わるけど。
僕らが通う学校も、ほとんどは担任の先生が教えて、武術みたいに特殊な技能が必要な授業は専門の先生が、ってやり方だ。
なのに、リリが教えようとしてるものだから、みんなは怪訝な顔をしてる。
「おしゃべりはやめてくださいね。さて、これから授業を始めるわけですが」
「バカにするな! お前みたいなチビに教わることなんてない!」
レッド君は、リリをお前呼ばわり。
チビは事実だけど、身体的特徴をあげつらうのは感心しないな。
リリは小さいのが可愛いんだよ!
決して、僕がロリコンなわけじゃない。
村の男性たちも、同じように言ってたんだ。リリはちっちゃくて可愛いって。
でもまあ、リリの見た目じゃ、実力を信用してもらえないのは確かだ。
僕ですら、この目で見るまで信用できなかったんだし、レッド君たちならなおさらだろう。
「オザ君は、腕に自信ありって感じですね。学校以外でも習っているのですか?」
「当然だ! ワタシは、愚兄に代わってキルブレオ家の跡を継ぐ身! 日々、厳しい鍛錬で己を鍛えている!」
化けの皮がはがれてきてる。自分のお兄さんを「愚兄」とか、挙句に「跡を継ぐ」とか、言いたい放題だ。
お父さんやお兄さんに聞かれでもしたら、一大事じゃないかな。
「でしたら、私と模擬戦をしてみましょう。万が一、オザ君が勝てれば、これからはレイドレッド君と呼んであげます」
リリの提案に、レッド君は歯をむき出しにして笑う。
貴公子とはとても呼べない、酷薄な笑みだ。
「それだけでは足りないな。ワタシが勝てば、お前は学校をやめろ。教師として不適格であり、悪影響をもたらす。級友のためにも、お前のような教師は認めない」
今度も「級友のため」か。気に入ったんだね、その言い訳。
卑怯なやり方だ。級友のために行動できるのは素晴らしいから、ここだけ聞くとレッド君が正しいように錯覚する。
たとえ本音が違ってもね。
レッド君は、さらに要求を追加する。
「また、這いつくばって謝罪し、罪を償ってもらおう。ワタシへの侮辱の数々に、級友を虚仮にしたことは、許されるものではない。父にも報告させてもらうぞ。貴族に逆らったらどうなるか、思い知らせてやる。奴隷身分に落とされることになり、泣いて謝っても遅い」
「どうぞ。それと、みなさんに教えておきますね。ここスタニド王国を始め、周辺国の間でも、奴隷は法律で禁止されています。詳しくは、二年生の途中で習うでしょう。オザ君が言ったように、奴隷身分に落とすことは、たとえ貴族でもできません。以上、臨時授業はおしまいです。ではでは、模擬戦を始めましょうか」
「貴様ぁ……」
レッド君のセリフに、気後れするどころか、授業っぽく教える余裕があるリリ。
レッド君は、沸騰しそうなほど怒ってる。やる気満々っていうか、殺る気だ。
模擬戦だけど、大怪我をしちゃまずいんで、使うのは木剣だ。
革の胸当てやすね当て、籠手なんかの防具も身に着けてる。
ただし、装備を固めてるのはレッド君だけ。リリは素手で、防具も身に着けてない。
余裕なのか、それとも油断なのか。リリの実力は知ってるけど、少し心配だ。
僕たちが見守る中、模擬戦が始まる。
「死ねえっ!」
木剣を振りかぶりながら、レッド君がリリに飛びかかって。
次の瞬間には、勝負が着いていた。
全容を把握できた人はいないだろう。僕も、碌に見えなかった。
どこをどうやったのか、リリはレッド君の木剣を奪っていて。
地面に仰向けに転がるレッド君の首筋に、木剣を突きつけてた。
「及第点、といったところですね。二年生の中では上位の実力でしょう。とはいえ、オザ君は年齢が上という優位がありますし、日々厳しい鍛錬に励んでいるとも言っていましたよね。それらを考慮すると、少々物足りません。厳しい鍛錬と思い込んでいるだけで、実際はぬるくなっていませんか? 鍛錬のやり方を、根本から見直すことをお勧めします」
淡々と語るリリの言葉が、聞こえているのかいないのか。
レッド君は、自分の敗北を信じられないようで、呆然と空を眺めている。
あ、あれえ? レッド君って、めちゃくちゃ強いって話じゃなかったっけ?
だって、一年前に、サザザ君っていう少年を殺してるんだ。
それも、レッド君曰く、「少し小突いただけ」で。
リリには勝てなくても、もう少しいい勝負になると思ってたのに、蓋を開ければ一方的と呼ぶのもおこがましい内容だった。
動きは悪くなかったし、決して弱くはないけど、飛び抜けてるってわけでもない。あれがレッド君の実力なら、多分僕でも勝てる。
僕だけじゃない。学校でも、レッド君に勝てる子供は、何人もいるはずだ。
頭に血がのぼってて、精彩を欠いただけかもしれないけど。
倒れるレッド君から木剣を離したリリは、僕たちに向けて話す。
「私の力は分かってもらえたと思います。先に言っておきますが、私は低神のご加護を授かっていますよ。つまり、加護の優位がなくとも、私程度にはなれるという意味です。これから、ビシバシ鍛えちゃいますからね。あ、そうそう、鍛える前にこれだけは注意……」
リリの言葉は、そこで止まった。
起き上がったレッド君が、リリを攻撃したんだ。
人差し指と中指をそろえて、リリの目を狙ってる。まともに食らえば、失明はまぬがれない。
でも、リリは慌てずに、レッド君の腕をつかんでポイって放り投げた。
合気っていうの? こっちじゃ別の名前がついてるかもだけど。
レッド君が飛びかかる力を利用したから、リリの細腕でも投げられた。
面白いように吹っ飛んでくレッド君は、空中で手足をバタバタさせ。
墜落。
ズシャア、ゴロゴロゴロ、バタンキュウ。
擬音にするとバカっぽいけど、ダメージは相当だろう。ピクリとも動かない。
「えっと、どこまで話しましたっけ?」
「き、鍛える前にこれだけは、までです」
「ありがとうございます、ロイサリス君。えー、注意しておきたいのは、強くなる意味についてです。強くなっても、過信してはいけませんよ。世の中、強い人はいくらでもいます。それにですね、強いからといって、何をしてもいいわけではありません。むやみに人を傷つけたり、暴力をふるったり。これは、絶対にしてはいけません。暴力に酔うような人がいれば、私の手で、二度と剣を持てなくします。そのつもりでいてください」
半分は脅しだろうけど、目の前でレッド君をボコボコにしたリリの言葉だけに、みんなは慌てて頷いてた。
というかさ、一つ言ってもいい?
リリも、レッド君に暴力ふるい過ぎじゃ?
いや、僕を守るためってのは分かるし、レッド君の攻撃が明らかに目を狙ったえげつないものだったのも分かるけど……
お前が言うな、って思った僕は、薄情なのかな?
「あ、ロイサリス君、今『お前が言うな』って考えましたね?」
「な、なんで分かったんですか?」
「先生だからです。と、冗談はさておき、少々やり過ぎたかもしれませんね。私も大人げなかったです。オザ君がここまで弱い……もといザコ……でもなく、ええっと……口だけで実力が伴わないとは思っていませんでした」
「先生、言い直せていません。全部悪口です」
「ロイサリス君、結構グイグイ突っ込みますね。でしたら、罰として、ロイサリス君が私をボコボコにしますか?」
「意味が分かりません!」
「私へのご褒……いえ、なんでもありません。これも冗談ですよ、冗談。ほらほら、ここは笑うところです」
「は、ははははは……」
乾いた笑いを上げる僕の顔は、きっと引きつっていただろう。
どうしよ……リリの人となりが分からなくなってきた。
さっき、「ご褒美」って言いかけたような……
き、気のせいだよね? 冗談だよね?
姉のように慕うリリの本性がドMだなんて、あり得ないよね?
頼もしい味方ではあるんだけど、今後が不安だ。