十三話 リリ先生無双の続き
リリ先生の大活躍は、とどまるところを知らない。
僕が着替えて戻った時、相談してた子供たちは立たされてて、そのまま授業を受けさせられた。
僕の教科書がないって知ったら、リリは自分の分を渡してくれた。
「私は、全部暗記していますから、なくても平気ですよ」
その言葉通り、教科書を持たずに内容をそらんじていた。
教科書を読み上げるだけだった他の先生とは違って、リリは時折問題を出して誰かを指名し、答えさせた。
主に、立たされてる子供が指名されて、答えられれば座ってもいいって。
答えられずに恥をかいた子もいたけど、最終的には全員が座った。
これは、リリの優しさじゃなくて、ただの下準備だ。
「これから、筆記試験を行います。一年生の復習ですから、ちゃんと勉強していれば解けるはずです」
いきなり試験だなんて言われたものだから、悲鳴が上がった。
試験をするなんて、僕も聞いてないよ。贔屓になるから、教えなかったんだと思うけど。
「試験日は決まっている! 勝手な真似をするな!」
とうとう、完全に敬語をやめたレッド君が声を荒らげた。
リリを罵倒する言葉は止まらない。
「教師を悪く言うのは、本意ではない! 本当は言いたくないが、級友を守るために言わせてもらう! 教師とはいえ、横暴は許さんぞ! 恥を知れ、クズが!」
なんとなく、レッド君の内面が見える。
本当は言いたくない? 嘘だね。悪口を言いたくて言いたくてたまらないんだ。
でも、罵詈雑言をわめき散らすのは、貴公子として恥ずかしい。
理由を欲してるんだ。悪口を言える理由をね。
だから、「級友を守るため」って使ってる。
級友のために、嫌だけど我慢して行動に移す。ワタシはなんと格好いいのだ。
なんて表現すればいいんだろ。ナルシスト? 厨二病をこじらせてる?
さて、クズとまで言われたリリだけど、毅然と言い返す。
「成績には反映させません。約束しましょう。単に、現時点での学力を知るための試験です。つべこべ言わずに、始めてください。オザ君も、口ではなく手を動かしなさい。私を見返したければ、結果を出すことです」
「ゴミクズ教師め……」
仕方ないって様子でみんなが問題を解き出したんで、僕もやる。
で……これは酷い。
半分は、意地悪な引っ掛け問題になってるんだ。作成者の性格の悪さがにじみ出てるみたい……リリって性格悪かったっけ?
僕の知るリリは、なんていうか、ぽわぽわしてる雰囲気だった。
僕が産まれてこの方、リリから怒られた記憶はない。怒るのは父さんの役目だ。
いたずらしても、「坊ちゃまは仕方ないですねえ」なんて苦笑するのがリリ。
昔、前世の記憶が戻る前に、リリの胸を触ったことがある。
昔の僕は何をやってるんだと思うけど、興味本位だったんだ。
母様と違ってリリの胸は小さいから、胸を触りつつ「リリのおっぱいは、なんで小さいの?」って無邪気に聞いた。
その時ですら、「触るのは十年後にしましょうね」って笑ってたのに。
いやまあ、十年後に触っちゃまずいけどさ。
とりあえず、リリの意外な一面を垣間見た。
普段、大人しい人が怒ると怖いって、本当だね。
そんなことを考えつつ、僕は問題を解き終えた。
答案に答えを書き込めるって、素晴らしい。
筆記用具もリリが用意してくれたから、意気込んで解いたよ。
「時間です。やめてください。さて、本来の筆記試験なら、答案を回収して先生が採点するところですが、これは臨時の試験なのでみなさんで採点してもらいます。隣の人と交換してください」
リリが言えば、クラス中から悲鳴が。
「はいはい、文句を言わずに交換してください」
僕の隣はヒョンオ君だから、彼と交換する。
ヒョンオ君の答案にざっと目を通すけど、空欄が目立つし、書いてある部分も間違いが多い。
リリが一問一問、解説を交えながら答えを述べていく。
僕らがマルやバツをつけてくんだけど、ヒョンオ君は……うん、彼の名誉のためにも黙っておこう。
採点が終われば、ヒョンオ君に答案を渡して、僕のも返してもらう。
あ、全部バツになってるや。でかでかと「0点!」って書いてあるのは笑うね。
こんな小細工、リリに通じるわけないのに。
「では、答案を回収しますね」
そして、また悲鳴だ。このクラス、さっきから悲鳴が多い。
「学力を知るための試験と言いましたよね? 先生が確認しないと、意味がありません」
リリは、教室を回って、答案を回収する。
頑なに渡そうとしない子もいたけど、強引にひったくった。
集めれば、枚数を確認しながら、同時にざっくり目を走らせる。
ある答案を目にした時、リリの手が止まった。
「ロイサリス君の採点をしたのは……ヒョンオ君ですよね。なぜ、全てバツになって、0点と書いてあるのですか?」
僕が0点だって聞いて、クラスからバカにした声が漏れるけど、ヒョンオ君だけは顔を青ざめさせていた。
「ロイサリス君は、全問正解しています。なのに、なぜバツに? ヒョンオ君……カーダ君は二年生にもなって、文字を読むことすらできませんか? もしくは、私の解説を聞いていませんでした? どうですか、カーダ君」
「あ……それは……」
ヒョンオ君の呼び方まで「カーダ君」になった。
兄のカッツャ君もいてややこしいなって思った僕は、感想がずれてるだろう。
「私が納得できる理由を言ってくれるまで、カーダ君と呼びますよ。さて、見た限り、全問正解者はロイサリス君だけですね。惜しかったのはマルネさん。一問だけ間違えてしまいました。この一問は、問題を作った私ですら、おそらく解けないだろうと考えていましたので、十分に立派な成績です。よく頑張りました」
マルネちゃん、凄いな。一年前とは雲泥の差だ。
僕は、ある意味当然だ。だって、前世じゃ高校生だったんだし。
一から勉強してここまでたどり着いたマルネちゃんの方が、ずっと凄い。
僕とマルネちゃんはいいとして、レッド君はどうなんだろ。
満点以外取ったことがないとまで言われてたのに。
「ああ、オザ君の答案もおかしくなっていますね。間違っている部分までマルにして、満点となっていますが、正答率は半分でしょうか。引っ掛け問題を、ことごとく間違えています。基礎的な知識はあっても、応用力に欠けるのが見て取れます」
レッド君の答案を採点したのは、ラナーテルマちゃんか。
気遣ったのかもしれないけど、逆に仇となったみたいだ。
素直に採点してれば、リリも暴露しなかった……よね?
あんまり自信なくなってきた。
レッド君は、顔を青くしたり赤くしたりと忙しい。口をパクパク開閉させてる。
恥ずかしいよね。今朝、自信満々で、「勉強した」とか「努力が」とか言ってたのに、結果を出せなかったんだから。
リリの問題が難しいからたまたまなのか、それとも……
先生がレッド君に配慮して、全部満点にしてたのかもね。