百二十一話 さようなら
ナモジア君が旅立ち、スウダ君、サクミさんの三人とも別れた。
最近はずっと一緒だったせいか、いなくなると寂しい。
「三人いなくなっただけでも、急に寂しくなったなあ」
「わたしはロイ君の前からいなくならないよ」
「学校は?」
「卒業しなくていい。わたしもロイ君と一緒に、ヴェノム皇国に行くから」
「もちろん、私も坊ちゃまとご一緒しますよ」
僕、マルネ、リリはヴェノム皇国へ。シロツメとシャルフさんも帰国するから、五人かな。
「あたしも行くよ」
「ユキも?」
「あたしの腕、シロツメに治療してもらうの。昔のロイと一緒だね」
ユキは、ユッケキッド様と戦って大怪我をした。
その治療をシロツメにしてもらうってことか。
「ユキノさんの治療には、それなりの時間を要します。ロイサリス様を治療した時ほどはかからないと思いますけれど」
「ハンターの仕事で怪我した時も治癒魔法を使ってもらったけどさ、シロツメの魔法って気持ちいいよね。天国みたい。ロイってば、あんな気持ちいいことをずっとしてもらってたの? ずるい」
確かに、シロツメの魔法は気持ちいいけどさ。
シロツメとユキ、美女二人で気持ちいいことを……
ありだね!
「ロイサリス様、不埒なことはお考えにならないようにしてください」
「考えてません!」
そうだった。この皇女様、僕の心を読めるんだった。
と、とりあえず六人か。
「皇女殿下、お約束のあれですが……」
「嫁! 嫁を!」
「覚えております。お二方もヴェノム皇国へ参りますか?」
「もちろんです!」
「嫁!」
ブルブさんとワレトスさんは、協力の報酬としてお嫁さんを紹介してもらう。
そのためにヴェノム皇国へ行くんだ。
てことは、八人だ。もうしばらくは一緒だね。
もっと切ない別れになるかと思ったのに、結構残った。
「爺、馬車の準備は?」
「できております。すぐにでも出発可能ですが、いかがなされますか?」
「あ、僕はちょっと用事があるんで、少し待っててもらえますか?」
「どこに行くの? わたしも一緒に行っていい?」
「ごめん、僕一人で」
マルネの同行を断った。一人で行きたいんだ。
まずは町で買い物をする。僕を見張ってると思われる人がついてきてるけど、変なことさえしなければ平気だろう。
帽子を被って、なるべく顔を出さないようにしてるし。
早く立ち去るべきだと分かってるけど、これだけはやっておきたいんだ。
立ち寄ったのは花屋だ。ところが品切れで買えず、何件かの花屋を巡ってようやく花束を購入できた。
次に向かうのは献花台だ。
レッド君が死に、盛大な葬儀が執り行われた。他の犠牲者もいるので、犠牲者たちを弔うための献花台が設置されている。
こういうのって、事故現場に置くような気もするけど、平民を王城に入れるわけにはいかない。
だから、王城にも献花台があるし、平民が入れる場所にも献花台がある。
足を運べば、多くの人が死者を悼み、花や供物を供えていた。
英雄たる国王陛下の死に、国民は涙した。王都の住人以外にも、遠くからやってきて冥福を祈る人もいるほどだ。
老若男女を問わず、祈りを捧げる人たち。そこに交じって、僕も花を供える。
やらかした張本人がやっても滑稽だ。
これはただの自己満足。僕の罪悪感を少しでも軽くするためにね。
何人も死んだ。僕のせいで。
レッド君も死んだし、お兄さんのユッケキッド様も自害された。
ユッケキッド様に殺された護衛の女性、レッド君が暴れてた時に巻き添えを食らって死んだ貴族。
レッド君の奥さんたちも、妾の四人は無事だけど、正妻の王妃陛下は死んだ。レッド君の後を追って自殺したんだ。
物心ついた時からレッド君と一緒で、いわゆる幼馴染の関係だったらしい。深い絆と愛情があり、心からレッド君を愛してた。夫が死に、後を追うほどに。
僕にとってのマルネとリリを足したような存在だ。
王妃陛下の目の前でレッド君を殺し、その後彼女自身も命を絶った。
どう考えても僕が原因だ。他に考えられない。
レッド君を殺す直前に意識を取り戻すなんて卑怯だよ。しかも、「実はいい人だった」なんて余計なことは知りたくなかった。
相手は悪人で、それを殺す僕は正義。悪人の仲間が死んだところでどうでもいい。正義を執行したんだから、僕は英雄として扱われて大絶賛の嵐。
世の中、そんなに都合よくできてないね。絶対神の世界じゃないんだし。
あれから何度も考えてる。本当にこれでよかったのかって。
僕は僕を信じて行動したけど、時間がたてばたつほど考えるし悩む。
戦争を止めるのはいいとしても、レッド君にとどめを刺す必要はなかったかもしれない。二人で最期を迎えさせればよかったかもしれない。
「生き方って難しいね」
誰も聞いてない独り言を呟いた。
僕はいじめっ子が嫌いだ。レッド君が大嫌いだ。
常に言い訳ばかりを繰り返し、周囲に責任を押し付けて生きる人間にはなりたくなかった。
責任は自分自身にある。
ラナーテルマちゃんを助ける時だって、頼まれたから助けたんじゃない。
それはただのきっかけだ。僕が助けたいって思い、自分にも利益があるって判断したから助けた。
自分の決断なんだし、責任も自分に。
レッド君を殺す時も同じように考えた。
僕が戦争を止めたいから。そのために、レッド君を殺したいから。
責任は誰にも渡さない。僕のものだ。
言い訳の余地は残さない。直接手は下さなかったとか、王妃陛下のために生かしたとか、責任逃れの手段を潰したかった。
レッド君にも告げた言葉だけど、僕の信じる独善のためなんだ。
正しいか間違ってるかじゃない。僕はこう信じてるってだけ。
しかも、信じるならどこまでもそれを貫けばいいものを、こんな風にグチグチと悩んでる。
己の正義を信じていたレッド君みたいにはなれない。
でも、これが僕だと思う。
僕はレッド君が大嫌い。大嫌いな人間と同類になりたくない。
ロイサリス・グレンガーという人間には、レイドレッド・オザ・フォス・キルブレオの影響が色濃く出ている。
国王陛下になる前の彼が、僕に影響を与えた。
二人ともいなくなった。レッド君は死に、ロイサリス・グレンガーも表向きは死んだことになってる。僕はロイサリス・グレンガーを名乗れなくなった。
いじめっ子といじめられっ子の物語は、ここで終わりだ。
「さようなら」
冥福を祈る資格なんてないし、祈られても迷惑だろうから祈らない。
ここにきたのは挨拶のためだ。
僕は……これからも悩む。様々な思いを抱えながら、それでも前に進む。
ロイサリス・グレンガーはいなくなっても、僕はいなくならない。今さら性格を変えられもしない。
将来の夢だって変わらない。スタニド王国を追放されるなら、ヴェノム皇国で初等学校の先生になる。
「……さようなら」
最後に、もう一度だけ挨拶をした。
追放されるんだし、二度とここにくることはない。
だから、これでさようならだ。
さようなら、レイドレッド・オザ・フォス・キルブレオ。
残り三話です。