百十七話 最強なりし者の生き方
十一人の仲間の中だと、僕は弱い。
戦えないシロツメとサクミさんを除く九人中、僕の力は下から二番目だ。マルネの次に弱い。
一方で、レッド君は僕たちの誰よりも強い。一対一の戦闘なら、ナモジア君もユキも勝てないだろう。
なのに、絶対神と最上神のご加護で力が強まったんだ。
今の僕たちの間には、天と地ほどの実力差がある。
「それで攻撃しているつもりか? もっと本気になればどうだ?」
僕の斬撃を、レッド君は軽やかなステップで避ける。
そして反撃。運よく外れたけど、レッド君の一撃は固い地面を割った。
剣の方が耐え切れなくなって砕けるなんて、どれだけの力を込めたのか。
折れたんじゃなく、砕けたんだ。ガラスが割れるみたいに粉々に。
とりあえず、武器を失ったのならチャンスだ。
心臓を貫こうと突きを繰り出したのに、素手で受け止められた。
そのまま、僕の剣を握り潰す。
刃を素手でつかんでおきながら、手のひらには傷一つついてない。
お互いに武器を失ったところで、レッド君の回し蹴りが炸裂する。
横っ腹に強烈な蹴りを食らって、僕は壁際まで吹っ飛ばされた。
「ふむ、いまいち制御が効かないな。最強の力が体に馴染むまでには、しばし時間を要するか」
レッド君が何か言ってるけど、僕はそれどころじゃなく、げーげーと胃の中の物を吐いてる。
あー……かっこわる。
服の袖で口元を拭ってから立ち上がった。
うまく立てず、フラフラする。立っているのが辛くて膝をついてしまった。
たった一発の蹴りでこうなるのか。
これ、本気で世界最強じゃない? 誰も勝てないよ。
あっさり殺されてもおかしくないのに、今も生きてるのは力の制御ができてないおかげだ。
さっきの攻撃も、僕が避けたわけじゃなく、レッド君がわざと外したわけでもない。殺すつもりで剣を振って、でも制御ができなくて外れたんだ。
「やれやれ、ワタシに弱者をいたぶる趣味はないし、ひと思いに殺してやりたいが、これでは難しいかもしれないな」
「ぶ……武術大会の時も似たようなこと言ってたよね。弱者をいたぶりたくないって。結局、僕をいたぶってたせいで負けたけどさ」
「そうだったな。手心を加えたワタシの優しさを理解しなかった卑怯者に、あえなく敗れてしまった。万が一のことがあるので、今回は手心など加えないが、あいにく制御ができないのだよ」
物は言いようだね。いたぶってたのは、手心を加えたって?
もっとも、そのおかげで昔は勝てたんだけど。
レッド君は、部屋中をぐるりと見渡した。
「頼みの綱の仲間は逃げ出したか。人望がないな、グレンガー」
マルネ、シロツメ、シャルフさんの三人は、部屋から出て行った。
それを指しての言葉だけど、僕は逃げて欲しいと思ってたしいいんだよ。
このままなら、世界はレッド君のおもちゃ箱になる。
おもちゃで遊び、飽きれば壊す。誰も逆らえない。
国王の権力に、二重のご加護による世界最強の力。向かうところ敵なしだ。
みんなには、生き延びてレッド君を止めてもらわないといけない。
僕だけ死んで手伝えなくなるのは申し訳ないけど。
「人望ね。レッド君には人望あるの?」
「ワタシは懇願されて王となった。前王は、無能な息子よりもワタシを選んだ。これは人望だと思わないか? 人望があるからこそ今の地位を得、この力も得た」
「……世界最強になっても人望は残るかな?」
最強って、言うほどいいものじゃないと思うよ。
普通の人は怖がるし、忌避する。石を投げつけられて、「寄るな、化け物!」とか言われても耐えられる精神力がなければ、まず務まらない。
僕には無理だ。仮に神様から「世界最強にしてあげる」とか言われても、なりたくない。
マルネに怖がられたくない。みんなに避けられたくない。
僕が怖いから、恐怖心を押し殺して親しいふりをされても辛いだけだ。
「もしも僕が最強になれば、誰にも会わないよう山奥に引きこもって孤独に暮らす。最強だからって、心まで強くなれるわけじゃないんだ。大切な人たちに怖がられる恐怖には、とても耐えられない」
「怖がられるのは、グレンガーに人望がないからだ。ラナの時も今も、自分の欲望のために力を使っている。それで人望が得られるわけがない。人望のない身勝手な人間では、何をしでかすかも分からず、忌避されて当然だ」
「レッド君は違うって?」
「無論だ。ワタシは世界のために力を使うし、自分のためには決して使わない。力ある者は、世界のために力を使わねばならない。山奥に引きこもるなど無責任だ。もっとも、無責任なお前らしい生き方ではあるが」
言葉だけを聞いてると、レッド君のは格好いい生き方だね。山奥に引きこもるなんて考える僕よりも。
怖がられたくないけど、自分の力なら人々を助けられるため、戦いに身を投じる。人々のため、仲間のため、世界平和のために。
うん、凄く格好いい。男としては憧れる。
「それでも怖がられてしまったら?」
「絶対たるワタシに従わない者など、滅多にいるはずがない。中にはグレンガーのような極悪人もいるだろうが、絶対的な正義のワタシが倒す」
やっぱそれか。自分に従わない者、イコール悪。
人々を助けたのに怖がられてしまうケースなんていくらでもある。
傷つき、悩むだろう。こんな力は使わない方がいいのかって。
そこで、「たとえ誰にも理解してもらえなくても、怖がられたとしても、人々のために力を使いたい。人助けをしたい」なら凄く格好いいんだ。
自分に従わない者は認めない。批判や否定は認めないってやり方は、途端に格好悪くなる。
夢で見たディストピアの完成だ。
でも……みんなが生きててくれれば。
僕が死んだとしても、シロツメを筆頭に立ち上がってくれる。
みんなが有利になるように、僕はせめて手足の一本くらいを道連れにしようか。
にょきって再生しないよね? 絶対神や最上神でも、そこまでは無理だよね?
再生はしなくても、絶対神の力でとんでもない義手を開発するとかさ。
世界の技術を一足飛びで超え、義手に二十一世紀の地球のような近代兵器を仕込んだり。
ないとは言い切れないのが怖い。農神以上の知識を与えられるだろうし。
まあ、心配するだけ無駄かな。
近くに落ちてる剣を拾い上げて、今度こそ立ち上がる。
目標は腕一本。僕の命と引き換えにもらっていく。
地面すれすれまで身を沈め、レッド君に向かって駆ける。
足を狙うふりをして。
「はっ!」
足元から上へと斬り上げる。
ボクシングのアッパーみたいな軌道を描き、僕の剣はレッド君の右腕に……
キンッ! って甲高い音が響いた。人間の体を斬った時の音じゃない。
レッド君は鎧も着てなくて、王様らしい華美な服装だ。甲高い音が発生する要因がどこにある?
……氷? ガラス?
レッド君の右腕は、透明な膜に覆われていた。
「絶対たるワタシが、剣しか使えないと思ったか?」
その言葉と同時に、足を振り上げた。
僕は胸を蹴られ、天井に激突。重力に引かれて落下。
落ちたところで、レッド君の裏拳が鼻先をかすめる。
まともに当たってれば、僕の顔がザクロみたいに弾けたかもしれない。
蹴りだって、内臓が破裂しなかったのが不思議なほどの威力なんだ。
もしかしたら、破裂してて気付いてないだけかもしれないけど。脳内麻薬が分泌してるおかげでさ。
まだ動けるうちに、なんとかしなきゃ。
アーガヒラム体術で投げ飛ばそうとしたのに、ビクともしない。大木でも背負おうとしているみたいだ。
「羽虫のように非力だな」
後頭部を殴られる。
頭蓋骨が陥没しそうな衝撃を受け、地面にうつぶせに倒れた。
レッド君は、僕の頭に足を乗せ、徐々に力を入れる。
つ、潰される……
「最期の慈悲だ。ワタシは低神以上に慈悲深い。死に方は決めさせてやろう」
死に方? だったら。
「む、虫けらみたいに足で踏み潰されるのはごめんだね。手で首でも折ってよ」
「ふっ、ワタシが優しくてよかったな」
レッド君は足をどけ、僕の首を後ろからつかんだ。
持ち上げられて宙吊りになる。
この腕を!
「ぐ……」
やっぱりビクともしない。首を折られる前に、腕をもらっておこうとしたのに。
「ワタシの優しさに付け込んでの不意打ちか。卑怯者のお前らしい」
ま、まずい……死ぬ……
レッド君につかまれてる首が、ミシミシと嫌な音を立ててる。
死に瀕していた、その時。
――我、慈悲深き、破壊神。