百十三話 綺麗な剣で
キグラス先輩も、俺と同じ武神の加護を授かった人だ。
ゆえに、実力もほぼ互角。
互いの剣がぶつかり、耳障りな金属音が響く。
数度打ち合い、一旦離れた。
「やはり強いな」
「キグラス先輩こそ」
実力は互角。なら、何が勝敗を分けるか?
キグラス先輩は重鎧を着ている。兜も被っているし、露出しているのは顔面の一部のみ。
俺は王城へ入る際に取り上げられたから、普通の服だ。
斬撃を食らえば終わりの代わりに、身軽に動ける。これを活用しない手はない。
「しっ!」
ユキノの戦い方を真似させてもらう。
獣みたいに動き回り、キグラス先輩をかく乱するんだ。
「効かん!」
かく乱したつもりだったが、できてなかった。
顔面狙いがバレバレだったか。そこしか狙う場所がないため、当たり前だ。
キグラス先輩は、どっしりと腰を落として構えている。攻撃を寄せ付けない壁のようだ。
昔、魔物の群れと戦った時も、俺たちの盾になってくれた。先輩がいなければ、俺たちは確実に全滅していたと言える。
味方の時は頼もしいと感じたが、敵に回すとこれほど厄介とは。
昔といえば、初等学校時代の武術大会だ。ロイサリスと戦った時、俺が使った戦法は……
「ぜああああっ!」
裂帛の気合いと共に突っ込む。
ロイサリスの時と同じだが、俺はあの時よりも遥かに強くなっている。
キグラス先輩の間合いの外で急制動、そして顔面への刺突。
だが、これも通じない。あっさりと防がれてしまった。
その後も攻撃を繰り出すが、ことごとく防がれる。キグラス先輩の鉄壁を打ち破れない。
「動かずに、俺がへばるのを待っているんですか!? 体力には自信あるんで無駄ですよ!」
挑発してみても効果なしだ。
同じ運動量なら、軽装の俺が有利。重鎧を着たキグラス先輩が先にへばる。
キグラス先輩も分かっているからこそ、なるべく動かないようにしているのだろう。
俺は、強固な防御を崩す必要がある。
体力の温存とか考えている余裕はない。とにかく動き回り、かく乱し、わずかな隙を突く。
顔面狙いだけではあっさりと見破られてしまうため、鎧の関節部分も狙う。
斬撃や刺突のみにとどまらず、剣の腹や柄を使って叩こうとしてみたり。
斬撃も多方向から狙ってみる。
「くそっ、かてえ」
鎧が邪魔だ。全身をくまなく覆う鎧の防御を抜くのは、生半可な攻撃じゃ不可能だ。
鉄槌による打撃なんかは有効だろうが、斬撃はほぼ通らないと見ていい。
どうすりゃいいんだよ。
リリ先生なら体術を使うか。ロイサリスも少し教わっているらしいな。俺も教わっておけばよかった。
ナモジアなら真っ向から斬り捨てそうだ。馬鹿力だし。
ユキノなら獣じみた動きで勝つだろう。
俺には何ができる?
「昔も思ったが、スウダのは綺麗な剣術だな。舞踏のごとき華やかさを備えた剣の舞だ。脚光を浴びる社交界にでもいるかのように繊細で、燦然と輝く」
余裕ぶっこいてくれるぜ。
「キグラス先輩、詩歌でも作れば売れるんじゃないですか!」
「余暇には詩をたしなんでいる。俺の趣味だ」
マジで!? なんつう趣味だ!
そんな趣味だから、強いのに目立たないんだよ!
「だったら、今の戦闘を詩にでもしてください!」
「……剣戟の音は激しく鳴り、死闘の様子を響かせる。金属がぶつかり合うだけにも関わらず、玲瓏たる美音にも聞こゆる。といったところか」
「本気でそっちの道で食っていけるんじゃないですかねえっ!?」
聞いてると小っ恥ずかしいが、詩集にすれば意外と売れるんじゃねえの?
俺が褒めたせいか、キグラス先輩は調子に乗る。
「か細い勝利の糸を手繰り寄せるために、全霊で戦い抜く勇者。敗北は必定なれど、諦観することなく足掻く勇気ある者」
敗北は必定? 言ってくれるぜ。
あー、クソ。俺が言ったこととはいえ、呑気に詩なんか詠じてくれやがって。
俺の戦い方を見抜かれているのが、何気に悔しい。
キグラス先輩の言う通り、俺は綺麗な剣術を目指した。
なんせ、きっかけがリリ先生だ。男としては、憧れの女性に格好いいって思われたい。
単に強くなって敵を倒せばよしって剣だと、なんかダサいと思ったんだ。
実用性だけじゃなく、見た目や儀礼的なことにも重点を置いた。
……だよな。俺の剣とユキノの戦い方は、相性が悪い。
相性が悪いのに真似をしたって、キグラス先輩に届くはずがない。
俺は俺の剣で。
「む?」
キグラス先輩がわずかに戸惑いの声を上げた。
俺の戦い方が変わったせいだ。ユキノみたくちょこまか動かずに、真っ向から斬り結ぶようにした。
一撃離脱は俺の戦い方じゃない。
格好よく。華やかに。洗練された技術こそが俺の持ち味。
ナモジアともユキノとも違う、スウダ・ユン・バゼラの剣だ。
「諦めたか。ならば、ひと思いに」
諦めてねえよ!
確かに、まともにやり合えば俺が不利だ。深い傷を負えば戦闘不能になる。
それが分かっていたから、身軽さを活用した戦い方をしてたんだ。
変えたせいで、俺の体はキグラス先輩の剣で傷が増えていく。
死ななけりゃいい。最後に勝つのは俺だ!
剣をぶつけ合って機会をうかがう。俺の特技が活かせる好機を。
「らあっ!」
鍔迫り合いから、剣を絡め取るように弾き飛ばした。
どうだ、格好いいだろ。リリ先生に見せるために練習したんだぜ。
こんなこと言ったら、サクミの逆鱗に触れるな。
無手となったキグラス先輩の鼻先に、剣を突き付ける。
「詩にするならどうします?」
「余人には奇跡としか思えない一幕と相成った。だな」
奇跡ってほどの実力差はないと思うが、まあいいか。
「キグラス先輩を殺したくはありません。どうか、降参を」
「スウダに聞きたい。お前は何を望む? 国王陛下に反逆し、玉座を奪おうとでもしているのか?」
「玉座なんか望んでいません。レッドの掲げる『スタニド王国のため』を信じられないので、戦争を止めたいだけです。ヴェノム皇国に勝ったとしても、レッドがそこで満足すると思いますか? 他の国も攻め滅ぼせ。大陸を、世界を手中に。そうなった時、どれだけの血が流れます? 俺はスタニド王国の貴族として、それを認められません」
国を守るためなら、いくらでも戦ってやる。戦争にだって参加するさ。
ヴェノム皇国との戦争は、国のためじゃなくてレッドのためだ。国のためと言いつつ、実際はあいつがおいしい思いをしたいだけに過ぎない。
だから俺は反逆する。
「俺は、大切な家族のために戦っている」
「俺もそうです。大切な家族や仲間のため、国のため。そしてサクミのために」
「スウダたちが勝ったとして、俺の家族を殺さないと約束してもらいたい」
「粛清ってことですか? やりませんよ。というか、俺たちにそんな権限は発生しません」
下手すりゃ、国王陛下殺害の罪でこっちが殺される。
そうならないように動くつもりではあるが、勝てば助かる保障もないんだ。
つくづく、バカな戦いをしているものだと思う。
「……俺の負けだ」
キグラス先輩は負けを認めてくれたか。
助かったぜ。これ以上続ければ、俺の方がもたなかった。
殺そうと思えば殺せたが、それは嫌だしな。魔物との死闘をくぐり抜けた戦友なんだ。
「スウダ様、なんと素敵な……サクミは、サクミはもう、辛抱たまりません!」
「お、おいこら、待て! こんな場所で!」
「スウダ様! サクミの口で傷を癒して差し上げます!」
「舌を出すな! 舐めようとすんな! バカかお前!」
こいつ、何考えてんだ!?
「俺は、こんな奴に負けたのか……治癒魔法でも使って治療するなら、聖母の慈愛が神秘を引き起こす、とでもするんだが……」
聖母の慈愛が神秘を引き起こす?
くっそくだらねえよ!