百九話 絶対神の世界
三度目……かな。
一度目は初等学校時代。武術大会の決勝戦で、レッド君と戦った時だ。
二度目は中等学校時代。皇都で発生した猟奇殺人事件の犯人と戦い、大怪我を負って気絶した時だ。
そして三度目。シロツメの薬を飲んで、仮死状態になった今か。
楽園のように美しい場所が、破壊神の手により壊滅する。
絶対神の世界を、破壊神が破壊する。
二柱の神たちは、お互いに憎み合っていた。
破壊神は、都合のいい世界を創る絶対神を憎み。
絶対神は、自分の世界を破壊した破壊神を憎む。
それぞれの感情が、僕の中に流れ込んでくる感覚がある。
何を思い、何を感じ、何を望んだのか。
絶対神の世界。
世界全てが絶対神の思うまま。絶対神に都合よくできている。
それは、究極のご都合主義の物語。
急に安っぽくなったけど、これが一番しっくりくる表現だ。
究極のご都合主義なら、主人公は絶対に負けず、絶対に失わない。
間違っていたとしても受け入れられる。認められ、絶賛される。行動すれば成功が約束される。
時には負けたとしても、いずれ勝つための布石だ。負けた分まで何倍にもして返し、最終的には主人公が完全勝利を収める。
志半ばで主人公が倒れることはない。それじゃあ物語にならない。
そうなるように世界は動く。主人公に不都合な事態が起きることを、世界が許さない。
この場合は、普通はこうなるよね。こうはならないよね。
っていう整合性は当てはまらない。
どこまでも、ただひたすらに都合よく。甘く優しくあり続ける。
周囲の人間を洗脳していくなんて生易しいものじゃない。世界の改変なんだ。
普通ではあり得ない、歪み淀んだ世界。
絶対神の世界は、要するにそれだ。
絶対神にとって都合のいい世界を創造し、改変し、好きに動かす。
絶対神を褒め称えれば生を許す。絶対神を否定すれば罰する。
絶対神の創造した楽園は、一事が万事この調子だ。
例えば、絶対神を否定する人間がいた農村があれば、連帯責任を問う。見せしめとして不作にし、全員を餓死させる。
絶対神を褒め称え続けることを忘れなければ豊作にする。
こうやって、どんどん絶対神の世界を築き上げる。
破壊神は認めない。楽園の顔をしたディストピアを認めない。
絶対神の望む世界を、全てが都合のいいように動く世界を、破壊する。
どちらが正しいのか。どちらが間違っているのか。
それは分からないけど。
少なくとも、お互いに自分の正義を信じて行動した。
破壊神は破壊の罪を悔いる結果になったけど、だからこそ力を奪われることにも抵抗を示さなかった。
しかしそれは、絶対神に屈したわけじゃない。
序列五位の低神になったとしても、絶対神を否定する。
いつまでも分かり合うことなく、反目し続ける。
「だから、僕やレッド君を、自分たちの代わりにしてるんですか?」
僕の眼前では、一方的な破壊が繰り広げられている。
破壊神の手による世界の破壊だ。まるで、過去の罪を自白し、懺悔するかのように見せてくれる。
これが、破壊神が見せてくれているものだとすれば、僕の声も届くはず。
そう考えて問いかけてみた。
もしも、自分たちの代理として僕やレッド君を選んだのなら。
僕たちを使って代理戦争をするつもりであれば、神様の駒として動かされたくない。
この光景を、僕たちの手で再現することになるなんてごめんだ。
僕の敵は、レッド君じゃなくて神様になる。
――敵ではない。少なくとも、我は。
優しい男性の声で、答えが返ってきた。
「慈悲深き低神、コウ・ナレタ・ボダズナトズ様? それとも、慈悲深き破壊神、イリ・ナレタ・ボダズナトズ様と呼ぶべきでしょうか?」
――どちらでも。我は、弱く、しかし心強き者を好む。ただそれだけ。
じゃあ、ボダズナトズ様で。
神様と会話? をしてるなんて不思議な気分だ。
ボダズナトズ様は語ってくださる。
絶対神の企みを。ボダズナトズ様の望みを。他の神々の気持ちを。
絶対神の世界は、ボダズナトズ様が破壊した。
いかに絶対神とはいえ、理想の世界をポンポン創造する力はない。
他の四柱の神様たちが反対してるのもある。
人間のためというよりは、どの神様も自分勝手だからだ。
絶対神が嫌いだ。いっつも偉そうにして、自分たちを見下すから嫌いだ。
序列二位だった頃は、二位である事実が許せなくて、勝手に最上神タンレーを名乗るほどに傲慢な性格が嫌いだ。
嫌いな相手のすることだから気に食わないし、邪魔をする。
絶対神も四柱の神々が嫌いだ。邪魔ばかりされて恨んでる。
じゃあ、ボダズナトズ様みたいに力を奪えばいいのにって思うけど、力が拮抗してるせいで難しい。
ボダズナトズ様の時は、抵抗しなかったから可能だったんだ。
冷戦状態になってる神様たち。
そこで絶対神が考えたのが、理想の世界を創らせること。
絶対神のご加護を授かった人は、過去に何人もいる。
その人たちは、絶対神の望み通りの行動をしてくれた。
絶対神は、ご加護を授けた人間に自己投影し、あたかも自分が称賛されているように感じながら楽しむ。
僕たちが物語を読んで、主人公に感情移入するのと同じ理屈だ。
その程度の遊びなら、他の神々も邪魔しない。勝手にやってればいいって思う。
でも、絶対神の欲望には際限がない。
もっと、もっと、もっと。絶対神の望みに近しい世界を。
絶対神はレッド君に目をつけた。絶対神のご加護を授かっている人は他にもいるけど、レッド君が一番絶対神の理想に近かった。
だから、より強い力を授ける。
絶対神の寵愛を受け、力を授かったレッド君は、世界の主人公になる。成功と勝利が約束された存在に。
極悪非道な人間でも聖人君子として扱われる。
最強の力を持ち、世界を滅ぼせるとしても、危険視されない。
レッド君を否定する人間は、すなわち悪。叩き潰されておしまいだ。
レッド君の奥さんたちも、王様も、他の人たちも、レッド君の世界の一部。レッド君に都合よく動き、望みを叶える人形。
僕たちが戦ったところで勝ち目はない。王都から逃げ出す前に、暗殺しようとしても失敗しただろう。
世界はレッド君が勝つようにできてるんだから。僕たちは、レッド君の成功のために捧げられる生贄だ。
世界の主人公、レイドレッド。
主人公だからなんでもできる。何をしても許されるし、周囲は常に大絶賛。
レッド君は、絶対神の力を授かった主人公は暴走を始めた。
キルブレオ侯爵家だけじゃ満足できない。スタニド王国も欲しい。
スタニド王国だけじゃ満足できない。ヴェノム皇国も欲しい。
ヴェノム皇国と戦争をした次は、他の国々も。
世界を支配下に置こうとしてるらしい。
世界を一つにし、絶対的な英雄レイドレッドを崇め奉ることを望む。それこそが平和の証であると信じ、正義のために。
レッド君なら可能だ。世界の主人公なんだから。
ヴェノム皇国との戦争は皮切りに過ぎない。いずれは本当に世界を統一し、支配下に置く。絶対神の世界のように、レイドレッドの世界を創り上げる。
絶対神にとっては望ましい。ますますレッド君を気に入って、ますます力を授けて……
ここまでくると、絶対神の遊びだから勝手にしてろとは言えなくなった。
どの神様も、好みの人間がいる。世界全てがレッド君の支配下に置かれてしまえば、好みの人間を愛でることもできなくなる。
取り返しのつくうちに邪魔をしなければならない。
賢神と農神が、シロツメとマルネに力を授けたのも、そのためだ。
ボダズナトズ様は、かつて破壊した世界と同じになってしまうと危惧してる。
昔の僕に破壊神のご加護を授けてくださったのも、レッド君から助ける意味もあったけど、いざとなれば世界を破壊させるためでもある。
あの時は無限の力を感じてたし、破壊神のご加護を授かったままでいれば、本当に世界最強になれたかもしれない。世界を破壊できる人間に。
「やりませんし、最強の力もいりませんよ。僕はマルネと結婚して、イチャイチャラブラブ、キャッキャウフフ、チュッチュアンアンしながら暮らすんです。初等学校の先生にもなるんです。最強の力で世界を破壊したら、僕の望みは叶いません」
――ゆえに、我は低神の力を授けた。
僕のことを考えてくれたんだ。「慈悲深き」の名に偽りはない。
――困難に直面してもくじけぬ者。諦めぬ者。強きに立ち向かえる者。我は、そなたを好む。
さすがに過大評価の気はするけど、ありがとうございます。
それじゃあ、謎も解けたところで、レッド君を止めてみようか。
レッド君の信じる正義を成し遂げるまでには、世界を巻き込む戦争が勃発し、多くの血が流れる。多くの人を不幸にする。
だから僕は、僕の信じる正義……いや、独善に従って。
レイドレッドを殺す。