十話 リリと一緒に学校へ
マルネちゃんとの関係を話し終えれば、母様は、僕を抱き締めてくれた。
父さんは静かに聞き入って、リリは泣いてる。
なんか、昨日の再現みたいだ。
というか、リリって結構涙もろいんだね。もう十九歳なのに。
見た目は十二歳だけど。一年ぶりに会っても、リリはロリっ子だった。
涙をぬぐいながら、リリは何かを決意したような口調で切り出す。
「旦那様、奥様」
「みなまで言わなくていい。少々過保護かと思ったが、俺からも頼みたい」
「私からもお願い。ロイと、できればマルネという子も守ってあげて」
「お任せください!」
薄い胸を目いっぱい張って、リリは自信満々に答えた。
父さんたちは分かってても、僕は話についていけてないんだけど。
「リリが僕を守るって、どういうこと?」
「私も、坊ちゃまと一緒に学校に行きます!」
はい? 頭、大丈夫?
「リリ……頭、大丈夫?」
あ、つい声に出しちゃった。
でも、普通は思うよね。十九歳で初等学校に通うとかさ。
「坊ちゃま、酷いです! なんでそうなるんですか!」
「初等学校に入学できるのって、十二歳までだよ。リリは無理でしょ」
「生徒として入学するわけじゃありませんよ。先生としてです」
なるほど、それなら……
って思ったけど、学校の先生って簡単になれるものなの? 資格とかは?
僕が抱いた疑問には、父さんが答える。
「リリならば問題ない。武術指南役として潜り込める」
「ぶ、武術指南?」
「ロイは知らんだろうが、リリは強いぞ。それこそ、俺よりもな」
「ははは、父さんでも冗談言うんだ」
僕は冗談だと思ったのに、父さんも母様も笑ってない。
え? 本当に本気で、リリは父さんよりも強いの? 初耳だよ?
「リリには、俺が戦い方を教えたんだが……天賦の才があるようでな。あっさりと俺を追い抜いた。師匠の立つ瀬がない」
「いえいえ、旦那様は、今でも私のお師匠様ですよ」
うっわあ……本当なんだ。
ロリなのに、筋骨隆々とした大男の父さんより強いんだ。マンガの世界みたい。
転生して、今ほど異世界っぽいって思ったことはない。
意外と地球に近いからね。魔物とか魔法も存在するらしいけど、見たことないから、実感が湧かなかったんだ。
あ、神様のご加護があったか。でも、僕はまだだし。
「というわけですので、私は先生になります。たるんでる子供たちをギッタギタのボッコボコに……もとい、ビシバシ鍛えちゃいますよ」
ついでに他の先生も、って言って笑うリリは、小さな体に似つかわしくない迫力を漂わせてる。
やる気があるのはいいんだけどさ、それってちょっとまずくないかな。
「普通の子供や先生はともかく、レッド君をギタギタにするのはまずくない? 大貴族の息子だよ。リリや父さんたちにも迷惑が……」
「お前は、心配しなくてもいい。そうなったらなった時だ。俺は家族を連れて国を出る。なあに、他国へ行っても、家族を食わせることはできる」
「そうよ、ロイ。子供は親に頼ればいいの」
「だが、全てをリリ任せにはするなよ。いじめっ子とは、お前がケリを着けろ。マルネちゃんを守るために、一度は立ち向かったんだろ? なら、次もできる」
父さんは、最後にチクリと釘を刺した。
ケリを着けられるかどうかは分からないけど、僕にとって心強い援軍が同行してくれることになったんだ。
「奥様も私も、坊ちゃまを退学させるつもりでいました」
学校に向かって歩きながら、リリは話し出した。
一年前は、僕と父さんの二人で歩いた道を、今はリリと二人きり。
学校をやめるつもりでいたから、二度とこの道は通らないって思ったのに。
僕がそう言った時のリリの言葉が、さっきのものだ。
リリは、さらに続ける。
「坊ちゃまが寝ている間、旦那様と奥様と私で話し合いました。別の学校に転校を、と主張する奥様と私。一方、旦那様は、今の学校で頑張るべきと言いました」
「どっちの意見にも一理あると思うけど、どうなったの?」
「退学しないのであれば、せめて私が先生になって坊ちゃまをお守りします、と」
元々、話はついてたんだね。だから、リリの提案もすんなり通ったんだ。
「でも、リリって強いの? 疑うみたいで悪いけど、いまいち信じられなくて」
「まだ信じでくれないんですか? まったくもう」
いや、そうやって頬を膨らませる姿が子供っぽいから、信じられないんだよ。
護身のために、多少鍛えてることはあっても、父さん以上ってのは疑わしい。
父さんも父さんで、凄く強いのにさ。
父さんは、穢れ知らぬ武神、ザン・ティアリズルート・オストダインの加護を授かってる。
武神っていうだけあって、加護を受けた人は、戦いに強くなる。
正直、なんで田舎に引きこもってるのか、不思議なくらいだ。都会に行けば、力を存分にふるって活躍できそうだと思う。
リリは、その父さんすらも上回る……らしいけど、やっぱり信じられない。
「ひょっとして、リリは魔法を使えるとか? それなら分かる」
「魔法ですか? 使えませんよ。魔法を使う人の大半は、朽ち果てし賢神、ツァイ・ラピスフォリア・カールベルン様のご加護を授かっています。私の加護は、慈悲深き低神、コウ・ナレタ・ボダズナトズ様ですし、とてもとても」
リリは、魔法を使えない、と。
それどころか、最低ランクの低神の加護だ。
当然ながら、高位ランクの神様の加護ほど得にくい。
人数は極端に偏ってて、絶対神や賢神の加護の持ち主は、ほんの一握りだ。
武神や農神も少ないし、低神が全体の九割以上を占める。
もちろん、複数の神様の加護を得るのは不可能だ。
一人につき、一柱。これは、絶対不変の真理に近い。
ここスタニド王国なら、有名なのはレッド君のお父さん。賢神の加護を得た、国内最高峰の魔法使いだ。賢者とも呼ばれてるね。
絶対神や賢神の加護がある人は、全員が国の重役になってる。
加護ってのは、それだけ重要なんだ。地位も名誉も財産も、思いのまま。
武神の父さんより、低神のリリが強いってのも、信じられない。
「世の中って不思議に満ちてるよね」
「坊ちゃま、妙に年寄り臭いですね。まあ、いずれ分かりますよ。旦那様に代わって、坊ちゃまもビシバシ鍛えちゃいますから」
「お手柔らかにお願い」
「私は、貴族だろうと坊ちゃまだろうと、区別はしません。鍛える時は平等にいきます。呼び方も、学校では『ロイサリス君』にしますからね。坊ちゃまも、リリじゃなくて、『リリ先生』って呼んでください」
「リリ先生」
試しに呼んでみれば、リリはむふぅって鼻息を荒くした。
「あ、それ、いいです。坊ちゃま、もっと、もっとぉ」
なんで、微妙にエロい言い方なのさ。
いや、リリに欲情はしないよ。美人でも母様に欲情しないのと同じで、物心ついた時から一緒にいて姉のようなリリには、いくら美少女でも変な気持ちは抱かない。
リリにとっても、僕は「坊ちゃま」だしね。
年齢も十歳以上離れてるし、お互いに恋愛対象じゃない。
そういえば、リリの恋愛事情って知らないな。
こっちの世界は早婚だから、十九歳なら結婚しててもおかしくないのに。
母様は、十六歳で結婚した。僕を産んだのが十八歳。
リリにいい人っていないのかな。村じゃ、男性に人気があったように記憶してるけど。
もしも恋人がいるなら、僕に付き合わせて悪いことした。
「リリって、恋人いるの?」
「ふぁっ!? ぼ、坊ちゃま、急に何を!?」
「ちょっと気になったんだ。村に恋人がいるなら、僕に付き合わせて悪いなって」
「い、いませんよ! いたこともありません! 私は坊ちゃま……をお守りするのが生きがいなんです!」
ちょっと焦った。「坊ちゃまが好きです」とか言われたら、どうしようかと。
あるわけないよね。ショタコンじゃあるまいし。
「じゃあさ、町で恋人ができるといいね。先生の仕事も、僕を守るのもいいけど、自分の幸せも考えないと」
「そ、そう、ですね……」
気遣ったつもりなのに、リリの返事は歯切れが悪かった。
照れてるのかもしれないね。