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百六話 欠点は鈍感なところ

 王都から逃げて馬車を飛ばした時は、ギュオス伯爵が治める町までそれほどかからなかった覚えがある。

 今は、五千人もの軍隊が移動しているため非常に長い。


 馬や馬車も使っているけど、大半は歩兵になるので、足の遅い歩兵に合わせなければいけない。

 ロイ君の亡骸が傷まないよう、わたしとシロツメさんで見ている。


「マジで腐らねえな」


 カッツャ君は、一日に一度、様子を確認しにきている。

 とても大きくなったカッツャ君が馬車に入ってくると、途端に狭くなって窮屈に感じる。

 同じ空間にいたい人でもないし。


「半信半疑だったが、どうなってんだ? 生きてるなんてことはないだろうな?」


 何日たっても綺麗なままのロイ君を見て、疑問に思っているみたい。

 ロイ君の亡骸に触れ、死んでいることを確認している。


「死んでる……か」

「わたくしは、賢神のご加護を授かっており、治癒魔法も使えます。説明してもよろしいですけれど、長くなりますわよ?」

「あー、説明はいらねえよ。聞いても理解できないしな。俺は、こいつのせいで初等学校を退学になったんだ。学はないし頭もよくない」


 頭がよくないという言葉は、ナモジア君もよく使っている。

 ブルブさんやワレトスさんもそう。戦い以外はさっぱりだ、と。


 同じ言葉でも、まるで違って聞こえるのはどうしてだろう。

 それはきっと、カッツャ君の自慢話が原因だと思う。

 馬車にやってくるたびに、わたしたちに長々と話すの。犯罪者になってしまった自分が、いかに苦労したか。辛い思いをしたか。地獄を見たか。


 同時に、地獄から這い上がった自分を誇る。

 王城で会談した時にも言っていたように、自力でのし上がったことを自慢し、辛い目にあっていない人間を見下す。


 今日も、いつも通りの不幸自慢が始まっている。


「お前らの言う苦労は、俺に言わせれば苦労じゃない。本物の地獄を知らない甘ちゃんだ。一度、味わってみればいい。数日で死ぬぜ」


 確かに、わたしにはカッツャ君の苦労も辛さも理解できない。

 わたしも苦労はした。お父さんは、わたしが産まれたばかりの頃に死んでいるし、顔すら知らない。


 お母さんは一生懸命わたしを育ててくれたけど、貧乏だった。

 お母さんの仕事が仕事だったから、それが原因でいじめられもした。

 なんでわたしだけ不幸なのって思ったし、周囲を恨みもした。


 でも、カッツャ君が味わった地獄に比べれば、たいしたことはないと思う。

 お母さんは優しかった。わたしを大事にしてくれた。

 ロイ君や師匠、ユキもいてくれて、途中からは楽しい人生になった。


 わたし以外の人も苦労している。

 ユキは両親がいない。

 師匠はアーガヒラム家のお嬢様からメイドになった。

 シロツメさんは病弱で、幼少期は何度も死にかけた。


 女性だけで集まっておしゃべりした時、辛いことも楽しいことも、いっぱい話したの。

 成功し続ける人なんて、滅多にいない。誰もが様々な経験をしている。


 わたしたちの歩んできた人生を、カッツャ君は「甘い」の一言で否定する。

 みんなそれぞれ、違う苦労や辛さ、悩みを抱えているはずなのに。


 家族を失い、犯罪者として強制労働の日々を送っていたカッツャ君。

 わたしたちの苦労が甘く見えるのは仕方ないとしても、自分こそが世界で一番不幸だと得意げに語られればうんざりする。

 

 昔のわたしやロイ君を見ているみたいだ。

 わたしは自分だけが不幸だと思っていたし、ロイ君も同じだって言っていた。


 ロイ君は昔、レッド君やカッツャ君たちにいじめられていた。

 だから、当時を振り返り、辛かったとか苦しかったとか話してくれる。いじめっ子の主犯格だったレッド君が嫌いだとも。

 いじめられっ子の自分は不幸で、誰も自分のことなんか理解してくれない。世の中を恨んだって。


 これだけを聞くと、地獄を味わったと話すカッツャ君と同じ。

 でも違うの。続きが全然違う。


 ロイ君がいじめを克服し、立ち直れたのは、周囲の人が助けてくれたからだって話す。師匠やユキやわたしが。和解したスウダ君や、ルームメイトの人たちが。

 みんなのおかげで、今の自分がある。努力はしたけど、一人の力では無理だった。助けてくれる人がいなかったら、成長しないままで年齢だけを重ねたって。


 ロイ君は前を向いて進んでいる。過去の辛い体験があるからこそ、初等学校の先生になりたいという夢を持って。

 不幸自慢しかしないカッツャ君とは、そこが違う。


 そのせいか、ロイ君には共感できるのに、カッツャ君には共感できない。

 共感できるのは、わたしもいじめられていたからかもしれないけど。


 最近の日課になったカッツャ君の話は、正直聞き飽きた。

 ロイ君の話を聞くのは好きなのに。

 ロイ君は、わたしたちが会えなかった時間を埋めるように、色々聞かせてくれた。これまでの経験を語り聞かせてくれる話が好き。


 ヴェノム皇国での出来事は、ちょっと嫉妬するけど。

 シロツメさんとか、レスティト・アムア先輩とか、わたしの知らないロイ君を知っている人に嫉妬する。


 特に、レスティト先輩。シロツメさんがロイ君を好きなのは知っているけど、レスティト先輩も多分好きだったんじゃないかな。


 ロイ君は笑いながら、そんなわけないって言っていた。

 ロイ君って、意外と鈍感だよ。ユキの好意にも気付かなかったし。

 自分が鈍感だって気付かないほどに鈍感。むしろ、鋭いとすら思ってそう。


 自己評価が低いせいかな。もしくは、自分の容姿を気にしているのかな。女性に人気のある容姿じゃないから。

 あの鈍感さは、わたしも擁護できない。欠点の一つだね。


 わたしの女の勘が告げている。レスティト先輩はロイ君を好きだって。

 卒業する時、ロイ君に言ったらしい。「旦那様と可愛い子供を紹介する」って。

 ロイ君は、いつか会いに行くって呑気に考えているけど、そうじゃないよ!


 レスティト先輩は、ロイ君に引きとめてもらいたかったの! 「旦那様」って単語を出した時、ロイ君に「他の男ではなく、僕の妻になってください」とか言われたかったに決まってるの! 精一杯の告白だったの!


 なのにロイ君ってば、レスティト先輩の気持ちも知らずに、会いに行くって答えたんだって! 信じられない!


 ……そりゃあ、わたしをずっと好きでいてくれたのは嬉しいよ。そこでレスティト先輩と結婚しちゃうと、わたしは恋人になれなかったのも分かるよ。


 でも、なんだかスッキリしない。

 わたし、レスティト先輩に会いにくいよ。

 ロイ君は、レスティト先輩の旦那様を紹介してもらうと同時に、わたしも紹介するって言ってるけど……


 わたし、刺されたりしない?

 鈍感でにぶちんでダメダメ男のロイ君は、女の嫉妬の怖さを理解していない。


 わたしなんか、ロイ君がシロツメさんと同じ家に住んでいるだけで嫌なのに。

 師匠と昔からずっと一緒なことに嫉妬するのに。

 ユキと訓練するよりも、わたしを構って欲しいって思うのに。


 三人とも、ロイ君を諦めていないみたいだから、凄く不安。

 いつロイ君が、「みんなを妻にする」って言い出すか……

 そうなった時、わたしはおそらく反対しない。物分かりのいい女のふりをして認める。ロイ君に嫌われないために。

 本当は、スウダ君を見習って、わたしに一途でいてもらいたいのに。


 わたしがこんなにも嫉妬深いことを、ロイ君は知らない。

 わたし以外の女の人だって嫉妬深いことも知らない。

 それでいて、ロイ君は独占欲が強いの。わたしがワレトスさんにお尻を触られたことを知って、怒ってたし。


 わがままだよね。自分勝手だよね。

 そんなところも大好きだけど。愛されているんだなって思えるの。

 ロイ君、大好き。世界で一番愛しています。


「マルネさん、カーダ様はいなくなりました。そろそろこちらの世界へ帰ってきてください」

「あ、あれ?」


 わたし、どれだけ妄想の世界にふけっていた?

 カッツャ君の話を聞いているうちに、ロイ君を思い浮かべて……

 その先は、カッツャ君の存在なんかさっぱり忘れて、ロイ君のことばかり。


「目が覚めたみたいですわね。ロイサリス様のことでも考えていましたか?」

「すみません。カッツャ君の相手をシロツメさんに任せてしまったみたいで」

「構いません。これでも皇女ですので、自慢話が好きな殿方の相手は慣れております」


 シロツメさん、大人だなあ。

 わたしと一歳しか違わないのに、凄くしっかりしてる。

 体型だって……これは考えないでおこう。惨めになるだけだよ。


「カッツャ君の話はなんでしたか?」

「いつも通りです。何も変わりません」


 毎日毎日、よく同じ話ばっかりできるよね。


「カーダ様のお話には、同情できる部分はあります。殺人は不可抗力だったようですし、強制労働も辛かったでしょう。とはいえ、辛い経験をした事実を盾に周囲を見下すところは、全く共感できません」


 わたしもシロツメさんと同意見。

 王都に着くまで、まだまだカッツャ君の自慢話を聞かされるんだよね。

 大変だとは予想していたけど、これは予想とは違う大変さだ。

 早く王都に着いて欲しい。そして、ロイ君も……

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