百四話 自己犠牲
王都から逃げ出して、ギュオス伯爵にかくまわれることになった。
仲間たちは無事に合流できて一安心だ。
シロツメは、使用人全員をヴェノム皇国に帰した。こう言っちゃなんだけど、守り切れそうにないからね。
戦える人は、大半が使用人の護衛として一緒に帰国。一部の人が残った。
態勢を立て直して反撃を……といきたいところだけど、レッド君が軍を出したって情報が入った。
大将はカッツャ君で、人数は五千ほど。ロイサリス・グレンガーを引き渡さなければ、五千の軍隊が町に攻め込むって言ってる。
「申し訳ないが、君たちをかくまえなくなった。王都の正規兵五千には、とても勝てない。オレは領主として領民を守る義務がある」
「ギュオス!」
「では、ネーシュは策があると? 五千の軍隊に勝つ、あるいは追い返す策が?」
「な、ないけど、シロちゃんたちを見捨てようっていうの!? ここで見捨てるなら、最初から受け入れなければよかったじゃない!」
「オレの判断が間違っていた。こんなにも早く軍を差し向けてくるとは予想外だ。ヴェノム皇国との戦争も控えているし、余計な消耗は避けるとばかり」
……僕のせいだよね。
レッド君は僕を巨悪だと考え、正義を成すために殺そうとしてる。
僕を殺すためなら手段を選ばない。なんでもやる。
僕と一緒に、ギュオス様や町の人たちを全滅させることだって。
むしろ、積極的に殺しそうだ。「グレンガーのせいでこいつらは死んだのだ」とか、いかにも言いそう。
ミスった。四の五の言わず、王都にいた時にレッド君を暗殺しておけば。
もしくは、襲撃された時に逃げ出さず、徹底抗戦していれば。
成功していたかどうかはともかく、最悪でも戦って死ねた。
今の状態じゃ何もできない。戦えば、ギュオス様たちに迷惑がかかる。
カッツャ君が率いる軍の到着まで、少しは時間があるけど、時間があったってどうしようもないよ。
打つ手は……ない。
僕たちを切り捨てようとするギュオス様と、守ろうとするネーシュ様が言い争ってる。
どちらも間違ってない。
間違ってるのは僕なんだ。絶対的な英雄である国王陛下に逆らった僕が悪い。
「僕を殺し、首を差し出してください。指名手配されてるのは僕だけです。僕の首を差し出せば、他の人は助かるかもしれません」
「ダメだよ! ロイ君が死ぬなんてダメ!」
「私は認めません! 私が坊ちゃまをお守りします!」
マルネとリリが感情的になって叫んだ。
シロツメは冷静に考え込んでる。彼女なら、情に流されずに判断してくれるはずだ。
「……確かに、ロイサリス様の首を差し出すのが最も効果的でしょう。わたくしたちが逃げ出せば、かくまっていないか確認するために町を滅ぼすと思われます」
「オレも同じように考えている。生きたまま差し出しても、ロイサリスを絶望させるために皆殺しにしそうだ。国王陛下は、よほどロイサリスが憎いらしいからな」
「ロイサリス様が死んでいれば、絶望させることもできません。それでも、ギュオス様たちが確実に助かるとは言えませんけれど、可能性は一番高いです」
シロツメもギュオス様も頼りになる。
さすが、皇族と貴族だ。普段は優しく、必要とあらば冷酷に。
トップに立つ人間としては理想的だろう。
「レッド君が、僕の生死を問わないって言ってくれて助かりました。生け捕りを命じていれば使えない方法です」
「嫌! ロイ君が死ぬのは嫌! お願いだからやめてよ!」
マルネが僕に抱きついて、泣きながら訴えてくる。
マルネのお願いなら、僕にできる限りのことはしたい。
でも、今回ばかりは無理だ。
「ごめんね。マルネと一緒にいたかったんだけど……」
「じゃ、じゃあ、わたしも一緒に死ぬ!」
「マルネが死ぬ必要はない。ユキ、マルネをお願い」
「……損な役回りだね。本当は、あたしも泣きたいのに。恨むよ、ロイ」
「ごめん」
マルネが自殺したりしないよう、ユキたちに見張っててもらおう。
損な役回りをさせてごめん。
これで話がまとまったかと思ったら、ナモジア君が苛立った声を発する。
「吐き気がするな。自己犠牲の精神は結構だが、浸っているようで気持ち悪い。グレンガーは、もっとまともな奴だと思ったが見込み違いか。見損なったぞ」
「僕だって死にたくない。でも、どうしようもないんだよ」
死にたいわけがない。生きていたいに決まってる。
マルネとずっと一緒にいたい。将来の夢だって叶えられてない。
僕の人生をレッド君なんかに奪われたくないよ。
前世でいじめっ子に殺された時は、高校一年生だった。ちょうど今の僕と同じ年齢だ。
どうやら僕は、人生をやり直してもいじめっ子に殺される運命にあるらしい。
だったらせめて、格好よく死なせて。
自己犠牲に浸っている? そうだよ。それの何が悪い。
いじめっ子にリンチされて、惨めに死んだ前世に比べれば、みんなのために死ねる方が格好いいじゃないか。
「死ぬなら、最後まで抵抗してからにしろ。俺も付き合う。五千だろうと五万だろうと、一人でも多く倒してやる」
「ナモジアにだけいい格好はさせないぞ。俺も戦う。覚悟はできてるんだ。ロイサリス、お前も覚悟の上でレッドに逆らったんだろ? 今になって弱音を漏らすな、バカ野郎!」
スウダ君まで。
二人の気持ちは嬉しいけど、それは無理なんだ。
「戦えば、ギュオス伯爵たちにも迷惑がかかる。僕たちは間違えたんだ。戦うなら、王都から逃げ出したらダメだった。あの場にとどまって、死ぬ瞬間まで戦い抜くべきだった。もう取り返しはつかない」
「知るか。俺には戦いが全てだ。お前に指図されるいわれはない。一人でも戦わせてもらうぞ」
ナモジア君はそう言って、本当に戦いに行こうとする。
「モモ!」
「どけ、セツカ」
「どかない。あたしはロイの味方だから」
「お前は……グレンガーに惚れているんだろ? 好きな男が死んでもいいのか?」
「大好きだよ。本当は、ロイとマルネが付き合い始めたから、諦めなくちゃいけないって思ってた。あたしがロイと一緒にいたのは、初等学校時代の一ヶ月くらいだったし、マルネほど深い絆があったわけじゃない。淡い恋心なら諦められるって。なのに、どんどん好きになる。人間の感情って不便だよね」
ユキは、そこまで僕を……
告白されてから結構時間がたってるし、とっくに気持ちを切り替えてるとばかり思ってた。
「チッ、ここまでのろけを聞かされるとはな。たいした道化だ」
「道化で悪いか! 惚れた男がみんなのために死のうとしてる! なら、あたしはそれを認めるしかないじゃん! マルネみたいに泣けないよ!」
「道化なのは……いや、いい。とにかくどけ」
「どかない!」
ナモジア君とユキは、どちらも引かない。
すると、他のメンバーまで両者の味方になる。
リリ、スウダ君、ワレトスさんは、ナモジア君。
シロツメ、シャルフさん、サクミさん、ブルブさんは、ユキ。
戦おうとするか、僕の首を差し出そうとするか。
ユキたちが冷たいわけじゃない。みんなが僕のことを想ってくれてる。
サクミさんなんか、普段とは違ってスウダ君の意見に反対してるんだ。辛い決断だろう。
マルネはずっと泣きっぱなし。ギュトス様とネーシュ様も言い争いを続けてる。
頼りになる仲間たちが真っ二つになってぶつかり合ってる、その時だ。
――我、朽ち果てし、賢神。
――我、忘れ去られし、農神。
突如聞こえた声に、全員が驚いた顔をする。
僕だけに聞こえたわけじゃなかったみたいだ。
「賢神と……農神? なぜこの場で? 儀式以外でお声をかけてくださるなど、オレは聞いたことがない……何が起きている?」
ギュオス様が、狼狽した声を漏らした。
冷静沈着な貴族であっても、これには冷静じゃいられなかったみたいだ。
僕たちも言葉を失ってるのに、なんだか納得した顔をしてる人が二人いる。
シロツメとマルネだ。
ここにいるメンバーのご加護は……
シロツメが賢神。
ユキ、スウダ君、ナモジア君が武神。
マルネが農神。
残りは全員低神。
お声をかけてくださったのが賢神と農神で、シロツメとマルネの様子が異なる。
これは……僕が破壊神のご加護を授かった時と同じってこと?
「……ロイサリス様。命を投げうつ覚悟がおありなのですよね?」
「え? は、はい、それが一番だと思いますし」
「でしたら、死んでください。マルネさん」
「はい!」
シロツメとマルネの二人だけで分かってるみたいだけど、僕たちはさっぱりだ。