プロローグ 絶対を信じる男
新作となります。
初日なので、プロローグ、一話、二話を投稿したいと思います。
まずはプロローグ。次は夜9時頃投稿予定です。
「ワタシは、絶対に正しい! 正義なのだ!」
僕の目の前で、一人の青年――レッド君が叫んでいる。
重傷を負ってるのに、よくもまあ。
声を出すたびに、激痛が走っているはずだ。
気を失えば、楽になれる。命乞いでもすれば、助かる可能性はある。
ズタボロの肉体に反して、レッド君の目は死んじゃいない。心も折れていない。
この強さだけは、称賛に値する。僕には真似できない強さだ。
地面に倒れながらも、顔だけは僕に向けて、言葉を発する。
「ワタシは絶対だ! 絶対なのだ! 絶対たるワタシに逆らう貴様は悪だ! 悪は滅ぼさねばならない! 貴様に生きている価値などないのだ、グレンガー!」
口角泡を飛ばして、僕を口汚く罵るレッド君は……とても醜い顔になっている。
本来の彼は、女性から大人気な美しい顔をしているのに。
何歳だっけ? 僕の三つ上だから、十九歳かな。
若くて、超がつくイケメンで、能力も抜群。
身分だって高いし、女性たちの憧れの的だ。
だてに、美女、美少女たちを、五人もお嫁さんにしてない。
同じ男として、僕もつい嫉妬してしまうほど。
醜くなった彼に対して、僕の感情は複雑だ。
ざまあみろ、と見下したくなる。
かわいそうに、と憐れんでしまう。
僕もこうなるかも、と恐れを抱く。
僕が何を言ったところで、レッド君の心には一切届かない。
それでも、言わずにはいられない。
レッド君を殺す身として、せめて最期に、少しだけでも。
「人ってさ、みんなそうだよ。自分が正しいって思ってる。僕も同じだし、僕の仲間も……もちろん、レッド君も」
「正しいのはワタシだけだ! ワタシが絶対だ! 貴様らは間違っている!」
「自分の正しさを信じて突き進むのは、悪いことじゃない。格好いい生き方だと思う。でも、レッド君はやり過ぎた」
レッド君は、自分の正義を信じて疑わない。絶対に正しいと思い込んでいる。
周囲の人たちも、こぞってレッド君を絶賛した。
さすがだ、凄い、天才だ。
レッド君を否定する人なんかいない。
いたとしても、すぐにレッド君が潰すから、結局いなくなる。
僕も昔、危うく潰されかけた。今も生きてるのは、運がいい。
誰もレッド君を否定しない。拒否しない。悪く言わない。
さすがレッド君。さすがレッド君。さすがレッド君。さすがレッド君。
狂気に彩られているかのように、何があっても褒め称え続ける。
昔からそうだった。レッド君と初めて出会った頃も、みんなが彼を称賛した。
すると、レッド君はますます増長する。
絶対的な正義が自分にあると錯覚する。
自分を正しいと思うのは、人の業だ。弱さと言い換えてもいい。
悪いことをしても、仕方がないんだって言い訳する。
自分は悪くない。自分をこんな状況に追い込んだ周囲が悪い。
他の人間が、社会が、国が、世界が。
自分以外の全てが悪い。
程度の差はあれ、人間ってのは、みんなこういう弱さを抱えた生き物だ。
自分が悪いって思える強い人は、滅多にいないと思う。
口先では、自分が悪いとか間違っているとか言っても、それは建前。
他人に軽蔑されたくないからね。
自らの非を認められる、潔い人って思われたい。
だから、口先だけで反省するようなセリフを吐くけど、内心は別だ。
でも、だって、だけど、って言い訳を繰り返す。
僕も同じ穴のムジナ。レッド君に、偉そうに説教できる立場じゃない。
説教できる立場じゃないんだけど……
「レッド君の信じる正義は、多くの人を不幸にする。だから僕は、僕の信じる正義……いや、独善に従って、レッド君を殺す」
ほらね。同じ穴のムジナ、とか言っておきながら、僕はこうやって説教する。
生き方って難しいよ。本当に。
「ワタシを殺す? 絶対的な正義である、このワタシを?」
「そうだよ」
レッド君は、再び僕を罵り出した。
聞いてたら、いつまでたっても終わらない。
もう、終わらせよう。
僕は、レッド君に向かって、剣を振りかぶり――