53:綾部 ミカについて(後)
《15:01/321号室》
「そう、あれから綾部君のこと、【クラス全滅】についてべてみたのね。それで私に意見をもらいたいってところかしらね?」
僕は松本さんを部屋に呼んでいるところだった。それで例の【クラス全滅】について話し合うことにした。
「さすが松本さん話が早い。ということなのでどうかなと」
「まぁそれはそうと一度君の得た情報を聞かせてくれ。私の中で既に知っていることも含まれているかもしれないからね。ここは無駄なく話をしよう、私の助手」
「わかった、えっと―――」
僕はこれまで調べて分かったこと、その中には僕のこうではないだろうかという自論のスパイスをかけて話した。
「OK、今の君の得た情報の範囲がおおよそわかったわ」
「じゃあ次はそっちの番だね、いいかな?」
「えぇもちろん。あれは加賀美一派の一人が調査に出向いていたわ」
「そうだったんだ、なんかわかったこととかあったの?」
探偵をわざわざ呼び出すほどの事件性があったのだろう。そう思うとこの出来事は一枚岩では済まないと思った。
「本来なら守義務ってものがあるから、ベラペラと他所様に話すのは御法度に値するけど………まあ、他ならない佐藤君ならいいだろう」
「ありがとう、松本さん」
「気にしなくていいわ。それよりも、あの件って表向きにはガス爆発ということで話は進んでいたわね」
「そうだね」
「加賀美一派は依頼を受注し、終結したら報告書をあげているのだけれど―――」
「報告書ねぇ。それってインターネットで見ることは可能なの?」
「加賀美一派独自のサーバー内にしかないから余程のことが無い限り外には漏れることはないわ。だから君がどれだけネットで調べるテクが高いにしても、そこに辿り着くのは不可能。ハッキングのテクが必須になるでしょうね」
「そっか、なら無理な話だね。それで、その報告書にはなんて?」
「君ほどの記憶力はないから掻い摘んだものにはなるが、少なくともあの件はガス爆発ではないことは確かだったわ」
「やっぱりそうだったんだね」
「………ふぅん、なるほど。君もそう思っていたところだけど、裏付けるものが欲しかったというところかしらね?」
「まぁね。そもそも気になっていたんだ。確かに爆発の規模は当時のニュース映像もあって、十分に伝わっていた。だけど調査すればどうも焼死体や爆発による致命傷を負った人がわずかだったことや、どうしてあの教室だけにしか被害が及ばなかったのか。ガス爆発なんて言ったら隣の教室とか被害箇所は増えるはずなのに例の教室に限ってのことで……局所的過ぎるという疑問点が拭いきれない」
「えぇ。私もあの事件は印象に残っているから、数少ない報告書を読んだ一つよ」
「それで、爆発の原因は特定できたの?」
「担当をしたアラシさんは、爆弾が仕掛けられていたと推理していたわ」
「爆弾?教室内のどこかに仕掛けられていたの?」
「そういうこと」
「シナリオとしては……全員が揃ったところをついてボタンを押す。それで爆発して……え、でも待って」
爆弾による様発となると、緒かにガス爆発の場合の異臭に関する問題は解決される。
ただ他教室への影響という疑問が残ってしまう。
どれにしたって、残ってしまう疑問はまだある。
「あぁ、君もそこで立ち止まるはずだ」
「うん。その場合だったら、もっと焼死体が出てもいいはずだ。焼死体で発見されたのは31分の6だ。そこに追加して何人か火を負っている様子だったが直接の死因ではない。反対に残りの25人は心臓や脳、喉などの急所を的確に刺される・切られる等で死亡している」
「アラシさんもその点で手を焼いていたよ。爆発の中、慌てふためく生徒の急所を的確に狙ったんだ。どうしてそんなことができたのか、不思議で仕方ない。そもそも誰がこれをやったかだ、ここまでまとめると爆発物を作れるノウハウを熱知している、そして誰にもバレずに教室にいてバニックの中爆発で死ななかった生徒を的様に殺す。それらを両立できる人間がいるだろうか?」
「いないから手を焼いてしまった。それが松本さんの同業者さん?の出した答えじゃないのかな」
「そうでしょうね。正直私は一つ考えがあるけれど………それは一日置いておきましょう。学園は真っ先に当時そのクラスに在籍していた綾部君を疑ったはずだ。あのクラス内で唯一の生き残りでもあったからね。だけど彼女には完璧なアリバイがある」
「病院に行っていたということだね」
「彼女は前日も登校していたけど、その日に風邪を引いて、ちゃんと病院にいって、ちゃんと薬を処方してもらった。もっと言えば綾部君のお母様が付き添ってくれたみたいだけれど、そっちの件については彼女の職場でちゃんと遅刻という名の有休扱いでの出勤が認められていたわ」
「そこまで調べているのか、すごいな……」
僕の調査範疇では収まりきらない程の情報量だ。こういうところはある意味向こうが一枚上手なんだと思ってしまう。
「だけど佐藤君は気にならない?」
「ん?なんだろう?」
「このシナリオが出来すぎたものではないかってね」
「出来すぎた? えっとそれはたまたまあの事件でさんだけが何の被害もない。彼女以外のクラスメイト全員が死んだこと?」
「えぇ。そんなピンポイントでそんな事件が起きたのかということね。元はと言えば……綾部君はあのクラス内でいじめの被済者だったのだろう?」
「そっか、松本さんも例の件についてはわかっていたんだね」
「さっきから話題に挙がっている報告書。それを通して初めて知ったわ。だから私も、このゼミに彼女の名前があることを知ってからは、少し遠くから見つめる予定だったわ」
「それはどういう意味で……?」
「ごめんなさい。今は詳細を話せないけど、ある可能性を疑っているのよ。そのうちどこかでこれは話すからもう少し待ってほしい」
「う、うん。わかった」
やけに何かしらの情報が伏せられているような気がする。だけどそれは決して死ぬまで明らかにならない、いや割と近い未来にわかるような気がした。
「ちなみに佐藤君は綾部君と話していたみたいだけど、どうだったの? 彼女は事件のこととかについてどういう話をしていたのかな?」
「そうだね……結構嘘が多かった」
「ほう、嘘と」
「あの件は全国ニュースにもなるほどの一大事件だっただろう。それもあって、こっちから話題を出したら、話すことを躊躇うかもしれないと思っていたけど、すんなりと通りはした。だけど僕はあの時、あえて『事故』って言ったんだよね」
「なるほど、あえて真相部分を伏せて話したのね。それを踏まえて彼女のついた嘘は?」「まずは自分のクラスとは違うところで起きたと言っていた。それはもう他人事のようだった。だけど、本音もあったように感じるというか気になる箇所もあった」
「例えば?」
「あの件で彼女は『物事の解決は力しかない」という考えを持ったといった。僕はあの場で実は焼死体として見つかったのはわずかで、殺傷されたということは一言も発していない。元々その発想があってその件で拍車がかかったのか、それとも芽生えたのかは触れていないが、実際にいた学校内の他所のクラスでの一件でそこまで極端に様変わりするものかとは疑問に感じた」
「それが関係者、最悪当事者ならさっさと片付く話ね。でもあの場でそうはならなかったからこそ、佐藤君は悩み始めたのね」
「そうだね……それに前から気になっていたこともあったんだ」
「ほう?」
「委員会決めの時さ、安河内さんと西門さんがいがみ合う場面があったじゃん。あの流れで綾部さんが残り 1人の試験作成に入ったけど」
「そうだったわね、そう言えば綾部君、2人のことを『なんとかします』とも言っていたわ」
「僕はその『なんとかする』の方法も偶然聞けたのよ」
「偶然聞けた…? ちょっと遡るが、そもそもどうして君は彼女とそんな話をしたんだい?」
「あぁそう言えば、色々とあって端折っていたね。実は―――」
と僕は少し遡ったあらまし。あの百人一首の対決が安河内さんと西門さんの和解に繋がったことや、それに感謝されたことを端的に説明した。
「なるほどね、それで綾部君と話せたというわけね。ごめんなさい、脱線したわね。それで彼女はどうやってその二人をなんとかしようと思っていたの?」
「………『殺す』と言っていたよ」
ヒュ~と口笛を吹く松本さん。
「それは随分と強気な姿勢というか……いや、まるで『自分ではどうにかできる』と確信めいたことを言っているようにも受け取れるわね」
「本当にそうだね、その言葉は納得できる」
「何かお心当たりでも?」
首を傾げながら松本さんは尋ねる。
「僕らってほら一応不死だよね。それが本当かどうかを抜きにしてさ」
「えぇそうね」
「後、綾部さんに対して散えて『不死に関して』のことを話して、彼女の思うところを伺ってみたのよ」
「なるほどね。それでどうだったの」
「『何度でも殺る』と言っていた。そのあとの結末も『支配と隷属』なんて言っていたね」
「『支配と隷属』か、まるでそれも綾部君が経験したからこそ、いや経験しなければ出ないフレーズかもしれないわね」
「それはやっぱり、彼女のいじめられていた境遇からってことだよね」
「そうと考えるしかないのじゃないかしら。だって彼女は例の事件以後は保健室登校だったのよね? それでいて商且つ………む?」
松本さんは話を切り、横を向く。僕も彼女の視線を追いかけ、その方を見るがそこには何の変哲もない床。変わり映えもしないありふれたものだった。
「松本さん?」
「あぁ、すまない。何かこう変なものを感じてね」
「……いわゆる第六感的なもの?」
「そんなところ。でも何もなかったわね。ごめんなさい。話を途切れさせたわね。えっと……」
松本さんが視線を僕の方へと戻す。
「何の話をしていたかしら?」
「『そうと考えるしかないのじゃないかしら。だって彼女は例の事件以後は保健室登校だったのよね?それでいて尚且つ』で途切れたところだよ」
「そうだったわね、ありがとう佐藤君。話を戻して尚且つ彼女は学校にほとんど通ってなかったのだろう。力どうこうでその結末に至るには、試す機会ないことを鑑みると恐らくそれ以前の経験則から『支配と緑属』という言葉ができたと思う方が自然だわ」
「そうだね。言語化したことで納得できる節が山ほどできたね」
ある程度話したところで小さな間を作る。
「さてと、君はそこまで調べて今回はどうしようと考えたんだい?」
「今後だよね?」
「えぇ、そうね」
「頭の隅に置いて、それこそ松本さんみたいに遠くから見ておこうとは思うよ。これを知ったことで何も出来ないのは確かだし、すぐに解決できるほど生ぬるい話じゃないからね。それに安河内さんと西門さんが和解したことで綾部さんが何かする可能性が一気に導くもなったから静観がベストと思ったね」
「そうか、わかったわ。そこは私と同意見と言ったところね」
そう言って松本さんは立ち上がった。
「話も良いところまで済んだだろう、私はそろそろお暇とさせてもらうよ」
「松本さんの方から打ち切るなんて珍しいね」
「そもそもこれは君の急な呼び出しだろう?私も実はやることあってその合間に来ていたのよ」
「えっ!? それならそうと言ってよ、もっと手短に済ませていたのに」
「なぁに。少し行き詰っていたところだったから気分転換をしたまでだよ。いいリフレッシュになったわ」
松本さんは「それじゃあまた」と一言残して部屋を後にした。
〈??:??/321号室前〉
「そう……やっぱり嘘は突き通せなかったか………」
ドアに背もたれ、座っていたのは綾部 ミカだった。彼女は自らの左耳を手で押さえていた。
「松本さん、私を疑っていたんだ………しかもあの日にしれっといたらしい探偵と同業者………はぁ、レントさんの言っていた『加賀美に気をつけろ』はそういうことだったのね。それにあの言い草………察しているとしか思えない」
そう言って彼女は立ち上がりその場を去った。彼女の歩む即席には黒い水滴のようなものが弾けていた。
6章はこれで終わりです。
そしてここから大きく物語を進め、動かします。本格的にあっためていたアレコレを進めていきます




