表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42人の教室  作者: 夏空 新
第6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/85

52:綾部 ミカについて(前)

※本作には自傷に関する表現があります※

《13:11/321号室》

「とまぁそんなことがあったんだ」

 僕は松本さんに事の顛末や今の僕の想いについて話をした。

「なるほどね。佐藤君も色々とやっていく中でそういう気付きを得た、変化を感じるようになったのね」

「要点をまとめるとそうなるね。いくら真実のためとはいえ、人の踏み入れちゃいけない場所にズケズケと押し入るのはどうなんだろうと思うようになってきたんだ」

「うんうん。人によっては聞いちゃいけない古傷だったなんてことはハッキリ言ってよくある話だ。私も加賀美一派の人間として探偵活動を営んでいた頃、君と同じような苦悩を抱えていたわ」

「そっか……ねぇ、松本さん。僕は今後どうあるべきだと思う?やっぱり変わらず『真実の為』を口実にズケズケと人のデリケートなところに踏み入るべきか、それとも遠慮するところは遠慮して真実を求めるべきかについて」

「先に言っておくけど、これについて決めるのは佐藤君自身だということ。それを踏まえて私の話を聞いてほしいわ」

「う、うん」

 そう言われると背筋がピンと張るような緊張感を覚える。

「まず、君はあくまで私の助手だ。君は私が調べてほしいと頼んだことを調べ、それを伝える情報提供者だ。確かにそこから推理をするのは君の勝手ではあるが、だけど必ずしも君だけが何かを抱え込む必要はない。むしろ言い出しっぺの私のために動いてくれていることが大半だ、いわゆる一蓮托生というやつだ。恐らくだが今君がそうやって悩んでいるきっかけは、一種の件だろう。自分の技量の低さを思い知って、しっかりと真実を知ろうと頑張った。その結果、己の技量不足だけでなく、安河内君・西門君それぞれに君自身が受け止めるにも困難なエピソードがあった。以上のことで、控えめになりつつあり、仮屋君の一件もそれと今気になっている綾部君の一件もまごついているというところだろうね」

「全くもってその通り」

「なら話は早い、気になることは調べてもいい。だけどどこまで追うかのボーダーを作って、機が熟したら真実に向き合う、それでいいじゃないのか?」

「それはつまり………」

「気にせずかまわずにいつも通りでいいということだ。それで誰かを悲しませる、怒らせることは起こりえることはもちろん避けて通れないものだけど、それを君1人で責任を抱える必要はないってことだよ」

「やっぱりその人にとって重大な古傷でも真実には向き合うべきなんだね」

「おや? その様子は、助手を降りるとか考えているかい?」

「いや、それは全くないけど」

「なら良かった。まぁ要するに、君がやりたいようにやればいいのではないだろうか。というのが私からの言葉だ。今まで通りに調べるのもよし、調べてその人に真実を求めるために尋ねるもよし、調べた情報を吟味して状況に応じて出す・出さないを判断するもよし。そしてこういう風に私と相談するもよしということだ。私は君に何の制約も強制もしない。それだけ私は君の技量を理解しているし、期待しているわ。それとそうね、ちょっと安心もしたかな」

「安心?」

 松本さんにしては想像もできないような言葉が出る。

「君にもそういう人を慮れるところがあることに。ここ最近の佐藤君は感情のない情報追い追いマシンだったから心配していたのよ」

「なんだよそれ」

「多分……いや、これは間違いなくなのかな、元々人を慮る性格はあるはずだよ。だけど最近は真実ジャンキーになって何でもかんでもズケズケと行き過ぎていたのだと思うわ。まるで昔の私のようにね。遅かれ早かれ、どこかで私がブレーキをかけるべきだったけど、かける直前に自分から気づけたから偉いわ」

「あ、ありがとう……でも、わかったよ。というか忘れていたよ、僕は君の助手だ。ということはこうやって気軽に遠慮なく相談もできる相手であったことをね。だから僕なりにやってみる。それで困ったら松本さんに相談する」

「そう、それが君の結論ね。改めてよろしく頼むよ、我が助手」

「頑張らせてもらうよ、名探偵………少し話題が変わるけど、松本さんは、いわゆる『残酷な真実』を見るとどんな気持ちになったの?」

「そんなの決まっているわ………Heartache。心の痛む話よ」

「だよね、うん、君にもそういうものがあって良かった」

「む一っ、君は私のことを『人の心が無い探偵』と思っていたな?」

 頬を膨らませながら松本さんは僕を訝し気に睨む。

「そんなひどいこと1ミリも考えたことはないって…」

 本当に誤解だった。


《14:00/同室》

 松本さんとの語らいの中、僕の立場を改めて確認したところで、僕は綾部さんの一件を調べることにした。

 これを調べて彼女を改めさせようとかそういう烏滸がましいプランニングはない。ただ、やはり引っかかるのは今の彼女の認知の歪みについてだ。

 知ったところで何ができるのか疑問でもある。だけどそれを見過ごして何か悲劇が起こるものなら、いくらここでは不死と雖も心が痛む。その点では彼女を知ってもいいのかもしれない。これがたとえ遅かれ早かれ、どこかで使う場面があろうが、なかろうが。

 それに今思うと綾部さんの発言はどこか妙な点がある。学校であった出来事を知っている様子だったが、それはまぁニュースにもなっていたんだ、知らないわけがない。だけど問題になるのが、その件を踏まえて「話し合い<力」という解決手段の思考になるのかどうかだ。これが元来からあって、事件きっかけにより強くなったならわかる、だけど彼女は言っていた。「暴力以外の解決手段にとことん()()()()()()()」と。この言葉が一番奇妙で浮ついていた。あの時綾部さんは件の出来事を「そんなこともあった」という立場からものを言っていたのにその言葉だけは他人事というより別の立場でないと出ない言葉だ。

 

 ここまでツラツラと考えを述べ、その疑問にぶつかりはするけれど、これに関しては明確にある言葉を使うと核心部分が氷解するきっかけを作ることができる。


『彼女が事件の関係者である』ということだ。


 昨今のいじめ問題は、きっとより一層間深く発見も難しく介入しづらい範なはず。なのに「別のクラスでいじめがあるという認識がある」「教師はその件で証拠や証言を探っていたが見つからない」という状況が重なることってあるのか普通? いかにセンシティブで、内のまた内の事情でも一つ二つは証拠掴んでもおかしくはないはずだ。尻込みせざるをえない事情が無い限りはありえない話だ。

 それこそ被害者が何かアクションをしているのであれば………いや待てよ、そういう言えば、あの会話の時部さんは()()()()()()()()()()()()()()()()。確かに加害者のことは掻い摘んで、どういう人かを話していたくらいだけど、この差はなんだ?

 と状況整理したところで、しっかりと事件を見よう。

 僕はそう思い、両手で類を2回軽く叩いて気合を入れて、調査に至る。

 

 気が付けば1時間以上も経過していた。爪を噛みながら画面を見つめ、考え事にふけっていた。

 新しいことを多く知ることができた。それは新たなノウハウ抜きにして、ちゃんとこうやって事件を深く掘ることはなかったからね。

 調べて良かった……なんていうのは不護慎かもしれない。だけど僕の頭の中で、綾部さんの今に至る背景について、わずかながらの輪郭ができたように感じる。


 なるほど、彼女の歪んだ認知の根源は前からあったんじゃなくて、この事件から生まれたんだ。


 しかし一方で、詳細については不思議なことも多い。

 僕が知れたことは次のことだけだ。

・【クラス全滅】の対象のクラスに綾部さんがいた―――これはあの時、彼女が話していたこと矛盾した嘘である。そしてここ新都島にある鳥籠【終焉】学園に来る前まで、彼女は事件後も書類上ではそのクラスの生徒として扱われていた。

・事件当日、綾部さんは風邪で欠席していた。学校への欠席連絡、自宅から病院まで移動に使ったバスのICカード履歴、病院の通院記録という裏付けがある。また母親も途中まで一緒にいたため裏付けが強化される。

・綾部さんは当時、そのクラス内でいじめられていた被害生徒だった。学校もそれは認識していた。主犯格の加害生徒が日村(ひむら) マヤであることもわかっていたが、彼女がクロとして足る証拠が見つからず後手に回っていた。

・事件前まで無欠席無遅刻だった。しかし事件後は保健室登校がとなるも、ほとんど行かずに在宅学習が中心だった。

・自傷、自殺企図の経歴が判明し、事件後は精神科に通院。通院記録から確認済。学園に配属されているスクールカウンセラーが、事件後に定期的なカウンセリングを実施していたが沈黙ばかりの様子。


 以上だった。そして一通り情報を踏まえると、僕は彼女のある癖に気付く。

「つまりあの左腕は……あまり考えたくないが、リストカットの跡でもあったのかな」

 自己紹介の時と、僕と初めて話した時、この2場面で共通して左腕を抑える仕草をしていたが、癖なのか、傷を見せないための行為だったのかもしれない。たかが2回で決めつけるのもよくはないが、今知った情報をもとにするとそう判断してしまいかねない。だから一旦は「そうかもしれない」程度のことで留めておいた方が良いのかもしれない。

 確かに僕はそういう自傷する人間の気持ちを完全に理解はできない。だけど、それを腫れものとして扱うのも少し違う気がする。だからこれは胸の内にしまっておこう。。

「さて、問題なのは事件の全容たね」


【クラス全滅】の件についてわかったことは次のこと。

 その日、綾部さん以外の生徒が全員登校していた。中には部活の朝練習で一時教室を離れた者もいたが、全員が揃い、教師が来る直前に事件発生。

 ガス爆発という報道があったが、現場にあったガスストーブにガスは通っていなかった。

 ただガス管に明確な色裂があったためそれが原因であると言われている。

 しかしガス管に裂傷があればガス漏れが起きている。爆発までに、教室内のガスの異臭に気づく生徒だっているはずだ。それに被害がそのクラスのみというのも変な話だ。両隣も普通に教室があったが被害を受けたモノもヒトもいない。


「大きな音は聞こえただろうよ、それで慌てふためいて避難などで大パニック状態に包まれたのだろうが、どうしてそこは無傷で済んだのか引っかかる。………それに妙なことはこれだけじゃない」


 これは綾部さんの前で伏せた話題だが、全員が爆発で死んだというわけではない。中には刺殺など刃物によって死んだ生徒もいる。少なくとも刺し傷切り傷による失血死。

 表向きにはガス爆発で死んだという報せだが、焼け焦げて亡くなった生徒は 6人。総計すると31人亡くなっているが微々たる人数である。遺体に火傷があった人数となると少し増えるが、致命傷であったわけではない。


 つまりはこの事件を「ただのガス爆発事故』として片付けていいものではなかった。


「まぁでもニュースの映像を見ると……」

 僕は当時のニュースの映像を流す。ヘリコプターから学園の様子を映しているが 1点の複数窓から黒煙が痛れている様子、そして下には消防車が複数台、上から水をかけ消火活動をしている。炎は既に絶えているが、煙は絶えず痛れ出ていた。

 キャスターはプロペラの駆動音に掻き消されていながらも状況を迫真めいた声で説明している様子がうかがえる。内容を端的にまとめると、学校で原因不明のガス爆発があったこと程度で、生徒の安否については触れられていない。

 こうしてテレビで放映されているのはこれに限り。あとは掻い摘んだ調査結果のことしか報じられなかった。


「そして最終的にこの事件の落とし前は………」


 僕のパソコンには白地に黒字の報告書がある。【クラス全滅】に関する正式な報告書だ。

 とは言っても【クラス全滅】は通称だからこの報告書にそんなフレーズ一文字たりとも使われていないが。

 これは詳細に語ればキリがない。ただ一つ言えることは「この事件を都合のいい出汁にして、今までのいじめ事件を隠蔽しようとした」ことだ。

 そもそもこの事件で加害生徒に挙がっていた市村 エリは、さっきも言ったがあくまでいじめの主犯格であった。彼女のグループに属していた加害生徒が何人もいた。また被害者は綾部さんだけじゃなく他にもいたらしい。ただ綾部さんほど確固たるものがなく「疑わしい」止まりだった。

 ただこの件についてはほぼクロと睨んでいて、決定的証拠があれば出方次第で強制退学なども視野に入れていたという。ただその決定的証拠がなく動けずにいた。

 ただ今回起きた事故を機に、彼女を事故死として片づけ、保護者には学園長が退任することで責任を取り、全てを丸く収めるという内容だった。

「黒っぽい人間が真っ黒焦げになりました〜ってか、やかましいわ。シロクロついてないんだわ」

 僕は呆れてそんな報告書を眺めながら言う。

 結局、学校はこのいじめを「非公式には認め、公式には認めない」と言ってもおかしくない。実際、被害者だった綾部さんに関してはスクールカウンセラーによるカウンセリングや保健室登校の対応をしているが、実情のヒアリングについては一切触れていない。その場しのぎのアフターケアだ。

 さらに読めば、綾部さんの家族にも申し訳程度の謝罪を添えてこの件について話はしているみたいだが「かもしれない」で話していて実情が確認できないと言い切ったらしい。それを綾部さんの親はどう思っていたんだか………。


「そして最後はこれか……」


 それはネットニュースにある事件の記事、【クラス全滅】後に2人の大人が死んだという事件だ。死亡したのは当時綾部さんの担任だった教師と報告書をあげた学園長。共通してこの2人は首無し死体で発見。肝心の首は未だに行方不明。

「なぜその日にまとめてじゃなく、別日にしたのか。それに生徒は焼く・刺す・切るとまばらな手段をとっていたが、大人には打ち首。この差はなんだ?」

 大人2人の死亡は報告書が出てから数日後のことだった。

 だけど首探しもそんなに長くは続かずにこの【クラス全滅】は終結した。

「なんだか、徹頭徹尾胸糞悪悪な話だな。それに………もしかしてこれきっかけに彼女の認知は歪んだのか?」

 綾部さんが言った「裏切られた」という言葉は、助けを求めたがその声が届かなかったという意味で解釈してもいいのかもしれない。

「ということは待てよ……」

 綾部さんはもし安河内さんと西門さんが揉めあった場合は殺すことを視野に入れている。

 あの言葉あの表情から迷いとかそういうものは一切感じなかった。脅し文句ではなく実際にやれるだけの覚悟と根拠が備わっているとも受け取れる。

「綾部さんが、人を殺した……?」

 その可能性は疑わしきものだ、だけど素直に「いやそんなわけはありえない」と割り切りたい。

 ただ同時にそれに足る証拠と呼べる手札が全くそろっていない、たぶん僕が掴んでいる俯瞰図は全体の3~4割程度、いやもしかするとそれ以下かもしれない。

「う~ん。ここは探偵様から意見を享受するか………だけど全く知りませんと言うのもなんかあれだから僕なりの推理をして彼女にぶつけるのもありか」

 かの名探偵の助手も持論を言ってから悉く名探偵に論破されている。論破前提で話すのも悪くない。


 それから僕は思案をした。

久しぶりです。

忙しすぎて本当に申し訳無い日々の中での更新です。


ということで綾部さんの過去について少しは掘れたかと思いいます。

クラス全滅と彼女には何かしらの因果があるのかもしれませんね。一皮むけた佐藤君は果たして松本さんにどんな推理をぶつけるのか楽しみです。


また今回は段を空けることにこだわりを入れています。少しギチギチな内容だったので読みやすさ配慮ですね。少しずつこういうのも取り入れていきたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ