50:Like a Magician
《10:59/寮入り口前》
さすがに綾部さん以外にも少し会える人はいないかと僕は寮を出て、街を散歩する。
今日はのどかな天気だ。と言ってもこの島は度々言っているがコンクリートに囲まれた筒状の島。そのため外観はあまりいいものとは言えない。
と言いつつ最近気づいたこともある。
しばらく壁面を眺めると壁の一部がひとりでに、鈍色の壁から青空に切り替わる。無機質なコンクリートから鏡に切り替わったかのようだ。上から見える空と、そこに広がる景色に紫がりは違和感なくあるとはいえ、本物か係物かはわからないところだが。それでもまばゆい太陽光が目に入る。
これの真贋については考えると真ではないかと考える。というのもこの街には随所に草木花が咲いているがいくら水を上げるにせよ、陽の光が無いと枯れてしまうものだ。だけど今僕の目に入る景色はしっかりと手入れのされている花や木が多い。枯れる気配なんて毛頭ない。これ自体がイミテーションだというのならもう僕は何も信じられないが、花弁の質感や香りは造花でまねできないほどに感じている。
それを加味するとこの太陽含めた青空は本物なのかもしれない。
タイミングは………やはりそうか。僕の腕時計は11時00分から数秒のところだった。時報と同じものなのかはわからない。だが、ちょうどそのタイミングで切り替わっているから例えば1時間ごとに何分かこういう時間を設けているのかもしれない。10~20分くらいなのかもしれない。
そんな街の様子にそれとなく気づきながら街を歩いている。
ん?何か人気を感じるような........。背中を風がくすぐるような、なでられるような、そんな気持ちになり、僕は後ろを振り返る。
誰もいなかった。なんだ気のせいかと正面を向くとそこには……人がいた。
「ッ!!」
肩を強く持たれ引っ張られたかのように無意識に上がるのに気づく。
人間驚くと声が出ないというがこういうことを言うんだね。
だけど顔を見て、それがクラスメイトの一人であるとすぐにわかった。
僕より少し背の高い、平均的な男子高校生の身長。痩せすぎず太過ぎずの中間に位置し、髪は左右で毛量に差があり(おそらく意図的アシンメトリーだろう)、少ない方は刈上げに剃り込みも入っている。
そんな彼は隠居 モトハル君だ。学校で何度も顔を見ているから決して初対面と言うわけではない。そういえば確か彼は自分のことを「影が薄い」と言っていたような…。
「おっと、驚かせたね。ごめんごめん。ま、わざと驚かせたのは事実だけどね」
「びっくりしたよ。え、いつからそこに?」
「まぁ今こうしてお前さんの前に現れたのは、ちょっとした手技を使っただけさ。たまたま寮を出てほっつき歩いているのを見かけたから声をかけただけさ」
隠居君はなよなよとした調子で語る。
「そうだったんだねぇ………」
「そんで? お前さんはこれからどこに?」
「特に行く当てもなくてね、強いて言うならまだ話したことのない生徒と交流をしてみたいなぁと思いながらブラつこうとしていたんだよ」
「へえ~ぇ。なら俺はちょうどいい相手ということだな? それと………な」
隠居君は鼻で後ろを見るように合図を送る。僕は後ろを振り返るとそこには巨木のように大きな少年、もちろん顔はご存知、が立っていた。
「榎並君!?」
彼は榎並 トワ君。隠居君と同じで何度も顔を見てはいるがこうして話すのは初めてだ。
「あー………ども」
えー、挨拶はたった二言?
「オイオイ榎並。相も変わらずお前は口数が少ないなぁ」
隠居君は苦笑いしながら呆れて物言う。
「ん?だいぶ距離感がある感じだけど2人は前から知り合いだったとか?」
「いんやあ、このゼミで知り合った」
「あ、そうなんだぁ」
まるで僕と松本さんの関係みたいと言い切るのも少し違うように感じるが、
「つってもそれなりに過ごす時間が長いのはコイツと入る時かなあ。な?」
「まぁ……………多分?」
「だっから言葉数が少ねえから!どーすんだよ、佐藤にそうじゃないと思われたらよぉ!」
「あはは…大丈夫だよ、なんとなく伝わっているから」
そう言えば榎並君は自己紹介の時、言葉が少なかったなぁ。なるほど口数の多い隠居君と口数の少ない複並君でいいバランスが出来ているんだな。
そんなことをしみじみと感じていた。
「まぁいっか、そんなことより実は俺の方もお前さんのことで気になることがあってな」
「気になること? あぁもしかして僕の記憶力のこととか?」
最近の周りからの話題と言えばこれになってしまうからな。先手打ってそのテーマを提供する。
「それもそれでなかなかの見物だけどよ、俺はどっちかって言うとバスケのセンスに惚れ込んでいる」
「う~ん?………え、あれ?」
あれは松本さんと学内を散策した時だ。ほんのわずかの間だが体育館に行った場面があった。
確かにあの時、松本さんの前で遠距離シュートをしたのは間違いないが………え、いたの?
「そう、アレ」
「見てたんだ、気づかなかった………」
「そりゃあまぁ影は薄いからな!」そこ堂々と言ってもどうしようもないでしょ。
「俺もそこまでバスケに詳しくはないけどよ、ハーフコートから投げてリングに入れるのは、そりゃあプロでも数回やればできるだろうよ。でもお前さんは一発でリングにスポッとイン。まさに神業と言えるだろうなぁ。なぁ、アレって他の角度からとかもっと離れてとかできんのか?」
隠居君はエアーでバスケの所作をしながら話す。
「あんまり試したことはないけど、どうなんだろうね。できるのかなぁ………? あの時は、何となく『その位置からこれくらいの力加減でいける』って感覚でやったからね。緻密な計算に基づいて~みたいなことはしてないよ」
「へぇ~。大層ご立派な感覚の持ち主というわけか。さすがは天才様だ」
その天才って言葉は病に障るワードだな。少し右目の方がピクっと動いたのが嫌でもわかる。
「おっと、失言したかな? 気に障ることを言ったようだったら謝るよ」
「あぁうん、それで等身大に見てくれないことに少し違和感を覚えていたからね。とは言っても昔ほど敏感ではないけど……やっぱり今でも気になるかな」
「そっかそっか。んじゃあそのあたりのワードは撤回するさ。撤回した上での質問だが、バスケの方はどうなんだ? おつむの方は模試の件で知ったけど、そっちの方は活かしたのかなって」
「まったく」
「なんでまた?」
「う〜ん………運動は嫌いじゃないけど、スポーツをやるモチベーションがないからかな」
本音を言うと、運動部に入ったらせっかくのマリアとの日々の時間が減るのではないかと思ったのがあった。
「勿体ないなぁ。お前さん程の才覚の持ち主、引く手数多だろうに」
「僕一人加わったところで、前いたところが強豪校になるとは思えないけどね」
根本的な話になるが、鳥籠学園は全国42校とある。
進学校とはいえ、部活で優れているところも少なからずあるが、全国大会が鳥能学園で埋め尽くされる不公平さを鑑みて一部の競技は選抜・連合・連盟いろんな肩書で選ばれた生徒だけのチームが作られる仕組みになっている。
野球ではその例が顕著に表れている。毎年春と夏に開かれる高校野球大会では鳥籠学園選抜軍として出場したりしなかったりだ。去年の夏は選抜軍が出場していたのは記憶に新しい方だ。
だけどバスケに関してはまだそこまでの顕著な部類に含まれていない。近々になるかもしれないが、それにしたって影響はさほどないと思われる。
僕のいた陸奥も、都大会進出の部はいくつもあったがそこで留まるのがテンプレートだった。
「なるほどねえ。ま、改めてお前さんが目立ちたがらない謙虚な人ってのがわかったかな」
「それは手前味噌だけど、その通りだと自覚しているよ」
「そっかそっか………んで、ここまで聞いて複並はどう思ったよ?」そう言えば僕の後ろには複並君が立っていた。
「………ごめん、空見てた」
僕は振り返ると、榎並君は天を仰いでいて、何を考えているのかまったくもってわからない表情をしていた。
「話を聞けいお前さんは!せっかくこっちが場を盛り上げていたってのによ」
「サトウが、めっちゃ、控えめってことは、わかった、たぶん?」
「概ね正解だよ、聞いていたんかよ」
「ははっ、榎並君はマイペースなんだね」
2人のやり取りを見ていてそんな言葉が出る。
「な? 本当にこいつはマイペースなんだわな」
「そうなんだね………あ、そういえば僕からも質問していい?隠居君」
「お?なんだろう」
「さっき僕の前に現れたとき、ちょっとしたテクニックを使ったって言ったけどどんなことしたの?」
「ほう~。お前さん、それはマジシャンに対してマジックの種を教えてと尋ねているのと同義とわかっていて訊いているのかな?」
「まぁね。随分自信満々だったから話せる程度なのかなと思ってね」
「へぇ~、察しが良いね。ま、実際ここで種明かしをしたところで、お前さんは二度も三度も引っかかるからな。『予測可能回避不可能』、『頭ではわかっていても、同じことを繰り返す』というやつだ。親睦のために教えようじゃないか」
そう言うと隠居君は足を上げて靴を見せた。黒塗りのよくある革靴だ。
「まず音を消すのは基本的な話だが、この靴じゃどうしても」
上げた足を下すと、カツッと靴底とアスファルトが交錯する音がなる。これもまた日常的に耳にする音だ。
「音が鳴っちまう。だから、俺はまず、つま先だけで移動する。こうやってね」
そう言いながら隠居君はつま先だけで背伸びをするように立ち、ステップを踏むように、移動する。それは湖畔の鳥が水面を歩いているようなものだった。
確かにその移動の間、音は微かに聞こえるがそれは意識しないと気づけないレベルのもので無意識下だと聞き逃してもおかしくない程度のものだ。
「まず、これでお前さんの後ろに立ってから前に移動するための技だ」
「でも僕、何か気配を察知して振り返ったんだよね。アレは?さっき君は後ろに立ってつて言ったけど、それを踏まえると僕を振り向かせてその隙に移動したってことだよね?」
「う〜ん、こればかりは言葉で表すのは難しいが、『俺はここにいるぞ!見ろー!』ってオーラを出す。で、振り返ろうとした動作になったらスローに見て、見る位置と逆方向にステップを踏むんだ。アン・ドゥ・トロワってね」
さっきまでは何となく理屈の通る話だったから素直に飲み込めたが、今の件については少し話が変わってくる。
「そんなので出来るの?」
「出来たからお前さんの前に立てたってわけよ。実証済みというやつだ」
「へ、へぇ~………」
「俺の場合はそれの熟練者だから出来たってのもあるけどな。気配の操作なんて、感覚みたいなものだし、上手く通用しない例だってあるぜ」
「たまたまちょうどいい相手だったんだね」
まんまと僕は彼の手の上を転がされたというわけだ。
「そういうことだ。と、まぁ程々に話したところだ。俺もそろそろ失礼しようかな。榎並からはなんかあるか?」
「特に………また、話そ、とか?」
「さっきから思ったけど俺に訊いたってどうしようもないでしょ。ま、つまるところ『お互い1年間よろしくな』ということだ」
「あ~、それは、うん、もちろんだよ!よろしくね」
榎並君の言葉を訳してくれる居君は本当に助かるばかりだ。というか会ってそんなに経っていないのに息ピッタリだなぁ。
「ということで。んじゃ、俺たちはこれで、お暇です」
そう言って隠居君は右手を水平に伸ばしてその手で指をパチンと鳴らす。
僕は音の鳴る方視線を向ける。そしてハッと思い出す。視線誘導かこれはと。気づいて前を向きなおした時には既に隠居君の姿は消えていた。そして振り返ると模並君も消えていた。キョロキョロと辺りを見渡すが2人の姿は見えなくなっていた。
僕はまたもやすっかり彼の術中にハマったことに気づき苦笑。まさか本当に、わかっていたのに引っかかるか、予測可能回避不可能とはよく言ったものだ。
「君だって、そういう意味では十分天才なんじゃないのかな……?」
僕は改めて隠居君の影の薄さを活かしたテクニックに感心する。そしてそれを棚に上げて僕のことを『天才』と呼んだことに少しばかりの不快感を覚えたが、ノイズみたいなものでそこまで気にするものでもない。
それにしても不思議だ。僕はすっかり隠居君と話していたせいですっかり模並君の存在を忘れていた。だけど視線に入ると彼の存在を思い出せる。視界に入らないでしばらくすると、記憶力の良いですらその存在が掻き消される。
隠居君と複並君は似ているところが多いが、微妙に異なるものを有しているように感じる。だけど今この場で会ったところで言語化できるというわけでもない、所詮は仮説の一端でしかないため深く言及はできないが。
総じて、まるでアサシンにも感じるなと思ってしまう程の気配の使い手なのかもしれない。
《11:15/???》
モトハルとトワはタケルから距離を取った場所にいた。と言っても視線の先にまだ彼が入るような違い場所だった。
「よう相棒、佐藤のことどう思うよ?」
モトハルはトワに専ねる。
「………変」
「おぉ~、語彙力の少ないお前さんからもその言葉出るかぁ」
トワの肩をポンポンと叩きながらモトハルは笑みを浮かべて言う。
「お前の言う通りだ。俺たちの連携は、いくら子供騙しのようなマジシャンの手筈を応用しているとはいえ一定層は騙せる。だけどその一定層に入らねえような奴らには通用しないのも同時にある。だけど………」
「引っかかってる、アレ、マジの反応」
「だよな〜~~。俺はてっきり、引っかからない特殊な例だとは思っていたが、一般人だったな」
「モトハル、タケルを、疑って?」
「まぁ概ねな。もしかしたら同業者の可能性だってあったからな。俺たちの世代は特にホットな世代なんだろ? 俺たち以外に1人2人この島に転がっていてもおかしくはないさ」
「うん………。でも、彼は違う、でも、それでいいのか?」
「ん?それはどういうことだ?」
トワはただでさえ重たい口を開き、淡々と自身の想いを語る。
悠久というと大袈裟だが、ツッコミ一つも入れずにモトハルは腕組をしながらウンウンと頷き、話を聴く。
そしてトワの話が終わった時、モトハルは魔的な笑みを浮かべ、「なるほどねぇ」と一言。そして「冴えてんじゃん相棒」と背伸びをしてトワの頭をワシャワシャと撫でた。
トワの髪はボサボサになった。そしてそれに少しうんざりとしたように顔をしかめるのであった。
隠居君は影が薄いという設定を活かしたかったのですが、それだけだとつまらないと感じ、少しばかりの胡散臭さをスパイスのごとく差し込みました。
そしたらどうしましょう、彼の声がとある私の推しの声で脳内再生されて笑っちゃうんです。
………というのはさておき、隠居という苗字はマジであります。
いつだったかで「この42人の生徒の苗字で使う漢字を被らないようにする」を心掛けていました。
影が薄いから「影にいる」なんて名前は使いたかったのはあります。その結果が隠居でした。
ちなみに入力するときは「いんきょ」で打っています(「かげい」だとこの字が出てこないんです…)
榎並君は口数が少ないという設定と、隠居君と似て非なる影の薄いものというテーマがありました。というか自然とできたと言ってもいいのかもしれません。
隠居君は、存在は認知できても薄さが上回ってトラップにかかりやすい。
榎並君は、認知はできるが一定時間経って認知から外れると存在を忘れる。
つまるところ人為的か無為的かという感じですね。
という解説をしたところでこれがEP80とな?
年内EP100行くことと、なにより早く4月を終えないとですよね。
頑張っていきます。




