Pre06:船上での邂逅 或る幼馴染たち
《11:14/ニューシティ号のテラス》
「改めてみるとここは本当に広いな。とても42人の生徒と乗組員等々が乗っているにしたって広すぎるよ」
それこそ、豪華客船と呼ぶのがふさわしいものだ。逆に人を見つけられることは可能だろうか。
「私もそれなりにここを周ってはいたけど、まだそれでも何人かには会えていないのよ。どこかで会ってない人に会えたらいいわね」
松本さんはそう言った。おそらく彼女は僕と会う前の数分間、かなりの距離を歩いていては、クラスメイトとなる人たちに出会っているのだろう。
少しばかり歩いているとそこは屋根のない広々として、空一面を眺められるテラスのようなところにたどり着いた。さっきまでいた船尾は屋根もかかっていて晴れていても少し暗かったものであったが真逆の世界に少し目がくらんだ。
「今日はいい天気だ」
それは家を出てからわかっていたことだが。改めてそれを口にする。
「えぇ、今日みたいな新しい生活のスタートを切るのにはとてもふさわしい晴天だわ」
松本さんは僕の一言に応答した。
こんな天気もいいうえ、現在はクルーズの上。これから絶海の孤島、南国のバカンスにでも臨むのかという錯覚に陥る。
「そういやすっかり歩いてから数分、恐らくはここがテラスの最奥だろうが、これから向かう新都島はまだ見えないな」
東京の地を背にして見える太平洋。青い空と青い海が一つになって広く穏やかな景色はかの冒険家マゼランが「パシフィコ」と言った理由が大いにわかる。太平洋を渡る船に乗るのは初めてでこの景色はテレビや雑誌といったメディアでしか見たことがなく今のような感情を抱いた。
そんな太平洋だが、まだ目的と思える島は見えない。目的の島のみならず、他の島々も。それもそうか、出航してまだ15分ぐらいしかたっていない。それだけで見えるほど距離が近いわけでもないか。
「私はとても楽しみなのだ。新都島の姿を見ることが」
松本さんは期待の気持ちを弾ませた調子で言った。そして
「壁に囲まれた筒状の島。あの中の世界に入れる特権を得れたのは非常に光栄な話だよ」
と続けた。彼女の言う通り、あの島は少し変わっていて、壁に囲まれているという特徴がある。高さは40メートルほどのものであったような。その分厚く、いるはずもない巨人から守るわけもない壁は驚くことにわずか一週間で完成したという実に特殊な話がある。どうしてそれが可能なのかは未だにわかったわけではないが、科学の進歩であるとは思う。
さてその新都島内だが、各有数企業が秘密裏に行っている研究や超のつく機密文書が保管されているといった謎の噂が蔓延っている。しかし結局のところ、そんなものはなく東京の地での普通の生活と大した差はないようだ。人口も10万人程で、そこにいる人たちはただの会社員や店員、それに一般市民でにぎわっているようだ。さらにそこには例の僕らの生活の舞台である鳥籠学園もあるということだ。
そんな未知の世界に行くことに松本さんの気持ちは少しだけ高ぶっているようだ。クールビューティーみたいな彼女にもそのような一面を持っていることに意外性を覚えた。
「私も、その新都島がどんなものなのか楽しみだわ」
海を眺めていたら突然、聞き覚えのない女性が後ろから現れた。僕らはパッと振り返ると、男女ペアが立っていた。声をかけたのは背の高く、赤みを帯びた茶髪の彼女だろう。さすがにもう一人の男子である可能性はゼロだ。
「まだ2人には自己紹介していなかったわね。初めまして、私の名前は結城 アマネよ。よろしくね」
2人にはということは松本さんでも会えていない人物なんだなと思った。
結城さんか………なんだろう、何故か彼女からカリスマ性というものを感じる。まるで学級委員長とかそういうことをやっていたような雰囲気を出している。
「松本 アスカよ。こっちは佐藤 タケル君」
松本さんは自己紹介した上で僕のことも紹介した。早めに名乗っておけばよかった……。まるで僕がコミュ障みたいじゃないか…。
「松本さんに佐藤君ね。オッケー覚えたわ! これから1年間よろしくね!」
結城さんは笑みを浮かべ言った。
「ほらほら、シンくんも2人に紹介しなさい」
続けて彼女は、隣にいる男子に言った。彼は少し不機嫌そうな顔になった。
「だからお前は……湊 シンタロウだ。よろしく…」
ため息交じりで湊君は自信の名前を名乗った。今の結城さんの言葉や湊君の態度でおおよそ見当はついていたが念には念である疑問をぶつけることにした。
「2人はもしかして、前から知り合いとかだったの?」
僕は、自分みたいに全員がゼミ生とは初対面である人が多いと思っていた。しかし、僕や松本さんのことを『名字+さんもしくは君付け』で呼ぶのに対し、湊君には愛称みたいなもので呼んでいた。
その上、湊君のあの態度はまるで――――
「まるで、『おい、人前でその呼び方はやめろ』と言いたそうな態度……と君は思っていたとみるが、どうだろうか?」
松本さんはついに僕の気持ちを読んで思ったことをそのまま口にした…。その一言に結城さんは状況がわからず首をかしげる。
「気にしないでくれ、私の推測だ。佐藤君は君たちが知り合いだろうと思う根拠を自分の頭の中で整理していただけだ」
なんか、そういわれると気持ち恥かしい。思えば今この気持ちも松本さんには察知されているのかと思うとなんだかモヤモヤするというか…。
「へ、へぇ~。そ、そうなんだ…」
「よくもまぁ俺の気持ちが理解できたことを」
少し動揺して苦笑する結城さんと目を逸らし呆れ口調で言う湊君。そりゃ松本さんが突飛なことを言い出したんだ。流れがわからなくて戸惑うのも無理はない。
「そうだ、佐藤君の質問に答えないと。確かにそうよ、私たちは元々幼馴染なの」
結城さんは話題転換として僕の質問解答に移った。
「彼の父親があの有名な電機メーカー『MINATO』の創設者にして社長なのよ。そして母親は秘書と共働き体制の一家ってわけ。預かりどころがなくて近所付き合いだった私たちのもとで共にしていたのよ」
「えっ!?『MINATO』ってあの!? カメラとかテレビとか高性能なあれこれを製造するっていうあの『MINATO』!?」
興奮が抑えきれない。マリアと二人で暮らしていた家にあったテレビや実家の父親が趣味で始めた写真を撮る際に使っていたカメラを作って販売している企業の社長息子が目の前にいるのだ。この驚きをどう表そうか思いつかないほどだ。
「そこまで言われると少し照れくせぇな………」
少し照れた表情をする湊君。それを結城さんはニヤニヤしながら見ていた。
「それでね、彼とはもう10年近くは一緒の時間を過ごしていたのよ。でも中学3年生の頃にはもう十分、一人である程度生活はできるからって一人暮らしをする決心をし始めたのよ。あの時は驚いたわ。数日前で『アマねぇ』なんて言ってた弟みたいなシンくんが突然離れるとか言い出すのよ!」
「おい、昔の話はそこま―――――」
「小6までは一緒にお風呂に入っていた仲だったのよ!」
「おまっ!バカッ! 人前でなに恥かしいこと言ってるんだよ!?」
結城さんのカミングアウトに湊君は慌てふためいた状況になった。なんかその……変なこと聞いてしまって申し訳ない……。彼の言葉を遮ってまで言った言葉がまさかのものだった。
「とまぁ、そんなこんなで私たちはしばらく会わない状態になっていたの。ところが偶然、私たちはゼミに選ばれこうして再会できたのよ」
「なるほど……ちょっとした過去は除いてだいたいの経緯はわかった。僕はてっきり全員が初対面であると思っていたけど、結城さんや湊君みたいに知り合いがいるっていうパターンもあるんだね」
「私もシンくん以外とは初対面同士の集まりなのかなって思っていたけど……案外、それは見当違いだったんだよね?」
「見当違い? 詳しく聞かせてくれないか?」
松本さんが会話の輪に入る。
「何組か知り合い同志がいたのよ。さっきからいろいろな人たちに挨拶して回っていたけど、3組知り合い同志がいたことが判明したのよ。ちなみに聞くけど、2人は初対面同士?」
「うん」「えぇ」
同時に返答した。
「そう。なら変わらず3組ね。えぇっと誰だったっけ……?」
「比々乃と不二、秋月と宮野、水樹と三浦だろ? お前、全員の名前をすぐに覚えるとか豪語してたのに思い出せねぇのかよ…」
湊君はため息を吐きながら言った。
「う、うるさいわね! だいたいなによその『お前呼び』は? 昔みたいな呼び方はしないの!?」
「間違っても『アマねぇ』とは言わねぇよ」
「はい今言ったー!」
結城さんは湊君に向けて指をさす。
「小学生かよ……」
それに対し頭をかきながら湊君は言った。
「なるほどね……その挙げた6人のうち数人にはまだ会ってないわね」
松本さんはというと2人の会話に一切気を取られずに独り言を一つこぼす。
「この船内なら回っているうちにどこかで会えるだろうな。だが一つだけ少し独特なペアがな…」
説明する湊君の言葉が詰まった。
「でもまぁ、そういう人は珍しくないし…」
結城さんは苦笑いでフォローをするが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
登場人物にルビ振ってねぇよコイツ………
振りました。
そんなことはさておき、結城さんと湊君ですね。この2人は元々幼馴染という体で考えていました。原典からこのくらいの関係性(それを更に深堀したような感じ)で書きました。
自分には幼馴染なんていないのでこういうの、いいですよねぇの妄想かけ流しで書いています。