隙間[18]
【一縷の闇 決着編】
《4月16日/12:21/スペリオルカフェ》
青龍区内の主たるBDモールから少し離れたところに位置する喫茶店。レトロチックな雰囲気でさぞこれが本土にあれば「女性に人気」という手垢の吐いた売り文句や、「アフターヌーンティーオススメ10選」のカテゴリー常連になってもおかしくないだろう。
そんな雰囲気の良い空間には年代様々な客層でほぼ席が埋まっている程だったが、その中に混ざるように安河内 リンと西門 ミキが向かい合って座っていた。
「それでこれは?」
リンはミキに指さしながら尋ねる。彼女の白い指の先にはフルーツやチョコが上品にてんこ盛られたパフェがあった。
「お詫びよ。『あの時、怪我をさせてごめんなさい』って言うね」
ミキはリンの言動に理解していないのか、それともわざとなのか、整理できず諦めて呆れながら答える。
「ふ~ん。意外と素直なんだね。おおよそ佐藤君から情報提供してもらったのかな?」
「ウッ…それは……」
図星だったためミキはリンの目を逸らした。
「あぁゴメンゴメン! 隠さなくたって良いよ! 実際私が甘いもの好きだって話をしたのは彼以外いないから、そうかな〜と思ったくらいだからさ。で? これは食べていいの?」
「え、逆に食べちゃダメって言ったらどうするの?」
「引っ叩く」
「散々蹴られたのによくもまぁ強気でいられて………逞しいね、貴女は」
「何嫌味?」
「いいや、その根性に憧れを持っているだけだよ。理解はできないけど。どうぞ食べて、さっきも言ったけどそれは私からの贖罪で謝罪みたいなものだからね」
リンの目の前にあるパフェはこの店でも随一の値段。ボリューミーな見た目に見合った価格設定だった。だけどそんな大物に対してもたじろぐ様子を一切見せずに「そう。じゃあいただくわね」と言い、スプーンにクリームやらチョコレートやらフルーツやらを自分の一口サイズに収まる範囲で乗せ、口に入れる。
「ん~〜〜!美味しい!!!」
「そう………それは良かったわ」
「西門さんに散々蹴られて良かった~。こんな美味しいスイーツに出会えなかったもん!!!」
「………嫌味?」
リンの何気ない言葉に目を開いてしまうミキだった。
「いや冗談」
「はぁ~。貴女の冗談はわかりづらいよ本当に……」
「そうかな? まぁそう思うんだったらごめんね。それはそうと、こんなパフェを出してこうして2人向き合って話すことは何かな? あぁさっきの謝罪以外で」
リンの質問に対し、ミキは腕を組んで思案する。
「何から話そうかなぁ………そうね、これは傷のなめ合というつもりで出す話題じゃないけど、実は身近に共通の被害者と加害者がいたってことね」
「佐藤君はそう言っていたわね。貴女の方については彼が調べた結果わかったことなの?」
「……いいや。私から話したよ」
「どうしてまた?」
「ネットだけの情報でわかりきった顔をされたことに腹が立ったからよ。どういう訳か、委員会決めのあとの私たちのことを知っていたみたいだけどそれを踏まえて、私の前で偉そうに能書きを垂れたの。わかっているようでわかっていない、だから私は真実を突き付けたってわけ。その時に渡したのがこれ」
ミキは数日前にタケルに渡したものと同じロケットを手渡す。
リンはスプーンを一旦皿に置き、それを両手で受け取る。開け方を教わり開くと、ミキと彼女の亡き友人である藤鳴 サオリの写真があった。
「これが………赤池の被害者?」
「えぇ。名前は藤嶋 サオリ。私の数少ない友人だったわ」
「そっか………ところでどういう経緯で彼女の加害者が赤池だとわかったの?」
「それはーーー」
ミキは事の顛末を話した。
と言っても実際に伝えたのは彼女が亡くなって、ある意味ダイイングメッセージとも取れるもので犯人グループの存在を把握したという程度だ。
その先のこと、例えば赤池たちに復讐を果たしたことがミキ自身であること、については触れていない。
「そんなことがあったのね。藤嶋さん、最期に大きな役目を果たしたのね。加害生徒たちの裁判の証拠にでも使われているのじゃないかしら?」
「きっと、そうね……」
曖味な表現をするミキ。彼女は全てを知っている、加害生徒たちに制裁を下したのは自分であるが、それにより量刑が軽くなる可能性もあること、そしてそうなると亡き友人の最期に託したものが無に帰す可能性もある。
今思えば余計なことをしたと後悔している。
これ以上の話には回答の度に言葉選びをしなくてはならないと気付きミキは話題を変える。
「私の方からもいいかな? 安河内さん」
「ふぅ~ん。いいよ」
ミキのロケットを返却し、再びスプーンを持ってパフェを食べるリンは不敵ともとれるニヤついたいやらしい笑みを浮かべる。
「何そのリアクション?」
「別に~。それよりもほら、話は? は・な・し」
「本当に貴女とちゃんと話すとテンボが乱れるなぁ………えっと、安河内さんは一の閣が暴かれてからは休学していたと言っていたけど……………ずっと?」
「うん、ずっと」
「それまでどんな生活していたの?」
「………知ったところで何になるの?」
「いや興味の範囲………私も頭ごなしに一縷の徒を恨んでいたけど、よくよく佐藤から話を聞けば、貴女もだいぶ苦労した側に感じたから」
「なるほどねぇ~。まぁ長話をするまでのことはないから端的に。休学して、それからは気分転換に姉の家に行くなんてこともしていたかなぁ」
「お姉さんはどこに?」
「横浜よ。西門さんもわかるだろうけど、学園の最寄り駅の沿線で行けるよね? 私の家もその沿線のところが最寄り駅だからさ」
「確かにそうね。まぁ私は渋谷に行って乗り換えだから逆方向だね」
「そっか。まぁそれは置いといて。基本的に遊びに行きやすかったから何度かお邪魔していたのよ。両親から姉に渡したい物資を届ける役も担うこともしていたけどね」
「そうだったんだ。ちなみに勉強とかはしていたの?」
「一縷の闇が暴かれる前は勉強漬けの日々だったけど、以降はやったりやらなかったり…………気分転換でやっていたわ」
「学校には?」
「その件以降一度も行っていないわ。どっちかって言うと行きたくなかったってのもあるね、周りから冷ややかな目で見られていたから」
「冷ややかな目? だって貴女はあの一縷でもナンバーワンだったんでしょ?一応は」
「だからだよ。私が結果を出せば他生徒は教師から貶されるのが常、それで勉強で私に対抗する生徒が少なからずいたけど、大体は陰湿ないじめをしていたわ」
「なるほどね………その手の捌け口が二数であることは常だったし、そういうイメージで生きてきたけど………内部でも起きていたのね」
「そうね。休学してからも、度々学校から家に連絡は来ていたみたい。と言っても、保健室登校とかそういう薦めで、当時私に当たっていた生徒も詫びの気持ちはあるみたいなことも代わった教師が連絡してね。それを聞いたお父さんが大激怒。『お前は傷ついた娘よりも、傷つけた複数の生徒を守るのか!』ってね」
「まぁいじめ被害者と加害者を隔離することでウィンウィンな結果を作ることなんてのは、鉄板だしベタだし、だけどあり得るもの話よね」
それはそうとこんな暗い話題でも淡々とパフェを食べ進めるリンはなんだと、ミキは時折器に目をやる。
「それで父が提示した交渉が『私に卒業単位足る課題を常に提示し、自宅で学習させる。それで進級も卒業を認めさせる』。通信制みたいなものと言えばいいのかな?」
「それを向こうはどうしたの?」
「素直に飲んでくれたよ。まぁ向こうも私の処遇を本当に決めあぐねていた様子だったみたいだからね」
「優等生が逆に手を付けられなくなるなんてことあるんだね。だいぶ稀有な話だわ」
「それよりも周りが築いてきた怨嗟を拭うことも、断ち切ることもできなかった落ち度ってものがあるでしょ」
「なるほど、そう思う方が普通ということね」
「ま、そんなこんなで私はお姉ちゃんの家に行ったり、家で勉強したりの日々。まぁ定期的に予備校でやっている模試を受験していたなぁ」
「模試受けていたんだ」
「暇つぶしと、自分の実力が落ちていないか確かめてみたかったからね」
「ちょっと逸れるけど質問良い?」
「ん?」
「志望校ってどうしていたの? やっぱり神皇大学?」
ええもちろん」
「学部は?」
「う~ん、その日のテンションで決めていた」
「………え?」
「だ〜か〜ら~、その日のテンションだって」
「いやよくわかんな………例えば法学部も受けたり医学部も受けたりしたってこと?」
「そうそう。私、一応理系先攻だけど趣味で文系科目の教科書や問題集を買って、解いていたからね」
「えぇ………信じられないというか、やっぱり貴女って本当に凄いのね……」
「褒めたって何も出ませんよ~。でも、今思うとバカなことしたなとは思うよ」
「バカなこと?」
「うん。だってさ、その日暮らしで志望校入れていたわけじゃん。文句なしのA判定だったけどさ、結局入ってから何を学びたいとか、将来何になりたいとか考えたことが無かったんだとね」
「それはつまり………神皇大学に入学しさえすればいいかと思っていたと」
「正解」
「…………なるほどね」
ミキは思い出す。それはタケルとの会話だ。彼は彼女に「一縷の生徒が大学に入学してからの中退率が高い」と言う内容だ。
最初は自分の心に揺すりをかける言葉だと思い込んで、あまり靡くものではなかった。しかしリンの言動からそのリアリティーに気づく。きっと彼女もそのうち中退していった誰かさん達と同じ末路を辿ってしまった可能性もあったのだ。
「今は何かやりたいこととかあるの? 今までのことをバカなことを自己非難しているってことはさ」
「もちろんよ。休学している間にじっくりと自分を見れる時間を作れたからね。だから結果的にあの一件は、まぁ地獄がほとんどを占めていたのは確かであっても私にとっては大切なきっかけになったと思っているわ」
「そっか、そうか」
ミキは安河内 リンという人間は、鳥籠[一縷]学園の生徒というフレームで見ていてたところがあったけど、それまでの思っていた一縷の生徒とは一線を画すもので、また奇しくも自身と共通の境遇を味わったことで、彼女という人間を「一縷の人間」として片付けるのはお門違いであると気づくのだった。
少し自分の視野が狭く、浅ましかったことに悔しさでため息を一つ吐く。
「西門さんばかりズルいから私からも話したいのだけれど」
「何?」
リンのパフェはもう1/3も無いところまで進んでいた。ずっと語っている間もパクパク食べていた彼女の「だけどさ、これは当時だと噂程度での認識だったけど、どうやら一の生徒が暴漢に襲われたとか。何人もの負傷者が出たと言われているわ」
「そういえばそんな話が出ていたわね」
その話題かと思いつつミキは当事者であることを見透かされないために細心の注意を払う相槌を打つ。
「あれさ………貴女でしょ?」
「え?」
思いのほかあっさりバレてしまい動揺を隠せなかった。
「赤池の件は絶対貴女じゃ無理だろうけどさ、少なくともそっちの襲撃は貴女がやったんじゃないかなぁ~って思っているわ」
「そ、それは…………」
「ま、とは言ってもそれで貴女が『はい、私がやりました』と言おうが『心当たりがありません』と言おうがどっちでもいいわ。だって私が通ってない間の出来事、私は何も被害も不利益もないのだから…………ただそうね、仮に貴女ではないことも含めての独り言になるけど、ありがとう、私の代わりにやり返してくれて」
「え?」
「私はお生憎様、貴女ほどの暴力で解決する技量も度胸もない。だけどやり返したいって気持ちはもちろんあったよ。でも私は勉強しか取り柄が無いからどうしようもなかったけど、私をいじめていた生徒の何人かがその件の被害者だったのよ。それ聞いてスカっとしたんだよね。偶然の産物だけど」
「そっか……」
温かいリンの笑みからは、ミキは名前をつけられない優しい感情に包まれる。
決して彼女の行いは褒められたものではない。それでも、それが偶然誰かを救ったのかと思うと、ただの憂さ晴らしだけではなかったのかとも思った。
そんな複雑な想いの中でミキは苦笑する。
《12:35/スペリオルカフェ付近》
喫茶店の外で、パックジュースをチューッと吸いながら柱に寄りかかっていた少女は綾部 ミ力。その視線の先にはリンとミキが談笑している様子が伺える。
「ふぅ〜ん。和解した感じなんだね」
飲んでいた飲み物が枯れ、吸う音が空振った雑音になる。
「おや、無くなったか……」
周囲を見渡し、ゴミ箱の存在を確認するとそこに投げ入れた。
ゴミ箱から再度、2人を一瞥し、
「終わり良ければ総て良し………ですね。私の出る幕ではなかったか。彼にお礼を言わないと」
そんな言葉を漏らし、ミカは踵を返してその場を去る。
彼女の足には黒い水滴のようなものがポシャン、ポシャンと静かに眺ねていた。
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【向き合う覚悟】
《4月13日/302号室/19:21》
松本 アスカのゼミターミナルから呼び出しの音が明る。数回してようやく話に出た。
「あぁもしもし、カスミさん。コヨミです」
『この間話かけてきたけど、てっきりあれっきりだと思っていたわ』
電話の相手は同じ探偵業を行っていて、なおかつタケルと同じ学校の先輩だった椿 ルカで加賀美 コヨミだ。
今回は探偵としての名前で呼び合う。
「私も正直、余程のことがなければ掛けないと思っていましたよ」
『貴女にとっての余程は相当のことよ? それで? 何かしら』
「あれから…………少し考えたのですが、向き合おうと思います」
『向き合う?何に?』
「佐藤君の件です。背景を話すと、今このゼミから与えられた課題をクリアする上で佐藤君の存在は私にとっても必要不可欠なものになりました。それに伴って彼と行動を共にする機会が多くなってきて、今後もそれは続くと……………だからこそ、ここで確かめたいことがあるのです」
『確かめたいこと、ね。………私は彼とは2年の付き合いだけど、そんな私でも目を背けたくなるような思いが頭の片隅にあったわ。だけど会って、1ヶ月くらい? まだ経ってないか、そんな貴女は向き合おうとするのね…………本当につくづく私は加賀美一派の人間として詰めが甘いのかな』
「それはあくまで、椿 ルカとして一後輩の彼を見ていたからだと思います」
『だとしたらなおのこと、私情挟んで探偵として彼を見れなかったのはこっちの落ち度だよ』
「そうですね…………カスミさんが仮にそれを罪悪感とか悔恨とかそういうものを持っているのであれば私に協力してください」
『………知ったところで貴女に何ができるの?』
「私にとって、彼にとって、良いような結末になるようにはしたい、なんてもしかしたらそれはただの絵空事かもしれない。だけど私は彼を大切な助手として見たいから、目逸らさないために動くだけです。正直先のことはあまり深く考えていないのが本音です。ただ少なくとも噛みつくくらいの牙を持ち合わせています」
『二人それぞれの良い結末ねぇ…………それが何かについて聞くは余計なことだね。牙についても聞くのは同様。…………一応言っておくわ、今貴女のやろうとしていることは生半可なものじゃないってことを』
「それを承知で電話を掛けています。ハッキリ言って貴女からそう言われることも推測済みですよ」
アスカはここぞとばかりに威風堂々の語気で強調する。
『そう、そっか。これは何を言っても揺るがないわね…………ふぅ……………わかったわ。そしたら貴女の依頼を引き受けようじゃないか。探偵の後輩の貴女がそこまでの覚悟をするのであれば、こちらも腹をくくらなければ不作法なものだからね」
「ありがとうございます! 料金は………高くつくと思いますが、今はちょっと手持ちがないもので、出世払いでいいですか?」
『アハハッ。いいねぇ、その言葉。まさかその覚悟と誠意を携えて私に依頼を?』
「私、こう見えてもカスミさんのことは深く高く信頼しているのですよ。これで首を振られたらどうしたものかとこれから悩む矢先でしたわ」
『そうなのね、そこまで理解と信頼があっての電話なら尚のこと断るのは寝覚めの悪い話だわ。それで、肝心の本題だ。今、君はどんな仮説を立てているのかな?それをベースに調べてみようと思う』
「ありがとうございます。内容ですが佐藤 タケルとーーーーについてです」
『ふぅ~ん…………なるほどね。それじゃあ数日いただこう。ある程度まとまり次第メールに送るわ』
「忙しい中でごめんなさい。よろしくお願いします」
「まかせてくれっ!』
その言葉を最後に通話が終了。
アスカは力が抜けたようにゼミターミナルを持っていた手を下す。その虚脱のあまり、ターミナルは手からするっと落ちて床に転がる。
「まずは一歩前進。決して小幅じゃない、大幅のね」
胸をなでおろす声色で安堵の溜息を漏らし、そのままベッドに横になった。
気づけば彼女は入眠していた。部屋の電気もパソコンもつけたままで。
あけましておめでとうございます(2月)。
お久しぶりの更新です。
ストックを貯めていましたが、やっと着手できる時間と気持ちの余裕ができました。
ということでここから2025年の更新を随時始めていきます。
と言いつつ今回の話は隙間になりますが、端的に言えば一つの終着と一つの出発、そう思っていいです。
安河内さんと西門さんの確執は概ね解決したと思っていいでしょう。
だけど絶妙に触れていないことがありますよね?
・安河内さんのやりたいこと
・西門さんの力を得たきっかけ
・西門さんの襲撃事件の真相
また彼女たちの隙間はまだ『前編』であるので今後どこかで出します。
安心してください。もう結末も決まっていますので。そこまで仰々しく言うほどのことではありませんが。
また松本さんについても動きアリですね。
久しぶりなので時系列整理していましたが、佐藤君が仮屋君の部屋にお邪魔する日の夜にしていますね。
このあたりが塩梅としていいなと思ったのでここにしました。
ということで6章はもう少し続きますが間もなく終わります。
目安はまだ不確定ですがよろしくお願いします。




