48:彼の瞳は心を握る
《4月18日/10:21/712号室》
おはようございます、佐藤で……え? だいぶ日数が経っているって?
語るに及ぶような日が無かったからなぁ………。
一応、松本さんには今度仮屋君と話す機会があるとかそのあたりについては軽く報告はしている。彼女も「いい話が聞けるといいわね」と一言、まぁ彼女なりの応援?とでも言うのだろうか。
そんなこんなで当日を迎え、僕は今仮屋君の部屋にいるのだった。
「へぇ〜、ここが仮屋君の部屋かあ………」
周りを見渡す。部屋の構造に関しては僕のいる部屋と大差はない。
ただ明確に違う点は机上にある大量の本。文庫本やハードサイズの本、さまざまなものが山のように積みあがっている。
これは借りたものなのか、買ったものなのか、どちらもあるのかは定かではない。
「さてと、何から話そうか?」
「そうだなァ………初めて会った時、お前は俺に『本の話がしたい』だなんてこと言っていただろう? もちろん忘れるはずはないだろうな?」
まさか廃墟での会話を覚えているとは、と言いたくもなったがそんなに日も経っていないか。でもそれにしてはあの発言をしっかりと頭に入れているとは思わなかった。
「そりゃあね。むしろそっちが覚えているとは思わなかったよ、何気なく言った言葉でもあったからね」
「まァ、あれはハッタリなのかなとも思った。だけど改めて、本当にハッタリだったんじやねェかと思ってきた」
「百人一首の件でかな?まぁね、あそこまで大見得切られるとなんだか僕もそれなりに闘いたいと思うからさ、確かに付焼き刃の知恵かもしれないけど、それでも僕は本気で君を負かすか引き分けに持ち込むかは考えていたさ」
心当たりがあるとすればそこに限る。
「………引き分けに持ち込む?まさかそれも視野に入れていたのか」
「だって、君は超が付くほど読書好きなんだろう?なら全部覚えている、もっと言えば一首一首の背景や心情なんかも理解していると思っていた。………もし違うっていうなら大した名演技だけどね」
「まぁ………実際そうだが。そうか、それも見越して俺に挑んだってわけか」
「そういうこと」
「ハッ、そこまでして俺に近づきてェ理由はなん………もしかして目の件か?」
それはおおむねそうではあるが、それはそれとして――――
「君と本の話はしてみたいなぁとは思っていたよ。一応読書は好きだけど、とは言っても映像化されたものしか読まないミーハーさんだからね。オススメの本とか教えてくれて、それでアレコレ色々と話してみたくもなったのさ」
「へぇ、そうか…」
そう言って仮屋君は机上にある本の山に手をかける。
「お好みは? ミステリー? 恋愛? 冒険譚? 異世界? ヒューマンドラマ?」
お、これは良い展開かもしれない。そう思い僕は仮屋君の質問に答えることにした。
「そうだねぇ。ミステリーかな。映像化していない、面白い作品」
「なるほどね………他にリクエストはあるか? 今のお前の『映像化されていない面白いステリー』という条件じゃ、俺の頭にある選択肢は100以上だ。もっと絞り込めないか?」
「本当に本が好きなんだね………それとも大見得切った感じ?」
「バカ言え、誇張抜きだ」
僕の言葉を上書くように食い気味に言ってきた。
「そっか、そしたら…………『ミーハーなでも食らいつくような売り文句のあるミステリ一小説』ってのはどうかな?」
「ほう、だいぶ絞れるな。たくさんあるにはあるが………手っ取り早いところだとこれだな」
仮屋君が片手に取り出した一冊の文庫本、タイトルには【失格探偵 班目】とあった。
作者は渋谷 八。読みはシブヤ ハチだろうか? 渋谷にはハチ公前という待ち合わせの定番スポットもあるからそれに準えて名乗っているペンネームなのかな。それともそういうバイアスで見ていて実は本名だったりしてなんてこともあり得ない話ではない。
「えっと、作者の名前なんて読むの?」
念には念で、と確認をした。
「あァ? あァ~、なるほど。確かにそうだな、シプヤなのかシブタニなのかってことか。あるあるだな。シブタニだ。シプタニ エイトだ」
「そうなんだ〜」
全然思っていたこととは異なり思わず笑ってしまいそうになった。だが一旦そのことは置いて、と僕の方から話を進める。
「それで帯にある売り文句が、えっと………『最も多い感想:思わず声が出た』か」
ちょっと王道チックで手垢のついたような、ありふれた表現にも思える内容に感じ取れた。
というか帯がついている。これは自分で買ったものだろうか。図書館の本は帯がついているイメージが無いからなぁ。
「ちょうどこの間読み終わったからお前に貸す」
「え、あ、ありがとう」
まさかただタイトルと作者教えるだけでなく、ちゃんと貸してくれるとは思わなかった。
「あとで感想聞かせろよな、面白い上に、お前のリクエストした項目に沿ったものだとは思う。本当ならもっと紹介してェものはあるがよ、さすがに今は手元にはない」
「まぁそしたらそしたらで、タイトルと作者教えてくれたら自分で買うよ」
「そうかよ」
少し照れくさそうな顔をする。少し意外だ。
「……でも仮屋君って意外とトゲトゲした人じゃないんだね」
「あァ? どういうことだよ?」
「確かに最初はツンケンしていたけどさ、しっかりと向き合って話せばすごくいい人。きっと根底がそうだったんじゃないかな?」
「テキトー言ってんじゃねェよ。俺は俺だ、俺が思うように、やりたいように今を生きているだけだ」
「じゃあこうやって本を貸してくれたのも『君の思うように、やりたいようにやった一つ』なのかな?」「それはまあ、そうだが」
「それじゃあ、江戸川での件も君が『君の思うように、やりたいようにやった一つ』なのかな?」
ちょうどいい言葉が転がっていたから、これを活かして一番に聞きたいことに踏み込んでみた。
「またその話を………そんなに俺の目に関心があるってのか?」
仮屋君は『うんざり』の四文字が書いてあるような訝しい表情を浮かべる。
「関心はあるよ。でも、そうだね………君にとってはいい気分で話せるもんじゃないかもしれない。もしそうだって言うなら僕がこの件を強要はしないさ。どこかで時が来た時に、それこそ『君の思うように、やりたいようにやる』ようになれて話せるなら聞きたいね」
「ハッ……こうも手玉に取られた気分になると腹立たしいな………。まぁそうだな。時が来たら話す、か。あの件。含め俺の目に関しては色々とあったからな。本当に、色々と。だけど――――――」
「あぁOKOK、わかった。そこまでの躇いがあるっていうのならこの話は無しで!」
「あァ? いいンか?お前が始めた関心事だぞ?」
「関心より心情。ここ最近はさ、僕も思うようになったんだ。関心に囚われすぎて相手の心情に寄り添えていないんではないかと思うようになってきたんだ」
これは西門さんや安河内さん、水樹さんのことを思う。会って数日と経ってない人たちのセンシティブな話題に軽率に土足で踏み込んだここ数日を振り返ると、慮っていないことばかりだったと感じた。
「へェ〜。お前の辞書にもデリカシーって言葉がちゃんと入っているンだな。ついこの間のズケズケと俺の私情に首突っ込んできた時とは違うな」
「大きなことがあると、たったの数日で人は変わるんだよ、微々たるものだけど。でも君の言う通り、そうだね、この前までだったら君が事情を話してくれるまで僕はこの部屋を出ない気でいたかもね」
「質の悪いマスゴミかよ………」
安河内さんと同じことを言うのか。ここのゼミ生はマスコミアンチでも多いのかな?
「本当にね。でも、僕にはそういう事情は少しだけあるにしても僕以上に苦しんで悩んで、そんな深い葛藤を持った人たちと話していたら、やっぱり僕はデリカシーが無かったのかもしれないね」
「……そうか。【衝心の瞳】、それが真相だ」
そう言って仮屋君は右目が隠れた長い前髪をかき上げその目を露にする。目の色はあの時と同じ青色だった。
「話してくれるの?」
「特別サービスだ。少しだけ話してやるよ。俺の右目はある事件をきっかけに、睨まれると心臓が止まるような、そうだな、例えば急に後ろから声を掛けられて驚くような、それを追体験することができる」「睨まれるだけで、か………そういやデプスがどうのって言っていたような」
「あァ、あれか……。デプスはその衝撃の程度だ。高ければ高いほど、威力が増す。色々とあって最初は勝手に発動する上に最大限の力しか使えなかった、今はコントロールも調節もできるようになった」
「調節ね。それをすることで何かメリットでもあったの?」
「この力を使うと、すごい目が痛くなるンだ。なんだろうな、眼球の中に剣山が入ってそれが縦横無尽に動き回っているような鋭い痛み。ただまァ、ほっとくか市販の鎖痛薬を飲んで、しばらく休めばすぐに治る程度で大したものでもない。視力にも影響はない」
痛みの表現を想像しただけで、背筋がゾワゾワとする。かなりの痛々しさが伝わってきた。
「じゃあそのデプスってのが低いと、副作用というべきなのかな、それは抑えられるということ?」「ま、そうだな」
「じゃあそのデブスの内訳、詳細には聞かないけど僕に対しては2と5を使ったよね。最大数っていくつなの?」
「5だ」
「………え?」
素っ頓狂な声が出た。あの時、仮屋君は僕にMaxのものを?
「だから俺はずっとお前に疑問を持っていたンだよ。なんで5を食らって何も起きねェのかって」
「確かにあの時は、背筋がブルっとしたような、そんな寒気はしたよ。でも……え?」
「寒気はしただァ? それで済むのは普通ならデプス1程度の話だ。本来なら、あれを食らうと心肺停止になる程度のはずだ。そう、あのスクラップブックに貼ってあった記事の時みたいに」
「じゃあやっぱりあの件は」
「あァ………俺がやった。俺が【衝心の瞳デプス5】で猿橋を睨んで心肺停止状態の病院送り。まァ基本的に、デブス5で人は死なねェ………はずだが、命に別状はないとのことだっただろ?」
「なんでそこ不安になった?」
「調整前からもだったけど、デプス 5の負荷がしんどいからあんまり使わねェんだよ。それに昔は勝手に発動していたから連日右目が痛むことばかり続いていた。調整が入って初めてデプス5を使ったのがその時だ、あとはお前に使った。その2回限りなんだ」
「なるほどね………それで実際にその事件が起きたけど仮屋君はどう扱われたの」
「結論から言えばお咎めなしだ。確かに猿橋は一貫して『仮屋に睨まれた瞬間苦しくなった』と主張していたが、そんな物的証拠もあるわけでもねェオカルト話を誰がじるッてんだ? ということで、俺への疑いはあったが決定打に欠けていて、結局原因不明の発作という扱いで片付いた」
「なんだかあっけない結末だね」
「まァ、シナリオ通りでもありはするさ」
「ちなみにその事件の詳細、例えばきっかけについては……」
「割愛」
「はーい。まぁとりあえず君の目の事情についてはわかったよ。うん、とりあえずね」
なるほどね、仮屋君の目にそんな秘密が。だが彼もそこまで極度に感情的な人間ではない。例えば委員会決めの時、天海君に喧嘩を吹っ掛けられたれたが、目を使う気配が全くなかった。そう思うと、僕に対してそれを使ったのは相当痛いところを突かれたからなのかもしれない。
「わかったらもう今回は用済みでいいんじゃないか? ほらその左手にある本を読む時間だってあるンじゃないか?」
「そうだね、うん、じゃあ今日はそれでお暇とさせて……あぁごめん1個だけ聞いてもいい?」
「あァ?内容にもよるが、なんだ?」
「仮屋君ってさ、その右目は青いけど左目は黒じゃん。それって生まれつきなの?」
「なんだ、そんなことか」
仮屋君は髪を戻し、左目に指を入れる。すると、左目も青色に変わった。
「なるほど、カラーコンタクトを使っていたんだ」
「まァな。俺ハーフだからさ、日本人の父親とイギリス人の母親」
「なるほどね。でもなんでまたカラーコンタクトなんて、しかも片目だけ」
「この顔だ、あまりハーフって感じしないだろ?」
確かに彼の顔つきは、肌が白いとか身が高いとか、よくある欧州人のイメージの顔つきには程違い、むしろ日本人寄りだ。言われない限り気づかなかったかもしれない。名前も仮屋 アキラと純粋な日本人名だ。気付きようがない。
「だからよ、この顔に青い目はなんか変に思うようなって、黒のカラコンを入れるようになったんだ」
「そういうことだったんだ。確かにまぁ目が青いのはちょっと浮いているというか、あとはそれこそ青のカラコン入れていることも疑われてもおかしくないね」
「それは全くなかったなぁ。そんな注意される前からやっていたから」
「それじゃあ、なんで片目だけ?」
「【衝心の瞳】はコンタクトとかメガネを介するとほぼほぼ機能しなくなるンだ。偶然知ったンだがな。最初は両目ともに付けていたが、【衝心の瞳】を使いたくなる場面があれば、1回取ってから睨むっていう工程が増えちまう。さすがに無駄すぎるだろう」
「まぁ、確かにね。片目だけつけるようになったのはいつから?」
「さっきから話題に出ていた事件の後。当時は両目とも黒のカラコン入れていて、そもそも俺の目が青だったことすら知らなかったからなぁ。カラコン取って事情説明してはい、おしまい。以降は黒でも青でもどっちでもよくなった。そのあたりから色々とあって、いつでも【衝心の瞳】を使えたらいいなと思って、片方の髪を伸ばし始めた。さっきみたいに髪をかき上げさえすれば【衝心の瞳】をすぐさま出せるからな」
なるほど、彼なりに彼の力を上手に活かそうと考えはしていたんだな。でも使用機会が少ないことを考えると、やっぱり彼の根底には隠し切れない優しさとかがあるのかなと。まぁこれは僕の中の邪推かもしれないから敢えて口にはしないでおこう。
「その前髪、なんとなくそんな気はしていたけど、目を隠すためのものだったんだね」
「考えてみろよ、ついこの間まで両目黒だったやつが急に片方黒片方青になったら変だろ。それも含めてだ。当時の前髪はそこまで長くなくて、しっかりと両目が見えていたからな」
「そっか、その事情も知れてよかった。それじゃあ長時間お邪魔しました。本、なるはやで返すね」
そう言って僕は仮屋君の部屋を後にした。
これで仮屋君をことを完全に知れたわけじゃないが、少しは進展したのかな。そう思えたら嬉しいな。
僕はできるだけポジティブな気持ちで自室に戻った。
仮屋君と佐藤君の関係が少し進展したのかな?そんな話でしたね。
ところで仮屋君の目はどうしてそんなことになったのか、そして調整とは?気になることもまだまだたくさんありますね。




