46:タケルvsアキラ④
《9:11/謎の教室》
「正解」
僕の答えに先生は正しい宣告を下す。
「仮屋君、今どんな気持ち?」
僕はふと仮屋君に話しかける。この行為については妨害とかそんな邪な意図は決してない。
「あァ? 余計な話を振るンじゃねェ。集中してンだよ!……『かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな もゆる思ひを』、詠み人は藤原実方朝臣」
「正解」
「だがそうだなァ………お前の事、見誤っていたのかもしンねェな」
「え?」
思いがけない言葉に僕は呆けた声を漏らす。
「正直10首でも出来たら上等だとは思っていた。だが今となっちゃもう 80首まで来てらァ………勝つつもりで臨んだが、負けるかもしれねって思っているのは本音だ、ビビってもいるさ………だがな、俺は負けない! オイ! さっさと次答えろよ!]
「そっか………『思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり』、詠み人は藤原敦頼」
ここまで六歌仙や共通する花、季節、場所、言葉などある程度の法則性がありながら闘っているがそろそろ、それも限界に近しいとは思っている。
「正解」
先生の言葉に感も何もないがどこかその淡々とした様には無慈悲な情を感じる。
《9:11/3年42組》
佐藤 タケルと仮屋 アキラの熱戦はスクリーン越しにも伝わり、皆が皆緊張感をもって見守っていた。
先ほどまでタケルの成績で盛り上がっていたが、いつの間にか彼らの行く末に関心が向いている。
また彼らは同時にタケルの記憶に関しても知っているため、いつそれが起きるのかという冷や冷やした緊張感もある様子だった。
「ねえねえ、どっちが勝つかな」
「仮屋の方が劣勢に見えるが、食らいついているからなあ。引き分けか、佐藤の勝ちか、どちらかだろう」
結城 アマネと湊 シンタロウはそんな会話をしている。
「でもさっき松本さんの言っていた忘れちゃうやつ、それが起きちゃったら一気に仮屋君の勝ちが近くなる?」
「だろうな。ただ意図せず偶発的に起こる上、頻度もわからないとなると一気にその可能性は覆る」
「私は佐藤君の言う忘却状態を見たことが無い。何か法則性は無いものかと疑ってかかっているが、候補になるものが見つからないわ………例えば、今こうして記憶のアウトプットをしているがそれによる脳の負担で起きると思ってはいるがどうもそういうものでは無さそうだ」
「そうなるとやっぱり、その忘れるってのは……………言ってしまえば事故みたいになること?」
前田 アズサはその最悪な状況を的確な言葉で表す。アスカはそれに対して「そうだ」と指をパチンと鳴らしながら続ける。
「前田君の言う言葉が間違いないだろう。仮屋君は最初こそ余裕だったが追い詰められているのが表情からも伺える。だが一方の佐藤君は余裕綽々だ。即席とはいえあそこまでスラスラ言えるのは本当に改めて恐ろしいことだわ」
《9:24/謎の教室》
48対47。終盤も終盤、残るは5首。
・18番 すみの江の~
・32番 山川に~
・69番 あらしふく~
・76番 わたの原~
・88番 難波江の~
以上のものがまだ出ていないという状況だ。無論次は仮屋君の番。
「まだ言ってねェもの………『山川に 風のかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり』、詠み人は春道列樹」
「正解」
「何とか食らいついているね。『わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲いにまがふ 沖つ白波』、詠み人は藤原忠通」
「正解」
「だァ!なんでこうスラスラと…!」
「お? 負け認める?」
「抗ってやるよ。こっちにもプライドってモンがあるからなァ!」
「そっか、頑張れ」
「クソが………『あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり』、詠み人は能因法師」
「正解」
これで残り 2首。今のところ、大丈夫。何も忘れていない。さっき挙げた残りもまだ頭にある。ならば、ここで言えば引き分け以上が確定。
そんな大局面で一度先生が静止する。
「と、一旦ここでストップ………これで49対49、イーブンだね。ここで佐藤が答えられなかったら、一旦仮屋の番に回る。そこで仮屋が答えられたら勝利、答えられなかったら引き分けだ。さて再開、佐藤、見せてみろ」
「はい先生……………アレ?」
答えようとした瞬間、キーンと頭の中で鈴のような甲高く鋭い音が鳴る。
僕はこの音を知っている。嘘だろ、このタイミングで?
最悪だ、忘れてしまった。
「オイ、佐藤、どうしたァ?」
僕の目の前の、恐らく同い年くらい誰かが声をかける。どうして僕の名前を知っているのか………いや違う、きっと彼のことを僕は知っているはず、今忘れているだけなのか?
そんなことより、まずは一旦状況整理をしよう。
今僕は記憶を失っている。ただ少なくとも、僕が誰かは理解できている。ならそれは問題ないだろう。
では一方で忘れていることはなんだ? まずは目の前にいる前髪で片目の隠れた彼、そして僕らの間に立つ大人っぽい男性。この2人は誰だ?
そもそも今僕は何をしている?そうだ、確か何かで競っていた。あぁ朧気だがそれはまだ覚えているみたいだ。よし、じゃあ何で競っていた?…………ダメだ、思い出せない。
あぁ畜生。思い出したいのに、思い出そうとすると頭が絞めつけられるような重苦しい痛みが走る。
「どうした佐藤? 降参か?」
大人な誰かさんは僕に話しかける。勝負をしていたから『降参』という言葉が出ても何も違和感はない。ただ肝心なのは、何で競っていたか、それを教えてほしい。
周りには机と椅子しかないただの教室だ。というころはスポーツとかではないはずだ。
じゃあ何だって言うんだ? 周りを一瞬で見渡し何かヒントは無いものかと抗うが、何もない。もしかして知恵比べのクイズ大会でもしている?だとしたら設問は何だ?ダメだ……ここは潔く、降参とだけ言うか。
「こ、降参? です……」
「おっと、マジかあ。じゃあ仮屋、言ってみろ」
へぇ、目の前の彼は仮屋って名前なんだ。
「はァ?…………何の冗談だよ?ここに来ての降参だと? まァいい『難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき』。詠み人は皇嘉門院別当」
ん?今のは川柳か?しかも詠み人も古い名前だな。ということは………え?わからない、教科書にあるものを読み上げているのか?もしくは百人一首とか?いったい何で闘っ――――――――
キーン
僕の頭の中に音が鳴る。そしてハッとする。しまった、忘れていた。
今になって全て思い出す。そうだ、僕はさっきまで仮屋君と百人一首の競い合いをしていた。しかも僕はあと一つというところで引き分け以上までいけた。答えようとしていた。その手前で………嘘だろ。
あぁ、今になって全ての状況が過る、忘れていた瞬間のアレコレを。しかもこの一連の出来事、1分も満たないじゃないか。
「あはは………とんだ不運だ」
僕はそんな自分に呆れた声しか出せなかった。こういうのを自嘲と言うのだろう。
たかがの刹那、僕は直前に覚えた百人一首の句と詠み人、そして今この状況になっていること、仮屋君と天堂先生のこと、すべてを忘れていた。
更に悔しいことに、仮屋君が最後に答えたのは僕が言おうとしていたものだ。
「正解!ということで、今回の勝者は仮屋 アキラ!」
この場に拍手も喝采もない。ただ仮屋君は勝った。
仮屋君は僕の方に近づき、胸倉を掴む。
「オイ!最後のあれは何なんだ!? 本気でやってたンじゃねェのか!? 散々啖呵切ってこの始末!?お前はどこまでも俺を怒らせ――――」
「ごめん仮屋君………僕も本気だったよ、だけど………だけどなんでこのタイミングで、しかも短い瞬間に」
彼の言葉を上書くように食い気味に言うが弁明も言い訳も言葉も見つからない。
「あァ?」
仮屋君の力強い握りはどんどんと弱くなっていく。まるで脱力しているようだ。
「佐藤、最後の回答の時のあれは、まさか」
先生は声をかける。そうか、先生もわかっていたんだな。でも確かに、その気になればわかる話でもあるのかもしれない。
「はい、そうです」
「おい、何なんだよ」
仮屋君だけは状況を理解できず、僕と先生の顔を交互に見る。
「佐藤はな、記憶力がいいが一時的に忘れてしまう状態になることがあるんだ。偶発的で規則性も何もなく」
「何?」
「最後の回答の時、それが起きたんだろうな。事前情報で耳にしていたが、いや~、運悪かったなぁ~」
「本当に悔しいです。ただ時間の制約もあった以上、致し方ない敗北です。今回の中で詠まれなかったのは『すみの江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人めよくらむ』、詠み人は藤原敏行朝臣」
「あぁ……正解だ」
僕の胸倉を掴んでいた仮屋君の手が離れる。
「仮屋君は信じられないと思うけど、ついさっき、あの瞬間だけ、忘れていた。もっと言うと、君のことも先生のことも、この状況も忘れていた」
「ンだよそれ…………」
「あ~あ。これさえなければ引き分けだったんだなぁ」
こうして僕たちの戦いは幕を閉じた。
《9:28/3年42組》
「とんでもないどんでん返しね………あれが佐藤君のいう忘却状態」
アスカは腕を組みながら映像の状況を眺める。その顔に1ミリたりとも表情を変えなかった。
「何が起きたの!?」
アマネは机を強く叩きながら立ち上がる。
「あれがずっと言われていた忘却状態ってやつなのか。でも本当に忘れていたのか?」
シンタロウは首を傾げながら映像の様子を見て呟く。確かに映像1つから彼の心情心境を伺うことはできない。
「私たちは当事者じゃないから何とも言えない。そこまで慌てふためいている様子でもなかったからね。本人談だけど、自分が今記憶を失っていることを知覚できるという点では納得のいく様子が2つあった」
アスカは気付いた点を指摘しようとすると
「目が泳いでいたことと、最後の『降参』の語尾が上がっていて疑問形だったところかしらね」
西門 ミキが答える。
「おや、察しがいいわね」
「貴女の察しの良さを真似てみただけよ」
「ふぅん、相も変わらず呑み込みが良いのね」
「えぇまぁね」
ミキは冷たくあしらう。だがその視線はタケルに対して、疑念の感情がこもった瞳で燃えていた。
《9:31/廊下》
戦いが終わり廊下を歩く。たかがの距離だったのにどこか遠くに感じる思いだ。一歩一歩が重いからだろうか。この気まずい雰囲気があるのかもしれない。
仮屋君はさっきまで僕より先を進んでいたのにわざと遅く歩き僕と並ぶようになって歩く。.
「なァ………佐藤。今先生が言っていたことは」
「本当だよ」
「そうかよ。信じる信じないは、あァ………めんどくせぇや」
頭をポリポリと掻きながら仮屋君は話題を模索している様子だったのがこちら側からも伝わる。
「えっと、急に話しかけてどうしたの?」
「あァ? いや今さっきのやつが本当か、やっぱ信じられなくてよ。なァ佐藤。俺の挑発に乗った理由はなんだ? 勝てると確信していたからか?」
「それは部分的にそうと言うべきなのかな。あとは先生が言ったテーマだよ」
「友情か………ハッ、くっだんねェな。あんな知恵比べしたところで友情の1つでも芽生えるってのか?」
「僕は半信半疑で挑んだよ。今は君と仲良くなりたかったからね」
「あァ?」
仮屋君はギロリと僕を睨む。
「初めて会った時のこと、覚えている?」
「ンだよ急に。まぁ………忘れちゃいねェさ。あんな悪態ついて盾突いてきたンだからよ」
「そっか。前から君とは本の話をしてみたいとは思っていたのは本音だよ」
「んで、ついでにこれのことも知りてェンだろ?」
と言いながら仮屋君は髪で隠れた右目を指す。
「まぁ、それは………今となっちゃ二の次になったんかな」
「あァ?」
「僕にも多少の心の変化もあったのさ。色々とね」
「はァ。よくわかんねェ奴だ。………わかったよ、せっかく俺に挑んだ礼だ、あとで話がある。全てが終わったら時間よこせ」
僕の同意も否定も受け付けずにそそきと先へ行くのだった。
こうして先生は最初の説明の通り、僕と仮屋君はそれぞれにNPが付与される。そして次は試験があるとのことだが、僕らは参加権はないから自宅(?)待機とのことだ。
そしてこの出来事は少しばかり僕の周りでも色々と波乱を読んでいたみたいでこれから色々となことに巻き込まれるのであった。
ということでタケルとアキラの戦いはこうして決着しました。
これは原典から変わらずです。最後の最後で佐藤君の記憶が飛ぶという展開はありました。やっぱり彼の抱えているものがどれほどのものかを劇的にだすとしたらここしかないという頭は常にありましたので。
あとこれはちょっとした小ネタです。
最後の5首はちょっとある線から決めました。
先日親戚から百人一首のおかきをいただきまして、それが個包装だったのですが、一袋ずつ何かしらの句が書かれていました。
これは面白い、そう思いアトランダムで5個取りました。
それが最後の5首です。
(まぁ1回取ったら六歌仙の句を出してしまって引き直しをしましたがね……)
これもまたひとつのリアルタイムで書いているという事で
次回は隙間になりますが、今後の展望になる話を少しらPU出来たらなと思っています。
明日には出したいなぁ………。程々に頑張ります。
※頑張って書きあげています




