45:タケルvsアキラ③
《8:45/3年42組》
篠原 マイの呼びかけに集まった生徒たちはタブレットのある画面を見る。画面上には模試の成績表が一つあった名前は佐藤 タケルのものだった。その成績は 1点たりとも引かれていない圧倒的満点の羅列。順位も1位がずらりと並んでいた。
「佐感君はたった一度だけ模試で全科目満点を取っている、どういうわけかたった一度きり…………それ以前・以降ほとんどは上位に入っている様子だけど、この時だけ急に1位だったんだよね」
ざわつく周囲の中、リンはその画面に思わず自らの口を押さえる。
「む? どうしたんだい安河内君?」
アスカはリンの動作にをすぐさま察知し、声をかける。
「これ………やっぱりそうだ。あの時の模試だ……!」
「あの時? なるほど。そういうことか。そうか、彼も実は関係者だったのね」
「ちょっと~、一人で納得しないで説明してくれる?」
結城 アマネは言う。
「これは、安河内君の口から説明してもらったほうがいいだろう」
「そうなのかな………いや、うん、そうかもしれないね」
リンは一つ息を飲んでから話す、『一縷の闇』について。
要約すると一縷の過激なスパルタ教育の実態が暴かれるきっかけになった集会、教師陣らの黒詈雑言は模試の結果でどこかの誰かに1位を取られ、一縷の生徒誰もが1位を取り逃したことで起きた。
その罵詈雑言を録音した生徒は新聞記者に流し、世間にそれが知らされ、存続を揺るがす大事態になってしまった。これが一連の流れだったが、リークした生徒も模試で1位を取った生徒も真相については不明であった。
だが今こうしてタケルが 1位を獲ったことで、一縷の闇に関与していたことが白日の下にさらされた。
教室には冷たい空気が漂う。
西門 ミキは周りから距離を取り、自らの爪を噛む。
彼女の今の心境は実に複雑だ。ついこの間、自分の過去について掘り返した相手が、まさか全ての元凶を断つ一撃を放った当人だったなんて思いもしなかったからだ。
(彼は………どういう気持ちで私にアレコレ聞いたの?)
ミキは考える。この時、彼女の中で結論付けたことは、
①あくまでミキとリン、つまりは一縷と二敷のわだかまりは既に終結していて、これ以上のことはやめてほしい。
②その説得のためにあれこれ調べて話をした。
この2つだろう。ただこれらの一件は恐らく、きっかけがタケル本人であったとわかっているが、それを棚に上げている。
(だとしても………遅すぎるよ)
遅い。それはタケルがもう少し早くにこの成績を出していれば、ミキの友人であるサオリは死ななかったかもしれない。救えたかもしれない。そんな悔しさの意味を持つ2文字だ。
「………」
距離を取ったミキを円の中から黙って見つめるのはリンだった。
(佐藤君は………きっと自分が一連のきっかけを張本人だと知っていたはずだ。だとして、どうして私の、いや違う、私と西門の問題に首を突っ込んだの………)
リンも複雑な思いを持っている。確かに、当時限界まで追い込まれていた自分自身に一石を投じたのはタケルであるため、その点では彼に対して、過大な表現で救世主とも言えるだろう。
しかし一方で、やはりミキとも共通で言えるが、友人であるココアを喪った事実は消せない。それに対しての遅さについて、思う節がいくつかある。
「ねぇ篠原君。一ついいかしら?」
アスカはマイに尋ねる。
「何かな?」
「さっき君は、この模試以前・以後ほとんど上位にいると言っていたわね。どの程度だったの?」
「ちょっと待って」
マイはタブレット端末を再び手にし、操作する。
「えっと、全国の順位だけど高くて9位、低くて 25962位…。でもこの低い点数も一度きりで、満点に近い点数を出している中で一部の教科が0点なんだよね。これはまあ体調不良とかそういうものかなぁと思って、イレギュラーとみなしていたわ。でも大体は9~30位あたりの好成績。3桁以上順位は今言った25962位の時に限っての話だわ」
「……なるほどね。佐藤君の言う、デメリットが発的に出た瞬間があったのね」
アスカはここで数日前にタケル自身の口から聞いた記憶に関することを思い出し、
「デメリット?」
マイは訝しげにアスカの方を見る。どうやら彼女のデータにはない概念だったようだ。
「佐藤君は………見たもの全てを瞬時に覚えることができるの」
「見たものを、全て?」
羽入 ハルカはアスカの言葉の一部をオウム返しに言う。
「例えば、無作為に並んだ数千のデータを彼は数秒見ただけで瞬時に記憶して、何千何百何十何番が何か尋ねたら即答できる」
「んだよそれ、そんなこと人間ができるのか? 初めて聞いたぞ」
天海 コウスケは頭を掻きながら想像もできない様子を取り繕いながらもそんなことを言う。
「そういえばなんだったっけ……・・あ、カメラアイだ!前にテレビで見たことがある! まさかそれのこと?」
水樹 アンズが思い出したように、アスカやタケル本人が口にした言葉を使う。
「佐藤君自身も同じ言葉を言っていたわ」
「でもさっきデメリットがどうのって言ってたよな?今のところいいことばっかりに聞こえるが」
浅沼 ユウジは腕を組みながら天を仰いで、疑問に浮かんだことをそのまま口に発する。
「あぁでも確か、確かカメラアイって全部を覚えるから、嫌なこととかトラウマになることとかも明確に覚えていて、それでメンタルを病んじゃうなんてことを聞いたけど、それ?」
カナデは続けて、テレビで得た微々たる知識を提示する。
「日笠君の言っていることはもちろん本人も言っていた。彼にもトラウマと言えるエピソードがあるみたいだが、そこまで深刻ではないようだ。それはまた別にあってだね、本人日くだが、発的に記憶を失うらしい」
「偶発的に?」
マイは首を傾げる。
「私自身もそれを目の当たりにしたことがないし、本人は『運良く』だなんて表現していたけれど………どうやら蓄積して覚えたことを部分的もしくは全体的に忘れてしまうみたい」
「偶発的な記憶喪失? なんだか不思議な話ですね」
剣 オトハの言葉は何気ないものだが、不思議という点では同意する者も同じ教室内に何人もいた。
「これもまた本人曰く、酷い時は自分が誰かすら忘れてしまうみたい」
「ふぅ~ん………」
比々乃 ソラは少し興味があるような雰囲気の相槌を打つ。
「待って、それじゃあ、今見ている佐藤君ってもしかして………」
アマネはあることに気付き、パッとスクリーンを目にする。そこでは変わらずタケルと仮屋 アキラが百人一首の句と詠み人を併せて言い合っている様子が続いている。
「恐らく、この教室を出て、始まる直前に覚えたんでしょうね。実際、スクリーンの映像を見ると、先生と仮屋君が先に入って、後から遅れて佐藤君が入ってきたからね」
アスカはタケルがアキラや天堂 カゲロウと同じタイミングで入らずに、わずかのラグで入室したことに違和感を覚えていた。
だが理由は恐らくこうであろうと見立てはあった。
「でも確かに。佐藤君が仮屋君の挑発に対して自信ありげな様子を見せていたのって、それがあってのことなんだね」
鹿島 カズキは言及していないが自身の目にはタケルのオーラはどちらかと言えば自信があるという様子だった。教壇上で強気だったアキラに引けを取らない様子であったことには何かしらの勝てる算段でもあるのか、と気になっていたがここまでの流れで合点がついた。
「ということは……過去に培った経験vs 即席の暗記対決になると。お互い50首詠んで終わりの可能性もあるけど………」
一条 ツヅキはここまでの様子を要約する。
「万が一、松本さんの言う記憶喪失とやらが起きてしまったら、仮屋君が圧倒的有利になってしまうことですね」
森園 タクロウは『最悪のケース』を口にする。それで更に教室内ではざわつきが起きた。
「クククッ、面白いことないか。グリモワールの代償が顕現するか、其れとも磨かれし叡智の劔が折れることなくその斬撃を残せるか………。」
ダークカタルシス・MR・ゼロこと霧雨 レイはそんなことを言うがすぐさまユウジに無言で頭を小突かれる。其処等の道化の演目よりも遥かに滑稽であるなァ!!!!」
そして生徒たちは改めてスクリーンに映る、タケルとアキラの様子を見守ることにした。
《9:09/謎の教室》
「『いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな』、詠み人は………伊勢大輔」
「正解」
仮屋君のキレが少しずつ悪くなっているのに気づく。
「『夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ』、詠み人は清少納言」
「正解」
だが僕は淡々と答える。仮屋君の表情が曇りつつあるのがよくわかる。
それもそうだろう、普通だったら全部覚えているにしても同時に何が出ていないかを考えないといけない。そうなるとやはり、マルチで思考しないといけない分大変なはずだ。
僕は今のところ忘却状態になりそうな気配が無いから助かっている。おかげで今の僕の頭はまだ出ていない句が何か十分に用意されている。
現状としては40対39、計79首の回答に成功している。
「しぶといなァ…! あァ、クッソ、まさかここまで粘られるとは思わなかった!」
仮屋君が頭を抱えて怒鳴る。
「仮屋君、あまりカ・リ・カ・リ・していると覚えたものが吹っ飛ぶよ」
「ッるっせェ!『夏の夜は まだ宵ながら あけぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ』。詠み人は清原深養父!」
「正解」
これで両者合わせて80首。このまま何もなければ引き分けの可能性もある。
最初は僕の忘却状態のみの危惧をしていて、引き分けか負けのどちらかを想定していた。
だけど今こうしてみると、仮屋君が解答できずに限界を迎えたら僕の勝ちもありえる可能性も浮き彫りになってきた。
だがそれでも果敢に食らいついている。きっと仮屋君も仮屋君で、彼なりのプライドがあるのかもしれない。ガラの悪い言動態度、それからは少し程遠い大の読書家。彼にも負けたくない意思を感じる。もしかしたら覚えている句の情景とかその辺りも詳しいのかもしれないな。
それに比べてこっちは付け焼き刃の暗記だ。ただ句と詠み人が頭に入っているだけでしかない。そう思うと、ある意味僕は仮屋君に対して無礼なことをしているのかもしれない。尊敬の念を欠く方法で挑んでいる、なんて思いもある。
これきっかけに彼と仲良くなれるなら、多少は汚い手を使ってでも、だなんて今思えばかなり不純な気もする。だからこのあたりで「思い出せないので、降参です」だなんて言って、彼に勝ちを譲るのも……悪くないのか?
いや、ここまで来ると仮屋君も気づいているはずだ。目の前の男、佐藤 タケルも自分同様に100首暗記していることを。そして今自分が窮地に立たされていることを。だけどその一端で、時折不敵な笑みを浮かべる。今の状況を楽しんでいるのか、それとも自身を鼓舞するためなのか、それは知る由もない。
だからどちらにせよ、手を抜く方が尊敬の念を欠くかもしれないと思ってきた。そうであるならば忘却状態にならない限り、限界まで行こう。
色々な想いがこみ上げてくるなか、僕はーー
「『秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の 影のさやけさ』、詠み人は藤原顕輔」
淡々と、そして粛々と答え、しっかりと正解する。
教室内の会話は決まった人に喋らすよりは色々な人に喋らせた方がいいと思ったので今回はその表現にはそれなりに考えました。
これはここ最近の書き方の特に強く表れた回になっています。
最近は
①とりあえず展開を書く・・・ここで主要なキャラなどにはこの発言を、あとの相槌は後程考える。あと細かい描写も省略。
②清書でここに入力する・・・相槌の発言を誰に言わせるかの吟味し、状況によっては語尾や話し方もそのキャラに寄せる。情景描写などを追記する
という形で書いています。
今回の話は松本さん、篠原さん、安河内さん、西門さん、結城さんあたりは固まっていました。
一方でそれ以外のキャラは吟味して決めたところがあります。意図があったりなかったりします。
ちなみに①段階で霧雨さんのセリフはありませんでしたが、なんか添えたくなったので添えました。
そんなこんなでタケルvsアキラ編は次で最後です。
この戦いの結末はいかなるものか……




