44:タケルvsアキラ②
《8:34/廊下》
教室を後にし、先生先導で3人、階段を下り、少し進んだところで教室が近づいていた。
「あ、先生』
先生がドアに手をかけたところで、僕は声をかける。
「どうした佐藤?」
「ちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」
「おお、いいぞ。ちなみに場所はここだから。俺と仮屋は中で待っているぞ」
「ありがとうございます。では」僕は颯爽とすぐそばのトイレに向かった。
《同刻・トイレ》
別に尿意とかそういうのでここに来たわけではない。目的はただ一つ。
今この場で100首の暗記だ。
僕はターミナルを取り出し、急いでインターネットに検索をかける。「百人一首 一覧」、これで大丈夫だろう。そう思いながら一番最初に目に入ったサイトはまぁ信憑性も高く疑わしいことはないはず。詠み人も覚える必要があるが、表記ゆれ等に関して問題はないだろう。
百人一首なんて、いや知っているけど高校になってちゃんとやるわけないじゃないか。そうだね、「ちはやぶる~」の句は知っている。これが在原業平だってのも知っているがその程度だ。
確かに陸奥には競技かるた部はあったけれども、僕はそこに一度たりとも顔を出したことないし。でもどうなんだろう、過去の僕はやっていたのかな。ただそんなことを考えていても仕方ない。少なくとも今この僕は句と詠み人が一致しているのが1首くらいしか知らないのだ。恐らく仮屋君は全部覚えていてもおかしくはない。そんな気がしている。あの姿は虚勢とは言えない明確な自信があるように感じた。そんな相手に挑むなんて、銃を持った相手に丸腰無防備で突進するようなものだ。
そんな思案をしながら、ひたすら画面をスクロールして、句と詠み人を頭に入れる。このプロセスに何一つ不都合なこともなく、円滑に進む。
………よし、これで覚えたぞ。この間か3分少々。
《8:37/教室》
そもそもここは何の教室なのかと思い僕は中に入る。入る前からドアについている窓から先生と仮屋君の姿は見えていた。
「お待たせしました」
「怖気づいて逃げたンかと思ったよ」
腕を組みながら仮屋君はそう言った。
「まさか。教室でのそれなりに見栄を張ったんだ。これで引くのは道化のソレだよ」
「その威勢がどこまで続くか、楽しみだ。だが、勝つのは俺。それだけは頭に入れておきな」
「じゃあ、そっくりその言葉を返そうかな。僕が勝つ」
「2人とも気合が入っていいことだ。それじゃあ改めてになるがルール説明だ。この後、先攻後攻を決める。決まったら、それぞれの手番で句と詠み人を言う。ちなみに詠んだ内容などの整合性はこのパソコンで判断する」
そう言って先生は教卓に置いてあるパソコンをトントンと優しく叩き、それを見せる。
「音声認識で自動的に旬の内容と詠み人の名前がここに入力される。精度については高性能だし、二人とも極端に活舌が悪いわけじゃないから誤作動は出ないはず。これで合っていれば、次の手番になる。ただし、旬・詠み人に関しての誤答は一字でもあった場合、不正解として相手の勝利。重複したものを言う場合も例に痛れず、不正解。また遅延行為などを避けるために持ち時間は各ターン10秒、これが経過したら不正解扱いとする。この勝負は先に不正解を出した方が負けだ。ただし、さっきも言ったがお互いが正しく 50首答えた場合は引き分けになる。以上だ、質問はあるか?」
「一応聞いてもいいですか?」
「お、なんだ佐藤?」
「僕らがさっきまでいた教室のみんなにはここの映像と多分音声も映っていると思います。他に何も映さないのですか?」
「おぉ~、いい質問だね。実はこっそり考えていたんだが、言っちゃうか。今俺が使っているこのパソコンな、まぁ画面は見せられないけど、何と詠み人の一覧表が入っている。それで、2人それぞれが解答したものにチェックが入るようにプログラミングしたんだ。向こうには2人の様子と、リストのチェックが付く様子、また終盤まで行ったら何が残っているかも見えている感じになる。まぁその辺の操作は俺がメインでやることにはなるけど」
「随分と手の込んだエンタメだな? しかし、なァよォ佐藤。結局、あんな啖呵切っといてどの程度なんだ、覚えている範囲はよ?」
「そうだね、見てのお楽しみにしておいた方がいいんじゃないかな?」
「ハッ。ンじゃあ、ほ・ど・ほ・ど・に、構えておくよ」
『程々に』をわざわざ嫌味ったらしく言う。これで果敢に食らいつくを見て、これからどんな表情になるか、楽しみだな。口角がつり上がっているのが嫌でもわかるが抑制しきれない程の顔になっている。
「よし、他に確認しておきたいことは無いか?」
「僕は無いです」
「俺も同じく」
「OK。そしたら先攻後攻だが………仮屋、お前に決めてもらおう。自分の実力を示すために先攻するか、佐藤の出所を伺うために後攻にするか、好きな方を選べ」
「出所を伺うなんてそんなまどろっこしいことはしないです。まァでも、せっかく俺に挑むなら多少のアドバンテージとして、先攻を譲るよ、挑戦者サン?」
「ハハッ、僕も随分と舐められたもんだね」
「そのヘラヘラとした余裕の面、いつまで続くかな?」
「ま、乞うご期待。じゃあ早速………『ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』、詠み人は在原業平朝臣」
直前で覚えたサイトでは在原業平朝臣とあったのでこれで答えた。どうなんだろう。
「正解だ。次、仮屋」
「フン、ド定番のところだな。ンじゃあそうだなァ………『わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり』、詠み人は喜撰法師」
なるほどね、六歌仙には六歌仙で返すか。なら出方次第だがこの一連で一気に残り3人を消化するか。
「『吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ』、詠み人は文屋康秀」
「正解」
「なるほどな。ならこっちは『天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ』、詠み人は僧正遍昭」
「正解」
やはり、僕の意図をしっかりと読み取っている。あれだけイキっていた割にはちゃんとやり合うように向き合っている様子だ。なるほど、これはまたすごい闘いになりそうだ。ワクワクしてくるね。
こうして僕らのラリーの応酬はとどまることを知らなった。
《8:44/3年42組》
残された観戦者は、ただスクリーンの様子を見守っていた。
「ほう………冒頭の5首、六歌仙ですね………」
森園 タクロウは感嘆の声を漏らす。
タクロウは国語の教科担当で、古文が得意だ。もちろん、百人一首に関しても知識はある方で、参加表明をした一人でもある。しかし、仮屋 アキラの威勢に勝てるピジョンを感じないこと、そして何よりこれで負けることで「好きなことでの敗北による差」を感じる恐怖心から、参加することを躊躇った。
そのため、今この場では知識の深い観戦者として2人の行く末を見守っている。
しかしこの時すでに思ったことは、互いの意思疎通なしに、意図して六歌仙の歌を挙げていることから、この闘いは自分の範職を逸脱していて、どのみち勝てそうにないということだった。割り切り、諦めの境地に立っている。
ただそれでもこの先どのような展開になっていくのか期待して止まず、ワクワク感も含まれていた。
「聞いた事ある、確か『古今和歌集の冒頭に出てくる優れた6人の歌人』だよね」
「えぇそうです。恐らく打合せもしていないはずです。それなのに相手の意図を汲み取っている。まるで互いの知識の質をアピールしているようだ」
タクロウの発言をきっかけにさっきまで沈黙だった教室から少しずつ、会話が広がる。
「今優れた6人って言ったけど5首って言ったよね? えーっと………」
来栖 ハルが詠み人を想起させようと両手の人差し指をこめかみに当てて思い出そうとする仕草をする。それを傍目に狗神 マクスは小言で「可愛い…」という声が漏れる。
「在原業平、喜撰法師、文屋康秀、僧正遍昭そして佐藤君が今言った句が小野小町、これで六歌仙の百人一首に載った句は以上になります。具体的な説は色々とありますが、大伴黒主が六歌仙に選ばれながら百人一首には選出されていないんですよ」
タクロウはハルの言いたいことを丁寧に解説した。ハルもそれに対し「あ、ありがとうございます…」と小動物のようにおどおどしながら答える。
「イ………それにしてもすごいね………お互い正確に覚えている」
結城 アマネも何気ない声が漏れる。
「ま、そりゃそうだろ、このゼミに選ばれてるってことはそれなりに優秀だっていう証拠なんだろ? まぁ俺は参加意思示してないけど」
アマネの言葉に湊 シンタロウは応えるが、沈黙が広がる。
「あぁ? 違えってのか?」
「湊君の言いたいことはわかるわ。でも実際のところ、全員が全員、学内成績や模試結果を見ると上位に入るとは限らないのよね」
そう横から篠原 マイが言う。そして続けて言った
「ちなみに仮屋君は中の下、佐藤君は上の上よ」
その一言で教室は一気にざわつく。
「おいおいどういうことだよ、このゼミって鳥籠の中でも特に賢い奴らが勢ぞろいってことじゃねぇのかよ」
「軽く調べた結果とそれを分析したうえでの話、この42人の教室にいる生徒は上・中・下の3つに分けることができるわ。でも、かと言って、下の人間がら全くもって勉強ができないというわけではなくて相対的に見ての話よ、あくまでね。学力としてはみんな、神皇大学、もしくはそれに引けを取らない名門国立大・私大には進学できるレベルであることは間違いないわ。ちなみに湊君は中の上よ」
「そ、そうかよ………」
シンタロウは自分の学力をハッキリと皆が聞こえる場で言われ、微妙そうな顔をする。
「ちなみに私の分け方だと、上中下はそれぞれ14人、そこから4・5・5でさらに分けで上中下と分けているわ」
「佐藤君は上の上って言ったけど、どれくらいの位置なの?」
日笠 カナデは興味深そうにマイに尋ねる。
カナデは佐藤 タケルと一度しか話したことが無いが、とても優等生には思えない程普通に話せる人に感じていた。いわゆる「能ある鷹は爪を隠す」という言葉があるがまさにそれなのか、と思った。だが実際のところどうなのか気になり思わず声を発した。
「4番目、つまり上の上で見ると一番低いほうね」
誰しもが、他はやはり鳥籠学園の中で数字の入った冠名のあるところ、例えば一縷の安河内 リンや二敷の西門 ミキなどがタケルより上であろうと考えていた。
しかし、マイは「実際のところは………」と続けた。
「ここにいるみんなは例えば安河内さんや西門さんが上の上にいて、特に上にいると考えるだろうね。そして三野輪、四十万と続くと…………えぇ、私もそうだと思うわ。だけどデータ上では佐藤君が4番目にいる。そしてこれはイフの話だけど、事によれば安河内さんや西門さんを凌いでナンバーワンになる可能性は十分あった、とそう考えもするのよ」
「どういうことですの?」
桐山 ミクは腕を組みながらギロリとマイを睨む。彼女は三野輪から来ている生徒である。そんな自分の次に『数無し鳥籠』から来たタケルがいることがどういうことなのか疑問にあるが、それ以上に自分を凌ぐ可能性を秘めていることに対して驚きがあり、それをひた隠すために睨んでいる。
「上の上は、みんなが予想しているだろうがその通りでいい。安河内さん、西門さん、桐山さんときて4番目に彼が来る。だけど、彼だけが成し遂げて、他3人は成し遂げられなかったことがあるんだ」
「佐藤だけができたことって、何なんだよそれは?」
シンタロウがツッコむと、マイはタブレット端末を操作し始める。
動きが止まったところで「これよ」と言いある画像を映す。
そして教室内にいる生徒を一点に集めさせた。
若槻 ヤサカは相も変わらず眠っていたため、彼女以外がマイの席に集まった。
ということで始まりました百人一首対決。
佐藤君と仮屋君が百人一首の知恵比べをするのは初期からありました。ただ展開は過去に書いた時よりも深みのある内容になると思いますが結末等々は決まっていますのでその路線で書いていきます。
一応補足ですが、結城さんが1回言った「イ…」については誤字ではありませんので、その点はよろしくお願いします。
特にこれに関して一縷・二敷ほどの差別は強くないですが、鳥籠学園の冠名に漢数字のある高校はその数字順で賢いという体になっています。
今どれくらい出ているんでしょうか、少なくとも一縷と二敷は散々こすっているのでもうご存じでしょう。でこの回で三野輪が誰かも確定しましたね。あとは少し遡ると七尾から来ている生徒もいましたね。
一応これが一~十まであります。ですが必ずしもその10人がTOP10にいるというわけではなくて、実際に冠名に漢数字の無い鳥籠学園(数無し鳥籠)の佐藤君が4位なので定石は崩れていますね。
まぁそこまで深くかかわることがあるのかどうかわかりませんが、もしかしたら深堀するかもしれないので、頭の隅にあればいいなと思います。




