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42人の教室  作者: 夏空 新
第5章
62/81

隙間[13]―ダーティハリーの弾丸 -水樹 アンズ-  (2)歩寄編

《16:34/2-4教室》

「ねぇ、三浦さん………とりあえずサクちゃんって呼んでいいかな?」

「え?」

 私にしては珍しいなぁ。人のあだ名はこっちが勝手に決めて勝手に呼んでいるのに、こうして許可取るなんて。きっと慎重になっていたのかもしれない。

「あぁいやだったら全然かまわな……」

「初めてで……」

「えっ?」

「私、ずっとそんなあだ名で呼んでくれる友達がいなかったの。だから水樹さんみたいにそう呼んでくれるの……………嬉しい」

 サクちゃんの表情が少しずつ和らいでいるようなそんな気がした。いや、嬉しそうにも見える。

「ふふっ、そっか。じゃあサクちゃん、ちょっといい?」

「なに?」

「このアルバムなんだけどさ………ごめんね、さっき勝手に読んじゃったんだよね。少し気になってね」

「えっ………どうして?」

「さっきも言ったでしょ、ちょっと気になったってね。君みたいな人はどんな写真を撮るのか気になったからね」

 そう言いながら私はそのままサクちゃんにアルバムを渡した。

「そう…なの。ちなみに………ちなみにそれ読んでどう思ったの?」

「そうだね…………とても真摯に撮影に打ち込んでいる。そしてそうだね……『能ある鷹は爪を隠す』ってこういうことを言うのかなって思った」

「え?」

「素人意見だけど、正直そういう賞レースに出していいレベルの良い写真ばかりだった。多分、何もしていないんだよね。少しネットで調べたけど直近でそういう賞を調べてみたけど入賞者に君の名前はなかったしね」

「えっ……どうしてそれを?」

「たまたま知った情報をベースに考えてこうじゃないかなぁって思っただけだよ。例えばお父さんのこととかでね」

「……」

 サクちゃんは俯いてしまった。どうやらあまり話してほしくもない話題だったのかもしれない。

「う~ん、そうだね。どうせここは君と私だけだ。だから好き勝手話すね。合ってても間違ってても黙ってて結構、でも………そうだね、私を罵倒するなら多少の方法で黙らせるかもね」

「黙らせる……? どうやって?」

「あら? 実際にしてもらった方が良さそうだね」

 私はサクちゃんのすぐ近くまで向かった。サクちゃんは少し怯えた様子で後ろへ引くが、窓があってこれ以上引くに引けないところに立っている。近づいて私はそのまま右手で彼女の顎を持って、クイッとあげる。

 あぁ……なんで私は見逃していたんだろう。あんな写真を撮るほど、あんな字を書くほどの繊細で豊かな感性を持っている、そして心が透き通っていている子が身近にいるなんてね。意外と顔もタイプだわ。

 そして唇にそのまま口づけを交わす。

「っ!?」

 サクちゃんは驚いたように目を開く。そして両手で私を強く押す。

「おっと」

 私は足をふらつかせながらもなんとか転ばずに済んだ。

「な、なななな何をするんですか!?」

 頬を赤らめ手で口を覆う。

「何ってだから黙らせる方法をしたまでだけどね」

「キスって……貴女には常識とかそう言うのが無いのですか!?」

「女の子同士のキスがいつから非常識になったの? まぁ、非常識なのかなぁ……」

「噂には聞いていたけどまさかここまでの人だとは思いませんでしたよ………」

「噂? ねぇ、周りは私のことどう言っているの?」

「そんなことより貴女の話はどうしたんですか?」

「話していいの?」

「話さないとまたするんでしょ……その……き、キスを…を」

「それはわからないけど、嫌ならもうしないから安心して」

「そ、そう…」

「じゃあ話すね。えーっと、結論から。君はお父さんのことで周りから色眼鏡で見られ、それが嫌だから目立たないようにしている。きっかけは小学生の時の書道大会。宿題で課せられていた書初めの作品が優れていて、大会にも出品予定だった。無論入賞も現実的だった。だけどそれを良いと思わない人がいたんじゃない。たぶん他の保護者からかしら。きっと『政治家の娘だから媚を売るために選んだとか』そんなことを言われたのかな? 実情は知らないけど、言いがかりをつけられて嫌になったから自ら辞退を申し出た。先生も優しかったんだね、融通利かせて他の子の作品を出品させた。それで傷つくことを避けるようになったんじゃないかしら」

「…………そっか。そのこと知っていたんだね」

「まぁ今のは『過去の書道大会で出品する予定だったが辞退した』って話だけで、こういうシナリオだったんじゃないかって思っただけだよ。実際の出品予定だった書道の作品も見させてもらったよ」

「そんなのどうやって…?」

「そういう情報通の知り合いがいるのよ」

「そう…なんだ」

「あの字、本当に君が書いたの?」

「それはどういう意味?」

「いや、とても綺麗な字でね………正直、あんな字を見たのは初めてだったからね、しかも小学生であそこまでのクオリティを……」

「お母さんが書道の先生だったのよ。小さい頃から教わっていたのよ、それが今に至るって感じね」

「そうだったんだね………ちなみに今お母さんは?」

「離婚して別々。今はお父さんと一緒に暮らしているわ。まぁお察しの通りだけどお父さんは立場上忙しいから実質一人暮らしみたいな感じだけどね」

「そうなんだね…」

「入賞されると先生に聞いた時は嬉しかったなぁ。それで収まれば良かったんだけどね……」

「周りの人間からは政治家の娘だからそれで選ばれたんじゃないかといちゃもんをつけられたのね」

「その通り………」

「辞退したって噂で聞いたけど」

「お父さんに頼んで辞退するようにしたわ」

「それを決めたのはサクちゃん?」

「………うん。お父さんからは猛反対されたんだけどね、でも尾を引いた時のことを考えて私の考えを受け入れてくれたわ。今でも忘れられない………お父さんのあの悔しい顔を」

「むしろ三浦 ハヤトは初めて気づいたんじゃないかしら。自分という立場で娘が苦しむ姿ってのを」

「多分……ね」

「それ以降はどういう生き方をしたの?」

「………目立たないように、そして誰とも関わらないようにしてきたわ」

 そこで私はハッとする。そう言えば今私の持っているこのアルバムは元々写真部の子に頼まれて持っていくという話だったけど、向こうにいる写真部の子たちは誰が渡しに行くか話し合っていたと言っていたような。それなりの関係値であれば「じゃあ私が」って率先して行くはずなのにそういうことがなく、部外者の私に頼むということはここでもそういう関わり方をしていたのかもしれない。そもそも私がこのアルバムを持っていることに対してサクちゃんは文句も不満も言っていない。もしかしたらこういうパターンは過去にもあったのか? そう考えてもおかしくない。

 そう思うと写真部の子たちと話していたところを振り返ると、賞レースを出したと聞いたけどその後のことは聞いていないっていうのもあれはきっとサクちゃんが嘘をついていたんじゃないかと考えてもおかしくない。それではぐらかされてなぁなぁな雰囲気になっている。

「そっか、そうなんだね…………ねぇサクちゃん、ちょっと話題変えてさ楽しい話をしようよ、ほら、例えば今どんな写真を撮ろうとしているの?」

「え、えっと、今は――――」

 それから私は話題を半ば強引ではあるが、彼女との談笑の道を選んだ。今ここで彼女の過去話に付き合うより今の話に花を咲かせる方向に切り替えた。彼女の表情を伺うと、写真のことを褒めた時嬉しそうにしていたのが忘れられなかったからだ。彼女にはその笑顔が似合う、暗い話をするのは野暮に感じてしまったのだろう。


《17:01/屋上》

 気が付いたら30分以上話していたようだ。3人をほったらかしてしまったのではないかと慌てて階段を駆け上がり、屋上に入る。戸を開けるとちゃんと皆いた。

「良かった~、ごめんごめん」

 肩で息をしているほど呼吸が止まらないなと思いつつ、みんながいることに安堵の声を漏らす。

「ったく、もう帰ってしまったと思ったよ」

 ココたんはため息交じりに言った。

「黙って帰ることはしないよ……」

「で、どうだったよ~。三浦 サクヤさんは」

「うん、とても良い人だったよ」

 ナっちゃんの質問にとりあえずの回答を返す。

「あぁまた例に漏れずキスはしていたよ」

 ノゾみんが横からとんでもないことを言い出す。

「なんでそれ知っているの!?」

「そりゃあ私は尾行のプロだからね」

 親指を立ててドヤ顔でそう言った。気付かなかったなぁ…というか迂闊だったなぁ。

「ま~たそんなことしていたのか」

 ココたんの声は最早呆れの表れだった。

「だって彼女を黙らせるにはそれがベターかと思って」

「ワーストだよ、アンズ」

 ナっちゃんからそうツッコまれて何も返す言葉が見つからないと思い諦めの顔をした。

「で、それはそうとどうなの三浦 ハヤトは狙うべき人なのかな?」

 話題の切り替えにノゾみんはそう尋ねる。

「どうだろう……仮に彼が何かあったとしたらまぁターゲットにしても良いのかな。ただ………」

「ただ……?」

 ノゾみんの表情が少し険しくなる。

「これによってサクちゃんが不利益を被るのは私としては望ましくないな………ってのが本音なんだよね」

「はぁ~、まぁお前のことだそう言うんじゃないかとは思っていたよ。ただアタシらのやっていること関しては私情を挟むなとかそういうことはないから別にいいんじゃないか?」

 ココたんがフォローしてくれる。

「私としては真実が知りたいんだけどね……でも誰かが不幸になる真実は…………ごめんだね」

「ココたん、ノゾみん………」

「………そんなアンズに対して水を差すようなことを言ってしまうんだね………」

 ナっちゃんが気まずそうに言葉を詰まらせながら言う。ココたんもノゾみんも「その話題か」と表情が物語っているようだった。

「どうしたの?」

「あれから少し調べてみたら少し変わった情報を見つけてしまいましてね」

「変わった情報? それは三浦 ハヤトに関することで?」

「正直アタシはピンと来ない話だからそっちの2人に聞いてくれ」

 ココたんがお手上げになるってことは割と複雑な問題なんだろうと思った。

「まぁこれは多分アンズも聞きなじみの無い話題なんだけどね………秘匿情報統制管理機構パンドラ」

「何それ?」

「まぁそういうリアクションになるよねぇ。私もこれに関してはほぼ都市伝説じみたものだと思っていたけど、端的に言えば特定の権威のある人しか利用できない、秘密にしたい情報を外部に漏らさないように管理したりもしくは人目に当たらないように削除したりする組織だね。政府が非公式に公認している特殊な組織だよ」

「そんな組織聞いたこともないよ」

「私も噂で聞いたことがあったけど、アレを見るまでは架空だとか空想だとかそういうものだと思っていたわ」

 ノゾみんが続けて言うが、どうも一度は耳にしたことのある名前のようだ。

「アレ?」

 ナっちゃんはパソコンの画面を見せる。そこには一枚の証明書が映されていた。薄い字で「PANDORA」と書かれている。

「申請の証明書みたいなものだね。ここに三浦 ハヤトの名前があるでしょ」

 彼女が画面の指を差したところに確かに件の名前があった。しかもそれは直筆で書かれたものであるとわかる。

 更に下の文を読んだ。そして私の背筋にこれでもかと言わんばかりの寒気が走る。

 内容は以下の通り


 秘匿情報001についてこちらで厳重に管理する。

 10年後に001は自動削除されるようになる。

 開示にあたって必要となる鍵は次の通り。これを用意した場合、情報の開示及び閲覧可能とする。

 ・三浦 サクヤ(三浦 ハヤトの実子)の左目

 

「これ………は?」

「ここからはノゾミの推理を聞いてよ」

「あぁ……まだ確定ではないことは了承してほしいが、三浦 ハヤトは今の地位に至るまできっとイリーガルなことにも手を出していたんじゃないかな。事務次官という地位を40代後半で得るなんてあまりにも早すぎるからね。その過去の経歴を日の当たるところに置きたくなくて今に至るのではないか。そしてすぐに削除しないことは他の誰かさんにとっても痛手になるネタが含まれているのではないのかと思うよ」

「他の誰かさんって?」

「う~ん……三浦 ハヤトにとっていつでも懐柔できる存在とか?」

「なるほどね………だけどそれは彼にとってもダメ―ジを負いかねない情報。まるで諸刃の剣ってところだね。だけど……じゃあそれでいいとしてだ。サクちゃんが巻き込まれていることよ」

「あぁ………その男、恐ろしいことに自分の娘の部位を『自分を守り、誰かを攻撃するためのもの』として扱っているということだ」

「でもその証明書って本当なの? 組織の名前含めてさ」

「過去に直筆で署名した三浦 ハヤトと照合して見たけど、一致していたわ。更に言えばその過去のものから引用したとは思えない、その場で書いたものであるとは思う。まぁそれだけを見ればの話だけどね」

「………この一番下の担当した人間の名前はどうなの」

神宮(じんぐう) コヤス。調べてみたんだけど、まぁエリートコースでとあるIT企業に入社はしたみ

たい。ただ………4年前から経歴どころか消息不明になったみたいで」

 ナっちゃんは次に神宮 コヤスの写真を見せる。この男が消息不明…?

「え?」

「だけどその証明書はかなり最近のことであることは日付からも察せる」

「とても優秀なプログラマーだったみたい、そこから引っこ抜かれたのなら納得はできるけど………裏付けることもないからね」

「そっか………サクちゃんが危ないわね」

「私もそれには賛同よ」

 ノゾみんが食い気味にそう言った。

「この情報がどこかに漏れたら、さぞ三浦 ハヤトを失脚させるのに躍起になって娘を狙うのもおかしくないからね」

「それにこの情報が真ならば………ごめんねナっちゃん、ディスるつもりはないけど、彼女ですら簡単に手に入る情報だってことだよ」

「いやまぁそれなりに独学とかそういったテクはいるけど、でも私より格上のハッカーとかは多いからそう言った人たちは簡単に手に入る情報かもね」

「真偽問わず、三浦さんが狙われる可能性はゼロじゃないということだ。今私たちが見ている情報がブラフだったとしても彼女がターゲットになるのは自明の理だ」

「そうね……」

「私はもう少し、この情報の裏付けとか、あとできたらハッキングをかけて三浦さんの目の紐づけを解除するように試みるよ」

「大丈夫なの? そんなことして?」

「私の腕を試すとき、実力を伸ばすときと思えばいいさ。アンズ、一旦この件は私に任せてよ」

「そっか、といってもいつもまかせっきりだし今回もお願い」

「アイアイサー」

「んで、しばらく会話から外れたアタシはどうすればいい?」

「ココたんはそもそもクラスが違うけど、護衛とかそのあたりを私と一緒にお願い」

「期間は?」

「だいぶ長くなるかもしれない。一旦いつもの悪事を暴くことはお休みしてこっちに集中する。とは言え普段の生活を優先する形で大丈夫」

「終わりが見えねぇのも気に食わないなぁ」

「そうだよね………じゃあとりあえず、ナっちゃんの裏付け等が落ち着いたところで一つの区切りとしよう」

「了解」

「私はどうすればいい?」

 ノゾみんが尋ねる。

「う~ん、ちょっと大変なお願いしてもいいかな?」

「構わないよ」

「当分の間、彼女の帰路を尾行してほしい。そして周りに怪しい人物がいないか確認してほしい」

「なるほどね。いいよ、やってあげる。三浦さんの家はわかっているのか?」

「私と同じで電車通学らしいから途中まで一緒に駅に行ってそれとなく降りる駅聞いてから伝えるよ」

「了解」

「よし、じゃあ方針は決定。みんな、よろしくね」


 こうして私たちは当初、三浦 ハヤトの悪事を暴こうとしていたが娘で同級生のサクちゃんを守る方に舵を切ることにした。

 だけど彼女を狙う魔の手は意外にもすぐそばまで迫っていたことをこの時は思いもしなかった。

ついに50話目だそうですね、びっくりです。


そんなキリの良い時に、三浦さんのファーストキスの相手は水樹さんだったことが発覚するのもタイミングとして………まぁ、そうなったから仕方ないか。


水樹さんが女の子を好きになる方程式は「顔の良さ×性格×純真さ」です。これが一定数達するとすぐに手を出してしまうのが彼女の性みたいなところがあります。じゃあ冒頭に出た3人はどうだったのかと言えばもちろん一定数に達しています。もちろんキスもしています。それくらい彼女は「女の子」への情熱が計り知れません。だからこそ男性との接し方が不器用な所もあるのもココから来ているのかもしれませんね。


ちなみに三浦さんの字の綺麗さについて、別話でに佐藤君が字が綺麗であるという話がありましたがゼミ生の中で女性部門だと間違いなく1位に輝くほどの綺麗さを実力はあります。普段から読みやすい達筆で書いているイメージです。

じゃあ全体を通してになるとどうなんだろう。やっぱり彼女は1位で佐藤君が2位かもしれません。

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