Pre04:出発前と出発日と
《3月16日/11:01/自宅》
校長先生からの祝福があってから3日後のことだった。例のゼミに関する書類が封入された封筒が届いた。僕はそれを早速開封し一通り目を通した。ここで僕はゼミの概要を把握した。
『第43番目鳥籠学園集結ゼミ』。東京から遥か遠く、太平洋に位置する人工島の新都島に置かれた鳥籠[終焉]学園にて1年間行われるもの。しかし具体的に何をするのかは不明だ。
このゼミの選考方法は、各鳥籠学園の校長が学生3名をこのゼミの選考委員会に推薦しその委員会が選考する。選考基準についての明記はなかった。
今回のゼミは開始から10年目という節目の年であるため、毎年10数人程度しか選ばれないが、此度は各鳥籠学園から1人ずつ選出されのべ42人の生徒が1つの学園に集まる。
書類の中には選出された生徒一人一人の名前が記された名簿があった。ただ名前と在籍している鳥籠学園に関することしかわからず性別等の細かい情報は書かれていなかった。
出発は3月31日11時。指定された船着き場に来ている船に書類に入っているチケットを渡した瞬間に始まるようだ。船内でも軽くガイダンスのようなものをするらしいが正式な開始は4月4日。出発日から開始日までの間は新都島に慣れる休息期間のようなもののようで、言い換えれば春休みと言ってもいいのかもしれない。そして4月10日から1年後の3月27日までがゼミ期間となり、3月27日に帰宅となる。
定期的な催し事で本土に戻る機会があるが、基本的に許可がないと帰省ができず、長期休暇の期間も用意されているが基本的に新都島にいることになっている。
出発日までの間は準備期間と呼ばれ、事前に向こうで生活する際の必要なものの郵送と封筒内にあった保護者からの同意書に必要事項を記載の上、所定の場所に3月送るというやるべきこともある。
この日は3月19日、締め切りが27日だったができるだけ早めに終わらせたく休日を使って家族の元に帰省し事情を説明した。両親は僕を高く評価し、高く期待した様子だった。同意書を郵送したのは3月21日だった。それから残りの期間はマリアとの日々を大切に生活した。ちょうど春休みも始まり、2人でいろいろな場所へと出かける日々を過ごした。実に楽しく、退屈の文字が一度たりとも現れず、充実したものだった。しかし時間はあっという間に過ぎ去っていった。
そしていよいよ迎えた。3月31日。
《3月31日/7:30/リビング》
マンションから船着き場まで、家の傍の駅まで徒歩10分+そこの電車に乗って30分+徒歩5分弱で着く、とネットの乗車案内サイトにはそのような提示があった。
起きたものの発つにはあまりにも早すぎるという時間帯だ。
「ねぇ、タケル。フェリー乗り場の近くに喫茶店があるんだけど、少し早めに出てそこへ寄って行かない?」
マリアは僕にそう言った。
「もう私服着て、行く気満々じゃないか」
僕はマリアの格好に苦笑いしながら言った。封筒内に当日やゼミ期間は制服を着るよう言われていたため制服を着ている僕だが、一方マリアの服装は英文が書かれた白Tシャツの上に白と黒いストライプが入ったパーカーを着て、紺のホットパンツを履いていた。更にはキャップを少し傾けた位置に被っている。彼女と一緒に出掛ける際何度か見たことのある私服だ。更に左耳に銀色のこれといった紋様のないピアスをはめている。これをしているときはすぐに家を出る合図を表している。それは普段からで学校へ行く際もまた付けている。僕らの通っているところは奇抜でない程度のアクセサリーは許容しているのだ。
どうでもいい補足だがTシャツに書かれている英文はI Love You, So Go to HELL! I Will Go There Soon! というもので初めてそれを着ているのを見たとき「なんでそんなもの着てるの!?」と訊いたら「このパーカーに合わせるものがこれしかなくてね」と言われた。本人がその英文の意味を知っているか否かはわからないがきっとわかっているのだろう。『私はあなたが好き、だから地獄に落ちて!私もすぐにそこへ行くわ!』ってとんでもないヤンデレなのか…?
「あ、そうだったわね」
マリアは笑いながら言った。それからここを出る時間を決めてそれから部屋で談笑を続けた。
それから出発時間になり、僕らはその喫茶店に向かったのだった。
《10:00/ルスク東京埠頭前店》
喫茶店内の窓から船着き場がよく見えるところに位置する喫茶店内で僕らはそこでそれぞれが注文したものを飲みながら話していた。僕はアイスのカフェラテ、マリアはホットのカフェモカを飲んでいる。僕らの話すことはいろいろなもの、例えば世間で起きていることや子供のころの話、であるが基本尽きることはない。
「そういや今、鳥籠学園がかなりの問題を抱えているって知っている?」
話題の切り出したほとんどが僕で、この時もやはり僕が話題を切り出した。
「ん? なになに? それはまた例の部活内で話題になったの?」
僕の入っている部活は少しばかり曰くつきというか異端というか……『犯罪研究部』というものだ。この社会に蔓延る犯罪について研究し、それを発表する部活だ。活動に関して、あまり教師や生徒からはいい目で見られるものでないが、発表では他校の教師や大学教授が見に来るほど評判は高く、その部活は常に崖をつま先立ちさせられてはいるが何とか維持している。部員は僕含め3人、先輩と後輩が一人ずつだ。どちらも独特というか変わり者というか…これについてはまたどこかで話そう。
さて今の話題だがマリアの言う通り、部活内で話題になったものだ。かなり前に話していたことで、前からマリアと話してみたかったが忘れていた。思いがけず思い出したので話題にしたのだった。
「そうそう。今各都道府県にある鳥籠学園の至る所で事件がたくさん起きているんだって。ほら、マリアも巻き込まれた『あの事件』もまさにその中の一つだよ。それで鳥籠学園の評判はガタ落ち、いい大学行きたければ塾よりも先に鳥籠学園に入学するべきだ、なんて売り文句があったけど最近は犯罪者が高確率で生まれる高校なんて陰で言われているみたいだ」
「あぁ、あの事件……確かにアレはね……」
マリアの表情は少し曇る。それだけ厄介なものだったということを表しているのだ。
「ちなみにたくさんの事件っていったけど、どんなのがあるの?」
曇った表情から一変、興味津々な顔になって僕に訊いた。
「えっとね…静岡の鳥籠学園で起きた『全滅事件』、和歌山の『集団小規模犯罪事件』、それと『女子高生殺人事件』―――」
「全部ニュースで持ちきりになったものだね。しかも学校名までしっかり公表した」
マリアは僕がこれから言おうとしたセリフを代わりに言った。
「そう、その通りだ。そしてここからは……実は鳥籠学園が舞台だった事件。それこそ僕らも関わった『あの事件』、他には大阪の『教師僕殺事件』や東京の糸口校で起きた『生徒の不審死』事件などがあるんだ。ここからは僕の推測だけど、もしかしたここ数年、全国の鳥籠学園で何かしらの事件が起きているのではって思っているんだよね」
「なるほどねぇ……面白いわね。でも恐ろしいわ、私たちと同世代の人たちが悪に手を染めるなんてねぇ。況して今では『キラー・チルドレン』なんてものがあるじゃない、物騒もいいところね」
キラー・チルドレン。一言で言うなら僕らと同年代の殺人鬼。古くからある殺人を生業とした一族たちの集まりのようで汚職事件に関わった政治家などが次々と暗殺されていて、その元凶とも言えるもの。ここ最近、それに関係している姉妹がイタリアで逮捕され、今は日本の刑務所にいるという。とにかくこの時代は実に不安定でその元凶にあるのが僕らの世代の少年少女であるのだ。僕らの世代は大人たちの世代の築いてきたモノを侵食している。酸性雨が石像を腐食している様子の写真を以前に教科書で見たが、まさにこれは僕の思う構図を再現している。大人たちの世代が築いたものが石像で僕らの世代が酸性雨だ。
「本当に今の世の中は物騒だよね…」
僕はカフェラテを一口啜った。
「あら、そういう時こそ『僕がこんな世の中を変えてやるんだ!』なんて主人公みたいな言わないのね」
マリアは笑みを浮かべ言った。
「僕はそんなヒーローになれる存在ではないし、仮にそんな動きをしたって僕にカリスマ性?みたいなもの持っていないからたぶんうまくいかない始末だよ」
できるものならやりたい、それが本音だが言えない。どこか小心なところがあり、自身がない、それが理由だ。
「ふ~ん、そうなんだ~」
マリアは恐らく僕のその性格を知っているのかこれ以上は言わず、カフェモカを啜った。
こうして世間話などで盛り上がっているうちに定刻が訪れた。
《10:45/船着き場》
喫茶店を後にして僕らは船着き場へ赴いた。これから一緒に生活をするだろう少年少女たちの姿もちらほらと目に入る。そんな彼らは僕と同じように別れを告げているのだろう、立ち話をしていた。
さらに進んでいくと船着き場付近からすでに見えてはいたが大きなフェリーがどっしりと構えていた。これが僕ら42人を新都島に連れていく船かと思うと少し感慨深く思える。
そしてさらに進むとそのフェリーの入り口があり、そこには一人の男性が立っていた。恐らくはこの船のチケットを確認する係員だろう。
「それじゃあマリア、僕は行くよ」
僕は一度立ち止まり彼女に言った。
「……」
マリアは沈黙した。そもそも喫茶店を出てから彼女は一言も話していない。さっきまで楽しく話していたが、やはり寂しさを誤魔化していたが、それも限界がきてしまったのだろう。
僕も同じだ、その証拠に喫茶店を出てから僕は彼女の顔を一度も見ていない。見てしまえば恐らく心に深く残って辛いものを抱えたまま出発するような気がした。
だがここまで来ると心境も少し変わった。僕は彼女の顔を見る決心がついた。些細なことだが少し重い決意だった。
僕はマリアの顔を見た。思った通り、その曇った表情は寂しさを感じるもので既視感があった。そうだ、僕がゼミの一人に選ばれたとマリアに言ったあの日あの時の顔だ、おめでとうと言っていた時のあの表情だ。
「大丈夫だってマリア、向こう行っている間も連絡は取るし必ずまたここに帰ってくる。もう二度と会えないわけじゃないんだ」
掛ける言葉が見つからず言ったのが今の言葉。この言葉がマリアにどう伝わったかわからない。彼女の心を傷つけなかったのか少し不安な気持ちになった。
「うん、そうだよね……そうなんだけどね……」
マリアは顔を俯かせた。完全に表情がわからなくなった。
「……ハハッ、なに泣いているんだ?」
僕は誤魔化しの笑みを浮かべ、彼女の頭をポンと撫でた。すると彼女は突然僕に飛びつき、そのまま抱き着いた。勢いで倒れそうだった。
「ちょ!?」
びっくりした僕は素っ頓狂な声を出した。この言葉には驚いたことと同時に、他に人がいるんだぞ!?という羞恥の気持ちもあった。
「泣いてないもん…顔見たら泣いちゃうかもだけど…」
そうマリアは言った。少し声がこもっていた。そしてその一言は僕のこの寂寥感を高めさせた。しばらくこうして彼女と離れることの辛さ、また僕の不在という状況に置かれる彼女の心情が重く来た。重い決心は重い何かを生むのだ。
「やっぱり我慢してたから言うけど…タケルと話もできない、タケルの夕ご飯も食べれない…。それがどれほど辛いことか…」
辛いだろう。だがこれをどんなに飾った言葉を並べても、一方で直接的な表現をしても伝わり切れないものだろうということはすぐにわかった。
次第に普段から隠していた思いが口から零れそうだったのをこらえたがその限界が来て
「そうだよね……でもマリア、僕はやはりどこか君のためにちゃんと尽くしている気がしないんだ…。まだまだ未熟な男である気がするんだ。ごめん、うまく表現できないことだけどそんな気がするんだ。これはいつも思っていた本音だ」
打ち明けた。それは時々ではあったが思ってしまっていた気持ちで、決してこの状況下で唐突に思いついたようなものではない。
いざマリアに打ち明ければ「大丈夫だよ、そんなわけない」なんて慰めの言葉で片づけられそうで永遠曖昧な気持ちで彼女と過ごしてしまう気がかりなものになってしまう気がする穴のようなものだ。だがこんなこと誰にも相談できるわけがなく、ただただ一人で悩みの種として抱え込んでいた。
「そんなこと……そんなことないよ!」
マリアは顔を上げて僕の思った通りのセリフを言った。
泣いている様子ではなかった、そして泣こうとする表情でもなかった。
「僕が本当にマリアに尽くせる男になる。約束する、だから待ってて」
僕はマリアの一言に何も言わず、本音を続けた。
「タケルは……いつも私のために尽くしているわ」
その一言に否定の首振りをせず最低限の笑みを浮かべた。
「じゃあ、行ってくる」
僕はマリアから離れ、背を向けた。そして止めた足を進めた。後ろに人の気配はない。後ろは向かずに進んだ。
「待っているから! タケルが変わって帰ってくるの!」
後ろから声が聞こえた。もちろんマリアの声だとすぐにわかった。僕は振り返らず手を挙げ、振った。
そして僕は乗船した。それから十数分で船は汽笛の音と共に出航した、人工島である新都島へと。僕ら42人と共にその船には深い闇がすでに迫っていた。
御國啼さんの私服センスは高校生並かやや中学生寄り、絶妙にダサいのを上手く着こなしているイメージで書いています。少なくともファッションは勉強しないで「なんとなくこれとこれが合う!」みたいな直感型で選んでいます。
佐藤君の私服も御國啼さんのセンスで選ばれています。
そう言えばこの話は当初上下で分けていましたね。ただ分量的に合体しても際立って長い話はならないでしょうなと思ったので今回この形にしました。