隙間[10]
【合流、そして摺り合わせ】
僕と松本さんはそれぞれやることがあった。僕は『一縷の闇』について安河内さんに直接聞く。松本さんは八密に所属している負荷街という人物が細谷さんと関係があるかについてだ。
松本さんの方については、軽く聞いてみてやはり負荷街 マシロは八密の人間であり、かつ細谷さんとかかわりがあるようだ。その点については何ら違和感を感じない。
僕の件についてはやはり知らないことが多かった。僕の情報収集能力については自身があったと思っていたが、どうやらそうではなかったみたいだ。安河内さんと話して知らないことばかりが多かった。
実は彼女の元を離れてしばらくした後、僕はある行動をしていた。
《4月5日/17:21/321号室》
僕はゼミターミナルである人に電話を掛ける。しばらくの呼び出し音の後に電話に出る音がする。
「あっ、もしもし、椿先輩?」
「タケル君じゃん、久しぶり~。最後に会ったのっていつだったろうか。だいぶ久しぶりな気がする」
「そうですね。卒業式の時だから先月の中頃以来じゃないですか?」
「そっかー、その時以来か。案外経ってないなぁ」
ちなみに僕は先輩に今のゼミに行くことは伝えていない。学内でこのことを知っているのはごく一部、例えばマリアとか、部活の先のことを考えて瀬戸君とかそのあたりにしか話していない。
「元気にしてる? あれから部活とかどうなの?」
「まぁボチボチって感じです」
「そっか、ボチボチか。そうだった、わざわざ君が連絡してきたということは何かあったのかな?」
「ちょっと気になることがあったんですよ」
「気になることねぇ、聞かせて」
「先輩は僕に色々な情報収集の方法を教えてくれたじゃないですか」
「そうね、部活の発表のためにね」
「アレって、椿さんの知っているノウハウ全てなんですか?」
「というと?」
「何だか最近調べていて、全てを知った気でいたんですが、実は知らないことも多くて、僕のやり方に限界を感じたんですよ………ごめんなさい、詳細には話せないんですがそう感じるようになったんです」
「ふぅ~ん。まぁ君がそう言うなら私もその詳細とやらは聞かないわ。そうね、正直話さなくてもいいかなぁと思いつついたけれども、バレてしまったか」
「というと、やはり僕が知っているノウハウは一部と言うことですか?」
「うん、正解。全然あんなのライトな部分でしかないよ、ホントに、そうだね、ざっと3割程度」
「やっぱそうだったんですね………でもなんでその程度しか教えなかったんですか?」
「そりゃあ部活のメンツを守るとか、君を守るとか色々配慮してだよ」
「じゃあ教えなかった7割は確かに情報を得られるけどそれに見合う何かがあるんですか?」
「全部が全部じゃないんだけどね、まぁなんだ、ハイリスクハイリターン的な感じさ。確かに教えてあげてもいいけどその先のことは私には責任が持てないレベルのものもあるわ」
「なるほど、先輩なりに配慮してくれていたんですね」
「それに実際君にとってそれは手に余るものだと思うわ。これでも教え過ぎたとは思っているよ」
「そうだったんですね」
「それにしてもタケル君からそんなこと言うってことは私のノウハウの更なる先を知りたくもなったの? さっき限界を感じているって言ったってことはさ、そうなのかなと思ったんだけど」
「教えてくれるのならありがたいです。そうですね、どこかのタイミングで教えてくれるなら非常に助かります」
「そっかー。うん。君は今、蛹だ。その殻の中で死ぬか、私のサポートで羽化するかの分水嶺に立たされている。君が蝶になりたいと望むのなら力は貸すわ。もちろん、注意書きを添えてね」
「ありがとうございます!!」
「タケル君は私にとって可愛い後輩くんだからね。できるだけ助力するわ。どうしようノウハウはどうやって教えようか?」
「あぁ………メールで伝えることはできます? それだと助かります」
「メールかぁ。うん、だいぶ長文になると思うけどそれで良ければ」
「ありがとうございます。あっ、特にいつまでとかは無いんで気が向いた時ならいつでも構いませんから」
「そんなこと言っておいて、なるはやだろ君は嬉しいんだろ? 任せて週末には決着つけるように準備しておくわ」
「大学入学後で忙しいと思いますがよろしくお願いします」
「はいよ~。あっ、コウジ君にもよろしくって伝えておいてね」
「わかりました」
「んじゃ、切るね。私これから用があるからさ」
「あっ、そうだったんですね。わざわざ時間を割いてくれてありがとうございます」
「いえいえ、久しぶりに話せてよかったわ」
それを最後に通話は終了した。
とまぁこんなこともあったという。少し僕の調査能力の成長に期待が持てると思った。
しかしここまでやってお互いのやったことが大きな進展を生んだわけではなかった。それも無理はない、動くきっかけとなるネタが尽きている。
今後の動向としては僕はメインとなっている会議への参加がある。それに重きを置いて臨む。
松本さんは改めて図書室にあるスクラプブックを読むらしい。そこから何を得られるかはわからないが本人は何やら気になることがあるらしい。情報共有は僕の議事録の件と同時に行うとのことだ。
これが僕らの今後の動向についての結論となった。
そして件の金曜日を僕は迎えることになる。
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【口輪のついた一匹狼 -安河内 リン- (前編)】
「やすこうちちゃんってすごくあたまいいんだね!」
無邪気に言った誰かの言葉が私の頭の中を反芻する。それは明確なものではなく、山彦のような残響。だけどそれが私、安河内 リンの人生を決定づけたと言っても過言ではないと思った。
勉強が私の取柄、いつからかそれが当たり前のようになっていた。テストではほとんど100点、悪くても90点台を常に維持していた。そんな私が勉強する動機を考えると、やっぱりできたことにお父さんもお母さんもお姉ちゃんも褒めてくれたことだ。別にテストで悪い点を取って怒られたことはない………いや、そもそも悪い点を取ったことがないから実際取ったら彼らが私にどんな言葉を放つか想像できなかった。
そんな私にとって一つの分岐点に立った。それが進学する高校だった。私の通っていた中学は私みたいに勉強できる子もいれば、あまり成績の良くない子もいるようなところだった。そのため成績に見合った高校への進学が求められていた。私もこの高校に行きたい!という願望はなかった。そう、あの時、進路相談での会話までは。
進路相談の時の先生、端山先生はベテラン教師で、当時お姉ちゃんの担任でもあった。その時、言われた言葉はこうだ
「まぁ、お前の成績ならこの辺の進学校への入学は余裕だろう。それこそお前の姉ちゃん、カノみたいに万亀尾高校だって現実的だ。確実に入れるだろう」
その時、私の中で引っかかってしまうことがあった。確かにお姉ちゃんは私に負けない努力家で賢い人だ。一途大学を卒業して少し経つが、前途洋洋輝かしい道を歩んでいると思っている。だけど私はお姉ちゃんと同じ道を歩んでいいのかと疑問に思っていた。
その疑念は今思えばちょっとした反抗心だったのかもしれない。だから私は敢えて万亀尾高校への進学を切り捨てた。それこそ別の高校に入って神皇大学に入ったらお姉ちゃんとは違った人生になれると思った。
「先生、教えてください。一番賢い鳥籠学園を」
今思えばこの発言が正しかったかは引っかかっている。
「………一縷だな。安河内の家からもそう遠くないし。だがなぁ………俺はあんまり薦めたくないな」
「鳥籠[一縷]学園。名前は知っています。そこがいいんですね?」
「あ、あぁ………」
「じゃあ、私はそこを目指します」
「………そうか。正直俺はあまり薦めない。あそこに入ったら卒業できるかすら怪しいことでも有名だ。確かにこの高校を薦める先生もいるが一部では俺みたいにこう渋る人間もいるんだ。中退率がなかなか良くなくてね、いい噂も聞かない。まぁ無邪気にそこを行きたい人がいればいいんだがそもそも狭き門だ。受けて玉砕する可能性が高い生徒には滑り止め程度にと言っているがな。……………お前は絶対受かる。俺が保証するくらいにはね」
「でも否定はしないんですね」
「そりゃあお前、進路はお前の人生だ。決めるのはお前だからな。素直に万亀尾に行くのが賢い選択肢だ。あそこは都立有数の進学校だからな」
「先生の言うこともわかります。だけど思い切って鳥籠[一縷]学園に行ったら見えないものも見えるかもしれないと思ったんです」
「そうか………わかった。細かい選択は任せるが私立は一縷、都立は万亀尾を受けると言う形はどうだろうか。どうせお前ならどっちも合格できる。合格したらどっちに行くか決めればいい」
「そうですね。それでいいですね」
私は先生の提案に異を唱えずにそのままレールに沿って二つの高校を受験し、先生の予言通りどっちも合格した。
だがよく考えたら私立はとてもお金がかかる。私としては一縷に行きたいがそれを両親はOKしてくれるだろうかという懸念点があった。だがその問題は数秒で解決した。「リンの行きたいところへ行けばいい。俺たちは応援することや支えることがメインだからな」と背中を押してくれた。こうして私は鳥籠[一縷]学園へ入学した。
入学してからの私はとにもかくにも散々だった。入学式までは外面を大事にしたような感じで、教室に入ってからは教師と生徒というよりかは王と奴隷のような関係にガラッと変わった。なるほど端山先生が気にしていた中退率の原因はこれなのか。私はすでにその時点で察しがついてしまった。だけど私はここで一番になる。そして神皇大学に入学する。
その決心をもとに勉強に勉強、勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強。
努力の結果は常に実り続けた。定期考査では常に1位、全国模試も常に全国1位。私は認められる存在になった。
だけどそれを良しとしない人が多かったのは事実だった。それが教師陣だ。私が努力すればするほど、他の生徒のやる気を削いでいた。「どうせ安河内が1位になるから」というイメージがつかれた。その結果、私以外の生徒は努力することへのバカバカしさを感じるようになり、少しずつ低迷していた。
それを見た教師陣が私に対して行った行動は徹底的な嫌がらせだ。授業で当てられてわからないことがあると「そんなこともわからないのか」と鼻で笑う。考査の採点も私だけシビアに判定された。それでも1位のままだったのは私が常に優位だった証だ。あとは私より成績の良い生徒はとことん褒めまくっていた。スパルタ教育でお馴染みなのにね。まぁ、そんな生徒も他でダメだったら罵詈雑言なんだけどね。挙句の果てには私と会話することの禁止や私だけ教室で昼食を取ることを禁止された。
それはもう腹が立った。だけど私がこんなくだらない大人たちに足掻くには勉強をするしか術がなかった。両親には相談しなかった。どうせこれは私の問題、いや、向こうが勝手にやっているだけで無視すればどうってことはなかったからだ。
だけど変わったのはやっぱり………京極 ココアとの出会いだね。クラス内でも村八分されていた私に対して積極的に話しかけたのは彼女だった。
「ねぇ安河内さん。ちょっとわからない問題があるんだけど教えてもらっていい?」
「え?」
それは今思えば、いつか言われてみたかった言葉だったのかもしれない。確かに私は勉強ができると自覚しているが、それを誰かのために活かせる場面は一度たりともなかった。それは教えることも例に漏れず。初めてそう言われて最初に沸いた感情は嬉しいだった。例え目の前でにこやかに笑顔を向ける彼女の心内に私への怨恨やら何やら負の感情とか裏の思惑とかそんなものがあったとしてもお構いなしだった。
愚直にも私は彼女に勉強を教えることにした。学校から少し離れたファミレスで。そこは学校の監視とかそういうものがないから伸び伸びと過ごせた。
「安河内さん、すごい教えるの上手だね! 今までわからなかったのが嘘みたい!」
「本当? 私、人に教えるの初めてなんだよね」
「嘘ッ!? それにしてはかなりわかりやすかったわ。否定とかしないしなんでも聞いていいんだって思えるよ」
「そう……なんだ」
少し照れくさくも思った。
「ここならさ、先生たちの命令とか無視出来て話できるからいいなぁ。ねぇ安河内さん。また勉強を教えてよ」
「もちろん!」
それから私たちは、放課後に定期的にファミレスで勉強会をしていた。教えることで私も知らなかったこととか気付くことができて決して無駄な時間じゃないなと思った。とても充実していた。高校でのクソみたいな日々の中での救いとも感じるような時間だった。どうか永遠に、この瞬間だけが続けばいいとも思った。
続かなかった。京極 ココアは自殺した。原因は校内でのいじめ。何ならいじめの主犯だった男はココアを通じて私に強姦現場の写真を送り付けた。
その時だった。安河内 リンの形に罅が入ったような感覚がしたのは。初めて思った感覚、それは何をしても赦されるだろう、好き勝手やってもいいだろうという気持ちだ。ぐちゃぐちゃな感情になった。
だがその感情は更に追い打ちをかけるように次の事件で、更に歪んでいった。一縷の真実が露呈した事件だ。
本当にあの日々は滅茶苦茶だったなぁ。寧ろなんで今の今までこれがまかり通っていたのか疑問だった。案の定、責任問題だった上層部の人間は軒並み解雇、教師のほとんども解雇。大組閣が行われた。正直目まぐるしすぎてついていくことができなかった。
もちろん両親やお姉ちゃんは一縷のこと全てを聞いてきた。私はもう隠すとかそういう気持ちもなく、むしろどうすればいいかわからなくなった。だから全部話した。一縷で受けてきたことやココちゃんの死。あとはなんだろう。あの時は思いつくことを好き勝手話すことで精一杯だったから何を話して、何を話していないかなんて分別する余裕んなんてなかった。
「そうか。リンなりに努力していたんだな」
お父さんはタバコを一つ吸い、そう言った。
「お父さんとお母さんから見て私はどう見えている?」
「俺はそうだな、お前が思った以上に逞しいと思った。だけどな、もっと話してほしいとは思った。俺のこと信じれないのかなと思った」
「私は正直、いつも見るリンの表情の裏に何かあるんじゃないかなって思っていたの。娘を疑うなんて母親としてはどうなんだと思うけどね………」
「そっか………お姉ちゃんは?」
「ん? 正直私と同じ高校行かないことに疑問もあったよ。いつも私の背中を追っていた貴女が、このタイミングでどうしてわざわざ私と違う道を進むのかなって。でもきっとリンなりの考えがあって選んだ道だからきっと何かしらの意味があるんだとは思っていたわ。だけどいざ進んだら、そうね………地獄だねそれは。私はリンの選択を否定しないけど、リンは自分の選択をどう思っているの?」
「………わかんなくなってきた。正しいのかとか間違っているのかとか。たぶん決めるのは私だってことはわかっているけど……今の私にはどっちなのか判断もつかないわ」
「そうなのね」
少し間ができてからお父さんはこう言った。
「なぁリン。お前は本当にこれまでよく頑張った。俺や母さんはさ、カノやお前のように勉強しないでのほほんとしてきた者同士だからよ、お前らが頑張っている姿を見るとカッコイイなとも思うさ。だけどな、カッコイイ存在がそこまで壊れているのを見過ごしている自分にも腹が立つんだ。俺らはお前たちを、特にリンを間違った形で見ていたのかもしれないな。なぁリン。俺の思うカッコイイ安河内 リンであるために一つお願いを聞いてくれないか?」
「……なに?」
「一度さ、高校や勉強から離れてみないか?」
「え?」
「無論、勉強するなとは言わない。お前が勉強したいのであればすればいい。だけどさ、今のお前はただただ勉強に囚われた人間だ。確か神皇大学を目指しているんだよな? 全然応援する。寧ろ入学したら俺は一生自慢できるよ」
「もうアナタったら……」
ため息交じりにお母さんはそう言った。
「だけどなリン、お前は神皇大学に入って何を学びたいんだ? 卒業して何をやりたいんだ?」
「…………………え?」
そう言われると答えが出ない質問だと思った。私は神皇大学に入ることを念頭に置いていたが、その先のことなんて一度も考えたことないな。だって入ればどうにかなると思ったからだ。何を学びたいかについてはなかなか痛い質問だった。というのも私はこれまで受けてきた模試で神皇大学の学部を選ぶ際、どうせ全部A判定になるからと思って毎回毎回学部をコロコロ変えていた。だからこれを学びたいということがなかった。
「アナタも大事な話の時に冗談言っているけどお母さんもね、それは賛成だと思う。一度立ち止まってさ、自分を見るのも大事だと思う。だけどそれは今すぐじゃなくある程度余裕になったらでいいからさ」
高校から勉強から距離を取るなんて考えたことがなかった。いや、私にとってそんなことが許されていいのだろうか……?
「そうね、私も賛成だわ。今のリンの表情は見てて心が痛いもん。ここはさ、リフレッシュと思ってさ父さんと母さんに従ってみたら?」
「………うん。うん、わかった。お父さんの頼みだもんね、娘の私がそれを断るのも筋が通らないよね」
「別に従えとは言わないさ。お前が望むなら通い続けても構わないと思う」
「ううん。一旦、距離を取ってみようかなと思うよ。勉強や学園からね」
「そうか。わかった。じゃあこの先は大人の時間だ、俺がどうにかしてやるよ」
こうして私は全てから距離を取るように休学することにした。
最初は佐藤君の情報収集能力成長のためのファーストステップ、彼はそう遠くない未来に
そして二幕、安河内さん主役の物語。
まぁ前話で語られた部分を詳細にそして彼女視点で思ったこと感じたことが描かれたのではないかと思います。
これ、実は前後編でなっています。後編では簡単に言うと休学中の安河内さんはどんなことをしてどう気持ちが変わったのか、そしてこのゼミにどういう想いで臨むのかが描かれる予定です。いつ出るかはまだ未定ですがお楽しみに。
そう言えば京極 ココアってどこかで聞いたような…? あれ、どこだった?
佐藤君もココアの名前で少し言い淀んでいたね?