32:一縷の闇 真相編(後)
《12:15/BDモール2階 『Books&Cafe OCOK』》
僕は今知っている『一縷の闇』等々について話した。安河内さんは黙って僕の話を聴いていた。だけど、表情に一切の揺らぎを感じない。まるで他人事のように聞いているようにも見えてしまった。
「うん、そうだね………確かに佐藤君の言う通りのことばかりだよ」
「安河内さんはその………そういう加害者側に回ったことはあるの?」
「全く。これは誓って、本当に。確かに先生………なんて敬称つけたくもないアイツらへの苛立ちとか色々あったけど、私は成果を出すことで仕返すことに徹底したわ」
「そうだったんだ………でも仕返しきれなかったんだね」
「へぇ~、察しいいじゃん。なんか表情に出ちゃっていたかしら?」
「ううん。なんとなく、手垢のついたシナリオが過ったんだよ」
「手垢のついたねぇ………」
「あれでしょ? いい成績でも褒めてくれず、大学になって初めて褒められるみたいなことでもあったんかなぁって」
「おぉ! 大正解だよ。だけど一つだけ言うなら、私は常に1位だったわ」
「1位ってのは学内の試験で………?」
「それもだけど、全国模試だってそうだよ。私のスラッシュの左は常に縦棒、曲がることも折られることもない真っすぐなね」
常に一縷の生徒の誰かが全国模試で1位を取るのは周知の定石だった。一時、わざと1位にするように圧をかけていたのではないかとも疑われていた。だけど模試の運営がちゃんと採点している様子を公開したり、わざわざ記者会見を開いたりして強調していたから変に疑っても重箱の隅をつつくような扱いをされるオチで、そういうものだと片付けてしまった。
「実際どんなだったの、一縷の現場ってのは?」
「そりゃあもう、アレを地獄と言うんだろうね」
「地獄ね……」
「ねぇ佐藤君。今の君の眼には私がどう見えている? マリトッツォのように剥き出しの本音で言ってほしいなぁ」
「マリトッツォ? えっと、う~ん………プライドが高くて負けず嫌い。あとは正直に言って、君より学のない人間を見下しているのかなと思った」
「そっか、そう見えていたんだ。プライドはまぁあるし負けず嫌いなのは認める。でも誰一人とて見下すなんてことは思わないなぁ………」
「西門さんに対しても」
「あの時は向こうから喧嘩売ってきたから、それに抗っただけだよ」
「そうなんだ」
「私が嫌いな人は、私を嫌っている人だよ。ただそれだけ。同じゼミ生として、何のわだかまりなく彼女が私に接してくれるなら私としてはウェルカムだよ」
「へぇ~、ごめんそれは僕の先入観が強かったみたいだね」
「謝らないで! 本音を聞きたいって言ったのは私なんだからさ」
「だけど思いのほか人間関係について気にかけているけど、一縷時代は友達いたの?」
「まぁ実を言うとさ、向こうに友達いなかったんだよね。いや違うね、いなくなったのか」
「いなくなった………? それは中退したとかそういう?」
「それだったらまだ良かったんだけどね………自殺したんだよね」
「よりにもよってそっちか………確かに一縷の自殺率は後になって公に晒されたけど中々悍ましい数字だったんでしょ?」
「『昨年の自殺した生徒の2/3は鳥籠[一縷]学園だった!?』……どっかの雑誌がそんな見出しで記事を出していたわね。虚飾と虚構メガ盛りパフェよ」
「そんな記事があったんだ」
昨晩調べた時そんな記事目にしたなぁ。それはそうと『虚飾と虚構のメガ盛りパフェ』は凄いクセのある言い回しだな…。
「確かに自殺した生徒は知っている。知り合いじゃない同級生は何人死んだんだろうね? 当たり前すぎて意識するのもやめていたわ………だけど私の友人はさすがにカカオ多めのチョコレートだったわ」
「甘くなかったんだね………もしかして自殺の原因が一縷でのストレスとかじゃないまた別のものがあったの?」
よくカカオ多めのチョコレートから『甘くない』という言葉を引き出せたな。何なんだ安河内さんの時折挟まるスイーツワードは。
「…………いじめ」
「いじめ!?」
またも初の情報だ。どんどん僕の中での一縷の治安の悪い無法地帯という文脈への解像度が増したように感じた。
「私の友達、ココアって言うんだけどね………確かに私は優等生だった。だけど佐藤君が言ったようにね、学のない人間を見下しているってレッテルを貼られたんだよね。まぁ私からしてみれば妬み嫉みの類だと思っていたけど、そのせいでかえってクラス………いや学園内で孤立することになった。どうせこんなこと先生に相談したって『そんなこと結果で跳ね返せ』と聞く耳持たず門前払いだったわ」
「だけどそのココア、さんは違ったんだね……」
僕の口からまさかその名前が出るとはなんて思ってしまった。偶然同じ名前なのに、別の人の顔が過る。
「ココちゃん、私に『勉強を教えてくれ』って言ったんだよね。初めて言われたわそんなこと。驚きと同時に嬉しさがあったの。あの子がどんな想いで私に声をかけたのかは、最早死人に口なしだからわからないし、仮に裏で何か企てとかあったとしても嬉しさが勝ったんだよね」
「それで安河内さんは多少の疑念を持ちつつもココアさんに勉強を教えたんだね」
「疑念は今思えばの話よ。当時の私は純粋な嬉しさが勝ってすぐにアレコレソレ教えたわ」
「そうだったんだ………でもそんなココアさんも死んだ、と。原因はいじめ。主犯はわかっているの」
「えぇ………赤池 アツシ」
その名前は、僕は声が出そうになったがこらえた。一縷の赤池 アツシと言えば西門さんの親友だった藤嶋さんを自殺に追い込んだ主犯格。だけど今回は聞くに単独で………いや、きっと安河内さんは彼だけが悪い人で西門さんの口から出た他4人もいたのかもしれない。
とはいえ今この話をしても意味がないから口をつむぐ。まるで初めて知ったような素振りを意識しよう、そう思い聴き続けた。
「2年生の時、私とココア、それに赤池も同じクラスだったんだけど、考査でね彼女がクラス最下位だったの。それを餌に赤池はココアを標的に攻撃を始めたのよ。アイツはアイツで成績は中の下の半端者なのにね」
「具体的に何されたかはわかる……?」
「多分色々なことをされたんだと思う。だけど私の知っている内容はただ一つ………強姦」
また強姦かよ。なんだあの性欲丸出しサルは……。
「なんでそれだけはわかったの……?」
「私のスマホに写真が1枚送られてきたの………犯された直後のココアの写真が。凌辱された見るに堪えない姿をね………箱に入っていたケーキをひっくり返したあとの残骸のようだったわ」
安河内さん、そこでその例えやめた方が………亡き友のエピソードが急にポップになった。
「どういう意図でそれを送り付けたんだろう、その主犯だった赤池は」
「これは私の解釈なんだけど、1位だった私への復讐も兼ねていたのかもしれない。向こうもココちゃんが私の唯一の友達と知っていたから、そういうの見せて私に嫌な顔をさせたのかったかもしれない………当時は冷静にはいられなかったけど今思えばそうなんじゃないかなと思うわ」
「それに対して安河内さんはアクションしなかったの?」
「もちろんしようとしたわ! だけど………そんなことする必要がなくなったのよ」
「というと?」
「一縷の悪事が全部曝されたのよ」
「なるほど、ということは彼女が自殺したのは夏頃なんだね」
「えぇ、7月4日にね」
「そうだったんだ」
「本当に………一足遅かった。だけどそれだけ耐えられなかったんだろうね。私は彼女じゃない。だから彼女の受けた痛みを私は知らない。もう少し耐えてくれればなんて考えちゃうけど、そんな言葉は口が裂けても言えないわね」
待てよ、藤嶋さんの自殺は6月だったような。ということは八つ当たり相手を探してターゲットがココアさんに移ったことになるのか。そう思うと赤池は救いようのない男だな………。
「赤池はすぐに退学処分になったわ。あとで知ったけど赤池は普段からグループで行動していたんだってね。その取り巻きも同時に退学処分になったんだよね」
「安河内さんはわからなかったの?」
「私は友達がいなかったし、私以外の人間たちの関係性に興味を持つ理由がないなぁと思ったのよ。だからあの子とあの子が友達っていうことすら知らなかったわ」
「まぁでもそっか。孤立しているなら他人なんてどうでもよくなるのか」
「私の場合は極端な例かもしれないけどね」
「その後の赤池のことは知っているの?」
「何かしらの事件に巻き込まれたんでしょ? バチが当たったんだと思ったわ」
彼が裁判で訴えられていることや事件で重大な障害を持ったことについては知らなそうだなと思った。
「それから安河内さんはどうしたの?」
「それから? そうね……特に大人たちの大きな組閣があって、教師陣が軒並み変わったわ。私のクラスの担任も教職を追われたみたい」
異動とかじゃなくクビってことか。安河内さんのクラスも相当の被害を被ったんだな。
「私は、まぁココちゃんを失ってしばらくは寂しかった。いや……今でも寂しい、かもしれないね。佐藤君はさ、イチゴのないショートケーキをショートケーキって呼ぶ?」
「………ショートケーキじゃないと思う」
「でしょ? そんな気持ちになったよ」
「いやどういう気持ちだよ」
さすがに耐えられずツッコんでしまった。
「何だろうね、心にポッカリと穴が開いたような。そう、ドーナツみたいな!」
「あぁ、まぁ、うん……?」
「理解できていないようだね」
「いやね、もう言うか。さっきからちょいちょい挟まっているそのスイーツ例え何?」
「………そんなに使ってた?」
「はい」
「そっかー………」
無自覚でアレを言っていたのか。恐ろしい子だわ。
「自分語りしちゃうと私甘いものに目が無くてね。頭めっちゃ使う毎日だから1杯のブラックコーヒーと1つのスイーツを日々の楽しみにしているんだよね。その反動でついついスイーツの言葉が出るけど………そんなに出てたかぁ」
「少なくとも君の親友の死をスイーツで例えた時は、一気に話題がポップになったよ」
「あちゃ~、やらかした」
「まぁ、それは置いといて………安河内さんは今でもココアさんのことを忘れられない、ただ一人の友達だったからね」
「うん、そうだね。本当に例の事件以後は学内もゴタゴタでね。でも私は私で成績は維持したかったけど、もうなんだろう全てが嫌になったんだよね。それで不登校になったわ」
「そこまで追い詰められたんだ」
「…………だけど、変わるチャンスが私に来たのよ」
「なるほど、このゼミってことか」
「えぇ。場所も違う、だけど同じ鳥籠学園の知らない人たち。ここでなら私も大きく変われるんじゃないかって思ったんだよ」
「そうだったんだ………だけどスタートダッシュを失敗しちゃったって感じだろうね」
西門さんとのいざこざを加味してそう解釈した。
「本当にその通り………まぁ、君ほど教室内での揉め事じゃないし、たぶん私以外でそのことを知っているのは西門と君と松本さんと………あと養護教諭の鍵屋先生くらいじゃない?」
「実を言うと、結城さんもいるんだよね」
「結城さんって学級委員長の? よりにもよって彼女に知られたかぁ」
「ん? なんかまずいことでもあった?」
「いや、なんだろう、42人の教室で先陣切る彼女が私と西門の関係を過剰に気にかけ仕掛けないと思ってね。ほら、この問題ってまぁ私と彼女の間での問題じゃん。悪く言えば、部外者ってこと。そうなるんじゃないかって不安なんだよね」
「結城さんに間を取り持ってもらうのも良いとは思うけどなぁ。あ、これは僕の持論だけど」
「そうかな? 結城さんは件の話を聞いて何か言っていた?」
「特にこれといったことは言っていないなぁ」
「ふ~ん。確かに佐藤君の考えはアリなのかな……? でも言葉で解決する前に向こうが暴力浸かってくるじゃん………」
「それについては『残念なことに』としか言いようがないね」
「でも私も正直八方塞りで困っていたし、アプローチとしてはアリなのかもしれない」
「僕の考えをそんな鵜呑みにしないで安河内さんらしくやればいいんじゃない?」
「えぇそうね。ありがとう佐藤君、君からそんな助言を貰えるとは思わなかったわ」
「いえいえこちらこそ。ねぇ安河内さん」
「何かしら?」
「君って本当に学力に拘っているけど何か叶えたい夢とかあるの?」
「……………無いんだよねそれが」
「無い?」
「なんだろう。私って家族の顔やご機嫌を大事にしていたんだよね。いい成績を取ればみんなが私を認めてくれる。あんな高校にいたから尚のこと、お父さんやお母さん、お姉ちゃんに褒められることが私にとっての救いの1つだったのよ。だけどいつか考えちゃったんだよね。『私ってなんで勉強しているんだろう?』って。そうそう、一縷のことが暴かれてゴタゴタになった頃にふとね。そう思えるほどの余裕があったのかな? でも答えは出せなかったわ。それで決心して、不登校になった頃に、全部家族に話したの。多分私の初めての本音だったんだろうね。お父さんもお母さんも驚いていたけど、すぐに飲み込んでくれて、休学の手続きとか色々してくれたの」
「そうだったんだ」
「『距離を取ることも大事だ』って、お父さんが言ってくれたの。私はそうだね、自ら縛られていたんだね。だけど距離を取ってわかったの。私には夢が無いって。お姉ちゃんは鳥籠学園じゃない普通の高校から努力して一途大学に入学して、卒業後は大手企業に入社したわ。私、お姉ちゃんのことは大好きだよ、でも今のお姉ちゃんのように生きることが私にとって正解なのかわからなくなったんだよね」
一途大学は僕らがいるゼミが終わった後に入学が約束されている神皇大学に肩を並べるほどの名門国立大学だ。鳥籠学園ではない高校からそこへ入れたということは相当な努力をしたのだと思った。
「僕なんかが偉そうに言うのも野暮ったいけど、安河内 リンの人生は君のものであって、誰のものでもないからね。僕は凄いと思うよ、そんなことを考える安河内さんが」
「そうかなぁ。まぁでもそうだね、ここで私の夢を見つけてみたいね。1つじゃなく2つでも3つでもね」
「良かった。しかし見誤っていたよ。僕の中で一縷の人間はこうだってイメージがあったけど、安河内さんでも苦労の一つ二つはしていたことや、加害側の存在でなかったことなどがね。まさかここまでの苦労人だとは思わなかったよ」
「そう? ちょっとでも私のイメージを変えられたならそれはとてもよかったわ」
「いいえこちらこそ。ねぇ安河内さん。ちょっと聞いてもいい?」
「ん?」
「一縷の全てが暴かれたきっかけになった音声流出についてなんだけど誰がその情報を流したかって知っている?」
「ううん。知らないわ」
「そっか……」
「でも仮に情報を流したのが私だったとしても西門は私を赦してくれるのかな? 相当恨みを持っていたみたいだし」
「まぁ西門さんはただただ一縷の人間が嫌いなだけだからね………それに安河内さんも売られた喧嘩をすぐに買ったところにも非があると……」
「凄く腹が立ったのよ? ダメ?」
「う~ん……」
恐らくこれは安河内さんの中にある押さえ込んでいた苛立ちとかなのかもしれない。今まで発散されていない分、怒りのコントロールを器用にこなせていないのかなぁ。僕は松本さんから話を聞いた時、一縷のイメージで安河内さんがプライドの高い人と思ったけど、今こうして話を聞いているとそうでもない気がしてきた。まぁでもこれを言ったところで彼女がどうこう動く気配はしないし一旦保留としよう。
まぁひと段落聞きたいこともある程度聞けたし、そろそろお暇でもしようかなと思った。その時、あることを思い出す。
それは僕が安河内さんに話があるときに真っ先に「告白」のことを言っていたけど、さっきの話と矛盾するなぁ? 確認してみるか。
「………そういや、最後に良い?」
「うん?」
「さっき安河内さんは彼氏いるって言ったよね? でも友達は今はいないって」
「あっ、あー………実を言うとついこの間まで告白なんてされたことがなくてね………ほら、書風君っているじゃん。彼に告白されてたんだよね。会って数日なのにだよ!? それでびっくりして思わず嘘ついちゃったんだよね。それが私の中で痛烈なものがあって自然と出た防衛だったのかもしれない………ごめんね」
「そ、そっか」
書風君、桐山さんのことを一旦諦めたのかな。そうとも思った。にしてもアプローチ早すぎるだろ、とも同時に思った。
かと思えば安河内さんは安河内さんでそんな嘘つかなくても。まぁ、そう言えば書風君は近づきにくくなるか。でもこういうところも安河内さんの人間づきあいの不器用さゆえなのかもしれない。残念系スーツ大好き優等生、きっとこのまま一縷にいたら大学進学後は失敗する可能性もあったかもしれない。彼女も今のフィールドで自分を変えたいとも言っているし、良い方向へ進めばいいなと思った。
それから僕はその場を去った。安河内さんはその場に留まったままだった。
安河内さんも無論、一縷の闇で苦労にあえいでいた1人でした。だけど彼女は分水嶺に立たされた新世代でもあります。一縷の闇が暴かれて、体制も変わった新たな一縷の一人でもあるのは事実です。彼女が過去の轍を踏んだ女になるのか、それとも新たな道を開拓する女になるか、それは予測不可能です。
ただ一つ、彼女の学力なら間違いなく神皇大学には入学できます。そりゃそうでしょ、全国模試1位がほぼ当たり前なのですから。
ここで掻い摘んでいる安河内さんの葛藤などは隙間でいずれ語れることでしょう。
彼女の言った「私が嫌いな人は、私を嫌っている人だよ」は私の考え方そのままです。たまに自己の思想が誰かさんに反映されることはあります。
ちなみに安河内さんの初期段階では、『勉強ができる』『集中力が尋常じゃない程高い』の二つしかありませんでした。ちょっと面白味がないというか、平凡だなと感じたので『甘いものに目がなくスイーツで物事を例える癖がある』という少し変わったところを隠し味に入れました。これで彼女の言葉を紡ぐとき、少し考える必要が増えましたが一周回って楽しいのではと思ったのでこれで良しとしています。




