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42人の教室  作者: 夏空 新
第4章
51/81

30:次へ向かう為

《18:34/食事会場》

 僕はそれから、部屋に戻り垂れ流しだった血を洗い流した。それからはちょっと頭がボーっとしていたが、松本さんに誘われ夕食を一緒に食べに行くことにした。

 その中で僕は西門さんのことや『一縷の闇』について話していた。

「なるほど、『一縷の闇』ね。私も噂はかねがね聞いていたさ。だけどそんなに闇が深かったとはね………」

「うん、あえて西門さんの前で話はしなかったけど、一縷の全てが暴かれてからも暴力事件は絶えなかった。それは二敷の生徒によるもので被害者は皆一縷の生徒。だけど一縷も二敷もお互いだんまりで犯人は不明のまま、一縷の生徒はただただやられる一方で味方すらおらず泣き寝入り状態。一時期は先生が通学路に立って見張りをしていたらしいよ」

「まぁ打開策を至急で求めるならそれしかないのか。急の組閣後に生徒の見守り、教師陣のご苦労が想像できないわ」

「とは言っても見守りの範囲は最寄駅から一縷までの間、1キロも満たない距離感だけでの話だったらしい。電車に乗った先は生きて帰れるか、病院に送られるのかのどっちかだったらしい」

「その暴漢事件ってどれくらいの頻度だったのかしら」

「僕の調べだと週に3回とか、割とハイペースではあった。でももしからしたらそれ以上かもしれないね。僕もこの一縷と二敷の間を調べて、西門さんにダメ出しされたんだ。見逃していることが多々あるかもね」

「そうなのね………ところで私たちは晴れて同じく西門さんに暴力を食らったもの同士だ、そのレバニラ炒めは美味しいかい?」

「………僕、西門さんに殴られたって言ったっけ?」

「へぇ、殴られたんだ」

「あっ」

 これは完全に僕の失言だった。確かに今松本さんは「暴力」と言ったのにどうして「殴る」なんて言ってしまったんだ…?

「まぁ、君から失言をするとは思わなかったわ。でも考え方はシンプルよ、廊下に血の跡がポツポツあったからね。もちろんそれはエレベーター前から君の部屋前まででね。それに今君が食べているものは、鉄分不足におあつらえ向きの一品。きっと何かしらの攻撃を食らったんだろうと思った。更に君を観察するとこれといった外傷がない。いや、鼻が少し赤いな? 鼻血か。どうだろう?」

「正解です…」

「よ~し、私冴えてる! それはそうと無事かい?」

「だいぶ血を流してフラフラだったよ、さっきまで。まぁ骨は折れてはいないから大丈夫だよ」

「そうか………しかしかえって不思議だなぁ」

「何が?」

「彼女の親友、藤嶋氏を自殺に追い込んだ加害者は重大な障害を残すほどの重傷を負わせることができた。だけど安河内さんの時や私の時、そして君の時、この3人はそういった後遺症が全くない。同じ体からそんな加減ができるようなことができるのか?」

「そういや西門さんが僕のこと殴った時、『折れないように加減した』とか言っていたような………少なくとも自分の中でコントロールできるのかな?」

「最大出力だと一発でコンクリート壁に頭をめり込ませる蹴りができるほどの威力、少し加減すれば成人男性並みの殴る・蹴る並のことが可能………まるでロボットみたいだな」

「佐藤君、意外とトゲのあることも言うもんだね。そこまでは考えていなかったなぁ、いやはや新発見新知見だよ」

「そっかぁ………」

 ユーモアのつもりだったが、ちょっと含みのある言い方になったみたいだ。恐らく殴られたことへの苛立ちが言語化してしまったのかもしれない。

「まぁ西門さんの謎は遅かれ早かれわかるんじゃないかしら?」

「ん? 随分と断言するね。根拠とかあるの?」

「あるさ。だが話すのは今じゃない」

「はぐらかすんだね」

「私には確信している()()を持っている。だけど察するに君には()()がない。だけど()()はそう遠くない未来、君は目の当たりにする。そんな気がするだけさ」

「何だか匂わせ方が気持ち悪いなぁ……」

「安心したまえ、時が来たら話そうとかそんなことせずとも勝手にやってくるはずだからね」

「う~ん、モヤモヤするけど一旦はそういうことにしておこう」

 そう言えばこんな会話どこかでしたような。そうだ、委員会決め後の昼食の時だ。あの時、松本さんは異常なほどの量の昼食を摂っていた。その時もなんだかはぐらかされたような感じだったなぁ。実際のところ今の夕食の内容を見ても、普通に焼き魚とご飯とみそ汁の定食セット。極端にご飯が多いとか、焼き魚の切り身が多いとかそういう話じゃない。一般的な量だと思う。あの日だけどうして量が多かったのだろうか。恐らく今そのことを聞いても遅かれ早かれだの何だのとはぐらかされるオチしか見えないな。ということはこれ以上触れるほどの話題でもないと思った。

 しかし遅かれ早かれか。僕もいつか真実を知ることになるのか………それはいつになるのやら。そう思いながら僕は色々と考えていた。

 だけど一方で僕は引っかかることがあった。それは『一縷の闇』についてだ。僕は犯罪研究部にいて、そこの先輩からあらゆる情報収集のノウハウを得た。だからこそ僕はそれなりにわかりきっていたと自負していた。ところがいざ西門さんにそれらを突きつけたら知らないこともあったし、それで西門さんの心を大きく動かすようなことはできなかった。やはり、所詮はインターネットからの情報。真贋が定かでないし僕は少しそれらを鵜吞みして、全てを知った面をしていたのかもしれない。そういえば西門さんは「揉み消しを徹底していた」と言っていた。彼女の親友の自殺も、彼女の口から初めて聞いた話で調べてもそれに辿り着くことはなかった。つまり僕は知ったかぶりのままなのだ。

 だったら当事者に訊くのが最適解と言えよう。当事者……まだこのことを話していない安河内さんにも話してみたいな。それで僕の知ったぶりな情報を補完して、『一縷の闇』を知り尽くしたいと思ってきた。

 これは興味とかではない、悔しさゆえだ。もっと遡ると僕は八密のことを調べた時も完全に知れたわけじゃない。穴があったのはだ。例えば局長の虎子の正体、図書館で見つけたスクラップブックの事件映像の露骨に編集された箇所。あの時は松本さんが踏み込み過ぎているとフォローして収まったが、僕の持っていた自信をへし折られた気持ちになったのは事実だ。でも八密についてはこれ以上やれることが僕には備わっていない。だからしょうがないと割り切っていたけど、『一縷の闇』については別件だ。

 何せ当事者がこのゼミに2人いるのだから。しかも片方は超のつく重要人物。ならこの悔しさの埋め合わせは一旦しておきたい。完全に保管しきれなくても、それで満足して次のステップに進みたい。

「どうしたんだい佐藤君? さっきから手が止まっているぞ? やはりまだ血液不足でフラフラしているのでは?」

「あぁごめん松本さん、ちょっと考え事をしていてね」

「佐藤君が考え事ね………」

「何その間は? あぁ、推測していたのか」

「そうなんだが……いや、色々と思案しているみたいだね。全然読めないわ」

「そうなんだ。じゃあ答え合わせに言うと、僕ちょっと安河内さんにアプローチしてみようと思うんだ」

「………ほう? その心は?」

「『一縷の闇』、僕が知るには限界があるけど当事者から聞けないかなぁって」

「佐藤君。君は今度の金曜にちょっと面白そうな会議に議事録役で出席するじゃないか。今はそっちに重きを置くべきでは?」

「前座だよ前座」

「前座?」

「そうだね………『一縷の闇 真相編』的な?」

「はぁ…」

 松本さんは呆れながら話を聞いていた。確かに彼女からしてみれば、今知りたいことはこの学園の真実であって『一縷の闇』の真相を知ったところで何もメリットがないことはわかりきっている。だから乗り気じゃないんだろう。

「まぁ、松本さんの気持ちもなんとなく察するしわからないわけではないさ。だからこれは僕一人で動いて僕の中で完結させる。ほら、松本さんは一応別件でやることがあるじゃん」

「えぇっと……あぁ、細谷君の件か」

「そう、八密メンバーの1人負荷街と細谷さんの関係についてのヒアリング。松本さんはそっちを重点的にすればいいさ」

「それは私から引き受けたんだ。そんなに難しいことではないさ。気負うことなくやっておくよ、もちろん君にも共有はするさ」

「うん、ありがとう」

「しかし佐藤君、確かに私たちは出会ってまだ片手程の日数しかないから完全に君を知り切ったわけではない。だが引っかかる、興味のベクトルをそっちに向けた意図について聞いてもいいか? 一応私たちは同じゼミ生でなおかつパートナーの関係よ。そんな君はついさっき会議のことで盛り上がっていたのに今は『一縷の闇』に重点を置いた。しかもこれは1日での出来事よ。そこまで心を動かすようになったきっかけを相方の私としても知っておきたいなと思ったのよ」

「松本さんのことだから、そういうの推測でわかるんじゃない? と言いたいけどわざわざ訊くってことは松本さんなりの回答が無いのか」

「残念ながらね。私の推測は完全万能ではないからね、それに整合性もある程度高いと自負していても外しはするさ。人間だからね」

「そっか、じゃあ―――」

 僕は今の想いを松本さんに全部話した。松本さんはうんうんと頷きながら黙って話を聴いてくれた。

「なるほどね、君にもそんな強い想いがあったのね。いやはや、これは見誤ったわ」

「それは………悪い意味で?」

「いいえ、いい意味での誤算よ。確かになんとなく頼れる存在として君を助手に選んだけど、君は思った以上に情熱に溢れ、こだわりも強く、譲れない誇りを持っているんだなと思ってね。嬉しいわ、佐藤君」

「そっか、ありがとう、松本さん。僕は残念ながらこの通り未熟な身だけど、これからも君の助手としてやっていけそうだね」

「改めてよろしく頼むわ」

 そうやって再契約を結び、2人で笑い合った。

 とりあえず松本さんからは明日の僕の指針を受け入れてくれて良かった。これを理解できないと突っぱねるようなことはしないと思ったけど、ちゃんと言われると安心感はこれ以上嬉しいことはないな。


《18:41/食事会場》

 タケルとアスカが談笑しながらも、アスカはアスカで別のことで考え事をしていた。

(しかし佐藤君……あの時のことは本当に無意識下での行為だったのかしら……)

 アスカは頭の中に残っている映像を振り返る。それは数時間前、遠くから見たタケルとミキの様子だ。ミキはタケルを蹴ろうとした時、それを振り払った。そして近くの木に彼女を追い込んだ場面だ。

(あの西門君を完全に押さえ込んでいた。西門君も私と同じで()()を持っているのであれば絶対優位なのは彼女だ。抵抗だってできたはずだ。だけど敢えて何もしなかったのは………動揺ゆえか? あの一幕を見る限り、最初の殴りを避けた時の佐藤君の動きは咄嗟のもので素人並だった。だけど蹴りを振り払って以降の動きはプロというか………いやそれ以上の鍛錬を受けた人間の動きだ、いや若干人間離れしている。だけど急に佐藤君が腕を離した時の挙動は『なんでこんな状況になっているんだ?』を表していた。君は本当に………誰だ?)

 そんなことを考えていたが、決してその心の声はタケルの耳にもどこにも入ることはなかった。


《20:31/321号室》

 夕食を終え、松本さんと別れ、以降の僕の動きについては、部屋の風呂に入ってのんびりと寝るまでの時間を過ごしていた。

 そうだ、こんな時間だったらマリアも電話に出てくれるだろう。僕はそう思い電話を掛けたが出なかった。電話を掛けたのは20時になるかならないかの境界線だった気がする。

 それから30分後に折り返しでマリアから電話が来た。

「もしもし。マリア、今電話かけて大丈夫だった?」

『あぁごめんねタケル。ちょうど君が電話を掛けた時お風呂に入っていてね』

 そう言えばマリアってこの時間帯だったっか、お風呂に入る時間はと思った。

「あぁ、そうだったんだね。どう、そっちの生活はさ」

『そうだね、クラス替えもあって数日経ったけど今までクラスにならなかった子とも友達になったわ』

「相変わらずそういうのは早いよね、マリアも」

『そうかな?』

「うん、マリアはなんだろう。コミュ強だよね」

『こ、こみゅきょう?』

「コミュニケーション能力が高いってこと」

『あぁそういう。多分、生徒会にいて上の学年や下の学年とたくさん話してきたからかなぁ……自然と自分から話すようになったのは』

「そうなんだ。そういや生徒会の仕事はまだやっているの?」

『ほぼフェードアウトしたよ。引継ぎとかそういうのはとうに終わったけど、やっぱみんなの顔見たくて退屈凌ぎに遊びに行っているね』

「そうなんだ」

『それに夕ご飯もタケルがいないから当番制じゃなくなったこともあって、すぐに家に帰らないとって考えがなくなったんだよね』

「あぁそっかー。じゃあ外食とかも行っているの?」

『時々ね、とは言ってもファストフード店に行って軽く食べて話すくらいだから』

「大丈夫なの? 勉強を疎かにしていない?」

『モーマンタイ。さっき生徒会に顔を出しているって言ったけどそこで自習もしているんだよね。後輩にわからないところも教えているから同時に復習にもなって凄く充実しているんだよね』

「へぇ~、それはいいね」

『それはそうと、タケルの方はどうなの? この間は友達ができたとか言っていたけど、どんな感じなの?』

「一言で言うと個性豊かな、だね」

『それは何? 自分も個性的だって言うの?』

「さぁ、僕が僕をどう思っているかについてはご想像にお任せするよ」

『むーっ、はぐらかされた~。あっ! 他の女の子に目移りとかしていないよね!?』

「してないしてない」

 でも僕と松本さんの様子を見たら嫉妬とかするのかな? あくまでパートナーみたいな関係で、向こうも僕にはマリアと言う存在がいることは知っているけど、いざその様子見たらどんな表情するのか。マリアって案外独占欲強いと思う(?)から怒りそうだなぁ。しばらくは彼女の名前を伏せておこうと思った。

『ならいいんだけどさ。もしそっちで彼女作るんだったら私だって彼氏作って家に住まわせてやるからね』

「その男、僕の部屋に寝かせる気? 正気?」

 それは流石に抵抗あるなぁと頭をポリポリ掻いた。確かに前の電話では友達を招いていいとは言ったけれどもそれとこれとは別だよなぁ。

『冗談よ冗談。私、そんな男友達いないし』

「それはまぁ知っていたけど相変わらずなんだね」

『なんかタケル、他の男の子と一緒に話しているところ見たら怒りそうな気がするじゃん』

「そうかなぁ………そうかも」

『ね? 私は佐藤タケルの(プロフェッショナル・)専門家(オブ・タケル)よ。侮らないで』

「何そのダッサい肩書……」

『安心してってことよ』

「は、はぁ……わかった」

『フフフッ』

「ん? どうしたの?」

『いや、前に電話した時は途中で打ち切られたけど、今日はこうしてのんびり話している。それに家にいた時と変わらない、くだらなくてオチも何もないたわいのない話ばかりがなんだか懐かしくてね』

「そっか。うん、僕も同じだな。全然違う部屋のはずなのに、2人で住んでいる部屋にいる気分だよ」

『ホント!? そうなんだ、フフッ、嬉しいなぁ』

「ねぇ、不定期でいいからこうしてこの時間帯に電話しない?」

『えぇ大賛成。タケルの方から掛けてもいいし、何なら私の方から掛けるようかしら』

「大歓迎だよ」

『ありがとう、タケル。私、君と縁があってよかったって本当に思うよ』

「うん、こちらこそね………。しかしだいぶ話し込んだね。じゃあ、マリアも明日は早いでしょ? 今日はここまでにしない?」

『えぇそうね、ありがとうタケル、それじゃあ、おやすみなさい』

「うん、おやすみ、マリア」

 そうやって電話を切った。僕はターミナルを机に置いて一息つく。そして目線をパソコンに向ける。

「よし、寝るには早いし、少しやってみるか」

 僕は席に着き、パソコンを起動し、色々と調()()始めた。

 そして今日が終わった。

佐藤君は自身の調査能力の高さをやや驕り気味に思っていた。万能だとは思っていたかもしれない。それがついに折れたことで初めて自分の情報収集能力が高くないことを知るかもしれません。


自信のあったことが折られるとやはり色々と失う気持ちになるかもしれない。だが佐藤君は自分の足元を見て、本当の能力を確かめたいしなやかさを持っているのだと思います。


実際問題、彼の調査能力はある程度調整されています。情報通と言えば篠原さんの名前が出るかもしれませんが彼女の足元にも及びません。ここから彼はどう進んでいくのか一つの見物としてみてください。


ところで松本さんはちゃんと佐藤君のあの場面を見ていたんですね……。これはやはり佐藤君を気にかけていて、彼の正体に疑問を思っているからこその行動であるが、余計彼女の中で困惑が生まれたかもしれません。


マリアとの通話、これは普段の2人の日常的な会話です。普段からあんな感じで話しています。

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