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42人の教室  作者: 夏空 新
第3章

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39/86

21:あの子は今頃

《15:31/320号室前》

 僕は320号室の呼び鈴を鳴らす。室内に木霊するようにピンポーンと音が聞こえた。しばらく待っても反応はなかった。ここは安河内さんの部屋だと前に松本さんが教えてくれたが、本当かどうかは定かではない。ただ覚えている以上、運ばれてから3時間程経っているが、もう戻っているなんてことはさすがに無いようだ。また後で出直そう。やはり心配なところはある。

 すると僕のもう片方隣の部屋、つまり322号室の扉が開く。確かあの部屋は水樹さんの部屋だったと松本さんが言っていたが………実際に出てきたのは水樹さんだった。

「あら? 佐藤君じゃない。そこが佐藤君の部屋だったんだ」

「ここ? 違う違う、安河内さんの部屋だよ」

「ふーん、なるほど。安河内さんに用があったのね」

「まぁ、そんなところ」

「そっかそっか、で、彼女は?」

「出てくる気配無いけど…」

「じゃあよし暇だね、まぁ彼でいっかー」

「………ん?」

 何かに巻き込まれる予感がした。少し身構えてしまう。

「ちょっとさぁ、私、木戸ちゃんが気になって仕方ないんだよね」

「はぁ…」

「手伝ってくんない?」

「なんで僕?」

「ほら君は私たちのことをわかっているじゃん。サクちゃんさ、結構私が女の子とイチャコラしているのを解せないと思うのよね」

 彼女の言う「サクちゃん」とは、三浦さんのことであろう。この2人は付き合っているという流れで僕は話を進めることにした。

「うん、そうだね………嫉妬深いんだね」

「ま、そこ含め可愛いんだけどね」

「うん………」

 惚気話を聞かされても困るところがある。返す言葉が思いつかなかった。多分今この瞬間が相槌が人生でトップに入るレベルで下手糞になっている気がした。

「話を戻すと、そのサクちゃんにバレないように後ろを守ってほしいんだよね」

「うん………うん?」

「わからなかった?」

「うん」

「サクちゃんにバレないように私は木戸ちゃんにイチャコラしたいんだけど、それを見張ってくれないかな」

「いや言葉は理解できているのよ、それをなぜ僕に?」

「佐藤君は………何となく周りをしっかりと見渡せそうに思ったから!」

「そうなんだ…」

 なんだその間は、急な評価にびっくりしてしまった。確かに周りをよく見ていることについては自負するレベルで強みではあると考えてはいるけれども。

「よーしじゃあ早速行こうか」

「待って待って、まだ承諾したわけじゃ」

「えー! ここにきて拒否なんですかー?」

「いや拒否したわけじゃないよ? 僕なんかがその重責を負っていいのかって話だよ。それにこういうのは異性より同性の方が向いてんじゃないの、例えばそこにいる松本さんとかさ」

 僕は松本さんの部屋の方を指しながら言った。

「全く難しいことばっかり考えるな―君は。いいんだってそういうのは、ここであったのも何かの縁としてさ」

「はぁ…」

 これ以上ごねても何も生まれないなぁと思い僕は潔く彼女のあとをついていくことにした。ところで彼女は、木戸さんの居場所を知っているのだろうか…?


《15:34/10階共有スペース》

 何となく彼女に付いていったが、向かった先は共有スペースだった。

「ここに大体、いるんだよねぇ、彼女は」

「そうなんだ」

「ほら、噂をしたら………」

 水樹さんの指さす方には確かに木戸さんが座っていた。時折長い髪を撫でながらゼミターミナルの画面を眺めている様子だ。

「水樹さん最後に、なんで三浦さんが来るか来ないかもわかんないのに僕に背中を預けることにしたの?」

「だって私これからサクちゃんとここで合流するから、あと10分後くらいに」

 この女マジか。隙間時間を縫って別の女性に会いに行くとは凄い度胸の持ち主だ。そういや自己紹介の時、女の子が好きとか思い切って公言していたよなぁ…。有言実行というわけか、肝が据わっている。

「ねぇ水樹さん」

「なになに?」

「変なこと聞くんだけどさ………百合の間に挟まる男ってどう思う?」

「えー? 全力でぶっ殺してもいいと思うよ?」

「そっか、わかった!」

 程々な緊張感を感じて、もう強気に出るしかないなと思ってしまった。

「じゃ、私行くから背中を任せたよ?」

「う、うん、いってらっしゃい」

 水樹さんが木戸さんに近づいて行った。そして2人は会話を始める。聞こえるか聞こえないかと言われたらバッチリ聞こえる。ただわざわざ聞こうとするのもなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。少なくとも楽しそうだ。

 ざっくりと話している内容をまとめると、副寮長になってくれてありがとうとか裁縫やってみるみたいだけど最近何作ったの? とかさっきゼミターミナル見ていたけど何調べていたの?などだ。それをグイグイと行かずに相手の相槌も聞きがら話を進めているのが見て取れる。木戸さん自身も水樹さんと話すことに不快感を示している様子はない。彼女が男だったらナンパ上手そうだなぁ………もうやり手かもしれない。

 何度か後ろを見てエレベーターが動かないか心配しながら眺めている。明らか不審者だよなぁ…。そういえば、万が一三浦さんが来た時、水樹さんにどうやって教えればいいんだ…? 打合せし忘れていた。とりあえず指笛するか。今向こうにいるのは水樹さんと木戸さんだけだし大丈夫でしょう。

 少し物陰に潜んでいたけど少しだけ近づくことにしよう。もう不審者だよ。腹の内でそう自虐も交えながらそーっと近づこうとした瞬間だった。

「おい()()()………敵だ、敵の匂いがするぞ………コイツか?」

「木戸……さんっ!?」

 何が起こったか理解できない状況だった。木戸さんが突如、水樹さんの首を強く掴んでいる。片手で絞める勢いだ。しかも木戸さんは()()()()()()と呼んでいた。まるで他人のようだった。口調も優しそうな彼女には似つかわしくない荒い言葉遣いだ。よく見たら温和そうだった目も鋭い殺意に溢れたものを感じて、背筋に寒気が走る。

「ふん、違うってわけか。ま、非力そうな女だし気のせいってわけだな。オレは戻るぜ」

 しばらくするとまるで電源が切れたかのように手を放す木戸さんだった。

「ゲホッゲホッ………」

 水樹さんの瞳の中にはハテナの文字で埋め尽くされたことだろう、咽ながら木戸さんを見つめていた。

「み、水樹さん!………えっと……大丈夫ですか」

「え、えぇ………今のは………?」

「あ、アハハ~、なんでしょうか………もしかしたらそこにいる佐藤君で誤作動したんですかね?」

 キョロキョロと見渡した後、そう言いながら木戸さんは僕の方に向かって手招きをする。

「佐藤君そんな近くにいたの!?」

 水樹さんは慌てながらそう言う。そして木戸さんは自らの境遇を話すのだった。


「多重人格!?」

 水樹さんは驚いて裏返った声を出す。彼女が言うには自分は多重人格であるようで、先の襲撃ももう一人の人格がやったことだとのことだ。

「うん………昔ね、前の父親が凄い暴力振っている人だったの。今は逮捕されて刑務所にいるのかな? わからないけど、その一件で私の人格が私含め4人になったの」

「だいぶ大きく分かれたね」

「うん………さっき出てきた暴力的だけど一番は私を守るための存在、レモン。常に眠たがりなマイペース、スモモ。タガが外れたように話し出すおしゃべりさん、ミカン。これが私たち。それぞれの人格が表に出たとき、リンゴ自身も同じ記憶を共有することができるし、意思で会話することもできるわ」

「人格の切り替えは自分でできるの?」

「いいえ、勝手に出てくるわ。コントロールできれば苦労しないんだけどねぇ………」

「なるほど………例えばだけど、レモンの人格とスモモの人格が同時に出ることなんてことはあるの?」

 僕は思わず深い質問を投げる。

「え、えっと………一度もないはず」

「どうしたの佐藤君急に?」

「あぁ、いや。木戸さんには申し訳ないんだけど、多重人格者って僕の中では創作のものだけだったから気になっちゃって」

「そうだね、珍しいかもしれないわね」

「だから色々と――」

「おいリンゴ、やっぱ敵の匂いだ。一人増えてんなぁ? そこのチビか?」

 もっと話をしようとしたら急にレモンの人格が現れた。

「オイチビィ! テメェからなんか溢れてんだよ、リンゴに近づくんじゃ――――やめてレモン!」

 人格が戻る瞬間を見た。

「はぁ……はぁ……私が頑張ればこうやって無理やり人格を戻すこともできるけどかなり体にくるんだよね………ごめんね、佐藤君。レモンがひどいこと言って」

「ううん、僕もグイグイと寄り過ぎたから当然の報いを受けただけさ」

「優しいね、佐藤君は」

「ちょっとちょっとー、お二人さん盛り上がっているけど私のことを忘れてない?」

「あ、ごめんね水樹さん」

「しかし木戸さんはさぁ………」

 水樹さんは木戸さんの顎に手を当ててクイッとあげる。

「やっぱ木戸さんはキレイな子だよ。フフッ、見てて飽きないなぁ。それにさっきのギラギラしたレモンだったかな、彼女はまるで君を守る騎士みたいだね」

「えっ、えっ、えっ……?」

 木戸さんは戸惑った様子だった。そういやここに来てからどれくらいの時間が経ったっけ…。確か10分後に三浦さんとここで会うって水樹さんが言っていたような…。

「楽しそうに話していますね御三方」

 突然声がかかる、パッと声の方向を向くと腕組をして足踏みしている三浦さんが立っていた。

 あー、これは露骨に怒ってますな…。これほどまでにしかめっ面が似合う瞬間はないだろう。

「あ、サクちゃん。やっほー」

 水樹さん、その挨拶はどうなのよ。三浦さんはゼミターミナルを取り出し、僕らに画面を見せる。

「この写真なんですけどね、まさかこれで写真が撮れるなんてね、しかも画質良いなぁ………そんなことはどうでもいいのよ、随分と御三方、特にアンちゃんと木戸さんが楽しそうにお話されていたようなのでタイミングを伺っていました」

「あ、あぁ~………」

「えっと……えっと……」

 水樹さんは視線を反らして、木戸さんはあたふたとした様子だ。「なんでそんな瞬間の写真を収めているのさ、三浦さんは」と僕は頭を抱え。

「アンちゃんもすぐに女の子のところに行く癖なんとかしたら? この私を差し置いてさ」

「わぁ、大胆だね、サクちゃんは」

「大胆とかおちょくらないでよ! 私は本気なんだから!」

 水樹さんは三浦さんの腕に飛びつく。

「大丈夫、常にサクちゃんが一番だからさ」

「………ばぁか」

 頼む、これ以上僕に甘い雰囲気を見せつけないでくれ、僕だって恋人はいるのになんだか羨ましくなってしまうじゃないか。


《15:59/320号室前》

 いやはや、変なことに巻き込まれたものだ。しかし収穫が全くない無駄な時間とは言えない。木戸さんは多重人格者だった。犯罪研究部にいた頃の好奇心に刺激が与えられる。こんなことならもっと木戸さんを知りたかったが、今はよそう。また変にレモンが現れて警戒されたらどうしようもない。

 このゼミは本当に個性豊かな人が揃っているなぁ。そう思いながら改めて安河内さんの部屋のドアを呼び鈴を鳴らしたが反応はなかった。

木戸さんは多重人格者。これは初期段階から設定されていました。名前も全く変わっていません。

ただ他の人格の時の名前は初期設定のメモを無くしたためここで誕生しました。コンセプトとして、果物の名前で統一させようとしていました。レモンのところはザクロという候補もあったり、ユズやアンズ(アンズは水樹さんの名前と被るためボツ)などの候補もあり、一方でメロンやドラゴンフルーツなど明らか名前に向いていないものは避けて考えたのでなかなかちょうどいい収まりどころを考えるのには一苦労しましたね。


また水樹さん・三浦さん・木戸さんは寮長副寮長組としてこれからも絡んできますがどうなっていくんでしょうね。

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