隙間[6]
《11:41/保健室》
教室での一幕で気絶した佐藤 タケルはまだ意識を失ったまま保健室のベッドで眠っていた。それを見守っていたのは結城 アマネと湊 シンタロウであった。
「なぁアマネ」
腕組をしながらシンタロウの口が開く。
「何かしら………その件なら、今は保健室の先生が席を外しているからいいわよ」
「あの時、佐藤は言ったよな『煽りたくなる』って」
「………えぇ」
震える手をグッと握りしめてようやくアマネは応答する。
「俺、心臓が止まるかと思ったよ」
「そうでしょうね、私も同じだったから」
「覚えている………いや、思い出したのかと思った」
「多分だけど、本能が覚えていたんじゃないかしら」
「なんだよそれ。はっ、どんなに変えられても根は腐ってねぇってことかよ」
「そういうことだろうね」
「少なくともあの瞬間、俺はあの頃を思い出したよ」
「そうね………昔集まっ――」
近くからカツッカツッと足音がする。それがランコのヒールの音だろうと察したアマネはすぐに言葉を止める。
「この件はアイツらに伝えないで俺らの間でってことにしておこう。確かあの場にアイツらはいなかったからな」
「そうね、ただの偶然かもしれないからね。変に混乱は起こしたくないわ」
ドアが開く音がする。アマネの言う通りランコであった。
「シンくんお昼でも行ったら? 私はもう少しここにいるわ」
「お前は良いのか?」
「私は一旦、起きた彼に説教しておくから」
「そうか。起きたら伝えてくれ、『やりすぎた、すまん』って」
吐き捨てるようにシンタロウはその場を去っていった。アマネはため息一つついてボソリと
「………そういうのは直接言いなさいよね」
と呟く。この時、アマネはあとでシンタロウも説教しないとなと決めていた。
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《16:42/保健室》
安河内 リンの意識が戻ったのはこの時刻だった。ベッドから起き上がるがまだ残った鈍痛が
「痛った………まだ痛むなぁ………」
「ようやくお目覚めかい、少女安河内」
「………貴女は?」
「明日か明後日には自己紹介する身だ、ちぃっとばかし謎の一つくらいあってもいいじゃないか? ここはひとつ養護教諭の先生ってことでね」
「は、はぁ……」
「しかし意識ははっきりしているし、後遺症も見られない。少女松本から状況を聞く限り少女西門は相当頭を蹴ったと聞いているがちゃんと手を抜いていたのね」
「そうだ、アイツ………クッ」
リンは頭を抑える。まだ痛みは残り勢いよく動こうとすると鈍い痛みが走る。
「こらこら、すぐに動こうとするから。もう少しじっとしていなさい」
「すみません………」
「まぁもう30分くらい休めばある程度動けるんじゃないかしら。触診したけど特に処置する箇所はなかったわ」
「そうですか………ではお言葉に甘えて私はもう少し休んでいます」
しばらく沈黙が続き、リン自身全く眠れそうになかった。一方のランコは黙々とPCで入力作業を行っていた。
「先生は聞かないんですか? ちゃんとした事の顛末を」
「わざわざそう聞いてくるってことは話を聞いてほしい時だけだよ、少女安河内。およそのことは少女松本から聞いているさ、少女西門と口論になった、で君はボコボコに蹴られてここまで運ばれてきた」
「向こうから喧嘩を売ってきたんです、私はそれを買った。その結果がこれです。松本さんがあの時、止めてくれたから少し冷静になれたけどその時点で時すでに遅しでした」
「きっと少女西門にとって君は何か気に入らない因子を持っているのかもしれないわね」
「因子?」
「あぁ、それはきっと君自身で見つけることができない、少女西門しか知らないものよ」
「まるでなぞなぞみたいですね」
「つまりは直接訊けってことさ」
「直接………取り合ってくれますかね」
「さぁね、私は残念ながら少女西門に会っても話してもいない」
「そうですよね………確かにあの時は頭ごなしにイライラして当たっていましたけど、私も一旦クールになって訊いてみます。彼女の思いとやらを、そして殴り返してみせます。やられっぱなしなのもこっちとしてはやってらんないですよ」
「ハハハッ、お次は倒れた少女西門がここにやってくるかな」
「できたらそうしたいですね」
いつの間にかリンの表情も柔らかくなっていた。彼女からしてみれば、行き場のない怒りと不安を発散できたのであろう。
「ありがとうございます、鍵屋先生。少しゆっくり休めそうです」
「そうかい、それは良か……………ん? どうして私の名前を?」
「自分の胸に聞いてみたらどうですか?」
そのままリンは眠りについた。
「胸…?」
ランコは目を胸元にやると、左胸のポケットに「鍵屋」と書かれたバッチを付けていることに気付く。
「なんだい、それじゃあ私は意味もなく焦らしプレイをいろんな人にしていたわけか」
ため息一つが漏れる保健室で時は流れていくのであった。
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《12:06/学園屋上》
「はぁ~、やりきったよ」
西門 ミキは屋上のフェンスに項垂れながら思いのたけを吐く。彼女の右足の靴には返り血が少し付着していた。
「やっぱ許せないわ。私より賢い人間は、ここに来たらとりあえず一縷の人間は蹴りたかったのが夢だったけど初日でそれが叶うとはね………はぁ~~~~~~最高!!!」
ミキは見様見真似でなんでもこなせる器用さを持ち合わせているが、一方で勉学についてになるとどうしても1位を取れない欠陥がある。これについての理由は不明だが、彼女にとって勉強はコンプレックスになっている。彼女は鳥籠[二敷]学園に通っていた。
ちなみに鳥籠学園の冠名に漢数字の入ったところが計10校あり、それらは特に進学率が高いとまことしやかに囁かれている。むしろその噂が伝統化しているところも学校によってはあり、それをもとにした教育方針を掲げている。
安河内 リンの通っていた鳥籠[一縷]学園は佐藤 タケル含め皆が理解しているとおり、有名大学への進学率がずば抜けて高い。だが同時に別の分野でもずば抜けて高い推移がある。それは中退率。鳥籠[一縷]学園は現代には似合わないスパルタ教育をするところでも有名であったのだ。そこからリタイアする生徒は珍しい話ではなかった。無論リンの世代ですら未だに厳しい世界である。一時は外野から自殺率もナンバーワンと謳われ、「お手頃な死場」と揶揄されているほどであった。
鳥籠[二敷]学園は鳥籠[一縷]学園の次に優れたところとして有名であった。また同時に一縷と二敷は近隣にあることもあった。
二敷のミキにとっては入学先が次点のところにいること、今のゼミでも次点であることが解せなかった。また同時に別件で彼女には思う節があり、常に自分より勉強ができる人間、特に一縷の人間を蹴っては殴ってはと暴力三昧だった。
ただし全部影打ちであったため、直接彼女が犯人と結びつくことができなかった。
それもそうだ、ミキはお世辞にも屈強とは言えない体だ、むしろ華奢というのが正しい。そんな体から骨折という言葉が連想されるはずもなかった。影打ちされて骨折レベルの重傷はもはや暴漢のレベルになる。
「………だけど、これで良かったのかな」
そのこぼれた一言はミキにとって常套句に等しい言葉だった。いつも暴力を振っては一人になるとこの言葉が零れるのが当たり前だった。この感情は何かといわれたら恐らく後悔だろう。八つ当たりで大怪我を負わせている、それでのうのうとしてなんのバチにも当たらない。
「私、嫌われちゃったかな………」
さんざん暴力を振っておいていう言葉がそれか、どの面下げているんだ? それはミキがミキ自身に投げかける一手だった。
一つ目の話は20:裏側の諍いで松本さんとすれ違った後の2人が保健室に入ってしばらくの頃の話。そして佐藤君が目覚める直前に交わされた会話
二つ目は安河内さんが目を覚ました頃の話。ちなみに鍵屋先生は結城さんや松本さんの前でも同じようにカッコつけて名乗っていなかったが名札があったおかげでわかっていたのはこのためでもあります。ただし後者の2人は安河内さんみたいに指摘しなかったので安河内さんの指摘でようやく気付いたのもあります。
三つ目は西門さんの独白。彼女はもちろん勉強ができますが、どういうわけか暴力に長けています。あと一縷に対しての思いは自分より優れていることに対しての妬みもあるけれどそれ以外にないかありそうですね………。
ちなみに西門さんの学力なら一縷に通うことも十分可能でした。ただ彼女の通っていた中学の先生からこれでもかと止められたため二敷を受験することを決心しました。これは優秀な彼女の存在を無駄にしたくない教師の願い・想いでの勧めだったが本人はそれを知る由はありません。




