20:裏側の諍い
《11:31/保健室》
「鍵屋先生、私は一旦ここを去ります」
「どうしたんだ? 御手洗い?」
「いや、ちょっと嫌な予感がしましてね、佐藤君を頼めるでしょうか」
「お、おう。よくわからんが行ってこい」
「ありがとうございます。誰かに会えたら代理を立てておきます」
私はそう伝えて保健室を出ていった。
嫌な予感と言えば心当たりがあるのが、さっきの委員会決めの時にあった安河内君と西門君の言い合いだ。
佐藤君を保健室に運んで以降の彼女たちの動向は全くもってわからない状況だ。だが湊君と佐藤君がやりあったように彼女たちも諍いの一つ起こしてしまう可能性は十分にある。
私の危惧する対象は西門さんだ。彼女は見様見真似でなんでもこなせるカメレオンだと自称していた。実際の様子を見ていないからブラフの可能性も十分に含まれているが、わざわざ言うってことは真として捉えてもいいだろう。私は真だろうと思っている。もし真だとしたら十分危険だろう。武術を一つでも噛んでいれば歩く凶器だ。
そんなことに考えを巡らせているところで私は結城君と湊君に出会う。
「あっ、松本さん。佐藤君の調子はどう?」
「あぁ結城君に湊君。ちょうどいいところに、保健室で寝ている佐藤君を頼めるか?」
「え、松本さんはどこへ…?」
「後で説明する」
私は静止する結城君の声を無視して去る。彼女たちが私のかもしれないに耳を傾けてもこっち側の説明にひと手間ふた手間かかる気がしたからだ。佐藤君はこういう時飲み込み良いよな。
勢いで出て行ったとは言え見切り発車だからどこで揉め合っているのかわからないし、あくまで揉め合っているかもしれないだから何も起きてないことだってあり得る。
だけど私の勘の良さは私がよくわかっている。こういう嫌な予感を感じた瞬間何かが起こる確率は高い。
「その態度がムカつくって言ってるの!?」
怒号が聞こえた。
「今の声は安河内君の………上の方からだったわね」
私が階段を駆け上がって真っ先に見た光景は、時すでに遅し安河内君が西門君の胸倉を掴んでいる場面であった。それどころか安河内君が西門君に手をあげようとする直前だった。私は階段を二段飛びして、パッと安河内君の手を掴むことができた。
「ふぅ………間に合ったわね、安河内君いくら彼女が煽ったからって手をあげるのは負けに等しいわ。それに西門君もこれ以上煽って何になるというんだ?」
「私は彼女のことをなんとも思っていないわ? ただ言ってくることにそこの安河内さんが盾突いてくるだけよ?」
「はぁ!? 冗談じゃないわ!!」
「とりあえず安河内君はその手をさげてもらってさ」
私が彼女の手をさげさせる刹那、横から感じた風にもう片方の手をあげる。あげたのと同時に西門君の足と衝突した。完全に蹴りを入れてきたのだった。
「これはなんの真似かな? 西門君?」
「おや? 油断していると思ったんですけどね。邪魔をするなら貴女も敵とみなしていいんだろうって思ったものでね」
「そうかいそうかい」
「ところで骨は折れてないかしら? 私、かなり本気で蹴ったつもりだけど?」
「やっぱり本気で蹴ったのね。だいぶ重いものを感じたわ。だけど生憎頑丈なものでね、少し強いものを食らったくらいの印象よ」
「そうなのね…」
西門君の足がさがる。しかしながらこの状況で2人を居させるのはまずいと思った私はとりあえず距離を取らせる戦法に入ることにした。
「さて安河内君、君はこれ以上ここにいない方がいいわよ?」
「なんでよ!? あなたは関係のないことよ! 私はそこの根暗チビに用があるの!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない、彼女は本気だ」
「関係ないわ、ここで決着をつける」
「君は武術の心得はあるのかい!? あるわけないだろ!」
「そう…だけど、だけど! これ以上言われて逃げるのは悔しいじゃない!」
「全く君は―――」
この会話がもっともの油断だった。前を向いた瞬間、彼女の蹴りは私を目掛けて飛んで行った。ガードする隙もなかった。
「しまっ――――」
言葉も言い切れず、的確に急所を蹴られる。そして私はそのまま階段から落ちてしまった。
「クッ~……痛ッ」
全身から鈍い痛みがする。辛うじて骨が折れたとかはないが、動ける力がない。その直後にドンッと大きな音がする。視線をあげると安河内君が壁に倒れこんでいて西門君を見上げている様子だった。まずい、このままではと思っていても体が思うように動けない。
「じゃあ邪魔者もいなくなったし思いっきりやりますかぁ! どうせ私たちは不死なのだからね!」
私の視界で最後に映ったのは散々と倒れた安河内さんの頭を壁に打ち込むように蹴りを入れる西門さんの姿だった。蹴りというよりはもはや踏んでいるようにも思える。
そして目が覚めて、改めて階段を上ると血まみれの安河内さんが倒れていた。私が居ておきながらこの始末、不覚だったわ。悔しくて悔しくてそれ以上の言葉が思いつかなかった。
「ということがあったのよ」
と松本さんは事の顛末を淡々と語った。確かに松本さんの制服を見ると少し汚れているのがわかる。しばらく倒れこんでいたのだろう。
「しかし西門さんのあの蹴りは本物だね、私も油断したよ、痛たた…」
「どこか強くぶったところとかはあるかい、少女松本よ」
「ありがとうございます鍵屋先生。私は大丈夫です。それより安河内さんです、何度も壁に押し付けるように蹴られたのでそっちが心配です。少なくとも脳震盪はしているだろうと私は推測しています」
「そうか、わかった………よし、後のことは任せて君たちは行きたまえ」
「私残りますよ?」
「何を言っている少女結城、さっきから腹の虫が騒いでいるだろ?」
「よっ、余計なお世話です!」
「ハハハッ、時間もいい頃合いだし3人でランチでもしていたまえ。私はとうに昼食を終えたばかりでね」
「鍵屋先生がそう言ってるんだし、彼女の言葉に甘えて行こうよ。僕らがいたとことで状況が大きく変わるわけじゃないんだからさ」
「そういうことだ、少年佐藤」
「では鍵屋先生、僕らはこれで失礼します」
そう言って僕らは保健室を後にした。
「私はシンくんのもとに戻るけど………佐藤君はいない方がいいよね?」
「もう数時間は距離置いておきたいな…」
「佐藤君、頼むから次からはシンくんの喧嘩を買わないでね」
「………なるべく頑張る」
「全くもう…」
結城さんはため息をついて去っていった。
「佐藤君、私も結城君の意見に同感だ。大体、君が倒れてから保健室まで運んだのは誰だと思う?」
「松本さん…?」
「そうだ。君は幸い小柄で軽いから運べたがね、女に担がれて保健室行くのも男としてどうかと思うぞ?」
「うぅ………チクチク刺さるなぁ」
「そういうことだ、気を付けたまえよ」
「わかった」
「うん、素直でよろしい。じゃあ私たちもお昼ご飯を食べに行こうか」
「そうだね」
僕と松本さんはそんなに遠くにある場所ではない寮の食事会場へ向かった。
《12:24/食事会場》
少し遅れての昼食だからか人が少ない。ちなみに湊君はいない。少し安堵の気持ちがあった。
「佐藤君はお昼何にするんだい?」
「これ、麻婆丼」
「そんなメニューあったかい?」
「まぁご飯と麻婆豆腐それぞれ頼んでこっちで勝手に合体させたものだよ、だからほら麻婆豆腐がギリギリ乗っているうえに入りきらずに余った分もあるだろ」
「なるほどね」
「そういう松本さんは?」
「私は回鍋肉定食。少しお腹がすいてきたものでね、多めに食べてもいいだろうとね」
「松本さんって小食じゃないんだね」
「気分によって変わる感じさ」
「なるほどね…………ねぇ、松本さん」
「なんだい?」
「冷静になって考えたんだけどさ、蹴られて階段落ちたんだよね、怪我とか本当に大丈夫なの?」
「あぁそのことかい。問題はないさ」
「意外と丈夫なんだね」
「そのせいでお腹がすいているところがあるのかもしれないわね」
「………ん? 脈絡がないよね」
「まぁいずれ君にもわかるさ」
「そっか………」
そうしてしばらく僕らは談笑しながら昼食のひと時を過ごしたのであった。
しれっと松本さん視点で動く物語。
今後、こういった佐藤君以外の人物に焦点を当てる時はどういう感じで書こうかという実験的な感じでやってみました。三人称視点でも良いのかなと思いつつ、一旦はこちらで進めました。
それはそうと西門さん強くない? どうして強いの?
それにある程度対応できた松本さんも何者????????
ちなみに時折食事メニューが出てきますが、これは私が直前もしくは直近で食べたものを書いています。この先もその大半がそうなるでしょう。




