7:4月1日 (7)
《13:32/10階共有スペース》
共有スペースの構造は、複数の丸テーブルと椅子が置かれ、隔てる壁もなくフロア内を限界まで使い切っている。規模としては僕ら42人が全員この場所にいても余裕があることがわかる。壁には針時計と大きな液晶テレビが掛けられている。他にも飲み物やアイスクリームの自動販売機が設置されている。
中には僕より先に数名の同級生と思われる生徒がいた。そこには男子2人女子3人であった。この5人が何をしているかと言えば、皆で何かをしているというわけではなく各々が好きなことをしているようだった。またここにいる人たちで知っている人はいるかについてだが、女子3人のうち2人は船内で出会った水樹さんと三浦さんだ。僕は初めて出会った時のことを踏まえて、密かにそして勝手に彼女らをイチャイチャコンビと命名していたが、その名に恥じぬほど二人は互いの手を重ね合わせながら談笑していた。その気になればキスでもしそうな勢いのある距離で目のやり場に困った。
他の男子1人・女子1人は話したことがなかったからせっかくだし声をかけてみよう。まず男子1人目、彼については少し心当たりのある人物でそれは遡ること先日、携帯電話の回収の際に唯一質問した彼だ。あの時の推理が正しければ彼の名前もわかっている。
「こんにちは、因幡 トーマくんだよね?」
僕が因幡君であると思っている彼はゲーム機に夢中で俯いたが、僕の声に反応してこちらを見る
「ちょっと待って欲しいっス。今局面で」
そう言うと彼は再びゲーム画面の方へ目線を戻した。そしてボタン捌きコントロール捌きが突然激しくなった。ふと画面を覗くと彼がやっているゲームに心当たりがあった。
Heavens Gate Memories、通称ヘブゲモ。僕が生まれる前からシリーズで出ているアクションRPGで目の前の彼がやっているのもそのうちの一つに含まれる。大まかな内容としては天に浮かぶ「天国門」を巡って様々なストーリーが展開されるというものだ。僕が生まれる前といったが確かこれは30年近く前から出ていて外伝作品なども多く発売されている。ちなみに彼がプレイしている作品は6で僕もこれをプレイした経験はある。プレイしたことがあるからこそわかるが今彼はラスボス戦中で文字通り局面であることがわかる。
「ここで奥義を解放して…………終い!」
そう言うと因幡くんの激しかったボタン捌きは落ち着いた。そして僕を見た。
「あ、すみません。お待たせしましたね」
とわざわざ謝罪をした。
「ううん、大丈夫だよ。それよりも『死という概念』を倒すの早くなかった? 僕あそこまでの速さで倒した人見るの初めてだよ」
「へっ? もしかしてヘブゲモをご存じなのですか!? えっと……」
おそらく名前がわからなかったのだろうか言葉が詰まった。
「あぁ、僕は佐藤、佐藤 タケルだよ」
「では佐藤氏。改めて伺いますがヘブゲモをご存じなのですね!?」
因幡くんの食いつきは尋常じゃなかった。この様子だとあまりヘブゲモファンに巡り会えていなかったのかなと思えるほどだ。
「うん、結構ご存じ」
「マジすかマジすか!! 今時ヘブゲモは時代遅れと揶揄されている世間でファンに巡り会えるなんて奇跡っす!」
ヘブゲモはメジャーの部類に含まれる人気作だからファンは多いと思っていたが案外そうでもなかったみたいで彼のリアクションから意外性を感じたところである。
「そこまで喜ばれると僕も嬉しいよ」
「ちなみに佐藤氏の好きなシリーズは何ですか?」
「僕はそうだね………やっぱり6かな」
「ちょうど俺氏がやってたやつッスね。やはり6はファンの間でも最高傑作と謳っていますからね」
「あぁ、やっぱメジャーだよね。なんかにわかっぽいかな?」
実際聞いた話、ヘブゲモ6はシリーズ最高の売上をたたき出した実績がある。メジャーなところすぎて大ファンの彼に対して失礼な発言をしたのではと少し不安になった。
「とんでもないですよ佐藤氏。ファンにはにわかもプロも関係ないッスよ」
「ほんと? そう言ってくれると嬉しいな。僕もゲーム好きだからもっと話したいな」
「それじゃあまた今度じっくり話しましょう佐藤氏」
「うん、ぜひとも」
そういって僕は因幡君の前を去った。わざわざ向こうから話を終わらせるってことは何か用事でもあるのかなと思った。
ここからは僕なりの推測だが、因幡君はどうも速さにこだわって例のラスボスを倒していたためRTAをしようとしているのではと思った。今まではその練習をしていていたと考えている。むしろあの異常な速さでラスボスを倒したのはとてもそうであるとしか考えられなかった。もしそうなら彼は本物のゲーマーなのかもしれない。
以前、顔の見せない天才ゲーマーの話を聞いたことがある。そのゲーマーの名は『トーマ』という名前でこれは偶然の話だろうと頭の隅に置きなおした。
そんなことはさておき次に僕は初めて会う女子に声をかけることにした。
「初めまして、僕は―――――」
「佐藤 タケルさんだね」
その少女はタブレットを手にして、黒いツインテールを揺らしていた。小柄で細身の体つきにどこかの指定ブレザーを着ていた。
「うーん一応確認だけどどこかで会ったことあるかな?」
「いいえ、初対面ですよ」
少女はきっぱりと答えた。もちろん僕自身も彼女と会った記憶がない。
「あぁ、私は篠原 マイ。マイは謎と書いてマイです」
少女、篠原さんは名乗った。名前を聞いてより一層彼女とは初対面であるという認識が強くなった。
「えーっと、なんで僕の名前を知っていたの?」
「簡単なことですよ。私、情報通なの。みんなの情報はこのタブレットの中に収まっているのよ」
篠原さんはポンとタブレットに手を当てながらそう言った。
「そうね、じゃあ手始めに………
佐藤 タケル。
3月21日生まれ。
B型。
身長151cm、体重48kg。
出身は東京都。
両親は父、タケヤス。母、マイコ。現在は喫茶店を開いていて、店の名前は喫茶シュガー。
梶間中学校卒業後、鳥籠[陸奥]学園に入学。当学園の犯罪研究部に所属。
現在は幼馴染の御國名 マリアと一緒に暮らしている。なお恋人関係。
趣味はアニメ鑑賞。
コンプレックスは左手首の古傷。原因は事故による移植手術によるもの。
事故の影響で記憶障害を持っている模様。
そして極めつけは……これね」
そう言って篠原さんは持っていたタブレットの画面を見せる。そこに映った一枚の画像は衝撃の内容だった。背中に鋭い風が走るほどの身の毛がよだつ感覚が僕を襲う。
「そ、それは……」
「確か佐藤さんにとってこれは数限られた黒歴史ですよね」
篠原さんの表情は密かな笑みを浮かべていた。はっきりとしたスマイルではなく穏やかなものであった。
「………」
「沈黙は肯定ってことで受け取りますね」
「…………いや~、それを出されると困るね。確かに君の言う通りそれは僕にとっては間違いなく黒歴史だからね」
「あぁ、大丈夫ですよ。これは個人の趣味なんで誰かに言うなんて真似はしませんから」
「当たり前だよ……」
「ちなみに私のデータには初体験の日も載っているわ」
「ホントに誰にも言わないでね!?」
事実ではあるがさすがにそれは予想外過ぎて思わず声を荒げてしまった。
「だいたいそんなデータどこから収集できるんだよ…」
「私独自のルートですよ。無論具に教えるなんてことはしませんけどね~。それに安心してくださいこのタブレットにはあなたのみならず私以外の41人分全員のデータがぎっしり詰まってますから。例えばそこでゲームをしている彼はプロゲーマー『トーマ』であることや、そこでイチャついている二人が巻き込まれた『事件』だって私の手の内にあるのよ」
篠原さんはさらっと恐ろしいことを言う。軽々しく他人のプライバシーを侵害されているようで身の毛がよだつ恐怖心を改めて痛感した。彼女をなるべく敵に回すのはよそうとおもった。そしてふと思えば僕の因幡君に対する予想は正解だったみたいでそこへの驚きも隠せなかった。
そんな篠原さんは「さてと」と一言放ち立ち上がった。
「私はこの辺で失礼しますね。何か欲しい情報があればいつでも私、篠原をよろしくお願いしますね」
と僕に告げ、その場を去った。僕はただ去っていく彼女を見送ることしかできなかった。まるで嵐のごとく乱して去るだけの彼女は、先にも言ったが敵に回したくないが何故だろうどこか心強いものを感じた。
因幡君がプレイしたゲーム『Heaven’s Gate Memories』はまぁ超のつく有名RPGをイメージしたものです。中学時代の友人がこのタイトルを考えてくれました(彼は今元気にしているだろうか?)。
略称ヘブゲモはちょっとどうだろうと思ったけど某RPGリスペクトでこの略称にしたので腑に落ちています。ちなみに彼のプレイしていた作品はナンバリングとしては6にあたります。
篠原さんは情報通キャラ。よくある何故か教室内の学生間の人間関係に詳しい生徒の延長線をイメージしています。
ちなみにお察しの通りですが、佐藤君の実家の喫茶店の名前の由来は佐藤→さとう→砂糖→シュガーです。なんだか手垢がついたベタベタすぎる設定ですね。まぁそこまで意味を為さないからなんでしょうね。




