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42人の教室  作者: 夏空 新
第一部【箱庭の青春編】―第1章
18/83

6:4月1日 (6)

《13:12/自室321室》

 新都・朱雀区にある旧鳥籠[終焉]学園(仮称)を後にしてからはというと、新都・玄武区に戻り、再び寮に戻ろうと足を進めその道中でドラックトップスに寄る。そこで少し大きめの絆創膏とガーゼと消毒液を購入した。この時点で僕の所有していたポイントは98.5、思いの外消費が少なかった。この点からこのポイントは普段の利用する金額に相当換算すれば、実はとんでもない額を一人一人に分配したのかと思ってきた。

そんなことを頭の隅に置きながら部屋に戻り消毒を済ませた後絆創膏を貼った。ガーゼ部分は怪我した直後に比べると血のにじみは全くなかった。そう思いながらふとテーブルに置いた松本さんのハンカチに目をやる。こちらに関しては直後からこの部屋に戻るまでしばらく患部を押さえる役割を担っていたので中央から歪んだ赤黒い円状が水色地の布状の池を汚染した。早いうちに洗濯しないと……と言いたいがたかがハンカチ一つのために洗濯するのもどうなのだろうかと考えてしまった。だったら今日出掛けた時に着た服や、数時間後に入るシャワーの時に出る下着も一緒にした方が効率的に思える。だかそもそも異性の衣類と一緒に洗濯されること自体彼女に不快な思いを与えかねないのでそれについては如何なものか…。一応松本さんは「洗濯する・しないは任せる、汚れが残っても構わない、なんならそれは佐藤君のものでよいか」と言った。これを言われる前までは帰ってすぐに洗濯のしようと思ったが、何気ない一言で僕の気持ちはすっかり緩み、そんなこと言うんだったら後にしたっていいじゃないか、少しくらい彼女の言葉に甘んじてもいいのではないだろうかと思った。そんなこんかでかれこれ自分の中で葛藤を繰り返した結果、洗うのはシャワーの後にしようと決心が固まった。だがこのハンカチを松本さんに返すときは最低限必要な謝罪はしておかないと無礼の極みではあると、その点は認識しているし弁えてもいる。


「さてと、これからどうしたものか…」

ベットの上に寝転び、天井に対して退屈この上なく思わず発した一言をぶつける。

ここで寮に戻ってからの僕の動向について話すと部屋に戻り、治療してから朝の時と同じ部屋着に着替え直す。それが完遂すると12時頃で朝食会場だったところで今度は昼食があった。朝食同様無料だったので僕もそこを利用した。3品あるなかから1つ選べるもので僕は照り焼きチキンとそこに付くサラダ、そしてご飯を食べた。

この時松本さんは不在で僕一人だけの食事だった。僕一人と言ったが、あの会場にあの時間帯には何人か恐らくであろうゼミ生もいた。ただ直接会話したこともないので誰かわからずという形ではあった。松本さんはこの時間帯その場にいなかったが、そもそも僕自身その昼食会場にいる時間帯が短かったこともある。食事するとき一人だと会話相手がいないのもあるため食事のスピードが少し早い。記憶が正しければ僕があの場にいた時間は15分くらいだろう。昼食時間は確か12時から1時間で僕はほぼ12時ちょうどに来て、それから先に言った時間その場にいたので、もしかしたらそれより後に来ていた可能性は十二分にありえる。それからはどこにも寄らず直で自分の部屋に戻り現在の時刻に至る。

少なくとも寝る時間まで暇である。だからこそ悩む。今この時間をどう過ごそうか。誰かを誘ってどこか出掛けるにしてもまだゼミ生全員と知り合ったわけでもない。未だに数名初対面がいる。数名とはいい言い方だ。今ふと考えたが僕を除く41人のうち直接会話した人数は8人だ。おおよそ1/5でまだまだであるなと思った。しかしこれについてはいくつか解決策は練っている。僕は明日、このゼミの舞台でもある鳥籠[終焉]学園に足を運んでみようと思った。どういうわけか今日は完全閉鎖だが明日から開放されるようだ。その事実を知ったのはついさっきのことだった。例の支給フォンにメールが1件届いた。あらかじめ登録していたのであろう教員である天堂先生からのものだった。内容はいたってシンプルに『明日からずっと鳥籠[終焉]学園は開放されます! 明日明後日は是非とも一年を過ごす学び舎の見学をしてみてね!』というものだ。一斉送信だったこのメールの内容を見る限り、僕のみならず何人か来るだろうことが期待できる、とそんな気がした。

「あっ、そうだ」

 僕はあることを思い出し、立ち上がる。それは朝のこと、僕はここへ戻ったら今いる部屋から上のフロアにある3つの特殊なエリア、10階の共有スペース・11階の男性用洗濯ルーム・13階の大浴場に行けるものなら行きたいと思っていたところで、行動するなら今なのではと思った。そうと決心したのであれば今すぐにもでも行動に入ろうと支給フォン片手に僕は部屋を出た。


《エレベータ前》

 エレベーターが来るのを待ちながら僕は具体的にどの順序で行こうとしているか少し考えていた。3つの異なる目的地に一度行き且つ一度行ったところには二度と行かないものとすると、その組み合わせは6通りであるが、効率という点で考慮すれば…

・13階から順番に降りていくルート

・10階から順番に上がっていくルート

の2択に絞られる。僕は少し悩んだが、関心の薄いところからという理由で13階から先に行くことにした。大浴場というが、別に今の僕はお風呂に入りたいとかそういう心情ではなくあくまでどういう構造なのかなという規模の問題をこの目で確認してみたかった。それは次に行くつもりの男性用洗濯ルームでも同じようなものだ。確かに現状一つ洗濯すべきものがあるが先にも言った通りこれは後程済ませようと思っている。逆に共有スペースは未知の上、もしかしたら誰かがいる可能性が高いと予想している。これは僕の勝手な偏見であるがこの時間帯、午後1時半に差し掛かろうとしてる頃に入浴する人や洗濯する人は少ないだろうと思ったのがその理由だ。そうやって考え事をしていると、1階から登ってきたエレベーターが停止し、扉が開いた。中には誰もいなかった。松本さん含め他の人たちはどこにいるんだろうと思った。そう考えながら僕は乗り込み、目的地の13階ボタンを押した。そのまま上昇し他のフロアに停止することなく、件の13階に停止した。


《13階・大浴場入り口》

 エレベーターを出てすぐ目の前にいかにもな光景が広がる。赤地に白く女と書かれた暖簾と青地に白く男と書かれた暖簾が並んでいて、その後ろには強硬そうなガラス張りの扉がある、それは見たところ引き戸だろう。前者が女湯で、後者が男湯であると考えるのがごく自然である。天井には吊るされた看板に一言「トイレはこちら→」と案内板があった。入り口前には部屋の錠に似たようなタッチパネルが細い足場一本に支えられた状態で置かれいた。仮にもこれが部屋に入る時同様に支給フォンを用いるならそのパネルの位置は例えるなら電車の改札機にICカードをタッチするところもしくは切符の入れ口のあたりだ。それが二つの暖簾のある入り口のちょうど中間地点に一台置かれている。おそらくこれは支給フォンでタッチをすれば内部にある情報で判断してどちらかのドアが開く仕組みなのかなと考えられる。試しに僕は例のタッチパネルをあえて通り過ぎ、男湯の前に立ってみた。自動ドアのように開いてくれず、扉の隙間に手を入れて開けようとしたがビクともしなかった。ドア越しから向こうを見ようとしてもすりガラスのような感じでぼやけてよく見えない。やはりあの機械で支給フォンを読み込ませることで初めて開くようだ。僕は再びその機械の前に止まり早速部屋の鍵を開けるときと同じ要領で支給フォンをタッチした。扉を開けるとき同様、ピピッと機械音が鳴りそれと同時進行で男湯の方のドアが静かに開いた。今いる位置から見えるドアの先は靴を脱ぐ玄関口だけで、入ってすぐのところは壁一面だった。僕はさっそく中へ入り、スリッパを脱いだ。この瞬間に扉は再び閉ざされた。大体だが30秒経過すれば閉まる仕組みなのだろうと思った。壁のところには靴を入れる下駄箱のようなものがあり、僕はそこに脱いだものを置いた。見たところ僕以外のものがないため今は誰もいないのだろう。そう思いながら一人脱衣場へ向かった。


 脱衣場はよくあるような旅館の温泉のように広く、脱衣かご付きの棚が縦に3つの7列分あった。計算すればちょうど僕含めこのゼミの男性全員が一度にここを利用しようとちゃんとかごが不足するというリスクを避けることができる。そして脱衣かごの反対位置には鏡付きの洗面台が計4つある。周辺にはドライヤーや使い捨てのくし、洗顔料と思われるもの、綿棒にガーゼも置いてあった。また各洗面台には丸い小さな椅子も置いていて、その足元にはごみ箱も置いてある。また部屋隅の上のほうに一台扇風機が首を振りながら動いていた。

 一通り脱衣所を見ると僕は本題の風呂場を見に行った。風呂場の扉は玄関口を曲がって脱衣所を入って直進したすぐ先にある。そこの引き戸に手をかけ開ける瞬間熱気が顔を覆う。まさしくそれは温かいお風呂のぬく1/4を占める大きな風呂・5つあるジェットバス・数えたところ10設置されたシャワー・サウナと水風呂だった。それなりに長時間利用できそうなかつ充実した内容でそれこそ健康ランドの温泉といっても一切の違和感もなかった。

 これ以上散策する要点はないので僕は大浴場を後にし、再びエレベーターに乗り2フロア降りた。


《11階・男性用洗濯ルーム》

 エレベーターの扉が開くと目の前には透明なガラスが横一列に並んで張られていた。それは上の階の入口同様でいかにも丈夫そうな状態をしている。ガラス張りの向こう側をよく見ると洗濯機が複数個置いてあるのがうかがえる。ついでのように室内には一人先客がいた。この時間帯に洗濯するのも少し意外ではあったがそこにいる人とは僕と同い年に見え、間違いなく初対面であるので挨拶の一つでもしておきたいと思った僕はさっそく中へ入ることにした。これもまた先の大浴場同様、男性『しか』入れないように作られているのかタッチパネルが開くドアの横ところに設置されていた。僕は今回は他のパターンを試すとかそういうこは一切せずにすぐさま支給フォンをそこにかざした。ピピッと電子音の後、ドアはスライドして開閉した。開くその瞬間まで気づかなかったのかその先客は少しビクッと肩をあげ、こちらを見た。

「あ、驚かせてごめん」

僕は驚かせてしまったことに申し訳なさを感じたので、まず彼に謝罪した。

「え、えっと、うん……君は同じゼミ生の人だよね?」

その声は男性にしては思いの外高音で、中性的な声であった。容姿はよく整ったおかっぱ風の黒い髪で、少したれた瞳に身長は僕よりやや高め、だけどかなりの細身で今彼の着ている部屋着とおもわれるラフな格好からは白い脚がはっきりと見える。彼が男性であるのは間違いないがどこか女性的な側面も垣間見える。

「うん、そうだよ。僕の名前は佐藤 タケル。君は……」

「私は一条(イチジョウ) ツヅキです」

 一人称から物腰柔らかそうなものを感じた。それが印象に残っている。

「一条くんか。よろしくね」

「はい、こちらこそ」

僕は彼に握手を求め手を出す。彼はそれに応じて僕の手を握った。華奢な指であった。

「一条くんはこんな時間に洗濯なんてめずらしいね、さすがに早くないかな?」

とりあえず彼にそんな何気もないような拡張性の乏しい話題を振った。

「うん、私もそうは思ったよ。でもこっちには時間が結構あるし折角ならこういうものを使ったらどうなるか気になったんだよね」

「あー、なるほどね。僕もこのフロアがどんな感じか気になっててね。でも君ほどじゃなくてさすがに洗濯したいものはなかったよ」

「ふふ、そうだよね。佐藤君と同じで私もこれといって洗濯するものなかったけど無理矢理これでいいかってのを今こうして洗ってるんだよね」

と一条くんは、彼の目の前にある洗濯機を軽くポンポンと叩いた。その洗濯機は稼働中であった。

「じゃあ僕はそろそろここを去るよ」

僕はこの場にこれ以上いる必要が無いと思いそう言い出した。

「そう、私もそろそろここを去ろうかな。今洗濯してるものは、向こうが勝手に乾燥なりなんなりして終わったあとに部屋に届くみたいだしね」

一条くんはそう言って僕について行くことになった。

「僕は今、この施設を一通り見ておこうかなって思っていてここに来たんだけどこの後ワンフロア下の共有スペースに行くつもりなんだけど一条くんも一緒にどう?」

「うーん、私もあそこが気になっているんだけどね。でもこれから連絡しなきゃいけない人がいるから部屋に戻らなきゃいけないんだよね」

「そうなんだ、家族にでもするとか?」

「ううん、違うよ。うーん………隠すほどのものではないか。

 私ね、駆け出しで全く持っての無名だけど小説家なんだ」

「えっ!? 小説家!?」

「そうそう。そこまで有名じゃない月刊誌に軽く連載してるんだよね」

「そうなんだ、すごいじゃん一条くん!」

 同世代であり、学生でありながら小説家であるという彼の肩書に僕はただただ驚いた。そして驚きと同時に関心というものが足から頭に沸々と湧き上がるのがこの身で感じる。

 だけどこの場で一気に問い詰めて一条くんの時間を奪うことに対して申し訳なさを感じたので僕はこの場を離れエレベーターに乗るように促した。彼もそれに応じ、僕のあとをついて行った。

 そしてエレベーター前に立ち再び会話を始めた。切り出したのは僕からだった。

「元々物を書くのが好きだったの?」

「うーん、そうだね。典型的な流れだけど本を読むのが好きで書くのもハマったみたいな感じでね」

 一条くんは一つ間をおいて答えた。このようなテンプレートなエピソードは存在するものであるなと思った。

「なるほどね、趣味を仕事にしたってことか」

 このタイミングでエレベーターが到着し、ドアが開く。

「うん、そうだね。まぁ仕事というほど大したものではないんだけどね」

 中に入る間に彼はそう言った。中に入る後、僕は10階のボタンを、一条くんは5階のボタンを押した。彼の部屋は5階のどこか何だろうとストーカーじみた考えに陥った。

「でも結果的にこうして好きなことをちゃんと活かせる場所ができたのは僕としても驚いているよ」

「なるほどね」

 ピンポーンと電子音が鳴る。ワンフロア下へ向かうからすぐに着くのも当然のことと言える。扉が開いた。エレベーターの去り際に僕は彼に言った。

「今度一条くんの作品読ませてよ。僕いろいろな人の本読むのが好きなんだ」

「そこまで言ってくれるならぜひ!」

 その言葉を最後にドアはゆっくり静かに閉まった。僕は一条くんを見送る意味を込めて扉の閉まる最後まで彼を見つめた。そして閉まった後、僕は正面を見る。

 そこは広いスペースにすでに何人かの生徒がいた。

一条という人間については『中学生の頃から小説家を夢見ていて、それが早くに叶った私』をイメージして書きました。

今こうして書いているじゃないかといわれたらそこまでですが。この子はそれで小遣い稼ぎをしているので大したものです。私にとっては憧れの存在です。

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