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42人の教室  作者: 夏空 新
第一部【箱庭の青春編】―第1章
16/83

4:4月1日 (4)

《9:29/新都・玄武区の町並み》

 学生寮から数十分以上かかる玄武駅を目指していた僕と松本さんであった……が今日一日はお互いに途轍もなく退屈な日でただ目的地の新都・朱雀区へ赴いて、満足してから帰るというよりもやはりこの町になじむことを第一目標においているため、少しこの町を適当にぶらついてから駅に行き、新都・朱雀区へ向かおうと僕らの会話内で勝手に決定した。確かにそれもアリだ。ちなみに発案者は松本さんからだ。そんな決定をしてからというと、僕らは曲がり角を見つけては躊躇なく曲がるという行為を繰り返している。目的地である駅を目指しながらもその方向を間違えることはなく時間稼ぎがてらで遠回りをしていた。開けた陽の光のある大きな道や、日陰のある小さな道と至る所様々な所を巡って徐々に段階を重ねながらどこに何があるのか、という知って得するかと言われたら五分五分でそうである・そうでない些細な塵状の情報を得た僕らだった。例えば陽の当たる世界では、ビルの森の中にごく普通のそれでも広々とした公園、それはそうウォーキングやランニングをするのに適所であるというかむしろそうするために舗装されたところがあり、また学生区と言われているが1つ小規模な、それは本当にビル一本の直方体であるショッピングセンターがあった。学生区と謳っているが実際のところは普通の町と変わり目がないようだ。恐らく学校があるかないかでお隣の新都・青龍区と区別するために学生区なんて読んでいるのだと思った。これはこの町を軽く散策することで辿り着いた一つの推測だ。

 さてここまでかれこれ20分以上歩き、それでも目的地の駅まではまだまだ先である現状ではあるが、僕たちは一つ重要なことに気づいてしまった。それは松本さんの一言から始まった。

「ん?……ねぇ、佐藤君。君は今目の前に通った青い車に違和感を覚えなかったか?」

 それはなんの前触れもなく、突発的に発した一言で僕は彼女が何を言っているのか理解に追いつくのに数秒のロスが生じた。彼女に言われてから僕はハッと道路の方を見ると、向こうの東京でもよく見慣れた形状の青い車が颯爽と向こうへ走っていく様子が見え、それは何の変哲もなく変わり目のないものだったため彼女の言う『違和感』に気づかなかった。僕の反応の鈍さから声を出すスピードも遅く、黙って首を横に振った。

「ふむ……」

 そう言って、松本さんは突然道にしゃがみ込んで突然、地面に触れ始めた。その姿はまさに何かを手探りで求めているように見えた。そして立ち上がったがその時の彼女の右手には小石があった。石を片手に道路の方をきょろきょろと見渡し始めた。その様子を見ていて何となく悪い予感がしてきた…。心のどこかでざわざわと不気味な風が吹いて、体面上にそれが身震いと言う形で表れる。すると車1台が僕らの方へ向かってくるのが見えた。松本さんは握っていた小石を軽く手の上に弾ませながら一つ頷き言った。

「佐藤君、あの車よく見て」

 まさか、松本さん!?と僕自身がそう言おうとして、静止させる間もなく彼女は躊躇なくその車に向かって小石を投げた。放物線を描く小石は流星のように鋭いスピードでタイミング面から見ても間違いなく、確実に、どう足掻いても標的となっている車にぶつかる。コントロール等々見ても完璧だな……って感心している場合じゃない!

 小石は見事に車に衝突……するかと思ったが実際はそうとはならなかった。


 車は緑色のホログラムのような透明なものに変わり果てて、小石を音もなく貫通させた。


 そして小石はそのまま道路に落下して、転がって停止した。車は一時停止することもなく何事もなかったかのよう颯爽とその場を去っていった。

「松本さん……これは?」

 その衝撃すぎる光景に僕の戸惑いは自身の内部にある思考に歯止めをかけたがすぐにハッとした。しかしそれでも理解に追いつかなかった、これってどういうこと…?

「歩いていた時たまたま地面にあった小石が爪先に当たってね、それが見事にさっき言った青い車に当たったのよ。石を弾くことなく今見た車のホログラムが発生したみたいにね」

「そんな些細なことに…」

「ちょっとした癖っていうかしらね、いろいろなものに目配せが効いているのよ。悪い言い方をするならキョロキョロ癖というのかしらね」

 キョロキョロ癖と言ったが本当に首をがっつりと振って辺りを見渡すという風な感じでのキョロキョロではなく目だけが右往左往と動いているのだと思った。松本さんは基本的にそんな動きをしている場面を出会ってから一度たりとも見ていないためそう思った。

「その時に、車の違和感に気づい――――」

「いえ、今に始まったことではないわ」

 僕の言葉を遮って松本さんはそう言った。今に始まったことではない? つまるところ、彼女はこの時より前からこの町に違和感を持っていたというのか。何も感じなかったあたりでつくづく僕自身の鈍感さが際立つなと思った。

「ねぇ、佐藤君。私たちはこの町をかれこれ20分以上散策している間に人や車を見てきたけど何か違和感とかなかったかしら?」

 違和感……僕は寮を出てからここまでの様子を脳内にある回顧録を閲覧することで思い出すことにした。

今は人も交通量も比較的多くないところを歩いているが、例えば寮を出て松本さんに目的地を説明している時の場所は僕ら以外の人も多く行き交っていた。まず思ったのは僕らに一切目を合わせなかったことだ。そうそれはただひたすらにあくせくと自身の目指す先を進み、あとは一切合切気にとどめない、猪突猛進と言うと大仰で壮大で大袈裟な表現になってしまうがそれに近しいものに見えた。それ以外おかしな点、違和感を覚える要素はなかったように感じるが……。僕らに一切関心のない行き交う人々に、そうあの時は………あれ?

 僕は一つの疑問に衝突し、それが松本さんの言う違和感であることに気づいたのは間もない時だった。

確かに僕は人を見た、しかしどういう訳か行き交った人たちの顔(だいたいこんな感じ程度のもの)が思い出せない。いやそれだけじゃない、性別は何だった、どれくらいの年齢層だった……。間違いなくあの時見たのは人だ、なのになぜここまでファジーなのだ? なぜここまで不明瞭で不明確で不可視なのだ? 僕はただひたすらに頭を抱えて必死になって、躍起になって思い出すことに尽力していた。

「佐藤君も気づいたようね」

 松本さんのその一言が、疑問の渦に溺れかけた僕の救い手だった。僕はハッとしてグチャグチャになった思考を一旦整理した。そして一度冷静になった僕は口を開く、彼女に気づいたことを告げるため。

「思い出せないんだ。今まで行き交った人の性別や年代を思い出せない。思い浮かぶのは………紫色の人型」

 そう、僕の中の回顧録では寮の前で行き交っていた人はテレビ等でよく見る検証等々で登場する3Dの人型のもので、服も着ず性別や年齢も曖昧なものだが、それしか思いつかない。

「なるほど、佐藤君は『そういう風』に見えるのね…」

 松本さんは僕の返答に対して意味深じみた言葉を発する。

「私には肌色マネキンのが動いているイメージしか残っていないのよ」

 マネキン……? どういうことだ? なぜここまでイメージに差ができて乖離しているのだろうか、寮を出てから僕らは行動を共にしているから決して違う人間を見ているわけではない。確かに見ていた、うっすらだがそれがどんな特徴だったかも覚えていたような気がする、それは何を覚えていたのかというディティールは含まれておらずただそういう出来事があった程度の記憶だが。

 そうこう考えていると、都合よく(?)一人のスーツを着た30代くらいのサラリーマン風男性がこちらに向かって歩いているのが見えた。あれ? 先と同様に行き交う人であるはずなのに今度はちゃんと『男』で『30代』で『サラリーマン』であるという情報が理解できている。紫色の人型ではない。

「ねぇ松本さん、今君の目の前にいるあの人が何に見えている?」

「佐藤君同様の意見よ」

 即答で返された。詳しく聞く必要はないと思った、きっと彼女のことだから僕の思っていることはお見通しだと思ったためだ。つまり同じ認識を出来ているようだ。松本さんはその人の方へ向かって、駆けつけ声を掛けた。そこまで遠くにいなかったため、男性の声はこちらに届いた。

「今日はいい天気だ。こういう日を快晴と言うんだな!」

 そう言って、松本さんを押しのけるような形で先へ進んだ。なんだかその光景はまるで一方的に話されて会話もせずに遮断しているように感じた。今の場面に感じた既視感、もしや……? 僕はこちらへ向かってきた彼に話しかけてみた。

「今日はいい天気だ。こういう日を快晴と言うんだな!」

 と男性は一方的に応え、勝手に去っていった。この感覚、僕は思い出した。これはRPGでよく見る、ワンパターンの会話しかできないNPCだ。ワンパターンしか会話が用意されていない村人Aみたいなアレだ。僕はただ去ってゆく男性を見ていると―――

「佐藤君伏せて!」

 と突如後ろから針のように鋭くも聞きなじみのある彼女の声が僕の背中を刺した。僕はハッと振り返ると彼女は何かを投げる体勢になっていた。僕は彼女が何をしているのか問う前に本能的にしゃがんだ。恐らく僕の脳は止めても仕方ない、彼女はきっとさっきの車と同じく石か何かを投げつける検証をするのだろうと判断したためにしゃがむよう指示したのだろう。目線は件の男の方を向いた、すると何かが僕の頭上を通り過ぎるのが風で伝わる。そして、それは彼めがけ飛翔し続け、当たる…………ことなく先の車と同様に緑色のホログラムと化し、透過したまま投擲物を貫通させた。ワンパターンのセリフ、透過するシンボル、こちらに不干渉の存在、これは完全に虚構のものでしかなかった。話題が逸れるがしかしそれよりも一つ衝撃である点は松本さんのその投擲力である。少なくとも投げた場所から標的まで数10メートルはあったと思う。それを野球選手のごとく早く正確に当てた彼女は一体何者なんだ…? 少なくともそれなりの練習と実践と経験が必要なテクニックを要するはずなのに。そちらの方に疑問を抱いてしまうが、とりあえずは目の前の問題をまとめよう。

「佐藤君、今のでどう思った?」

 松本さんは僕の方へ近づいてそう聞いた。僕は立ち上がり少し頭の中でこれまでの情報を整理させてから言った。

「まず結論から、ここには僕らみたいな人が住んでいない、僕らが住人と思っていた人々は作られた偽物だった。仮に話しかけても同じセリフしか話さないまるでゲームのNPCみたいなものだった」

「話の腰を折って申し訳ないんだが、NPCとは一体なんだ?」

「あぁそれは…」

 NPCとはノン・プレイヤー・キャラクターの略で、RPG(ロール・プレイング・ゲーム)内におけるPCプレイヤー・キャラクター、言い換えれば主人公と対になる存在。別物で例えるなら小説や漫画でいうところのモブキャラ、重要な立場でもない役のこと。と僕は松本さんにそのような内容で説明した。

「なるほどね……ごめんなさい、些細な疑問で遮ってしまって」

「ううん、いいんだ。じゃあ続けるね、一応にもさっきまで見てきた人たちをNPCって仮称するけど彼らはどういうわけか実体を持たない。そして見ている間は確かに覚えていたのに………もう、さっき見た人がどんな姿をしていたか覚えていない。辛うじてセリフは覚えているけど。だけどもう僕の記憶では『人が「今日はいい天気だ。こういう日を快晴と言うんだな!」と言った』というものだ。そしてその人の姿は僕の場合紫色の人型、松本さんの場合はマネキンの姿になっている」

「そうね、もう覚えていないわ、さっきの人に話しかけたことも石を投げたことも覚えているのに記憶の中にはマネキンに向かって話しかけ、マネキンがさっき佐藤君が言ったセリフと言って、マネキンに向かって石を投げた様子しか残ってないわ。それと佐藤君。さっき人が実体を持たないって言ったけど、他にも実体を持っていないものはあるわ」

「あ、すっかりそう言えばそうだったね。さっき検証した車も同じように偽物だった、きっと今まで見てきたものも。でも少なくとも船ターミナルから寮まで行ったバスや僕らがこれから乗ろうとしているモノレールは本当であると思うよ、根拠はないけど」

「少し逸れるけど運転手も本物かしら…? でも今は自動操縦の車や電車も発達していることだし珍しい話でもないか」

「うん、たぶん自動操縦だったのかも。だけど松本さん、昨日のバスの運転手は覚えている?」

「バスの運転手……」

 松本さんは考える仕草をした。

松本さんは僕の質問に対し「覚えているわ」と答えた。特徴を聞くと『中年の灰色がかった髪の色をした男』と言った。思った通りだ、僕も昨日のバスに乗った際に見たあの運転手の特徴は松本さんが先に述べた特徴と全く同じだということを。そう、僕の記憶の中ではあの時の運転手は紫色の人型ではない、普通の人なのだ。彼に始まった話ではない、今朝方朝食会場にいた、料理を作ったシェフと思われる男性やウェイトレスの男女複数もなんとなくだが顔を覚えている。ついさっきみた人物の顔や年齢や性別はわからないのにどうしてそれより前の人物は記憶に残っているのか、より謎の海は深度を増していった。疑問の解は別の疑問を生む形となった。何故に、記憶に残る者と残らない者がいるのかという疑問だ。推測ではあるが、このような町を歩いているNPCはそこまで重要な役割は果たさないが、バスの運転手や料理人にウェイトレスは僕らにとって重要な役割を果たしているために記憶に残るような仕様にしている、というのが解であると思っている。それはそれなりにRPGに嗜んだ脳はそんな奇々で怪々な考えを生んだ。

「ところで佐藤君、一つ意見を聞きたいんだけどいいかしら?」

「なにかな?」

「私たちがさっき見た人、いえ今まで見てきた記憶に残らない人を思い出すと、別々の姿、私の場合マネキン、君の場合紫色の人型?をしていたけどどうしてこんなに差ができてしまったのかという疑問について君はどう思っている?」

 なんとなくそれっぽい答えはある。恐らくそれは松本さん自身もすでに思いついていて、知っておきながら聞いているのだろうと思った。それでも僕は答えを言った。

「きっと自身の中での総合的でステレオタイプな『人』のイメージが先行して現れた姿であると思う。僕のさっきから言う紫色の人型っていうのは例えばニュースとかで見る事故の様子を再現した3D映像のアレのことなんだ。むしろ、記憶の中でこの島の行き交う人たちを思い出すときにその姿が出て、連鎖的にニュースでよく見る風景を思い出すほどに……松本さんの場合は、きっとよくなのかわからないけど服屋さんに行くから君の中の総合的でステレオタイプな人の形のイメージがマネキンであったためにそれが先行して出たんじゃないかな」

「どうやら君と同じのようね。むしろそう考えるのが普通なのかもしれないわ。ちなみに私は『よく』服屋に行く方よ」

 わざわざ丁寧に服屋に行く頻度を告げながら松本さんは先へ急いだ。この人はいつも僕より先に進むなと心の中で静かに進んで行った。


《10:11/玄武駅前》

 結局あれからずっと歩きっぱなしで気がつけば1時間以上かけて駅に辿り着いた。余計な寄り道回り道をしない限りこれの3分の2ほどは短縮できそうだという結論には至ったがそれでもこの町の3分の1の情報を入手できたことは非常に大きな儲け、利益であったので許容範囲であるなと思った。

 駅構内は広々とした入り口を越えると、まず目の前にあるのは階段だ。複数人が上り下りしても余裕があるほどのスペースが用意されている。そしてその階段の手前には吊り下げられた電光掲示板があった。まさに普段利用する駅でよく見かける電車案内の電光掲示板と瓜二つのそれであった。電光掲示板には外回りと内回りでそれぞれのモノレール、正式名称:新都モノレールの発車時刻が掲示されていた。時刻を見るとおよそ10分おきには来ているようだ。

 僕らは入り口を越え、階段を上り、目的地である新都・朱雀区に行くのに適している新都モノレールの外回りというのが走るレールのある乗り場へ向かった。そこは階段を上って左右の分かれ道、外回りか内回りか、となっていて乗りたい方へ曲がるとさらに階段が続いて乗り場につながるというシステムのようだ。内回りは左折、外回りは右折だ。実際に僕らは外回り乗降場につながる方へ向かった。階段を上るとそこはよく見る風景、アスファルトのプラットホームであった。しかし少し違う点があった。それは稀有なものであったが、階段を越え少し歩いたところに改札機があったのだ

「そこは逆でしょ…」

 思わずそう呟いた。逆というのは、改札機と階段の順番のことを意味する。松本さんもその一言に対し「同感ね」と僕の耳元で囁く形で言った。

 さて例の改札機なのだが、ICカードをスキャンする機械しかなく乗車券を入れる口がない仕様だった。特別これが珍しいものではないが、振り返ればこの駅に入ってから券売機なるものを一度も見ていないことを思い出す。普通の駅ならあって当たり前のものなのに少し違和感のあるものだなと思った。

 僕は改札機を前にして、ここで支給フォンを取り出した。おそらくこの中に入っているポイントが移動費を含んでいるものだろうと思った。そう思い、それを片手に読み取るであろう機械の上にソッと添えるようにするとピピッと電子音を出し、バタンと無骨な遮断機が開いた。この点は東京でもよく見る光景だと思った。僕が先に通ると松本さんも後を追うように僕と同様に支給フォンをタッチし通過した。

 ホームを歩いて、適当なところに立ち止まる。安全のために設けられたホームドアは向こうの地でもよく見る似たものだ。その前に立ち止まりモノレールが来るのを待つ。確か見た時は次に来るものの時刻は10:20。ちょうど前のものがいったばかりなのかもしれないと思った。

「ねぇ、佐藤君。まだ時間もあることだ、先頭車両の方の扉前まで行かないか?」

 僕らがいるのはおよそ中間地点と思われる場所だ。目の前には5番Aドアと書いてあった、これは5号車のドアを意味しているのだろう。改札機付近のホームドアには8番Cドアと書いてあったのを思い出す。つまるところ来るモノレールは最大で8両編成ということになるか、そう思うと先ほどおよそ中間と言ったがちょうど中間であるのだなと気づかされた。話題が逸れすぎた、僕は特に理由も聞かずに了承し、更に先へ向かった。歩いて、歩いて、歩いて辿り着いたのは1番Aドアと書かれたホームドア、その先は柵があり進めないプラットホームの末端だ。歩いたという行為が多少の時間稼ぎをしたのか、あまり待たずしてモノレールが来るのを告げる無機質で人間味のないアナウンスが流れる。それは間違いなく人工的な声であるとすぐに考えつくものだった。

「ちょうどよかったわね」

 松本さんはそう言った。そして銀色に黄色のラインが入ったモノレールが減速して駅に到着した。彼女の髪がモノレール停止時の余韻による風でなびいたのが僕の目に映る。ホームドアが開き、同時に扉も開く。僕らはそれに乗り、適当に空いている席を探しキョロキョロしていると……ん? 松本さんは入ってすぐのところで無言のまま立ち止まっていた。僕は彼女の元へ近づく。そして彼女の顔を窺うと真剣に向こうの、運転席の方を見つめていた。僕も彼女の真似で同じように運転席の方を見てみた、そこには制服に指定のものと思われる帽子を被った若い茶髪の女性が座っていた。

「佐藤君。今目の前の人がそういう風に見えているよね?」

 完全に僕の心を読んでいるのか一々説明せずに簡略に簡潔にアバウトに訊いた。さすがにこの流れに慣れた僕はすぐさま「うん」と2文字で答えた。

「そう、やはりね。この質問、目的地に着いたらもう一度訊くわ」

 と告げて僕の横を素通りし、席に座った。改めて座席を見渡すと誰もいなかった。そりゃそうだ、あのプラットホームには僕と彼女以外誰もいなかったのだから。松本さんは乗車したドア側、進行方向から見て左手の方の座席に座った。この時この場合、僕はどこに座ればいいのだろうかと少し迷った。向かい側? 隣? いっそのこと立ったまま? しかし複雑に考えては松本さんに変だと思われてしまう始末だろう。そう思い決めた答えはこうだ、『松本さんの隣、ただし少しスペースを空ける』。モノレールは発車ベルを鳴らしながらプシューと音を立てて扉を閉める。そして数秒後発車した。

「佐藤君。一ついいかしら?」

 松本さんは腕組足組をしながら言い出した。

「ん? 何かな?」

「君はどうしてその位置に座ったんだ?」

 聞かれる:聞かれない=5:5とは思っていた。一応これに対する返答は用意済みだ、もはや常套句にもなっているが「推測してみたら?」だ。もちろん僕がこの位置に座ったことには多少の意図がある。

「そうね…………君には確か恋人がいたわね、恐らく彼女と普段こうして電車で出かける時はいつも隣同士になるよう座っていたため多少女性と隣同士であることに躊躇い等々は存在しないけどそれでもまだ私と知り合って1日と経っていないから多少距離は空けておいた方が良いと考えた、と見るがどうだ?」

 淡々と粛々と述べた。回りくどく言う必要もないが正解だ。花丸100点満点、いやもはやここまで来ると120点くらいつけたいほどだ……。恋人であるマリアと電車を利用するほどの外出をする際、座席を隣同士で座っても何も感じない。緊張とかそう言う感情がない。まるで過去にはあったみたいな言い草だが、実際のところはそうなのである、それこそ彼女と再会する前の頃は出かけていた時、隣に見知らぬ女性が座ると謎の緊張感に包まれていたのを思い出す。これがどうしてそうなったのか未だに答えを見いだせていない。

「さすがだね松本さん」

「佐藤君、朝食を食べた後の松本 アスカの推測はキレッキレよ。侮らないことね」

 とこれぞまさにドヤ顔と言わんばかりの表情を浮かべて、鼻を鳴らしながら言った。僕の目には彼女の顔に完全勝利の文字が映っているように思えた。

 

 それからはというと、モノレールはただ静かに進んでいく。景色は常に微かに目まぐるしく変化し続けるビルの森。その森を進む、進む、進む、進む、進む。そしてようやく隔絶する灰色の巨塔が、車両先頭から見えた。そしてトンネルに突入する。世界は先までの快晴青空の状態とは打って変わった淡い橙色に変わった。トンネル世界は少し長いが、それでも先に白く照り映えた出口が自身の目で理解できる。そして学生区から未知の世界へ入ろうとした。

 かの偉大で立派で尊大な作家様の作品が一つの冒頭をまねて、地区境の長いトンネルを抜けるとそこは―――――廃墟都市であった。

現段階最長の9000字超え、少しびっくりしています。ワードで書いてコピペで投稿というスタイルで書いているのですが無設定の白紙から8ページの文章に変っちゃった。


とりあえず次回で4月1日の前半は〆るようにします。


あと技術云々勉強して、目次の下に序章の目次URLを貼ることに成功したのでもし復習等々希望の方はどうぞそちらに飛んでみてください(申し訳程度の宣伝)。


それでは失礼します。ここ数日徹夜で書いていますが、作者は元気で楽しく書いています。

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