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42人の教室  作者: 夏空 新
第一部【箱庭の青春編】―第1章
15/83

3:4月1日 (3)

《8:42/321号室》

 朝食を終え、自室に戻る。その頃にズボンの右ポケットに入れていた支給フォンから小さな通知音が鳴っていたことに気づく。そして起動されるとそれは簡素なショートメールを送れる無料通話アプリ、RINE(リーネ)でメッセージを受け取った際の通知音だった。送り主は……マリアだった。


《おはよう~、もうとうに向こうに着いているよね?

 少しは慣れたかなかな? こっちは一人の部屋でまだ少し慣れないなぁ

 長そうな1年間だけど私はタケルが帰ってくるの待ってるからね! ガンバてっね

 

 P.S. もしかしたら私よりもかわいい子いるかもしれないけど、私のことを忘れないでね!


とのことだった。

「忘れないって」

 少し呆れた気持ちのこもった声だったと僕でも思えた。だけど彼女の応援は微々たるものではあっても僕にとって力となる。マリアのことを思うと少しクスッと笑みがこぼれそうな気がした。

 とりあえず今はこの町に馴染むことを第一目標に今日を、もしかしたら明日も同様になるかもしれないが、過ごすことにしよう。そう思い僕は学生服ではない、私服に着替え等々の準備に時間を費やした。

 事前に向こうの地からこちらに送ったショルダーバッグに僕は支給フォンと松本さんが見ていなかったという地図も一応入れた。こうやって見ると、財布と携帯が一体化しているせいでバックに詰めるものが少なく、ゆとりが甚だしいものだとため息をつくほどた。


《8:55/エントラス》

 ちょうど集合5分前に着いたがまだ松本さんは来ていなかった。だが彼女のことだ、すぐにでも来るのだろうと思った。エントランスにある椅子に腰を掛け、数分前に来たマリアからのメッセージに返信を打っていた。

「……おやおや?」

 エレベータ乗り場の方から先までのこの空間における静寂を切り裂く高音の女声が聞こえ、僕は思わず声のする方を向く。

 そこには、少し猫背気味な出で立ちで、ボサボサになった髪を右手で掻きなが気怠げな様子を出し、よく見れば髪を掻いていない方の左手、ほとんど指先はなぜか赤くなっている少女が立っていた。

「あぁ、えぇっと……初めましてだよねぇ?」

 その人は不気味な笑みを浮かべながら僕の方に向かっていった。少なくとも彼女とは初対面で間違いなくゼミ生の誰かだ。彼女は少しずつ、僕の方へ近づく。

「う、うん。そうだけど…」

 自分の声が震えていることから、動揺しているのがいやでも自覚できる。

「あぁ、ですよねぇ…。うち、こう見えても記憶力がいいものでぇ…。初めまして、私はアオイ、仲丸(ナカマル) (アオイ)ですぅ。」

 あくび交じりで彼女は、仲丸さんは名乗った。やはりどこか怠そうな感じで話す。

「あ、仲丸さん。初めまして、僕は佐藤 タケル。1年間よろしくね」

「こちらこそですぅ。イヒヒッ、これでほとんどの人には会えたかなぁ」

 彼女は口を手で抑えながら笑みを浮かべた。

「ところで佐藤さんはここで何をしていたんですかぁ?」

 独特な調子で話し続ける彼女は僕にそう聞いた。

「これから松本さんって人と……彼女とは会っている?」

「あぁ、松本さんですかぁ。船で一度会話をしたくらいですが、知ってますよぉ。あの綺麗な肌を持った眼鏡少女、忘れられません…」

 どうやら昨日のあの時、松本さんが言った『僕より前にすでに会っている生徒』の一人だろう。少し最後のフレーズに恐怖もしくは狂気に似たニュアンスを含んでいたが今はそっとしておこう。むしろ聞く方が恐く感じてきた…。今の話題内にわざわざ肌を特筆すべきなのだろうか、いや確かに彼女の言う通りではあるのだが。少し冷静さを取り戻しつつ、普通の態度に戻し、僕は返答した。

「そうそう、その人とちょっとこの町を散歩しようかなと思っていたんだ。今はその合流待ち」

「なるほどなるほど、早速カップル成立とはお熱いものを、イヒヒ…」

 奇怪な笑みを浮かべながらとんでもないことを仲丸さんは言い出した。

「えっ、いや違っ―――」

「なんて冗談ですよぉ、冗談。可憐な乙女のね」

 妙な雰囲気を抱く彼女の言う『可憐な乙女』というフレーズは違和感を生むものだった。どこまでが冗談でどこまでが真意か読めない、完全に流れは仲丸さんが握っている。だがここまで彼女の流れを掴んでいると極端な感情の変動を起こす必要性がなかった。

「ではそろそろ私はここで失礼しますぅ。とりあえず私はまだ会っていない少年少女にあいさつをしようかなぁと思っております」

 そう言って、仲丸さんは左手で手を振り去っていった。その時僕は確信を得た。彼女の手が赤かった要因、それが血であると。遠からずだと、インクとか絵の具のようなものかなと思ったが、いざ見ると黒く濁りかけていた血であった。どうして彼女の手が血で染まっていたんだ…? 少し考えたが答えを得ることはとてつもなく難しいことだし変に考えればそれは恐ろしいような答えにしか辿り着きかねないと思い、ピタッと自身に考える動に停止信号を示した。忘れていた、中途であったマリアに対するメッセージの返信を書くことにした。マリア程の長さではないが普通の、いつも通りの、そしてこのゼミの概要を伏せたメッセージを送った。送信ボタンを押した直後、エレベータのドアが開く音がした。その方を見ると今度は松本さんであった。

「あら、佐藤君。早かった……いや、私が少し遅かったのかな」

 そう言いながら彼女は右手首につけている腕時計を見た。僕も彼女の真似をするように時計を見ると8:59と特に彼女自身が遅れているというわけでもない時刻だった。

「僕がもともと時刻にうるさいというか、そういう風に育てられていて集合5分前に着くように心がけていたんだ。松本さんが遅いなんてことはないよ、むしろ僕が早いくらいさ」

 と松本さんに返答した。

「なるほどね、君はいい男だ。それなりにモテるのだろうな」

 松本さんは微笑を浮かべながら、納得したような調子で言った。それが皮肉なのかどうかわからないが、相変わらず彼女の言葉一つ一つに深い意味合いを含ませないから少し気づくのが難しい。

「行こうか、佐藤君。時間は常に有限だ」

 そう言って松本さんは先にホテルを出た。僕は彼女を追うように急いで立って、彼女を追いかけた。


《9:00/ホテル外、町並み》

 今日という日は実に快晴。壁に囲まれているとはいえ、その頭上には雲一つない青い空がよく見えていた。春の訪れを感じるポカポカとした気候、この時僕の私服は、7分袖の黒い少し装飾や文字のあしらったTシャツに、薄手の赤いチェック柄の入った上着を着ていたがそれが実に丁度いいと感じるほどだ。一方の松本さんは、朝の時とは打って変わって、髪をおろし眼鏡をかけて、完全に初めて会った時と同じ装飾に、僕の着ている服に少し似たような作りの、若干僕のより薄手の服を着ていた。

「寒くないの?」

 僕は何気なく聞いてみた。確かに着ているものは長袖なのだが、春から夏に移行する頃に着るようなもので、さすがに見ていて寒く感じた。

「ん? 特別問題はないわ、むしろ君と同じ種類の服なのだから君こそどうなんだ?」

「僕は全然大したことないんだけど……というか同じ種類の服? 確かに似通っているところはあるけどほとんど違うじゃん。それに男と女なんだから大きさだって…」

 ふつう違うはずだ。まして同じブランド物でも男物と女物で差が出るというイメージがある。

「この服、ROMANESSってところで買ったのよ。君のそれはどこで買ったんだい?」

 松本さんはそう聞いた。

 そもそも僕は服に対する関心が薄い。あまり服を買いに行く機会は少ない、いざ赴くにしてもマリアの荷物持ちとしていく程度だ。今着ている服を含め基本的にはそのマリアにすべて任せている。

 しかしこれだけは覚えていた。彼女のお気に入りのお店、おしゃれ好きの彼女がここぞという時に着る服を買うお店がROMANESSという名前であることを。

 そんなことを考えていたらいつの間にか松本さんが僕の背後に回っていた。そして服の襟元をグイッと、それは少し足元をふらつかせてしまいそうなほどに引っ張った。そして松本さんは小さな声で言った。

「佐藤君、これはROMANESSの服よ」

 どうやら服のタグを確認したようだ。

「君はどうやらファッションに関心がないようだと推測しているから言っておくけど、ROMANESSは今だと少しずつメンズを採用し始めているけど、8割方はレディースよ。ちなみに佐藤君が着ているこれもその8割に入っている方よ」

「えっ!?」

 松本さんは淡々と語っていたが、その淡々とした調子でまさかの、衝撃の事実が告げられた。それなりにお気に召していた服ではあったがこれがレディースだったのか…? 確かに僕自身健康体だが小柄痩身という体型であるがまさか女性ものを着ることが可能なレベルであるとは思わなかった。

「まぁ安心してよ、佐藤君。ROMANESSはボーイッシュなものをメインに売っているから君みたいな体型の人が買うのも珍しい話ではないわ」

 と松本さんはフォローを入れた。案外、ファッションの世界は奥深いなと実感しながら、松本さん自身もそれなりのおしゃれをする上、知識があるのだなと思った。

 しかしマリアのやつ、関心がないとは言え僕に黙って……いや、そんなことはないか、100%僕がこんな体型で、関心がないことが原因で非はあるが、女性ものの服を買って僕に着せていたとは。何て恐ろしい話なんだ…。その時、僕の心の中にて、微々たるものではあるが、服に対する関心が少し上がったような気がした。


「さて佐藤君。私たちはどうやって南に行くのだ?」

 何気なく言ったのだろう彼女の一言にコントのごとくズッコケをしそうになった。しかし完全に僕の説明不足ゆえの発言だから責任は僕一人のものである。なので僕は説明をした。

「昨日は船がターミナルに着いた後、バスでここまで来たけど、その時モノレールがかなり高い位置にあったの気づいていた? 今いるここだとビルが隠していて見えないけど」

 この島が4分割で隔絶されている、と言ったがセキュリティが厳しいとかそういうレベルではない。あくまで役割を分けるためだけのようで、昨日ターミナルの北区からここ東区までバスで行ったと言ったが、その際通った壁はそれなりの厚さがあったとは言え二車線と共に歩道がそれぞれあり、入口出口に通行遮断設備や警備員がない。ここまで来ると隔絶する意味に首を傾げるものだ。

「えぇ………なるほどね、それで行くってことね。」

「その通り。あ、そう言えば」

 僕はバックを開け、ホテルを発つ前に入れた地図を取り出し、松本さんにそれを渡した。

「これは……朝食の時佐藤君が言ってた地図ね」

 発言の様子から見て、間違いなくそれは初見のようだ。さすがに彼女が嘘を吐くわけもないし、あの時の発言の真偽を考える必要性はないがそうなんだと思った。

 松本さんは受け取ると、歩きながらではあるがそれをじっくりと眺めていた。

「なるほどね、確かにこの新都・朱雀区が『???』としか書いていないのは興味を持つわね。佐藤君の言葉前にこれを見ていたら私は単独でそこへ赴いていたに違いないわ」

「僕みたいな好奇心旺盛な人から見ると、むしろこれは撒餌みたいだよね。東や西、北はざっくりとは言え主要施設も細かに記載されているのにここだけ『???』だけでそれ以外の情報がないっていうのが疑問だよね」

「確かにそうね……えっと、佐藤君、私たちが目指すのはこの駅かな?」

 と松本さんは地図のある部分を指差しながら言った。彼女の指先に書かれていたのは『玄武駅』という名前だ。これから僕が言おうとしていた目的地を先に言われた。

「うん」

「ここからだとかなりに遠いわね。少しでも楽に行く方法はないのかしら」

「それを探すのに時間を割くより、わかっている確実に行ける方法でいいんじゃないかな」

「それもそうね」

 未だにわかりきってはいないが、この島の移動方法はモノレールとバスがメインとなっているが、肝心のバスがあまりない。今こうして僕と松本さんは新都・玄武区の町並みを歩いているが、道路を走っている車は数多と見ているのにバスを1台たりとも見ていない。一応にも僕ら以外に他にも人は住んでいて、今もこうして僕らを避けながらも行き交っている人々、例えば中年のサラリーマン、運動をしている若い女性などなどがいる状況である。つまるところ、唯一の地区間の移動手段はモノレールに限っているようだ。そして気難しくも面倒な話が、そのモノレールの停車駅が各地区1箇所のみなのだ。例えばこの町の駅、先ほど松本さんが言った【玄武駅】は出発地のホテルからだと徒歩で数十分はかかる距離なのだ。かなりの足労だ。

 そんな離れた場所を僕らは駄弁りながら進んでいったのだ。

佐藤君が小柄な設定は元々あったのですが、それを活かすシーンを取り入れることに重点を置きました。


新キャラ仲丸さんはとにもかくやべぇ奴です。

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