2:4月1日 (2)
少しこの寮の構造に触れておくと全体で地下1階から始まり最上階は13階だ。1階はエントランスがありエレベータと階段で部屋に向かう、あとは地下1階、これから僕が行こうとしている朝食が提供される食事会場と直接つながる別の階段がある以外特筆するものがない。そして2~9階が各生徒の部屋だ。断言はできないが僕のいる部屋の階、3階だけでものべ22部屋あってもしかしたら空室なんてもの各フロアのいたるところにあるかもしれない。わざわざ2~9階が生徒の部屋と言っているくらいなんだからそうと考えてもおかしくはない。各部屋22部屋あること前提で話しているがまぁおおよそ合っているだろう。10階は共有スペースなんて呼ばれていて、ちょっとした娯楽施設のようだ、まだちゃんとは確認していないから後ほど見に行ってみるか。そして11階はさっき言った、洗濯機が置いてある洗濯ルーム、それの男子用だ。さすがに男女それぞれで分けるといったプライバシーの一つ二つは配慮されるよな。そして12階は11階の女子用という構造だ。最後に13階、ここは大浴場とのことだ。わざわざ各部屋に風呂は設けられているが、それでも入りたい人は自由にどうぞとのことだ。これも具体的な構造は知らないため、どこかで行きたい気持ちがあったら行ってみるのもありかもしれない。
さて、長々と話していたら朝食の時間に遅れてしまう。曰く、朝食の行くもしくは行かないは自由らしいが無料で食事を提供してくれるみたいなので行って損はないようだ。
「しかしどうしたものか」
と僕は少し些細な悩みを抱えた。それは向かう際の服装だ。今の僕は黒い半袖で無地のTシャツの上に胸のところに有名メーカーのロゴが入った赤いパーカーを着て、少しダボっとした黒い長ズボンのジャージを穿いていた。さすがに朝だし、それなりの私服等々に着替えた方がいいのだろうかと思ってしまった。服については事前に送った荷物に入れていて、この部屋に初めて入ったその時にはすでに届いていた。そのため服の選択肢は多少ある。
「まぁ、そんなに考えなくてもいいことではあるか」
そういう理由で僕は着替えずにそのまま出ることに決めた。もちろん支給フォンを片手に。さすがにこれを置いて出てしまえばどうやって中に入れるというんだ?
ガチャッと重々しい扉を開けると、僕の部屋を背にした向かいの部屋の前に一人の女性が腕組をしながら立っていた。黒い艶のある長髪を後ろに結うポニーテールを持ち双眸裸眼の彼女は黒い真ん中に大きな白い星柄をあしらった肩出しのシャツを着て、腿もはっきりと見える部屋着で着るような簡素な素材で作られたであろうショートパンツを穿き、白い肌のスラっとのぞく足元は簡素なゴム製サンダルを履いていた。そして喜怒哀楽どれにも当てはまらない普通の表情で、強いて言うなら少しだけ考え事をしているような表情をしていた。おそらく同じゼミ生なのだろうが心当たりがない、えっとどちら様? そんなことを尋ねようとした直後。
「おはよう佐藤君。君がなかなか出なかったから、私としたことが初めて君に対する推測で失敗をしてしまったわ」
と聞きなじみのある声、そして彼女の口からよく聞く『推測』というフレーズ。えっ、ちょっと待って、ということは彼女って…
「えっ、松本さんなの?」
「その様子だと、私が誰かわからなかったかな。残念ながら私の中ではこの展開、推測通りだったわ、きっと眼鏡かけていなかったからだろうね」
彼女の言う通り、松本さん=眼鏡という印象があった。それがすべてではないけど、あと初めて会った時は髪をおろしていたからそれがさらにわかりづらさを際立たせた。
「というか松本さんの部屋って僕の向かいだったんだね」
「あら? 気づかなかったかしら、私は君が入っているところを見たから知っていたわ。ちなみに言うけど、君の右隣322号室は安河内君、左隣320号室は水樹君がいるわ。ちなみに私の部屋の両隣は誰もいない空室よ。しかしすごいわね、両方前方が女子に囲まれているなんて。これがいわゆるハーレムというものなのだろうな」
と連続で僕の知らない最新情報を伝える。ここで一つ事実となったのは僕の部屋の番号は321号室だ。面白いことに僕の誕生日である3月21日を連想される数字だ。
「そう言えば松本さんはどうして部屋の前にいたの?」
「君がこれから朝ごはんを食べに行こうとしていただろうからそれを待っていたのよ。どうせなら一緒に食べようと思ってね。しかし君は実にのんびり屋さんだ、もう既に君の両隣にいる人たちは出たというのに、かれこれ10分ほどは立っていたわ」
松本さんは少し皮肉っぽくそう言った。これについて僕に非はないよね…? 推測して行動を取った松本さんの方に非があるのでは?
「さぁ、行きましょう」
そう言って松本さんは先へ行った。
《8:04/エレベータ前》
僕と松本さんは長い廊下を進んだ先にあるエレベータ乗り場の前に立った。目の前にはエレベータ扉が3つあった。もう本当にこれはホテルだな。
「そう言えば」
僕は一つ、松本さんのあることで気になったことを思い出して口を開く
「今は眼鏡していないんだね? コンタクトレンズとか入れているの?」
僕が一瞬、目の前の彼女を松本 アスカと認識できなかった要因でもあるそれについて、世間話感覚で聞いてみたかった。
「いえ、あの眼鏡は度なしの伊達眼鏡よ」
「えっ、そうなの!?」
「えぇ、私の視力はそこまで悪いわけじゃないのよ」
「じゃあなんであの時は眼鏡をかけていたの?」
「あの眼鏡はね……」
松本さんがそう言うと直後にエレベータが到着し、開いた。そこには誰もいなかった。僕らはエレベータに乗り、地下1階のボタンを押し閉めた。それから再び
「あの眼鏡は私のこの推測という才能を買った人、そうね……師匠とでもいう人かな、その人がいつもつけていたお気に入りの一品だったのよ」
「師匠?」
「今はそこまで重要でもないから触れないわ。とにかく私はその人から昨日かけていたアレを貰ったってわけ。不思議なのよね、あれを掛けているといつもよりまして推測の質が上がる気がしているのよ。プラシーボ効果ってものかしら」
と続けて眼鏡に関する話をした。気になる点は数個ある、挙げるだけ挙げると、まず師匠と呼ぶほどの立場がいる彼女は何をしていたのか、そしてその師匠はどうして彼女にお気に入りともいえる一品の眼鏡をあげたのか。今ざっくりと思いつくことはそれくらいだが、これらはいずれわかるのかわからないのかは不明だ。少なくともあげた理由くらいはすぐにでもわかりそうだ。最初の疑問は先に「今はそこまで重要じゃない」と言っているから教えてくれはしないだろう。しかし、松本さんが隠し事をするなんて少し意外というか、なんでも話すオープンな人とばかり思っていた。
「ちなみに言うと、師匠は多分健在よ。そもそもあの人が私にこの眼鏡をあげた理由も確か高校入学祝だったような。最後に会ったのもその眼鏡を貰った時でそれ以来会ってないから元気なのかどうか不明なのよ………でもきっとあの人のことだ、いまだにどこかで元気でいるとは思うわ、私の推測の中ではね」
ときっと僕の心の中にあった疑問を読んだのだろうかご丁寧に解説してくれた。そして僕の心の中の一つの疑問が解決したとき、もう一つの新たな疑問が生じた。松本さんは師匠のことを指すとき『彼』とも『彼女』とも呼ばず『あの人』と性別を曖昧にしたまま表現している。なぜわざわざ性別を曖昧にする必要があるのだろうか、そして僕はどうしてこんな些細なことと思えることに疑問を抱くのか、不思議で仕方なかった。
そんなこんなで地下1階に着いた。やはり3階からだから着くのも早い。
《食事会場》
バイキング形式で、好き勝手に取っては食べれるという仕様のようだ、どれもこれも美味しそうだ。そして利用している少年少女はたくさんいた。さすがに数えてはいないがほとんどフルでいるだろう。
「僕らがほとんど最後かな」
「そうみたいね、あの時のガイダンスみたいに私たちはいつも最下位ね」
そう微かな笑みを浮かべた彼女は先に行った。
先にも言った通り、ここの食事会場はバイキング形式だが、具体的に見るとそれは和洋中さまざまだ、どれも食べたいところだが朝からがっつり食べるのは少し勿体ない、いやそもそも42人いてこれを食べきれるのだろうかという疑問も持つほどだ。
僕はまずごはん、小さめの鮭の切り身×2、味付け海苔、納豆、若布と豆腐の入った味噌汁と典型的な和食セットを選んだ、全て食べた後にまだ余裕がれば他にも少しだけ取るのもありだと思っていた。僕がそれらを取り終えたころ、松本さんはすでに取り終えていて先に座っていた。僕は彼女が座る向いの席に座った。
「松本さんは洋食系で意外と少ないんだね」
彼女の朝食は、パンとイチゴジャム、バナナと牛乳、こうやってみると相対的に僕が多く食べているように見える。パンを手に取る松本さんは
「私、朝はあまり強い方じゃないのよ。だから朝食を食べるのも時間かかるから少なめなのよ」
と言いながらそれを一口齧る。
「これおいしいわね。それと私、朝の時は推測のキレがあまりよくないのよ、だから今朝のあれも外れたんだよね」
と続けてまたパンを一口。パンの感想を言った後にこれまた最新情報が出たが、なるほど松本さんの推測は脳が活性化されていないと本領発揮はできないのか。少し意外だなと思った。あの驚異の的中率を持った推測を持つ、半ば人間離れしている彼女にも僕らみたいに普通なところもあるのだなと思った。そして僕も朝食を食べ始めた。
「そういえば佐藤君、今日は一日どうしているんだ?」
松本さんはそう問いかけだした。いつものように「推測してみれば?」という常套句じみたフレーズを使おうと思ったが、流石にそろそろいいかなと思い、素直に答えることにした。
「とりあえず、この町に慣れようかなという魂胆でブラブラしようかなと思っているよ。それに……」
それにもう一つこの町に来て最初に行ってみたいところがあった。その感情は今からではなく、この町に着いて、正確に言えばこの町の地図を貰った時からだった。
この新都島は、巨大な壁におおわれている閉鎖空間でもあるが、さらにこの内部もまた4つの町に分断されていることがわかった。僕らがいるこの寮や、ゼミの舞台となる鳥籠[終焉]学園があるここは新都・玄武区という。恐らくこの由来は中国の四神からだろう。というのもここは新都島内で西の位置にあたる場所だからだ。ちなみ東側が新都・青龍区、商業都市みたいなものらしい。そして北が新都・白虎区、僕らが東京の船着き場から乗った船が泊まるターミナル地区だ。最後に残った南の新都・朱雀区、ここが僕の今行きたいと思っている場所だ。
「新都・朱雀区? そこに何があるの?」
松本さんはそう訊いた。わざわざ訊くということは彼女はまだこの町の地図を見ていないのだろうと思った。さすがに勘のいい、察しの良い松本さんが半ばとぼけたように言うのだから。
「僕らがこの島に来て、この寮に来て、各々の部屋に入った時、ご丁寧にもテーブルの上にこの島のざっくりとした地図があったよね?」
「地図…? そんなもの、私の部屋にはなかったわ」
「えっ? そうだったの?
1つ訊いていいかな、松本さん。ここが、この寮を含めたこの地域をなんていうかわかる?」
「もし私の推測が正しければ、西だから新都・玄武区じゃないかしら」
推測とはいえ正解はしていた。しかしこれはそれなりの根拠があるため、彼女らしい【根拠なき推測】ではないただ純粋な推測であることがわかった。とりあえず僕は順を辿って彼女に先に述べた解説をした。
「なるほどね。どうして私の元に地図がなかったのか少し疑問だけど、とりあえずそれは置いといておこう。肝心なのは佐藤君がどうして新都・朱雀区に行きたいのかしら」
「その地図にはね……『???』って書いてあったんだ」
「ん?」
松本さんは首を傾げた。それは僕が初めてその文字を見た時と全く同じ反応に思えた。
「ここは『学生区』、東は『商業区』、北は『ターミナル』とそれぞれ別の、その地区のざっくりとした表現が地区名の下に書いてあったんだ。だけど変なことにこの朱雀区だけは妙なことに『???』としか表記されていなかったんだ」
「なるほどね、それは確かに佐藤君も気になって行きたがるだろうね。もし私もその地図とやらを君と同じタイミングで見ていたらそう推測していたかもしれないわ」
そう言って牛乳を口に入れた。
「私も行くわ、ってことぐらいなら君でもおおよそ見当はついていたかもね」
実のところそうである。多分、松本さん自身もこの話をしたら興味を持つと思っていた、それがどうしてかはわからないが。僕も特別これに関して断る理由もないし、誰かと一緒に行くのもありだと思った。
「じゃあ9:00にエントランスにて合流でいいかな?」
「えぇ、いいわ」
そう言って松本さんは朝食を食べ終え、食器トレイを返却口に戻し、一人静かに食事会場を後にした。僕はまだ鮭の切り身やらが残っていたが、余裕で食べ終え、時間や胃の中のゆとりを感じたのでフルーツポンチを少々いただいた。
今回はそれなりに会話の多い印象。
4月1日は序章の船上の邂逅みたいに登場する人物を紹介もあります。
松本さんの眼鏡設定は度ありにしていたんですが、よく考えれば人からもらった度あり眼鏡というのもどうなんだろうと数日間頭を悩ませて結局度なしにしました。
眼鏡かけた少女というフレーズがただただ好きだったためにこの設定にしたのですが、伊達眼鏡は如何ほどかというジレンマは頭痛ものです。