Pre09:船上での邂逅 集結する42人
《11:31/テラス》
長考、と気前のいいようなフレーズで勝手に締めたが実のところ、答えに近しい予想は僕の中ですでに完成していた。しかし根拠というものが実に安直で単純すぎるという点から本当にこれが正しいのだろうかと首を傾げてしまうレベルだ。
まず改めて、ダークナイトさんのフルネームを確認すると、ダークナイト・MR・ゼロだ。ここからある人物に結びつける根拠は最後のゼロからだ。ここまで行ったらもうわかっただろう。僕は改めて全生徒全ての名前を振り返っていた頃に気づいた。しかしそれでも自信がないのはMRの意味が不明だからだ。ここまでダークナイトさんや松本さんは何も言及してはいなかった。ダークナイトについては恐らく深い意味はないだろう、こればかりは根拠がない。
さて回りくどく語り過ぎたところだし僕の予想を出そう。答えは――――
「霧雨 レイ君……と見るがどうだ?」
しまった、松本さんに先に言われてしまった…というとやけに信憑性が欠けている。後出しで言うつもりも毛頭ない、同じ意見だったことは間違いないんだがこれ以上言い訳するとなんだか余計そう思っていなかったと言われる始末に至りそう。
「佐藤君もおおよそ見当はついていたみたいね」
松本さんは微笑を浮かべながらこちらを見て言った。その一言は少し僕の気持ちを汲み取ってくれているみたいだった。
彼女の表情を窺ったとき、僕は相手の表情から何かを読み取るとかそういうことはほとんどできないが、この時は少し違うように思えた。松本さんの微笑から何となく読み取れることがあった。「私はMRの意味も理解できているよ」―――と。
「佐藤君は察しが良いわね。私と一緒にいるせいかしら?」
松本さんは先の微笑より少し明るく、控えめな笑み、それは微笑であることに変わり目ないがより柔和なものでそれでも笑みと呼ぶには些か足りないものがあるもの、を浮かべた。そして松本さんはダークナイトさんの方に顔をやる。対象となった彼女の表情はとても穏やかとは思えない動揺のものだった。この世の終わりと言うと大仰な表現になるがそれに近しいものを感じた。つまるところ、正解なのだろう。正解でなければあそこまでわかりやすい表情はしてくれないはずだ。むしろ不正解だったらなぜそこまで大げさに動揺しなければならないのか疑問を持つ一方だ。
「私も佐藤君同様、ゼロからあなたの名前を推測したわ。だけど軽く引っかかったわ、MRの意味に。だから私はあなたが霧雨君であることを前提にしてから推測を立てたのよ。そしたらようやくその意味に辿り着いた―――――Misty Rainってワードにね」
「……クッ!」
Misty Rain……霧の雨、なるほどそれで霧雨。自身の名字を英語にして、その頭文字を並べたという訳か。ゼロ程ではないけど案外これもまた安直なものだ。
「以上から君が霧雨 レイ君であると推測を立てた訳だ」
松本さんはビシッと彼女に指差した。語尾にQ.E.Dを添えても違和感がないだろう。
「………クククッ、良くぞ我が真名に至ったな」
あからさまな動揺を出しながらも高笑いするダークナイトさん、もとい霧雨さんは右手でアイパッチをしている左目を抑えながら言った。
というか正解だったのね………
「見事だ、松本。光の戰士の中で最も恐れ戦いた。この我がなァ! 今すぐにでも我が眷属四天王が一人にその存在ごと消し去るようさせたいが刹那を過ごす者同士だ、それはよそう」
そう言うと、霧雨さんはスカートを翻しながら振り返る。
「一つ忠告しよう、人間共。我が真名は禁忌に等しきものだ、一度唱えれば我が右手にある闇の炎によって貴様もろともこの地を焦土に変えようぞッ!!!」
そう言って霧雨さんはどこかへ行ってしまった。そして僕と松本さんだけになった船上でしばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのは松本さんからだった。
「最後の言葉の意味、どういうことだ? 佐藤君」
「君の推測ではどうだと思っているの?」
おおよそ来るだろう質問だったので、あえて質問で返してみた。
「『あまり本名で呼ばないでくれ』…と見るが、どうだ?」
「同じ意見だよ」
もうすでに答えは出ていたのだろう、その上で僕に訊いたのだなと思った。
現在の船上はザザァ、ザザァ、と波を切りながら島を進む音しかない。しかしその音は単なるものではなく僕らを一つの物語へと導く音だった。
「松本さん、そろそろ時間だね」
僕はふと現在の時刻を確認すると、集合時間に近しい時刻を差していた。
「そうね、行こうか佐藤君」
松本さんは一つ頷いて、僕より先に前へ行った。
《11:55/ニュー・シティ号2階大広間》
集合の12:00になるちょうど5分前に僕と松本さんはガイダンス会場である船内の2階にある大広間についた。この部屋の前にはご丁寧にも小さな立て札で【第43番目鳥籠学園集結ゼミ 初回ガイダンス会場】と書いてあった。そろそろこのゼミの略称もしくは通称を決めたいところだ。広義的なものになりかねないが、そのままゼミと呼んでもいいんだが…と模索しているところだった。
「そういや僕の席は……」
と、僕はこの部屋の入り口に貼られていた座席表を確認した。左から3列目の前から2番目だった。周辺の人の名字から察するにあいうえお順で配置しているのだろうと考えるのは容易い位置だ。ちなみに松本さんは右から2列目の前から4番目。少しかけ離れているな。そりゃそうだ、佐藤の『さ』と松本の『ま』ではそうなるのも当然か。そう思いながら教室に入ると驚くべきことに僕と彼女以外全員がすでにそこにいた。
2席空いているのがやけに目立つほどだ。僕はすぐさま、先に述べた席の位置に向かいそして座った。席を見ると謎の差込口が席の右端に設置されていた。大きさはスマホを立て向きに差し込むには十分なものだ、言ってしまえば卓上型充電器というものだろう。しかしそもそもなぜそんなものがここに。ふと足を動かすと何かに引っかかり、足元に目をやると黒いコードが垂れていた。間違いなくそれは件の機器と繋がっているものだ。いずれこれは意味を理解できるだろうから何も考えずにそっとしておこうと思った。
さて現在の席周辺の状況だが、僕の左隣は男子、右隣は女子だった。各々、僕に話しかけようとはしなかった。いや、それどころかこの空間で誰一人として会話していなかった。42人そろっているこの大部屋で誰も一言も話す様子はなく静かに過ごしていた。少し見渡すと、例えばスマホを弄っている人、文庫本を開いて読んでいる人、頬杖をついて退屈そうにしている人、割と様々なものだった。この静寂は少しばかり緊張感を含ませてして、それは僕の中の何かを張り詰めさせた。もちろん大半は知る人たちではない。それが緊張感をより一層高めているのだろう……それは遡ること2年弱前の高校入試の時と似通ったそれだ。その会場内に同じ中学だった人、クラスメイトだった人がいたにもかかわらず孤独感を感じ、その雰囲気が生んだ巨大な渦に少しでも気持ちを緩めたらすぐに飲み込まれてしまいそうなほどの。
だが僕が座って間もなくその緊張を一瞬にして解く出来事があった。それはガチャンと扉が開き、スラっとした長身で、見たところ20代後半の眼鏡を掛けた男性が入ったことだった。その男性は僕らの座る席の最前列より前のところに立った。つまるところ彼は―――このゼミの監督官、噛み砕いた表現を使うのであれば先生と言うところだろう。
その男性は僕ら42人を見渡したのち、笑みを浮かべ言った。
「こんにちは! 選ばれし42人の生徒たち!」
間違いではないが、『選ばれし』という響きがどうもむず痒い、と真っ先に僕はそう感じた。
「俺はこのゼミの担当になった、名前は天堂 カゲロウだ。天国の『天』に殿堂入りの『堂』でテンドウ、太陽の『陽』にアツアツの『炎』でカゲロウだ。これから1年間よろしくな!」
やはりそういう立場の人物なのだと思った。天堂先生のご丁寧な字の解説のおかげですぐに彼の名前の漢字が理解できた。しかし終始徹頭徹尾明るい人だ、こういう若くて明るい先生は大概接しやすくて、親しみやすい典型的なものだ。高2の頃、あんな感じの数学教師がいたことを思い出した。恐らく担任教師の次に長く話しただろう人物だったから印象強く残っている。
「やはりこうも優等生が揃いも揃っていると気が引き締まるな。いいんだぜ、今はそこまで緊張感を持って臨まなくてもいい。むしろリラックスしてくれこれからのゼミもそこまで大変なものではない。大体、君たちはもうすでに神皇大学に入学することは確定しているんだ。特別にするべきことが何一つない」
そう言われると引っかかる点、それはおおよそ核心めいたものにも思えるが、そもそも僕らはわざわざ遠方の地に隔離に近しいことをしてまですることなんてあるのだろうか?
「さーって、前振りもこれでだいたいOKかな?
みんなのその落ち着いた表情を見ていたら、こっちも安心というか緊張が少しは和らいだよ」
ふと気づいたが、天堂先生が話し始めてから、ここに来てからの緊張感をあまり感じなくなった。彼の「リラックスしていい」の一言が恐らくこの空間の雰囲気に淀んでいた緊張という名の泥を取り除いたのだろう。やはりこういう教師は生徒に慕われやすいからこそ適役なのだろうなと実感した。しかしそんな彼はどこの鳥籠学園から派遣された先生なのだろうかという疑問がポツンと生まれた。そもそも彼は鳥籠学園に関わっているのだろうか、だが目の前に42人皆が鳥籠学園の生徒がいるのに全くもって知らない教師が選ばれるというのも少しおかしいと思ってしまう。と言ってもこれを深く考える必要はないだろう。これに関しては極端な話ゼミ終わりまで知らないだろう、知る必要のないことかもしれない。
そんなこんなで思考を巡らせているうちに天堂先生はいつの間にか右手を掲げた。
「さて………『天堂 カゲロウ、ここに宣言する。これより第43番目鳥籠学園集結ゼミ改め、シニゼミの開講を宣言する!』――――」
パチンと指を鳴らした。その軽快で鋭利な音は小さな反響を繰り返しながらフェードアウトした。室内の沈黙は緊張ではなく、謎というワードを切っ掛けにまた別の重みを持ったものへと変わり果てた。
シニゼミ…? それはつまりこのゼミの通称というやつなのだろうか…?しかしシニとは、とても穏やかな表現じゃない。まるで『死』を連想させるような…
「はい! 今日から君たちは………不死になりましたー!!!」
と天堂先生は間を置いたのち高らかに、そしてそれは突拍子もなくて理解できない宣言だった。鳩が豆鉄砲を食ったよう、なんて慣用句が僕の脳内を瞬発的に過ぎったが今の表情は彼の言葉を理解してから少しずつそれに近づいたのが自分でもよくわかる。だが混乱して、余計思考が滅茶苦茶になっていることも自覚した。
だがこれだけは言える。僕だけじゃない、僕以外のここにいる41人の生徒皆同じ若しくは近しい感情になっていることに。
こうして一人の男が高らかに述べた一言を切っ掛けに『本当に』『間違いなく』『確かに』僕らは不死になった。
その時その瞬間まで、真実なのか虚構なのかもわかっていなかったが、真実であることを知るのはそう短くない先のことだ。
これは僕、佐藤 タケルとそれを取り巻く41人の生徒との不死と共に過ごす学園生活。
誰も死なない物語の開幕だった。
序章はここで終わり、新天地にてその物語の第1章が幕を開ける。
さぁて序章これにて完結。