Pre08:船上での邂逅 闇の魔王
《11:25/船内2階客室廊下》
水樹さんに隠れていたことがバレた僕らは彼女たちの前へ出ることになった。
「え、えっと……初めまして水樹さん……僕は佐藤 タケル…です」
罪悪感のせいで歯切れの悪い自己紹介をした。さすがにここまでひどいのは生まれて初めてだ。水樹さんの表情を伺ったが怒っているという風には見えない。先の会話でも彼女はほかの人の前でも堂々と同性愛者である主張をしていたようだからなのであろう。だが一方三浦さん、彼女はひどく赤面していた、やはり「キスをする」というセリフ時半ば躊躇しながら言ったから多少の羞恥心を含んでいたのだろう。
「あああああああ、アンズちゃん! この2人いつからいたの!?」
焦りながら三浦さんは水樹さんに聞いた。それに対し余裕のある表情をした水樹さんは
「うーん、いつからは断定できないけどサクちゃんが『角にいるかもしれない』みたいなことを言ったときはいたよ。あの言葉のあと小さな物音がしたんだ」
「教えてよ! アンズちゃんの告白を聞かされたのよ!?」
「ははっ、相変わらずサクちゃんは照れ屋さんね~。いいじゃない、私たちのこの関係は誰が否定しようと簡単に崩れるようなものじゃないわ。向こう2人が私たちのこれをどう思うか気にはならない、別に彼らだけじゃないほかの人たちも同じよ」
水樹さんは三浦さんの肩を強く掴み、グッと自分に寄せた。
「アンズちゃん…」
ここで言う水樹さんの『どう思う』というのは先に述べた同性愛者に関することだろう。前述通り僕はそういう人間を否定的に見るなんてことはできない。それだけは断言する。
「水樹君安心したまえ、まずここにいる佐藤君はそういう同性愛者には肯定的思考を持っているよ。あぁ、そんな説明をした私は松本 アスカだ、よろしく」
松本さんが僕の気持ちを代弁しながらも自己紹介をした。まるで舞台役者のごとく。
「そう。ここで言うのは変かもしれないけど意外だわ、えぇ実に意外。でも嬉しいことなんだ、君たちが初めてではないけどそう言ってくれる人はなかなかいなくてね」
そう言って笑みを浮かべる水樹さんであった。優しいその笑みは印象深いものであった。
「でもアンズちゃん…今の言葉、鵜呑みにしていいの…?」
水樹さんの後ろに隠れている三浦さんは言った。典型的な質問であるなと僕は心の内で呟いた。恐らく僕らみたいなこと言った人間が裏切ったというケースに遭ったのだろう。だからこその警戒心むき出しだ。
「疑うよりも信じる方を先にした方が気持ちが楽よ」
水樹さんは三浦さんの方に向かってただ一言だけ言う。だがその一言は過去の経験からの半ば諦めに似た悲しいものを感じた。あまり深く言及する気はなくその言葉をただ感じるだけの選択を僕は取った。そういえば松本さんはさっきから僕の気持ちを代弁しようとしない。少なくとも常識を構えてはいるであろう彼女だ、その点は察していているのだろう、と僕は勝手ながらそう思っていた。
しばらく僕らは彼女たちと話した。少しだけ打ち解けていきいい関係を築けた気がした。そういえば現在の時刻は、と自身の腕時計に目をやると11:43を示していた。まだ全体の集まりまで少々時間を余らせている。
《11:29/テラス》
改めて僕はテラスへ出た。そこには松本さんも一緒にいた。なにゆえ共にいるかはわからないが
「佐藤君と行動を取ると、君の観察ができていいではないか」
理由を考えている間もなく彼女は丁寧に理由を言ってくれた。便利なんだがあまりそこまで心を読まないで…。
「僕の行動って面白い…?」
「面白いと言われるとどこか違うようにも感じるな。そうね、勝手ながら私は君を不思議な人間と見ているのだ。君は初めて会った時からどこか不思議なものを持っている。単純なのにどこか複雑なものを持っているんだ。一緒に行動したらそれがわかる気がするって推測を立て今こうしているのだ」
松本さんはペラペラと話す。さらに
「でもまぁ気にすることはない。これは一個人の些細な興味だ」
と続けた。今の一言で諭されているように感じた。そして僕はこれ以上先の言葉の意味を追求する個ことはなかった。
それから僕らはしばらく談話しながら12時の集合時間までの間、談話しながらブラブラとあたりを歩いていた。
「―――其処の弐人よ」
謎セリフで突然声を掛けられた。僕らはピタッと足を止め、キョロキョロと見渡すと一人分の足音がカツッ、カツッと聞こえた。その音の方に目をやると屋根で日陰の出来たところから1人の人間、それは少女であった、が現れた。間違いなく彼女は僕らと同じようにゼミで来た生徒であるのだろう彼女であるのだが、その……先の発言や服装から見てこれは……。過去に得た知識から彼女がどういう人間かおおよそ見当がつく。ちょっと外見について触れておくか…。
黒を基調としているが前髪の一部は白いツインテール、袖口やスカートの裾にはレースをあしらったゴシック調の改造(?)制服、捲られた袖から覗けるのは包帯をグルグル巻き状態にした右腕、そして左目には白いアイパッチをしていた。これはもはや完全にアレでは…? 深い困惑に頭を抱えてしまいそうだ。
「ふむ、彼女は私たちに声を掛けたのだろう。それには応えねばな」
その一言と共に松本さんは前へ進む。この人、よく行こうと思えるな……とりあえず、僕は傍観していることにした。やばそうだったら僕がフォローに出れば……それでなんとかなる自信がない…。
「ほう、我が聲に気づくとは貴様らは……光の戰士か?」
「は?????」
松本さんは首を傾げた。頭の上に無数のハテナが浮かんでいるようにも見える。これは彼女の理解の範疇をとっくに越えてしまっている状況下なのだろうと僕は思った、松本さんはそもそも目の前の少女みたいな人を何と呼ばれているのか知っているのか、というか仮に知っていても実際にそういう人に出会ったことがあるのかという疑問にも至る。ちなみに僕は会ったことはない。
「フッ、我が闇の威光に恐れをなしたか人間。だが一年という刹那を共にする者だ、名乗りは必須であるな。クククッ………良かろう、然して聞くがよい! 我が名はダークカタルシス・MR・ゼロ! 今は其の時になるまで闇を留めてはいるがいずれは魔王として顕現し、光を収束させる者よ!」
「……ふむ」
微妙な間、微妙な空気、微妙な静寂。それがこの一角にて同時進行で発生した。松本さんは辛うじて開口したがたった二文字で完結した。そしてこちらを振り返る。
あぁもうこれは、僕から解説を入れるしかないか。どうせこの思考も松本さんは汲み取ってくれる(?)とは思うし。
今僕らの目の前いる彼女は、いわゆる中二病というものだ。色々な説明の仕方があるかもしれないが、ここは僕の言葉で説明すると、例えばマンガやアニメ、ゲーム、なんでもいいがそこに出てくるキャラクターが自己であるかのように投影し、演じる状態のこと。一口にそれが痛々しいものであるのは言うまでもないだろう。大抵は出典がどこからなのかは知識がそれなりにあるとわかるがしばしそれにも限度があって、時折出典がどこか不明な時がある。まさに目の前の彼女はその例に当てはまる。マンガやアニメ、ゲームといったサブカルチャーを嗜む僕でも彼女の演じるキャラの元ネタがつかめない。恐らくさまざまなキャラクターを足して我流のオリジナルキャラを作ったのだろうな。
あぁ、説明しているだけでも見るに耐えないというと少し言い過ぎであるようにも感じるが、あくまで空想仮想の領域でしか見れないようなものをこうして実際に見るのも大概なものだな。17年生きていると何が起こるかなんてわからないものだ。
「クククッ、どうやらあまりの衝撃に言葉を失ったか―――」
失ってないんだなぁ、二文字なんとかそこにはあったんだよなぁ。
「あ、申し訳ないダークカタルシス君。こちらも自己紹介をしなくては、私は松本 アスカ、そしてそこにいる少年は佐藤 タケル君だ」
松本さんは正気に戻って自身のみならず僕の分も込みで紹介した。呼び方はダークカタルシスからにしたのかと密かに納得していた。
「松本に佐藤か……刹那の限り、我と共に歩もうではないか! ナァ―――――ッハハハハハハハハハ!!」
その一言ののち、ダークカタルシスさんは高笑いをした。共に歩むって…僕は別段ダークサイドに堕ちるようなことは毛頭ないんだけど。
「ところでダークサイド君」
松本さんはしばらくした間の後、彼女に問いかけをする。
「なんだね、松本よ?」
「君のそれは本名でないはずなのだ。そろそろ本名を教えてくれないか?」
「……はっ?」
少しの沈黙を経て答えたダークカタルシスさんの表情はやや曇った。先までの晴れやかなものとは打って変わったもので、彼女の顔には『動揺』というワードがこびりついていているように見えた。
僕としてはこの展開はおおよそ読めた。松本さんがダークカタルシスさんに本名を尋ね、それに対しダークカタルシスさんがかなりの動揺をしてしまう、という流れを。松本さんのことだからいくら彼女が中二病患者という特殊人間であっても極端に焦らず、あくまで自身の関心を優先するのだろうなと思ったことと、ダークカタルシスさんを始めとした中二病患者はなんとなくこういうリアリティーに回帰させる質問には非常に弱いという偏見からその流れを予想した。
ちなみにこの先もおおよそ見当はついている…。後で言うと胡散臭く、信憑性が薄くなりそうだから言っておくか。ダークカタルシスさんがあくまでも自身のキャラを守りつつも返答するが、松本さんの鮮やかな推測で即刻看破される。これで合っていたら僕も軽く松本さん同様の推測ができるな。
「な、なにを言うんだい人間風情……我が真名は既に告げた。ダークカタルシス・MR・ゼロだ! 全く、恐ろしいことを言うじゃないか」
ダークカタルシスさんは予想通り、自身のキャラを固執して貫いていたがその声は震え声。動揺を隠しきれていない。それなり遠くで見ている僕でもわかるほどの動揺っぷりだ。
「……ふむ、あくまでもそういう感じでいくのね。これは私の推測の出番のようね」
松本さんは考える仕草をし始めた。これはダークカタルシスさんの本名を看破する気満々だな。しかしそれは出来るのだろうか……。42人の中から1人を当てるのだからそれはまた随分と気難しい話だ。でも42人と言ってはいるが、(1)僕や松本さんは除外される、(2)僕らが行動を取ってから出会った数名も外れる。更に言えば、(3)松本さんは僕と出会う前にも何人も会っていると僕に告げた、と3つの条件だけでも大いに削れるからある意味簡易なものなのだろうな、ということに気づく。随分と雑に点在した情報を繋げた雑な伏線回収だ。
僕も多少は考えられるかな? ここで(1)と(2)、松本さんとの会話で出てきた(3)に当てはまる人物を除く全生徒を頭の中で並べてみることにした。僕らが水樹さん・三浦さんペアに会う前の会話で出てきた名前も除外している。だがこの中で松本さんがすでに会っている人会っていない人の分類は訊いていない省略のしようがなかった。最後の補足として敬称略。
さて、ここから彼女の名前を当てるとしよう。少し長考をすることにするか。
ダークカタルシスさんの言葉選びは超が付くほどイキイキして考えて楽しかったです。
今後の1つの楽しみにしていきたいですね~。