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エンドリア物語

「食べたいは正義」<エンドリア物語外伝105>

作者: あまみつ

 早朝、寝ていたオレはシュデルに叩き起こされた。

「ムーさんが、店に怪しげな魔法陣を書いています」

 階下に降りると、ムーが口角をひきあげた、奇怪な表情をしていた。

「ボクしゃん、次のステージにあがるしゅ!」

 そう言うと魔法陣の周りに結界を張った。魔法嫌いの魔法道具に壁にたたきつけられたが、よろめきながら起きあがった。

 口でぶつぶつ何かを唱えた後、大声で叫んだ。

「我はムー、我が声にこたえよ」

 異次元召喚をやるつもりらしい。

 シュデルが小声で言った。

「店長、ムーさんは魔法陣と異次元召喚の複合技をやるのではありませんか?」

 魔法陣は完成している。シュデルの魔法道具で、結界を解くことはできるが時間がかかる。ムーを店から蹴り出して、商店街で異次元召喚されても困る。

「そうだとして、何か止める方法があるのか?」

「ありません」

 憂鬱なオレ達の前で、ムーは元気な声を張り上げた。

「我はムー、我が声にこたえよ。ティパス!」

 新しいステージと言っていたのに、頻繁に呼ぶモンスターを召喚した。ティパスを召喚したのは成功率が高いからだろう。なぜか、ティパスだけは成功率が30パーセント近くある。

「我はムー、我が声にこたえよ、ティパス!」

 空気が一瞬だけ変わり、30センチほどの塊が出現した。

 結界の外に。

 ムーががっくりと両手をついた。

「失敗しゅ」

「言われなくてわかる。さっさと片づけろ」

「開店時間までに、床を綺麗にしておいてくださいね」

 ムーが顔を上げた。瞳をウルウルさせている。

「それから、キノチョは昨日から王宮の手伝いに行っています。ご自分で掃除してください」

「はぅーー!」

 ムーが叫びながら、ひっくり返った。

「オレは寝るから…………」

 ムーの召喚したものが目に入った。

「………肉だ」

 異次元召喚だから、モンスターだと思い、よく見なかった。まさか、食品とは考えもしなかった。

 白い皿に30センチほど焼けた肉の塊がジュージュー音を立てている。

伸ばそうとした腕を、シュデルに掴まれた。

「店長、触れないでください」

「肉だぞ!久しぶりのタンパク質だ!」

「僕には、肉に見えません」

「へっ?」

「ジョセフィン妃の干し果実が詰まった保存瓶に見えます」

 落ち着いたシュデルの声。

 何が起こったのかわかった。

 ムーが召喚したのは【見ている人間が食べたい物】を見せるモンスターらしい。

 顔を近づけて見たが、匂いまで漂っていて、指摘されなければ肉だと信じてかぶりついたことだろう。

 オレは<焼きたて肉>だったから引っかかったが、シュデルは<ジョセフィン妃の干し果実が詰まった保存瓶>だったから、疑っただろう。遠いロラムにしかない保存瓶だ。いきなり出現したうえ、オレが『肉だ』と言ったから、幻を見ていると気づいたのだろう。

 ムーがむっくりと起きてきて、焼きたて肉をジッーと見た。

「ボクしゃん、キャンディー・ボンのペロペロキャンディに見えるしゅ」

 食べたい物に見えるモンスターで間違いないようだ。

「どうしましょう」

「触れられるかだけでも、試してみるか」

 カウンターに置かれた自作の羽ペンで突っついてみた。

 溶けた。

 匂いは出なかった。熱で溶けたわけではなさそうだ。

「触るのは危なそうですね」

 溶けた羽ペンを観察したシュデルが、顔をしかめた。

「柵で囲っておくか」

「商店街のイベント用の柵がありましたよね」

「朝になったら、借りてくる」

 ムーに掃除をいいつけて、オレとシュデルは部屋に戻った。一眠りして階下に降りたら、シュデルが雑巾で魔法陣をこすっていた。

「ムーの奴、掃除をしなかったのか?」

「魔法でやろうとしたようで、壁に激突して気絶していました。モルデに頼んで部屋に入れておきました」

「オレがしておくから、朝食の準備を頼む」

「では、お願いします」

 店内の掃除を終え、店の前の掃除をはじめた。

 そこに商店街会長のワゴナーさんが通りかかった。

「おはようございます」

「おはよう」

 通り過ぎようとするワゴナーさんを急いで呼び止めた。

「すみません、商店街のイベント用の柵を借りたいんですが」

「どうかしたのかい?」

「ムーが召喚したモンスターが触れるとヤバそうなんで、柵で囲おうと思っているんです」

「そいつは大変だね。あとで、届けよう。赤い方でいいのかな?」

「はい、赤い方でお願いします。言っていただければ、オレが取りにいきます」

「大丈夫だよ。開店までには届けるよ」

 オレは店に戻り、うまそうな焼き肉の横を通り過ぎ、朝食に用意された豆のスープをすすった。

 少しだけ、悲しかった。



 開店前、ワゴナーさんが柵を届けてくれた。

 その時、ワゴナーさんの目には【穴だらけのチーズ】に見えたらしい。面白いモンスターだと触れ回り、商店街の人々が仕事の合間に見に来る。

 靴屋のデメドさんは【ミントとセージのハーブティ】肉屋のモールさんは【塩焼きのマス】喫茶店のイルマさんは【でかでかイチゴ】印章屋のゴウアーさんは【コーンポタージュ】

 誰もが「食べたい」「飲みたい」と残念そうだった。チーズなら売っているが、でかでかイチゴは時期じゃない。イルマさんは『洋なしでも食うか』と帰って行った。

 桃海亭のもうひとりの居候、ハニマン爺さんは【酒】だった。銘柄があったようで、その銘柄を爺さんがつぶやくとシュデルが驚いた。

「シェフォビス共和国のお酒ではありませんか!」

 リュンハ帝国もシェフォビス共和国も北の国だが交流はほとんどない。

「シェフォビスの酒は、うまいのだ」

「リュンハにも銘酒は、たくさんあるはずですが」

「魔法で作った酒は、うまいが味が均一で飽きる」

 爺さん、顔をしかめた。

「シェフォビスの酒は気合いが入っておる。そこがいい」と言って、店を出ていった。

 オレは隣にいるシュデルに聞いた。

「爺さん、どこに行くんだ?」

「お酒を買いにいかれたのではないでしょうか」

「桃海亭の金じゃないよな?」

「桃海亭の金に決まっています」

 本物の肉が遠ざかっていく。

「高いのか?」

「シェフォビスのお酒は安いので銀貨1枚でお釣りがきます」

 桃海亭にとって銀貨1枚の酒は散財だが、リュンハ大帝国の前皇帝が飲む酒にしては安すぎる。

「爺さん、何を考えているだろうな」

 桃海亭の財政に気を使ってくれるような殊勝な爺さんではない。

 シュデルがクスッと笑った。

「ハニマンさんですよ。美味しいものを飲みたいだけだと思います」



 面白いものが見られると噂が広がったらしく、午前中は店の窓から子供たちがのぞき込んだ。ほとんどの子供たちが『キャンディ』『クッキー』などのお菓子を見たらしいが、たまに『ステーキ』という生意気なガキもいた。

 午後はシュデル目当てでのぞいた女学生達が、見たものを言い合っていた。こちらも『クレープ』『アイスクリーム』などの甘味系が多かった。

 そろそろ、女学生が一段落するかなと思った頃、店の扉が開いた。

 3人組の女学生。

「シュデルくん、いますか?」

 カウンターに立つ、店主のオレではなく、シュデルを指名した。

 買っていただけるなら、女学生でも幼児でもかまわない。オレはシュデルを食堂から呼んできた。

「この子が…………」

 真ん中にいる気の弱そうな女の子を指した。ツインテールにピンクのリボンをしている。

「ウサギが可哀想だって」

「ウサギですか?」

 シュデルが目をしばたたいた。

 ツインテールの女の子が、うつむいたまま、小声で言った。

「真っ白いウサギが、震えているから………怖いのかなと思って……」

 シュデルが召喚獣を見た。

 たぶん、干し果実の瓶に見えているのだろう。オレにも焼いた肉の塊にしか見えない。

「よろしければ、絵を描いてもらえますか?」

 シュデルがツインテールの女の子に言った。

 女の子がうなずいた。

 カウンターの下に置いてあったメモ帳とペンを渡すと、器用にウサギの絵を描いた。

 細い耳が異常に長い。身体はふっくらとしていて、雪うさぎに似ている。

「色は白ですか?」

「………銀色に近いかも」

「大きさはわかりますか?」

「これくらい」

 両手で大きさを作ってくれた。肉の塊とほぼ同じ。30センチくらいだ。

「あの………みんなに見られて……怖がっているみたいだから」

 ツインテール、純粋にウサギを心配で、相談に来たらしい。

「ねえ、シュデル君。なんとかしてあげて」

「お願い」

 残りの2人は下心満載らしい。

 日常では使わない可愛いポーズでシュデルにお願いした。

「柵で囲ってあるのは、この召喚モンスターが触れたものを溶かすからです。僕たちも移動させたいのですが、移動させる手段がないのです」

 羽根ペン以外にも、ススキ、ガラス棒、針金、など色々試したのだが、みんな溶かされてしまう。唯一、溶かされずに残っているのが、モンスターが乗っている床板だ。木は溶かされないのかと修理用の端材で触れてみたが、他のと同じように溶かされた。

「私………」

 ツインテールがおずおずと言った。

「……みんなが……見えない場所に動かしてもいいですか?」

 シュデルは困った顔でオレを見た。

 オレに助けを求めているが、オレが手助けするには大きな壁がある。

 相手が女の子というところだ。

 オレはシュデルから視線を外した。

 シュデルがため息をついた。丸投げされたとわかったようだ。

「召喚モンスターに触れないと約束してくれますか?」

「約束します」

 シュデルが食堂側の柵をずらした。

 ツインテールがかがみ込んで、焼いた肉の塊に言った。

「おいで」

 手をさしのべる。

 肉の塊は動かない。

 ツインテールは落ち着いた声音を出した。

「静かな場所に連れて行ってあげる」

 話しているのはルブクス公用語だ。異次元モンスターに言語がわかるかは別にして、割と通じる。別の形でのたとえばテレパスのような相手と直接意志疎通をする能力を持っているモンスターは少なくない。召喚された時点では召喚者であるムーと行うのだが、この世界にいる間にムーを参考に自力で学習して、他の人間と意志の疎通が可能にしたり、言語を覚えたりするモンスターもいる。

 肉の塊がプルッと動いた。

「動いた。ねっ、動いたね」

「ほんとだ。シュデルくんも見た」

 残りの2人が騒いだ。

 シュデルは笑顔で、唇の前に人差し指を当てた。2人も真似して、指を当てた。

「こっちにおいで」

 手をヒラヒラさせた。

 焼けた肉の塊が皿ごと動いた。ツインテールの手の方に、移動している。

「上手、上手。あと少しだからね」

 ツインテールの誘導で、焼けた肉は店内から食堂に。食堂の奥の井戸の側に移動した。井戸のところには、ツイタテがある。

 ツインテールがツイタテを、肉の塊の側に置いた。

「これを置くと誰からも見えなくなるよ。隠れたいかな?それとも、ここにいる?」

 ツインテールが微笑んだ。

「半分だけ、置いてみる?」

 ツインテールは肉の塊が窓から隠れるように、それでいて食堂内が見えるようにツイタテを置いた。

「時々、会いに来てもいいかな?」と、ツインテールが肉の塊に聞いた。

「また、来るね」

 肉の塊に返事をしてから、オレ達に気づいた。

「す、すみません。あの、あの…………」

「モンスターは明後日の早朝には消えます。会いに来るなら、それまでにいらしてください」

 ツインテールはオレとシュデルに、ペコリと頭をさげると食堂を出ていった。店で友達と合流して、わいわい騒ぎながら店を出ていく音がした。

「あの子、モンスターの本体が見えたんだな」

「女性は男性に比べ、感応力が高いそうです。僕たちにはわかりませんでしたが、召喚モンスターは助けを求めていたのかもしれません」

 ツイタテから半分身体をのぞかせている焼き肉をさした。

 焼き肉の後ろには、井戸。

「シュデル、こっちも頼む」

 オレが頼むと、シュデルが一歩進み出た。

「すみませんが、明後日の朝まで、ここに置いてあげてください」

 シュデルの声に応えるように、井戸から魚が姿を現した。不機嫌そうにヒレで井戸の縁をベタベタ叩いた。

 ヒラメのような魚だが、ラフォンテ十二宮の魚座だ。桃海亭の井戸に勝手に住み着いて、井戸と水の管理をしている。井戸の主を気取っていて、ついたてから内側は自分の縄張りと決めている。

「無理矢理呼び出された、可哀想なモンスターなのです。見守ってあげてください」

 シュデルは笑顔で優しく言った。

 魚は肉の塊を一瞥すると、しかたなさそうに井戸の中に戻っていった。

「店長、ラフォンテ十二宮の魚座は、優しい心の持ち主です。きっと召喚モンスターを、静かに見守ってくれます」

 シュデルは微笑んでいたが、右手には包丁がしっかりと握られていた。




「苦行だな」

「苦行しゅ」

「わしは構わんぞ」

「そりゃ、爺さんが実物を持っているからだろ」

「そうしゅ、ボクしゃんも欲しいしゅ」

「キャンディー・ボンに買いに行ってこい。できたら、徒歩で頼む」

「食事中に騒がないでください」

「お前は見えない位置だからいいだろうが、オレやムーは丸見えなんだぞ」

「見えても、見えなくても、食べられないという事実は変わりません」

「変わるんだよ。うまそうな焼いた肉の塊を見ながら………」

 オレは手元に目を落とした。

 豆と塩漬け野菜で味付けしたスープ。

 完食しても満腹とはほど遠い。腹の虫を押さえるのが限界だ。

「だから、見なければいいのです」

「ここからだと、見えちまうんだよ!」

「そうしゅ!席かわるしゅ」

「お断りします」

 桃海亭の騒がしい食事は、召喚モンスターがいなくなるまで続いた。





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