6、竜胆の抜擢
諸隊長にこの思い切った人事を話すと、皆一瞬唖然とした顔をしたあとに、案の定反対をしだした。
場所は宮殿の一角にある会議室で、その会議の席上でクローバーは皆にこの件を打診した。
基本的に賛成の者はいなかったが、特に強い拒否反応を示したのは、マリーという5軍の魔法部隊の隊長と、クローバーの妹のラフレシアだった。
クローバーもそれぞれの隊長の性格を熟知していたから、この2人が最も強い反対の論陣を張るとは思っていたが、案の定猛烈に反対してきて、
「どうして?」
と聞くと、予想していたように、
「前例がない」
とそのようなことを言ってきた。
「前例がないのなら、ここで作ればいいじゃない?」
とクローバーが言っても2人は聞かなかった。理解力がないというわけではなく、話を聞く姿勢がないのだった。様々な理屈を練り込んで反対をしてきたが、つまるところ、今まで経験したことがないことをされるのが2人はイヤなのだった。クローバーは2人の意見を聞きながらそう思った。旧態依然というのは既得権益者の通弊だとも思った。
ただ、クローバーは2人と論争をするつもりはなかった。これはクローバーの人柄の良さを表すものだった。どうせ論破しても恨まれるだけだからということで、静かに反対意見を、
「ええ、ええ」
と聞くだけに留めた。この場はそれで問題はなかった。なぜなら、中央軍の諸隊長に竜胆のことを話して認知させるのがこの会議の目的だったからだ。
会議とは名ばかりで、軍事にまつわることは総司令官のクローバーが一決できた。1番隊隊長が軍事権を一任され、それは分散されないのだから、これは実質的な独裁だった。もちろんクローバーがそれを悪用したことはないが、場合によっては周りの意見を跳ねのけてでも自分の意見を通さなければならない時があった。
それが今だった。
ただ一人一人の意見は良く聞いた。自分も含め全部で9の隊長がいるが、予想通りみんな反対だった。これだけの優秀な妖精達が、とクローバーはその考えの保守性を残念に思ったが、それだけにやはり自分が決断しなければならないと思った。ただ、これが天才と秀才達の違いということが出来た。諸隊長で天才と言えるのは、唯一クローバーのみだった。
会議が終わってクローバーがしたことは一つだけだった。新しい人事を発表し、その名簿の中に竜胆の名前を書き込んだことだった。
ここで滑稽なのは、当の竜胆がその人事を知らないことだった。つまり事後承認の人事ということだったが、竜胆にそれを伝えると更に滑稽なことが起こった。
竜胆がそれを拒否した。
理由は簡単だった。
竜胆に中央軍入りを伝えたのは良かったのだが、隊長ではなくまずは隊員から、という言葉に竜胆は難色を示したのだった。ただし、この人事はクローバーに非はなかった。
ザナルヘイムを一撃で抹殺したとは言っても、たったそれだけでその妖精をいきなり総司令官にすることなど出来たものではなかった。軍隊内で実績がなければ、誰も納得しないし、命令を出しても動かないはずだった。だからまずは1軍に入ってビースト戦で活躍してから、ということを竜胆に伝えた。
竜胆はそれも面白くなさそうに聞いていたが、散々クローバーに説得されたあと、
「お前の隊に入るのか?」
という問いに、
「ええ、そうよ」
とクローバーが頷くと、
「分かった」
と言って中央軍入りを渋々了承した。この頃には竜胆にもクローバーがどのような性格をしているのかが分かるようになっていた。
「ただし、条件がある」
と竜胆がクローバーに言うと、クローバーは、
「ええ、いいわ」
と言ってそれを聞き入れる姿勢を示した。そんなクローバーに竜胆はこう言った。
「スラム街にヒナギクというやつがいる。俺はそいつの能力を高く買っている。そいつも一緒に中央軍に入れてやってほしい。もしそれが聞き入れられないのなら、俺も軍隊入りしない。どうだ? 飲めるか?」
「この前一緒にいた子よね。ええ、それくらいお安いご用よ。問題ないわ」
とクローバーは返したが、本当は問題は大ありだった。貴族制というものはかなり排他的に出来ていた。本当は庶民でさえ中央軍入りは難しいというのに、あまつさえ貧民を入れようとする。貴族達が黙っているわけがなかった。それではまるで蜂の巣をつついて中の蜂をあぶり出すようなものだった。最悪、暗殺騒ぎが起こる可能性もあった。
だが、それはクローバーからすれば大事の前の小事に過ぎなかった。それに軍事権を掌握しているのは自分なのだから、いくらでもカバーすることが出来た。自分のいる1軍に入れれば、身の安全の保証は出来ると思った。
「なら、決まりでいいわね」
「ああ、問題ない」
竜胆がそう答えて中央軍入りが決まった。
この時のクローバーは知らなかったが、竜胆の中央軍入りで得た巨大な財産がヒナギクだった。すぐに意気投合してヒナギクとは無二の親友になるのだが、それだけでなく、ヒナギクはその巨大な才能で街の奪還に大いに貢献することになる。容姿が似ているというのも庭国の暗落を防ぐ重要なキーになった。