5、クローバーの決断
最強のビーストを倒したという伝聞はまたたく間に庭国中に広がった。そしてその情報は、一時に庭国を湧き返らせた。この情報は意図的にクローバーが流したのだが、それには士気を鼓舞するというだけでなく、竜胆の存在とその武勇を広く隊員達に知らせるという目的があった。
ザナルヘイムを撃殺する竜胆を見た時、クローバーは既に竜胆を中央軍に入れる決心をしていた。古臭い風習があり、中央軍には高い教育を受けた貴族しか入れないという決まりがあるのだが、クローバーはそれを破り、淀んで荒み切った軍隊制度に新風を入れるつもりでいた。
それはクローバーの家庭教師を務めた前代のセイントクロスでも出来なかったことだった。一世の傑物だったため、既成の枠内でしか物を考えられなかったというわけではなかったが、生まれ付いての貴族育ちで、考えがどうしても保守的になってしまったのが軍隊制度の革新に繋がらなかった。この点やはり王族の身でありながら、非合理を排する考えを持ったクローバーの存在は奇跡的と言わなければならなかった。
その名前通り、クローバーは庭国に幸運をもたらす存在になるのだが、そのクローバーの存在意義は、クローバーが死んでしばらく経ってから初めて認識されるに至る。
聡明で優しいクローバーは、身分制度と学歴主義がどれだけバカげたものであるかを知っていた。ほとんどの貴族はこれを見抜けないどころかこれに染まったが、クローバーは今の庭国の腐敗はこの2つがもたらしたものであると見抜いていた。
その証拠に、とクローバーだったら思ったに違いなかった。貴族本位の政治のせいで、これだけ軍事制度が形骸化してビースト相手に劣勢の状況を作り出しているではないか。
勝とうとしても勝てず、縮小した戦線を守り切るので精一杯だった。放棄した街は無数にあり、そこから避難して来た避難民で首都がごった返す有り様だった。当然商業力も落ち、庭国の盛時に比べると、今の国力はその半分にも足りなかった。
繰り返すが、軍隊が弱いわけではなかった。確かに鼎の軽重を問うべき妖精は多かったが、個人としての資質がずば抜けている者も相応にいた。特にやはり隊長・副隊長、そして1軍・5軍の妖精達は個人としては全く申し分のない能力を備えていた。問題はそれらを率いる総隊長だった。
クローバーは自分はその器ではないということを知っていた。せいぜい1軍の副隊長か、各部隊の隊長が関の山で、自分には到底難局を打開するだけの軍事能力はないと思っていた。
それなら後任を探せばいいわけだが、クローバーはその後任を竜胆にするつもりだった。まだ表立って発表はしていないが、まずは竜胆を中央軍に入れ、然るべき後に総司令官にしようと思っていた。
たった一戦でそれだけの洞察と決断が出来るクローバーは、やはり優れた資質を持った妖精だった。
もちろん軍事権を預けるというわけだから、それには竜胆の能力だけではなく、その性格もかなり重要になるわけだが、先に話した感じでは竜胆の性格に歪みはないようだった。
やや癖はあるようだが、クローバーが求めているのは人格者ではなく有能な軍事施行者であるから問題はなかった。その求めている条件と合致するのなら、無愛想の塊で時に非情なことをする可能性のある者でも、それに合理主義さえ加わっていれば問題はなかった。
中央軍の諸隊長は恐らくこの人事にかなり強い拒絶反応を示すはずだが、非常事態に常時の論理を適用させるつもりはなかった。クローバーはそう思い、どんなに反発があっても自分の意志を貫くことにした。こういう冒険が出来る点、やはりクローバーは前代のセイントクロスとは決定的に違った。
「鼎の軽重を問う」とは、「力のある者の実力を疑う」という意味です。