31、神智
またこのようなことがあった。
妹のプラムの話なのだが、竜胆がプラムにクローバー率いる2軍の兵站を任せたことがあった。軍略だけでなく、補給作戦も出来るかということを知りたくて任せたのだが、プラムは十分これを心得ていて、竜胆も驚くくらいの正確な輸送作戦を実行した。
ただこれで終わらなかったのがプラムらしいところで、遊撃部隊として活動していたヨモギの元まで軍使として行った折、
「半日だけでいいから魔法を使える妖精を貸してほしい」
とそう言った。ヨモギが事情を聞くと、
「伏兵を置く」
とそう言い、だったら自分がやるとそれにヨモギが答えると、毅然とした感じにプラムは、
「あんたじゃ、そんなこと出来ないでしょ」
とそう言った。少しムッとしたものの、ヨモギの性格はこれくらいで怒るようには出来ていなかったし、自分の限界をよく弁えている妖精でもあった。相手の才能も素直に評価することができ、竜胆と同じ頭脳を持っているという双子の片割れの実力を推し測るのも込めて、半日だけという条件付きで、自軍の魔法使いを全てプラムに預けることにした。
全部で30の魔法使いがいたのだが、これを預かると、ヨモギは急遽西進して、クローバー達が戦っているレッカという街の東方10キロの峡谷に、臨時の魔法部隊を待機させた。そして全員にこんなことを言った。
「今から数時間後にこの谷にビーストが通過するから、私が掛け声をかけたら徹底して攻撃魔法を撃ち込むように」
どうして分かるのか。全員がそのことに疑問を持ち、そのうちの何人かが聞いたが、聞かれた瞬間プラムはあからさまに不快そうな顔をして、
「うるさい」
とそう言った。天才肌のプラムにはこのような悪弊があった。自分が出した作戦に口出しや質問されるのを病的に嫌い、聞かれても説明せず、冷たく払いのけてしまうところがあった。
それから数時間が過ぎた。
「そろそろだ」
とプラムが言うと、事前に言い含められていたように補助魔法を使える妖精が全員に攻撃力を上げる補助魔法をかけた。そしてそれからプラムが両手を発光させ、
「素早いから気を付けて。それでは攻撃」
で一度言葉を止め、
「始め」
と言ったところで魔法部隊の攻撃が始まった。その、攻撃を谷間に叩き込むのと同じくらいのタイミングで、まるで岩陰に魚影が滑り込むかのように何かがそこに入り込んで来た。誰もが標的を確認しようと思ったが、相手の姿を確認するよりも早く魔法部隊の攻撃が当たり、標的がその衝撃で弾け飛んでしまった。拍子抜けとはこのことだった。
「あれが?」
とその中の一人が聞くと、
「そう、ビースト。まあ、もう死んだけどね」
とプラムがあっさりと答えた。そのあとに2軍が血相を変えてやって来た。
「ビーストは?」
とクローバーが聞いて来るから、
「これはこれは王女様、お初にお目にかけます」
と初々しく挨拶をしたあとにプラムがこう言った。
「もう撃破しましたよ。私がここに兵を配置して撃滅しました。伏兵戦術の勝利ですな」
それを聞いてクローバーは安心したような顔を作った。
「そう、あなたが?」
「ええ、私が」
「新しい子よね、双子の。竜胆から報告があったわ。名前は確か」
「プラムです」
「そう、プラム。あなたのおかげでビーストを倒すことが出来ました。どうもありがとう」
「いえいえ、お礼はそういうのより特別功績金とかそういう名目のお金をくれればいいですよ」
「それも竜胆の報告通りね」
「何がです?」
「異常にお金に汚いから気を付けろって言われたわ」
「はー、あの野郎、そんなこと言いやがってたのか」
という言葉からも分かるように、プラムは他の隊員のように竜胆が相手でも遠慮をするということがなかった。ただ頭の回転の速さはピカイチで、
「それより」
というクローバーの言葉を受けて、
「ああ、はいはい、何でここに伏兵を置いたかですよね。簡単です。2軍が相手にしているビーストは異常に足の速いビースト。恐らく2軍でも撃滅までは行かず、ある程度の傷を負わせたら取り逃がすはず。それで傷を負ったビーストは棲みかに戻るだろうから、その手前で兵を伏せておけば撃破できる。距離とか時間を色々と計算する必要はあるけどね。はい、終わり」
と皆まで聞かずにプラムが先にそう言った。それを聞いてクローバーが、
「なるほど、分かったわ」
とそう言ったのだが、クローバーには竜胆やプラムなどのように〝飛んだ〟智略がないために、本当に計算をしてそういうことが出来るのかとそのことを疑問に思った。適当に兵を置いていたらビーストが通り、それに魔法をぶつけてみたらたまたま倒すことが出来た、と言われる方がクローバーには納得がいくことだった。
ただ、プラムの指揮でホートンというビーストを倒すことが出来たのは事実だった。だから、
「素晴らしい洞察です。ええ、いいわ、あなたの望むように特別功績金という物を出しましょう。国庫からではなく、私が個人的に支払う物だけど」
とそう言い、金満家のプラムの自尊心を大いに撫でた。すると、プラムは、
「え、本当?」
とクローバーが予想していた以上に喜び、
「なら、これから私が2軍のために便宜をはからいますよ。総司令官の立てる作戦より私の立てる作戦の方が綿密だから、きっとこれから色々役に立つはずです」
とそう言った。
「そうね、それは助かるわ」
と軽く答えたクローバーだったが(この時のクローバーはスモモやプラムの持っている戦略眼が予言者レベルであるということを知らなかった)、のちにこの時に立てたプラムの作戦が恐ろしいばかりに2軍の活動を助けることを思えば、クローバーのお金を使った配慮はあとで何倍にもなって返って来たと言えた。
西方の戦線で2軍は数々の戦功を立てることになるが、表面的にその軍事活動を成功させていったのはクローバーやヒナギクだったが、実質的にそれを支えたのはプラムの頭脳だった。
この時になってやっとクローバーはプラムやスモモの才能を知ることになるが、クローバーの偉大なところは、竜胆同様それらの優秀な人材を保護し、それに相応しい活躍の場を与えたことだった。仮に嫉妬したとしても、その私情は徹底的に押し殺し、相手の才能は素直に認め活躍させようとした。
これは倍以上の敵軍を名指揮で撃破するよりも難しいことで、確かに軍の腐敗を排除し都市解放戦を成功させていったのは竜胆達だったが、その基盤を作り上げたのはクローバーだった。聡明なクローバーの存在が、庭国民主化の核になっていた。