3、スラム街に埋もれた才能
無能を嫌う竜胆はそれとは逆に、能力のある妖精を好んだ。全体を好んだと言うわけではなく、内在する能力という一部分に焦点を当ててそれを好んだ。
元より乾いた個性を持っていたから、敬慕や尊敬などというものは他者に対して持たなかったが、相手が能力のある妖精という場合、竜胆はその者に対する態度があからさまに軟化した。基本的に無口だったが、そういう者には自分から話しかけることがあった。
天才は天才を知るという言葉があるが、その言葉が示す通り、竜胆は相手の天才を見抜くことが出来た。そして、相手が本物の天才である場合、その喋りかける頻度が上がった。
家族でさえろくに会話を交わさなかったが、竜胆は魔法陣なしで色彩魔法を使える化け物のようなヒナギクとは話したがり、そのヒナギクと話したさにスラム街によく足を運ぶようになった。
強い弱いという上下論を思考の核に据えているのではなく、竜胆はヒナギクの持つ天才性に惹かれたのだった。それだけでなく、スラム街には撫子という信じられないほど強力な防御魔法を張れる妖精もいたから、そのうちスラム街に入り浸りになった。周りに誰も魔法を使える妖精がいなかったため、竜胆からすれば理解者を得たような気分だった。
基本的にスラム街は敬遠されるような場所だった。だが、竜胆はそれには頓着しなかった。だからと言って理由もなく行こうとは思わなかったが、今現在は得難い才能を持つ2人がいるため、周囲に行くなと止められても、それが行かない理由にはならなかった。
むしろそのような忠告をしてくる周りの妖精達を露骨に邪魔だと思うようになった。これのせいで、ただでさえ良くなかった親子関係も著しく悪化した。
竜胆は2人の魔法使いが好きだった。一方的に好きになった。理由はもちろん才能があるからだった。相手の性格が悪ければ歯牙にもかけなかっただろうが、片方は愛嬌があり、もう片方は馬鹿みたいに律儀な性格をしていたため、その性格が好印象を抱くシナジーになった。
2人は男言葉を使う愛想の悪い(と2人には写った)妖精に付きまとわれて、始め迷惑そうにしていたが、そのうち竜胆が家で焼いたパンを一袋ごっそり持って来るようになると、すぐに竜胆が来るのを歓迎するようになった。
これがために竜胆は家でパン焼きの仕事を真面目にこなすはめになるが、逆にパンがあるからこそ竜胆は2人から受け入れられたのだった。才能は天才そのものだったが、濁を排し過ぎるため他人に好かれる性格というものを竜胆は持っていなかった。
お互いに友達という言葉は使ったことはなかったが、それに似た関係になった。この関係は数年続いた。身分制があるためまともな軍隊には入れない。故に竜胆はずっとこの関係が続くと思っていたが、あることがきっかけで竜胆とヒナギクが中央軍入りすることになり、その関係には終止符が打たれることになった。
3人の関係を作り出したのはザナルヘイムだったが、その3人の関係を終わらせたのもザナルヘイムだった。