21、総司令官竜胆
2年目に軍団の再編成が行われ、その日にクローバーが位を譲るという形で竜胆が中央軍の総司令官になった。もちろん前例のないことで、既得権益者からすれば絶対にあってはならない異例の人事だった。時期も大分早いと言えた。
それはクローバーも分かっていたため、竜胆を総司令官にするにあたって様々な配慮をした。庭国を担う王女にそれだけの下準備をしてもらえる点、竜胆は信じられないくらい恵まれているとも言えたし、時代が変革者を必要としているとも言えた。
まずクローバーは総司令官任命前に竜胆に花を持たせるため、敢えて強いビーストと戦い、それを竜胆に大技で倒させた。
2人だけの話し合いで決まっていたことのため、それはポプラもヒナギクも知らなかったが、クローバーの要請を受けそれを承諾した竜胆は、自分の実力を知らしめる意味も込めて、地形を変えるくらいの攻撃を加えてライジングというビーストを抹殺した。
近くにいると黒炎の熱風で焼け死んでしまうため、竜胆が攻撃に加わってからは1軍の妖精達は皆1キロほど避難した。それでも距離が足りず竜胆がありったけの魔力を込めて黒炎弾を撃ち込むと、ライジングが消滅した代わりにその衝撃で気絶したり鼻血を出したりする妖精が続出した。竜胆の攻撃は、
「化け物だ……」
と思わずポプラが呟いてしまうほどの破壊力で、どれだけの威力だったのかと言うと、1軍の近くで戦闘をしていた5軍や9軍にまで、竜胆の放った攻撃魔法の音が聞こえたくらいだった。原爆や水爆なみの破壊力を持つ攻撃と考えれば分かりやすいかもしれない。その攻撃を妖精達は「小さな太陽」と呼んだ。
こういうものを見て竜胆を恐れない妖精はいなかった。竜胆は才能誇りが嫌いなため一度も自らの力を誇示したことはなかったが、逆に力あるものの沈黙ほど周囲に威圧を与えるものはなく、竜胆の使う暗黒魔法を見て怯まないのはヒナギクくらいのものだった。クローバーもポプラも、竜胆の理解者でありながら、その才能を全く恐れていなかったかと言うとそれは嘘になった。
ライジングを倒したあとは、何度か転戦を重ねたのちに任命式のために半分の守備隊だけを残して首都のプラチナムガーデンへと戻った。戻って来て早々に母親である女王にクローバーは呼び出された。豪華絢爛な居室へ行ってみると、早速、
「編成はあのままでいいのか?」
と聞かれた。それにクローバーは、
「はい」
と答えた。
「変更はないのだな?」
と念を押されたのにはわけがあった。任命式の一週間前までに軍事権を持つ1番隊隊長は事前に部隊員の割り当てを決めてそれを女王に渡しておくのだが、まさか竜胆に重要な地位を与えはしないかと女王は恐れそれを懸念したのだった。
だがクローバーから送られて来た編成書には、隊長・副隊長クラスに竜胆の名前がなく、女王はそれを見て安心するとともに、書き忘れや変更の可能性がないかと危惧しそれを聞いたのだった。
「はい、大丈夫です」
それを聞いた女王は安心したのか頬に薄ら笑いを浮かべた。それを見てクローバーはラフレシアを思い出しやはり親子だと思ったが(とは言うものの妖精達は人間のように生殖を行わず花から生まれた赤ん坊を自分の子どもにする)、悪い部分ばかりが目立ち良い部分が特に思い浮かばないのも親子共通のものだと思った。
世間の評判通り女王は国主としての器量に欠けていた。肉親の情も手伝うため無能とは思いたくなかったが、何も才能がないのに変に権高で、信じられないほど視界の狭い性格をしていた。この女王に限らず歴代の王は基本無能だったが、それはクローバーの見るところ恵まれた環境で育ち過ぎたというのに原因があるようだった。
嵐を知らない木は強くならないらしいが、それは植物に限らずどの生物にも当てはめられることだった。もちろん妖精にも言えることで、生まれた時から何もかも努力なしで手に入り、どんな我が儘も全て叶うのだから、内面が磨かれるわけがなかった。
能力や精神を磨くためには苦しみという圧力が必要で、痩せた大地だからこそ花が開いた時に綺麗な花を咲かせることが出来るのだった。それは蝶にも例えることが出来て、サナギから外に出る時はもがき苦しむが、自分の力でそれを突き破れば、イモムシは美しい蝶になり、空を自由に美しく羽ばたくことが出来るだろう。
その経験が貴族にはなかった。その中でも特に王族にはなかった。だから無能が生み出され、庭国の現状がこのようになってしまった。しかも何が恐ろしいと言って、それに気付いている貴族がほとんどいないことだった。現状ではクローバーとポプラの2人だけで、あとは皆それをおかしいと思うどころか、その腐敗に見事に順応した。
竜胆が壊そうとしているのはそれだった。クローバーには良く分かっていた。庶民だから出来ることだった。みな吹き始めた時代の新風を認めることが出来ず、竜胆のやろうとしていることを妨害しようとしているが、そのような保守的な姿勢では時代は変わらなかった。竜胆の持つ破壊者の資質こそが、この国から腐敗を取り除く唯一絶対のものになった。
だからクローバーは是が非でも竜胆に軍事権を渡したいと考えていた。時期尚早という見方もあるが、クローバーは早ければ早いほど良いと考えていた。
竜胆の最高司令官就任が庭国再生の転換期になったのだが、それはクローバーの強硬的な独断により実行された。事前に皆を油断させていたため機転と考えることも出来たが、9番隊から始まって8番隊、7番隊と続き、最後に1番隊のクローバーが名前を呼ばれ隊長を表すバッジをおばから授与される段になると(このような時女王はよく妹のスイセンに権利を委任して仕事を代行させていた)、そのバッジをやや強引に受け取ったクローバーはこう言った。
「おば上はちょっと下がっていて下さい。竜胆、前へ」
そして、1番隊の一番後ろにいる竜胆に目をやったあと、揃っている中央軍の妖精達を見回しこう言った。
「力はそれを持つのに相応しい者が持たなければなりません。皆が知っている通り、私は総司令官の器ではありません。せいぜい部隊長が務まる程度の能力しか持っていません。よって私は1番隊隊長の位を竜胆に譲ろうと思います。ただし、このような任命は総意を反映したものでなければなりません。故に聞きます。異存のある者は手を上げなさい」
突然起こったものだったため、皆が皆呆気に取られたようにそれを見ていた。そうでなくとも、このような厳粛な場で率先して手を挙げることなど、とてもではないが出来るものではなかった。
同志のポプラやヒナギクも同様で、クローバーが決行したクーデターのような譲渡劇には驚いたが、すぐにクローバーのしようとしていることに気付き、始めにポプラが、そしてそれに続く形でヒナギクが拍手をし始めた。
2人が拍手を始めると、一人また一人と拍手をし始めて、そのうちそれが満場を包むようになった。そのような拍手を聞きながらクローバーは竜胆に向けこう言った。
「さあ、竜胆前へ。この褒章は私が直々に授けます」
それを聞いた竜胆がクローバーの元へと歩いて行った。事前に竜胆は隊長にも副隊長にもならないという情報を掴んでいたために、マリーとラフレシアの心情は推して知るべしだったが、このような状況ではもうどうすることも出来ず、2人とも苦虫を噛み潰したような顔をして今まさに人臣の位を極めようとしている竜胆の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
竜胆がクローバーの元へと着くと、クローバーは、
「これより1番隊隊長の名誉を竜胆に授けます」
と言って褒章を竜胆の隊員服の右胸に付け、
「何か言葉は?」
とそう声をかけた。少し考える素振りをした竜胆は、やがて中央軍の兵士達に向け振り返ると、のちに語り草になる竜胆らしい言葉を言い放った。
「俺がお前達に勝利を与えてやる」
この日から中央軍は目まぐるしい体質の変化を見せ始めるが、それは今この瞬間から始まったと言って良かった。




