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8話 咄嗟の笑み


イライラする。

ほとんど吸わないはずの煙草を灰皿に押し付けながら煙を吐く。


確かに小島さんの言う通りだった。

良く気を付けてみれば、あの女の噂は偏っていた。

俺らみたいに直接関わらない或いは、勤続年数の長い深江さんとだけ親しい社員からの評判は悪かった。

深江さんに押し付け一切残業をしないと、俺が聞いていた通りだ。

一方で、可愛いと言う奴らもいた。

見た目だけの話だと思っていたが、そう評価しているのは大体直接関わりのあった人間で、性格込みで見た目も可愛いと言う感じだったようだ。

俺は直接関わっても最悪だけどな。

そう思うと、小島さんに言われた自業自得という台詞が頭に浮かぶ。


続けざまに遭遇したあの3回以来、社内で顔を合わせることはなかったが、最後に資料室で阿呆の中学生、或いセクハラ親父の様な無様な行いをしてしまったことが、後々自分を苦しめていた。

恥ずかしくて、腹立たしくて、酷い自己嫌悪だ。

あんな若い女に腹を立てて、脅すことで満足しようとした。自分が嫌悪する類の人間と同じ弱者を辱めようとする最低な行いだ。

これまで自分のことをわりと気に入っていただけに、相当嫌な気分だった。

そして結局、その自分に対する嫌悪感をあの女への苛立ちへと挿げ替えてしまう自分の幼稚さにもまた、苛立っていた。




「おい今から下行くんだろ?これついでに深江に渡してくれ」

小島さんが俺に紙袋を渡そうとしたが、手のひらで押し返した。

「階違うし全然ついでじゃないじゃないすか」

「まあいいだろ。お前深江好きだし。頼んだぞ、川瀬さんのもんだからな。ちゃんと行けよ」

そう言って勝手に俺のデスクに置いて行ってしまった。

中身を覗くとぎっしり漫画だった。最近のものではなく、中学か高校位の時の懐かしいものだ。

貸し借りしているのだろうか。俺も借りたい。

取り敢えず行くかと、紙袋と自分の荷物を持って深江さんのいるフロアを目指した。


何も考えていなかったが、無人の深江さんの席の隣に見える茶色いフワフワを見つめ立ち止まった。

うーん、目的の人はおらず、余計なのだけがいる。

しかしこれから外に出るし、この紙袋はどうにかしなければならない。

上に置きに戻るのは面倒だし、あの女を避けるためにそんな面倒なことを考える自分も情けなかった。

この紙袋を深江さんの席に置いて、あの女に一言言付ければ良いだけだ。

いつにない気合を入れて女の後ろ姿に近づいた。

深江さんのデスクにわざと音を立てて袋を乗せると、女がこっちを見た。

俺だと予想しているはずもないので、気の抜けたただの可愛い子の顔だった。

「お疲れ様です」

俺と気付きにっこり胡散臭く笑んだ女が挨拶したので、仏頂面で返す。

「お疲れ。これ小島さんから頼まれたから深江さん戻ったら伝えて」

相手は胡散臭くとも笑顔なのに、自分の大人げない対応にうんざりする。

まあでも、対する女は俺の不機嫌な顔など何とも思っていない様子でにこやかに頷いた。

少しは傷ついた様な顔でもすればいいのに。

「あ、藤堂さんちょっと待って」

踵を返そうとした俺を女が引き留めた。

怪訝に思い振り返ると、女が俺に小さな両手を合わせて作った丸を突き出していた。

「この間ありがとう。はい、手出して」

意味が分からず顔を思いっきりしかめたが、気にせず女が笑顔で俺を促した。

片手を差し出すと、その上で女が手を開いた。

その小さな手一杯に詰まった小さなチョコレートや飴の小袋が俺の手のひらに落ちてきた。

「わ」

零れそうになったそれを、小さな声を上げた女が慌てて押さえて俺の手に戻した。

「いっぱい貰ったけど、ここに置いてたら際限なく食べちゃうから手伝って」

そう言って俺の顔を見上げた女の表情にあざとさ等全く見えず、感じの良い素直な可愛い女の顔だった。

「どうも」

こんな表情や行いに良い方の噂が立つのだろうと納得した。

確かにこの女は可愛い。



まあでも、俺にその素直な顔を見せたのはその時だけだった。

飴が零れそうで焦って顔を作り損ねていたのだろう。

あれから何度か漫画の件で深江さんの席を訪ねたが、女は胡散臭い笑みでにこやかに挨拶をよこすだけで、俺を今まで通り苛立たせた。

その女にある日妙なところで遭遇した。












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