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6話 3度目の遭遇


今日は、エレベーターではなく資料室兼物置部屋で遭遇してしまった。


置き去るべき荷物を持たずにここに現れたと言うことは、明らかにお互い探し物があると言うことで、エレベーターの時の様に一瞬顔を合わせて終わりと言う訳にはいかないなとうんざりした。

そんな俺の顔を眺めてから、女がにっこりと笑った。

「お疲れ様です」

相手に対する嫌悪感を隠しもせず晒している自分が、目の前の年下の女より幼稚に思え更に腹が立つ。

「お疲れ様です」

クリアケースが山積みされた棚に目をやりながら嫌々挨拶を絞り出すと、女は俺の背後を通り抜け奥の壁一面に取り付けられた可動式の書類棚へと向かった。

片手にリストらしい用紙を持っているので紙の資料を探しに来たのかも知れない。

願わくば俺と被る場所にあるものを探さないでもらいたい。

棚板がたわむほど物の詰め込まれたでかいクリアケースを床に下ろしながら、横目に女の動向を探っている自分が情けなかった。


反して俺のことなど一切気にも留めず、唇に指を当て奥の壁面収納を見渡している女は、今日もフリフリしたトップスに女っぽい色のカーディガンを羽織り、下も勿論ヒラヒラした膝上丈のスカートを身に着けている。

髪型がエレベーターで見た時と変わっている様だ。

フワフワした柔らかそうな感じはそのままだが、肩にかかる位だったはずの髪が顎先程のの長さになっていて、色も変わっているようだった。

まあ、変わったと言っても少し暗くなったくらいで、茶髪には違いない。

顔は可愛いと思うが、やはり深江さんのように黒髪でしっとり落ち着いた雰囲気の外見の方が好みだ。

自分の探し物を忘れ、棚を見上げる女の横顔に囚われていたことに気付いた。

俺は何をやってるんだ。さっさと目的のモノを見つけてこの部屋を出よう。


「ぐあー!ねえ!どこにあんだよ畜生!」

しばらく一心不乱に大量のクリアケースを漁っていたが、あまりの乱雑さに思わず悪態をついた。

すぐに女の存在を思い出し振り向くと、案の定こっちを見ていた。

女の手には結構な量の資料があり、俺とは違い女が探し物の成果を上げていることが分かった。

また嫌な気分を露骨に表した俺の顔を確認した女は、すぐに視線を戻し棚の前に高く積まれたダンボール箱をずらそうと格闘しはじめた。次のターゲットがあのダンボールタワーの奥にあるのだろう。

「本当にこの部屋ぐっちゃぐちゃですよね。毎回嫌になります」

この部屋には俺と女しかいない。背を向けたままだが明らかに俺に向けた言葉だった。

自分に対する嫌悪感あらわな男に話しかけようという図太い神経は尊敬に値する。

「じゃあ片付ければいいんじゃないですかね」

お前がね。

自分もたった今愚痴ったばかりだということを忘れて嫌味を返した。

「それが私の仕事なら喜んでやりますけど。私、指示が出てない仕事までやってる暇ないんで」

嫌味だと理解した様で瞬時にそう返された。今までの平然とした声音とは違い、あからさまに刺々しさを含む口調だった。

やっぱりこんな奴じゃないか。どこが良い子なんだよ。

「そうですか。自分で片付ける気ないなら文句言う筋合いないんじゃないですかね」

「そうですね。文句言ってた藤堂さんに諭されても全く反省する気にはなりませんけど、確かに言わない方が良いですね」

わざわざこっちを振り返り笑顔でそう言われ、先ほどの女の言葉が資料室に対する文句ではなく、先に悪態をついた俺に合せただけのものだったことに気付いた。

デカい独り言を放った俺が放置されて居た堪れない思いをしないようにか。

余計な世話にはムカつくが、大人の対応をした女に対し俺はと言えば恐ろしく幼稚な台詞を吐いてしまった。


何とも言えない腹立たしくも苦い気分で再び目の前の物を漁り始めると、ダンボールの奥を諦めた女も次の場所へ移動し、また棚に並ぶ資料の背表紙を辿り始めた。

「藤堂さん、私がだいぶ年下ですから敬語は結構ですよ」

俺に尻を向けたまま、女があっさりと刺々しさをひっこめた普通の調子でそう言った。

俺だけ女を盗み見ているのも悔しく、意識して視線を手元に戻し答えた。

「俺の方が入社遅いんで」

刺々しい自分の声に苛立つ。これじゃあ不貞腐れた子供の台詞だ。

「藤堂さんに敬語使われても全然敬われてる気しないから無駄ですよ。あたしに敬語使うことで一層イライラしてるでしょう。迷惑ですから敬語止めて下さい。勤続年数にこだわってるんだったら、あたしも止めますから」

明るい声音のわりにムカつく内容に顔を上げたが、女はこっちを見てもいなかった。

ファイルを棚から抜き取るふわふわの頭を睨んでいると、俺に背を向けたまま女が続けた。

「深江先輩も香織先輩も藤堂さんのこと気に入られてるみたいですから、捻くれてても良い人なんだろうなと思ってましたけど、やっぱり合わないですね。話せば話すほどムカつくって言うか」

「敬語止めるんだろ」

吐き捨てると、笑った気配がした。

5つも年下の女が俺をムカつくと言って笑い、俺があからさまな嫌悪感を声に出している。

自分の余裕のなさにひどく気分が悪かった。



探し物に意識を集中しようと努力した結果、全く周囲の音が聞こえなくなっていた。

役に立たなかったケースを次々に棚に戻し、新たに下ろしたケースの上に屈みこもうとすると背後で気配がした。

「藤堂さん」

「うわ!」

振り返りざま、あまりにも近くに現れた女の顔に仰け反る。

体勢を直し女を胸で押しやるように真っ直ぐ立つと女が俺を見上げた。

間近で見てもつるっつるの肌が天井からの光を映し、滑らかに艶めいている。

「藤堂さん」

瑞々しい唇が開き、一瞬つるんとした若い肌に目を奪われていたと気付いた。きっと最近自分より年上の深江さんの顔ばかりみていたせいだ。

すぐに対象がムカつく女だということを思い出し睨みつけると、女が俺の腕に手をかけ首を傾げて微笑んだ。


「藤堂さん、あれ退かして」

女の台詞と甘えた声音に耳を疑う。

「お前、良く俺に媚び売れるな」

女が俺を見上げたまま笑みを浮かべる。目の中の冷静な色は深江さんが腹を立てている時と通じるものがあるかもしれない。

「他の人呼びに行くより早いでしょ。さっさと戻りたいのよ。藤堂さんもあたしが早くいなくなった方が良いでしょ?あそこの資料取ったら終わりだから。ほら、早く」

俺の嫌悪感あらわな顔もどうでも良いようだ。

あっさり敬語のなくなった話し方がやけに甘えて聞こえる。

睨み続けていると小さな両手で腕を引かれた。

「ほんとに30なの?うちの弟より大人げない気がするけど。男の人ならすぐ退かせるでしょ。お願いってば」

弟?こいつの弟っていくつだよ。

自分でも己の幼稚さに腹が立っていたこともあり、女への苛立ちが更に増す。

「何で俺がお前の為に只で働かなきゃいけないんだよ。自分が媚びれば男は言うこと聞くとでも思ってんのか」

蔑んだ目で見下ろしてやるが、女がまた笑った。余裕のある女の態度が耐え難くムカつく。おそらくどうにかしてムカつく女を傷付けたかったんだと思う。


「男にすり寄って頼むからには、身体で払うんだろうな」

最悪だ。低次元で死ぬほど幼稚な台詞を口にしてしまい即座に後悔したが、後の祭りだった。

女を馬鹿にするつもりが、心底俺を馬鹿にした顔であざ笑われた。

「はいはい、早く退かして」

喚き出したいような腹の中を押さえつけて、女の手を乱暴に振りほどき、書類棚の前に積まれたダンボールの塔に向かう。

女には到底動かせないだろう位置にある最上段の箱を投げる様に床に下ろし、その下に積まれたダンボールを足でずらした。

「ありがとう」

女がすぐにダンボールと棚の間に身体を入れて資料を抜き出した。

進行方向に立ちふさがる俺の脇を通り抜けようとした女の頭に、無意識に手が伸びていた。ふわふわの髪ごと頭を捕まえ、無理矢理上向かせた。恥の上塗りだ。

「身体で払うんだろ」

俺の両手に頭を掴まれたままのくせに、呆れた顔をする女が目で俺を蔑む。ムカつく。もうどうでもいい、どうせ既に吐いてしまった台詞だ。その余裕ぶった顔もいつまで続く?非力なくせに散々人を馬鹿にしやがって、怯えた顔でも見せてみろ。

見た目通りふわふわの髪もつるつるの頬も柔らかく、顔を近付けると甘い匂いがした。

艶やかでぷっくりとした、人工的な色の付いていない清潔そうな唇にも惑わされたのかも知れない。

いつになく凶悪な気分になっていた。少し顔を下げるだけですぐに唇に届く。どうする、どこまでやればその平然とした顔を崩せる。顔を歪めろ。怯えた顔を見せろ。


女が俺の胸を腕で押した。

「そんなんでどうにかなるとでも思ってんの?馬鹿じゃねえの」

我ながら冷え切った声でそう吐き捨てたが、女はすました顔のままだった。

「時間勿体ないからさっさと放して。深江先輩がこれ待ってるのよ」

一気に頭が冷え、見えなくなっていた周りの景色が視界に戻った。こんな女相手にムキになって何やってんだ俺。


女の頭を投げる様に放すと、乱れた髪を片手で押さえながら女が呟いた。

「ほんと、何でこんな人と仲良くしてんだろ、先輩達」

俺の台詞だ。






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